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2008年9月29日 (月)

鈍くて傷つきやすい

メロンぱんちさんのお怒りはごもっともです。 →「余りにも不敬」 

失敬な質問をする近頃の記者は、相手が人間だということを忘れてしまっているのではないでしょうか。

たぶん、テレビやネットなどでの意見発信がより自由により刺激的になってきて、世の中全体が感覚麻痺の状態になってきているのではないかと思います。

個々の単語には非常に神経質で、いわゆる「言葉狩り」に息がつまるような状態でありながら、人の意見そのものは、しまりがなくなってきていると感じます。

何でも言ってやろう、何言ってもいいんだ、総理大臣だってからかってやるんだ、どうだ面白いだろう、なんか世の中がそんな雰囲気です。

先日「TVタックル」での出演者たちの嬉々とした言いたい放題について書きましたが、(昔の政治家は立派だったという幻想)、ストレス解消ならもっと他の方法があるだろうと思います。

ネット上では気が大きくなりがちで、それを通じての意見発信がこういう風潮を助長しているのかな、と自戒しつつ思います。

今、「犯人に告ぐ」(雫井脩介)を読んでいます。
勧められてなんとなく読み始めたのですが、警察の失態に対する記者会見でのつるし上げ、どう答えても責められるしかない質問を執拗にぶつけられる捜査官の苛立ち、そして、叩くだけ叩く世間の風潮に静かに物言う老刑事の「犯人は人間なんだ」という言葉などが出てきます。

たしかに、緩みによる失態もあるでしょうし、憎んでも憎みきれないクズのような人間もいます。許されないことはたしかにある。

でも、何から何まで、面白いから叩いてやろう、では人間社会収拾がつかなくなります。

お調子に乗って人を責めるのでなく、どうしてこうなったのか、どうしてそんなことを言うのか、想像力を働かせる感性を持っていたいものだと思います。

あるワイドショーで、室井佑月という作家が、福岡市の小戸公園で母が我が子を殺害した事件を「ぜーんぜんわかんない。せっかく痛い思いをして産んだのにー」と、あっけらかんと評していました。

ぜんぜんわかんない、って、あんた作家でしょ、と突っ込みを入れたくなりました。

お腹を痛めて産んだ子を殺してしまうには、いったいどんなことがあったのか、よほどのことがあったにちがいない、とかあれこれ想像することはないんでしょうか。

罪は罪として厳しく裁かれるべきですが、作家でなくても、この母の苦しみはどんなものだったのか、事件の裏にあるものを探ろうとしますよ、普通。

コメンテーターとしてはああ言うしかない、というのであれば、作家はコメンテーターなんか引き受けないほうがいいんじゃないかと思います。

今の世の中、人の感性は鈍いんだか鋭いんだかわかんないですね。

たぶん、他人に対しては鈍く、自分に対してはとてつもなく繊細な心遣いをするんでしょう。

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コメント

こんな風に取り上げていただき有難うございました。ネット上では多勢に無勢で、自分の価値観や見識や感覚にも自信がなくなっていくもので、「何故、ここで誰も怒らないのだろう?」とグラついたりもするもので、励みになりました。

室井佑月さんのようなコメンテーターがワイドショウで放つ一言は、実は想像以上に影響力が大きいんじゃないかと思ったりします。

室井さんは、快か不快かという直感的な反応をするので、視聴者には伝わり易い部分でもあるのかも知れませんね。「ぜーんぜんわからなーい」という感じの破壊的なコメントは、中身がないだけに受け入れ易いんでしょうか!?

俳優兼監督の津川雅彦さんが対談番組で「テレビってのは下品なんだよなぁ。映画館や劇場のお客さんは観に来てくれるお客さんなんだけど、テレビは目的を持たずに電話しながら観たりするものだから…」という主旨のお話をしていました。津川さんにして「下品」と言い切った部分に驚きがありましたが、確かにテレビって俗っぽさに勝るメディアなので、内容で勝負するよりも、一瞬のインパクトで勝負してしまっているのかなぁと思ったり…。

ではでは失礼しました。

投稿: メロンぱんち | 2008年9月29日 (月) 16時47分

★メロンぱんちさん、

「余りにも不敬」の記事は、一国の総理大臣に対する敬意のかけらもない若造クンへの抗議をお書きになったものですが、私は、それに強く同意しながら書いているうちに、ちょっと違う方向に行ってしまいました。

>テレビって俗っぽさに勝るメディアなので、内容で勝負するよりも、一瞬のインパクトで勝負してしまっているのかなぁと思ったり…。<

私は近頃テレビを見る時は割と腰を落ち着けて見るようになったからでしょうか、「今の言い方はちょっとおかしい」と思うことが多くなりました。
片手間に見るほうが、直截的な表現に影響されやすいかもしれません。
テレビで表現されることに取り込まれてしまわないように警戒が必要ですね。
新聞の読み比べとか言論誌などを読むことも必要だと思いますが、そればっかりやってるわけにもいきませんので、「勘」を働かせることが大事だと思います。

投稿: robita | 2008年9月30日 (火) 08時39分

室井さんはお仕事でテレビに出ている間、お子さんをどこかに預けているわけですよね。(確か息子さんがいたと思います)
自分のいろんな世界を持っていれば、子供の事でそれほど追い詰められるという事は無いと思います。
出産経験があるだけで、「母親の立場」を語れるわけでは無いのに、もし母親代表みたいな扱いなのでしたら、テレビ番組のいいかげんさが浮き彫りになりますね。

投稿: きょーちゃん | 2008年10月 1日 (水) 22時35分

★きょーちゃん、

働くお母さんにもさまざまな状況があって色々な人がいると思いますが、仰るように「母親代表みたいな扱い」であれば、適切ではありませんね。
室井さんは以前「私がいなくても友人たちが家に上がりこんで勝手に酒盛りやってる」と笑いながら言ってたことがありました。
そういう時、お子さんはどうしてるのかなと私は思ったのですが、スタジオでは誰も突っ込みませんでした。ま、そんな野暮な質問はテレビではしないでしょうけどね。
仕事が終わって急いで買い物して家に帰り子供にご飯食べさせる、という普通の働く母親像とは遠いところにある人じゃないかなあと思います。

投稿: robita | 2008年10月 2日 (木) 11時00分

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