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2008年11月25日 (火)

麻生さん

麻生さんが総理大臣になって2ヶ月。
相変わらず、難問山積で、野党からもマスコミからも身内の自民党からも批判の嵐でさぞかし大変なことだろうと思います。

でも、安倍さんや福田さんのように気の毒な感じはしないのはなぜでしょう。

このお二人は、総理の地位がほしくてなったというより、今この局面ではあなたしかいない、というような請われ方をして、おそらく悲壮な決意をもって引き受けたようなところがあるからかもしれません。

しかし、麻生さんは「総理大臣」になりたくてなったんだろうなあ、という印象をなんとなく受けます。

あちこちから叩かれてもぜんぜん可哀想じゃない。
ハラハラしないんですよね。
思えば社会党の村山総理から橋本総理に代わった時も胸をなでおろしたものでした。 → 「惻隠の情」  
橋本さんが叩かれてもぜんぜん可哀想じゃなかったのです。

麻生さんは、厳しい批判を受けて当然の言動が多すぎるとか、首相として何もやっていない、からでしょうか。
打たれ強そうに見えるからでしょうか。

それとも単に私がこの人を好かんからでしょうか。

なんか、パフォーマンスがわざとらしくてくどくて良い感じを受けないんですよね。

まあ、総理大臣を見た目とか好き嫌いで判断してはいけませんし、まだ2ヶ月しかたってないので、あまり悪口は言わないほうがいいですね。個人的好き嫌いは政治と関係ないし。

カッコばかりつけてないでちゃんと政治をやってくれればそれでいいんですけど。

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2008年11月12日 (水)

軍人

田母神航空幕僚長が叩かれている。

少なくともテレビのニュースショーなどでは、「政府見解に反することを航空自衛隊の長は言うべきではない」という意見一色だ。

そういうのを見て、世の善男善女は「田母神は悪者だ」というイメージを固定させてしまうのだろう。そのことが、田母神氏の論の頷ける部分までもが「間違いである」とひとくくりにされてしまうことはないのだろうかと心配だ。
やはり日本は極悪だった、という歴史観が息を吹き返してしまうのではないだろうか。

戦後60年、傾きすぎた思想軸が、このところせっかくまともになりつつあったのに、またぞろ「左翼」に力を与えてしまうことになってしまわないだろうか。

産経新聞「【正論】東洋学園大学准教授 櫻田淳 空幕長論文の正しさ・つたなさ」 は、その危惧を的確に伝えていると思う。

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櫻田氏は、自衛官を「軍人」とみなしているからこそ、「農民の救済を唱え政治の改革を叫ばんとする者は、先ず軍服を脱ぎ然る後に行え」 という阿南推幾の訓示を引用したのだろうと思う。

ところが、自衛隊の軍事活動を否定し、自衛官を単なる公務員とみなしているであろう人々までもが、シビリアンコントロールがどうの軍が暴走するのと騒ぎ立てるのは何か変な感じがするのだがどうだろうか。

自衛官だって国民の一人なのだから、言論の自由の保障されている国で持論を発表して何が悪いのか、という意見はその人々から出てもおかしくないような気がする。

私は、日本政府の公式見解は公式見解として、少なくとも日本国民は、正された歴史観を共通認識として胸に抱くことはできないかと、このブログでもたびたび言ってきた。

検証能力がないから、田母神論文のどこが稚拙でどこが正しいのかわからない。

しかし、日本人として、東京裁判の理不尽さを理解することや、今の価値観で当時の日本人を裁くことの傲慢さを反省することは必要だと思う。

国民が偏った歴史観に染まったままでいることが、「軍人」が政治的発言をしてしまう原因なのかもしれないから。

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2008年11月11日 (火)

オバマ!

≪民主主義は本質的に衆愚主義でしかありえず≫ →「断」 呉智英  

国民がもっと賢かったら、麻生政権の支持率調査で「支持」を表明するんでしょうにねえ。
支持率が低いから総理は解散できないんですよ。
解散させたかったら「支持率」上げてあげなくちゃ。

私はどんな政権でも応援することにしてるんです。→「たとえ福島瑞穂でも」(笑) 

ところで、呉氏は小浜は「愚」だと言っているのでしょうか。
そうだとしたら、オバマ勝手連に関しては私は意見が違います。
基本的に、常磐のフラダンスとか幕張のシンデレラ城なんかと変わらないんじゃないかなあ。
「愚」じゃなくて「朗」とか「柔」と評価してあげたい。
ハワイアンセンターやTDLのように持続させることはできないと思いますが、名を売るきっかけにはなっているでしょう。
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2008年11月10日 (月)

波音

5年ほど前の朝日新聞に載った、作家小池真理子のエッセイ「波音は今もひそかに息づく」の抜粋である。

≪ 晩夏の頃、日本海に面した小さな村に仲間と共に滞在し、毎日毎日、海を眺めていたことがある。
私はまだ19歳の学生だった。生意気で、訳知り顔ばかりして、そのくせ、病的なロマンティシズムから逃れられず、自分自身を扱いかねるあまり、呆然と立ち止まってしまうような小娘だった。___中略___

残暑の太陽は強烈に肌を焦がした。海をわたって吹いてくる風は乾いていた。遠い水面を水鳥が飛び交うのが見えたが、鳴き声は聞こえなかった。風の音も、木立で鳴き続ける蝉の声も、世界中のあらゆる音が、水の騒めきの中に溶けていた。
夜になると仲間たちと一緒に酒を飲んだ。中空に浮かぶ月を見ながら、吉田拓郎の「旅の宿」を歌った。____中略____

生活のすべてが「想い」の中にあった時代。生きるということが、想うこと、考えること、感じることだけで充たされていて、生活者としての煩瑣(はんさ)な義務など、親に任せておけばよかった。
あの、若者特有の貴族的傲慢さが消えてから、長い時間がたつ。私も当時の親の年代に至った。現実の壁は途方もなく厚く、「想い」だけがすべてを充たしてくれる、とはもう思っていない。

それでも時々、夏になると、入り江の堤防に打ち寄せていた波の音が甦る。今も自分の奥底深く、ひそかに息づいている何かに気づかされる。____後略____ ≫

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左翼の言説に触れる時、私はよくこのエッセイを思い出す。

人の社会には「若者の想い」も「大人の対処」も必要だ。「純粋な願い」も「合理的な判断」も「理想」も「現実」もすべてひっくるめて、世の中はバランスをとっている。

それがわかっているからだろうか、筑紫哲也氏の死去を受けて更に加速するであろう左翼言説の弱体化を、彼に批判的だった人々までもが危惧しているように見える。

以前こういう記事を書いたことがある。

「もしかしたら崇高な新聞」 
「朝日新聞と共産党」 

世の中のバランスをとるために、左翼は必要であり、国家が存在するかぎり未来永劫お互いに批判し続けることに意味がある、ということであり、発展や成長は段階を踏む必要がある、ということである。

「ニュース23」をあまり見ていなかったので、筑紫氏がどれほど左に傾いていたのかはよく知らない。

一度、「なぜ人を殺してはいけないのか」という若者の面妖な質問に過剰に反応して、それを題材に作家の柳美里氏と共に「ニュース23」の番組ほとんど一つ費やしているのを見たことがあったのだが、そういう姿勢に良い印象を持たなかった。

しかし、長らく日本を覆っていた「ひとつの空気」を蔓延させた勢力、今となっては少数派の代表者の一人であったことはたしかだと思う。

「その空気」から逃れた人々は、粘り続けるその少数派を嫌悪し、冷笑し、早く目覚めなさい、早く青臭さから脱却しなさいとメッセージを送り続けてきたのだが、筑紫氏の存在がなくなったことで、「はりあい」がなくなるだろうか、あるいは、世の中が一方向に流れてしまうだろうか。

そういうことを心配する人もいるようだが、私は決してそんなことはないと思う。

なにしろ左翼の声は大きい。目立つ。筑紫氏がいなくても全然心配することはない。

ただひとつ、文句を言いたいのは、日本の左翼は「反日」傾向が強いということである。これはぜひ直していただかないと。 →「左翼とは何ぞや」

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青い海がいかに凪いで美しく見えようと、外海に漕ぎ出だせばその荒々しさをどうにかして乗り切らなければならない。生き残るために。
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2008年11月 7日 (金)

「いちばん綺麗なとき」

先週の土曜日、昔のドラマの再放送を見ました。

NHKアーカイブス「いちばん綺麗なとき」

つけっぱなしのテレビで、途中からだったけれど、引き込まれてお終いまで見てしまいました。やはり山田太一はいいです。

数ヶ月前にも、向田邦子の「父の詫び状」をやっていて、これも昔すでに見ていましたが、今の時代に見ても、改めて素晴らしいドラマだなあと感激しました。

まだ見ていない人に種明かしをしてはいけないので内容は書きませんが、機会があればぜひ見てほしいと思います。

私は特に山田太一のものが好きなので (山田太一のドラマが見たい)、これからも昔のドラマの再放送は見逃さないように気をつけなければ。

昔は本当に良いドラマが多かったです。

今でも、面白いものはあるにはありますが、そして、時代に合った問題なども上手に盛り込んであって、なかなか楽しめるとは思います。

でも、昔のドラマの「正統性」は、今の時代、逆に新鮮味を味わえるのです。

ドラマの後、脚本を書いた山田氏のインタビューがあり、こんな話がありました。

「世の中にメッセージを送りたければ、論理的な文章で良いわけだけれども、言葉で伝えられないものがある。ドラマはそれを伝えることができる」

正確ではないけれど、そういう主旨でした。

ほんとうにそうだなあと思います。
芸術の使命なのですね。

劇団四季の浅利慶太氏も言っています。

「演劇の使命は、人生は素晴らしいという感動を味わってもらうこと」

100の言葉を尽くして説教されるより、一篇のドラマで心を激しく動かされることを、誰でも経験しているはずです。
感動は人間の行動の原動力となります。子供たちにも大いに演劇を見てもらいたいものです。

山田太一の新連続ドラマ「ありふれた奇跡」(主演 仲間由紀恵・加瀬亮)が来年1月から始まるそうです。楽しみに待ちたいと思います。

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