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2008年9月17日 (水)

マスコミに対抗する静かなる運動

教養と筆力があれば、こんなにも胸のすくような文章が書ける。 →産経新聞 【正論「雅量を欠くメディアの醜態」 芳賀 綏 東京工業大学名誉教授 

上に立つ者の悪口を言うことが知識人の証であるかのように政治家の批判に明け暮れるマスコミ。

マスコミの言説を聞いた大衆はそれを自分の意見と思い込んで、マスコミと同じ口調で政治家や誰それを責める。

マスコミが大衆に与える影響の大きさを考えると、その責任のなんと重大なことか。

マスコミは世論を形成し、国民の質を決定し、その国民の気まぐれによって政治家は右往左往する。

私も知識や教養や論理力が優れていれば、芳賀氏のように、世間のおかしな流れに歯止めをかけることができるものを。
年齢からして今からそれらを身につけるのは不可能に近い。
付け焼刃の知識は次から次へと脳からこぼれていくし、いくらかの知識があったとしても、それを巧みに文章に織り込んで明快な論文に仕上げるのは容易なことではない。

森首相(当時)が「日本は神の国」と発言した時、日本中が大騒ぎになり、「『神の国』なんてへんなことを言わないでほしいです」などと子供までが口にしていた。
芳賀氏が言うように、神道の理解という教養が多くの日本人の身についていれば、あそこまで一国の首相をバカにする風潮もでき上がらなかったはずだ。

人の心を動かすのは教養に裏打ちされた言葉と論理力だ。
教養は若い頃からの積み重ねによって重厚なものとなる。

若い人たちはこれからだ。
決してマスコミが喧伝する薄っぺらな表現を鵜呑みにすることなく、自分自身の教養と経験による自分自身の意見というものを持ってほしい。

我々は、世間で何が起こっているのか、大方のことはマスコミの報道でしかそれを知ることができない。
しかし、その起こった事実を読み解くことや、それに対する人々の反応を咀嚼することは、自分自身でできるはずである。

急がずあせらずゆっくりと知識や教養を身につけ、物事の全体を見る力というものを身の内に育てておけば、マスコミの欺瞞などはすぐ見抜くことができる。

マスコミをぎゃふんと言わせ、少しは正しい道に導いてやるのも心ある国民の仕事ではないのかな。

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コメント

何を仰いますやら。知識を身に付けるのに年齢は関係ありません。かの伊能忠敬が一念発起して天文学を学び始めたのは還暦を前にしてと聞いております。

何でもかんでも若者に期待しないで下さい。自分でやりましょう。

投稿: かせっち | 2008年9月17日 (水) 21時16分

★かせっちさん、

伊能忠敬のような偉人と比べられちゃいますかー(笑)
通常の高齢者が記憶力の加速度的な減退をひしひしと感じるのは現実なんですけどね。
私自身は本格的ボケに襲われるまで探求し続ける所存ですが。

>何でもかんでも若者に期待しないで下さい<

若者にアドバイスするには若すぎましたね。
高齢者こそ未来を見つめなければならないし、それができる年代だと常々思っている私のちょっとしたフライングでした。謝々。

投稿: robita | 2008年9月18日 (木) 10時37分

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