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2009年2月17日 (火)

育てられる夫

よく見聞きすることだが、妻に先立たれたり、あるいは入院などで不在になって、残された夫が何も家事ができなくて、「それは妻の責任だ」とか言われたり、妻自身が「私のせいで夫が一人では何もできない人間になってしまった」などと自責の念にかられたりする。

これは非常におかしなことだ。

いったい、いい年をした大人の男を、なぜ妻がそこまで面倒を見なければいけないのか。

妻がいなくなった時のことを考えて、常日頃備えをしておくのは夫自身の責任ではないのか。妻が永久に自分の面倒を見てくれると思い込んでいるとしたら、あまりにノーテンキだ。

妻が「あなたは絶対に台所に入ってもいけないし、掃除洗濯をしてもいけない」と強権を発動して半ば暴力的に夫の家事を禁止しているのならともかく、夫は一人前の大人である。

「お前がいなくなった時のことを考えて俺も家事を覚えようと思う」と、自発的に提案してこそ、自立した大人と言えるのではないだろうか。

ま、ちょっと親切心を出して妻が提案してみるのも温かい夫婦愛が感じられてとても良いけれど。
それでも危機意識が持てないならそれはどうなろうと自己責任である。

妻がいなくなってからあわてるのは、それは妻のせいではない。「自分の育て方が間違っていた」などと母親のような気持ちで後ろめたく思う必要など全然ないのだ。まったくどこまで夫を子供扱いしているのだろう。

これは一人の人間としての危機管理の問題である。

 

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コメント

スルーしたほうがいいのかも知れないけれど、…少し気になる。
私の世代、夫が年金生活に入った方をチラホラ。
で、夫が毎日が日曜の場合、結構妻の発言の強さに、ドキッとします。
今まで主婦をしていた方に多い。定年で会社行っていないから、私と一緒でしょ、という発想。
収入の大部分は夫が就労してきたから受取る年金なのだけれど、収入管理はずっと妻だから、昇給見込みのない年金になって、特にご機嫌取って支えなくても、入ってくることには変わりはない、そんな気配を感じます。
お昼ご飯は、私に頼らないで、外食しに行ってよね、などと。
うーん、長年働くって、御苦労なことだったと思うけれど。
世には、やる気のないオヤジもいるのだろうけれど、すっかりご機嫌取りを辞めてしまった熟年妻も見受けられ、ああ、他山の石です。
因みに、台所に入りまくりの我が家の場合は、この記事は該当しません。今朝の焼き立てパンもヨーグルトも自家製、夫製です。あっ、ヨーグルトに入れるマーマレードも最近は作るようになりました(笑)。

投稿: 街中の案山子 | 2009年2月18日 (水) 12時39分

★街中の案山子さん、

夫に収入があるうちはご機嫌取りをして、年金生活になると冷たくなるって、妻の風上にもおけませんねえ(笑)
妻としてじゃなく人間としてどうなのという感じ。
私の周りにはそんな人でなしはいませんが、世間に熟年離婚が増えてるのもそういうことの表れでしょうか。

>長年働くって、御苦労なことだったと思うけれど。<

そうそう、感謝しなくちゃいけません。

でも、妻に先立たれたら否応なしに自分で家事をやらなくちゃいけませんよね。
案山子さんの周辺で見受けられる専業主婦のみなさんは心を鬼にして旦那様を鍛えていらっしゃるのかも(笑)

ただ、近頃は何もしなかった男性が家事をするのはものすごく簡単なことだと思います。
炊飯器もあるし全自動洗濯機もあるし、あとは料理本などがあれば別にそれほど困らないんじゃないでしょうか。

女性だって、そういった電化製品がなければ家事が出来なくなる人多いんじゃありませんか。
それほど現代の家事は楽です。
パンやヨーグルトやジャムなど作れなくたっていくらでも売ってるんですから。

この記事の主旨は「妻に先立たれた夫が家事に苦労するのは妻の責任ではない」ということです。

投稿: robita | 2009年2月18日 (水) 16時06分

確かに、記事の本意を逸脱しています。ゴメン。
30年間ほど、男仕事する人、女家事する人の役割分担がしみこんでしまうと、なかなかなのでしょうね。

投稿: 街中の案山子 | 2009年2月18日 (水) 22時41分

★街中の案山子さん、

>記事の本意を逸脱しています。ゴメン。<

いえいえ、案山子さんがコメントくださるので、私は言い足りなかったことを補充できるのです。いつもほんとうに有難いと思っています。

>役割分担がしみこんでしまうと、なかなかなのでしょうね<

役割分担夫婦の行く末を案山子さんはとても案じていらっしゃるようですが(笑)、要するに共稼ぎだろうが分業だろうが、夫婦が仲良く暮らすよう努力することが大事なので。
いずれにしても今の時代、家事はそれほど大変なことではなく、初めての男の人にもそんなに難しいことではないと思います。たとえ、汗をかきかき四苦八苦したとしても、それも人生ドラマだと私は思っていますから。

投稿: robita | 2009年2月19日 (木) 10時51分

男性女性の役割というよりも、人間力を共につけていたいですね。ひとりきりでも自立できるのが大人です。

一人暮らしを独身の頃に経験する事は、人間力を磨くと思います。自分で稼ぎ、家計のやりくりもし、買い物や家事全般を覚えられます。お互い稼ぐ大変さ、家庭を整える大変さを知っていれば思いやりも生まれますしね。
結婚する時、そういうところも条件(なんて言うとおこがましいですが・・・)にありました。夫はすべてこなせる人です。もちろん夫婦の作業を分担している今は、私が家事育児全般をしています。

逆も言えますね。
もし夫が倒れた時に「稼げる妻」かという事です。私は一応、専門を持っているので、夫ほどは稼げなくとも、万が一の時にそれなりにやっていける収入を得る自信がありますが、そうでない妻の場合は、夫が定年になってから家事が出来ない事を責める事はできないと思いました。

私も自分は出来ないのに夫だけ責める妻にならないよう、いつ仕事に復帰しても困らないようスキルを磨いておきたいです。
子供が大きくなってきたので、そういう時間もとれてうれしいです。

投稿: きょーちゃん | 2009年2月19日 (木) 11時42分

「妻に先立たれた夫が家事に苦労するのは妻の責任ではない」
そうです。
でも、はたと考えてみました。これは意識や生活習慣の変遷に緩急があるから、なのだと。
かつての家父長制の時代、男は、妻に先立たれると、多くの場合嫁さんが世話をしました。だから隠居しても家事を得意になる必要がなかったのです。
ところが、世代単位の考え方が浸透してきたので、夫働く(収入)人、妻家事担当、まではよかったのですが、同じ時に人生が終了するわけではないから、問題発生となるのでしょう。
収入の方は、遺族年金という形で、国が支給を続けてくれるから、収入が途絶える心配は比較的薄らいでいる、これが実情なのでしう。無年金の夫だったりしたら、悲惨です。

投稿: 街中の案山子 | 2009年2月19日 (木) 12時31分

★きょーちゃん、

お久しぶりです。

>そうでない妻の場合は、夫が定年になってから家事が出来ない事を責める事はできない<

仰る通りですね。
ただ、私は「夫が一人きりになってしまった時」の問題として、生きるための最低限の家事は余儀なくされる、という意味をこめてこの記事を書きました。

私は、「家事ができるできない」と「稼ぐ仕事ができるできない」は同列に並べて比べるものではないと思っています。分担作業とはいえ、次元の違うものです。

仕事をしてお金を稼ぐのは明らかに「自立」であり、家事しかできず稼げない専業主婦は明らかに「自立」していません。

今の時代を生きる若い世代の方たちには理解しづらい感覚かもしれませんが、私たちが若い頃の平均的サラリーマン家庭では夫が働き、妻は専業主婦として家事育児をしながら夫を支えていたと思います。(もちろん商家や農村ではそれは当てはまりませんが)

妻は収入を得ることはできなかったけれど、そのかわり、夫は自分が死んだ後も妻子が困らないよう、生活基盤を整え、保険に入るなどして、責任を全うしようと努力しました。

「妻子を食べさせる」、これが男の甲斐性だったわけです。

お父さんが一生懸命働いてくださっているから私たちは食べていける、家庭の空気は、程度の差こそあれ、だいたいみんなこのようではなかったかと思います。

それが「父権」の根拠ともなっていたはずです。

しかし、今は「もたれ合い」は許されない時代になりました。人間一人ひとりが自立して生きるべき時代であり、労働市場も女性の働き手を要求します。
まさに記事中の「一人の人間としての危機管理能力」が問われる時代です。

こうして家庭の姿も世の中の空気も進化していくわけですね。

投稿: robita | 2009年2月20日 (金) 10時05分

★街中の案山子さん、

そうですね。きょーちゃんさんへのレスにも書きましたが、価値観や生活様式の変化ということですね。
人は自由になり不自由になった、というのが私の感想ですが、当然の成り行きなのです。

投稿: robita | 2009年2月20日 (金) 10時08分

うちの父は80を越え ひとり暮らしです。母は数年前から認知症がひどくなり施設に入ったので 老年から別居ということになりました。母と別々に暮らすようになって改めて「家の大黒柱(精神的な)は 母であった」と再認識しました。3年ほどは 父は「身の回りの世話する人を失い、娘二人もとんと冷たい・・・自分は世界で一番不幸である」とばかりにジタバタしていました。冷たい娘二人が「殿様じゃあるまいし!自分のことくらい自分でしなはれ。空襲のさなか伝家の宝刀はしっかり大八車に積んで逃げ切った根性があるんやさかい やればできる!」と突き放しても「箪笥にしまってあるタグのついた新品のパジャマ、おかーちゃんのお許しもなく 着てええんやろか・・・」といまだにビクついています。どうやったらここまで夫を調教(呪縛)できるのか 今となっては聞き出すのも難しい。ワタシはここまで夫を縛りたくないとも思います。かといって 私がいなくなっても困らないように育てよう とも思わない。自己責任だと思います。ですが 息子は「自炊」できるようにしてあげたいと思います。 (^0^)

投稿: でこサングン | 2009年2月23日 (月) 19時47分

★でこサングンさん、

>「家の大黒柱(精神的な)は 母であった」<

仰る通りで、これは昔からだいたいどこの家庭でもそうなんです。
封建的な武士の家庭でも、表面的には父親が威張っているように見えても、実質的に亭主は奥方に頭が上がらなかったんじゃないですか。
奥さんの機嫌を損ねると実害を蒙るのは今も昔も変わりません。

私の生家も母は家事以外なにもできない人で全て父の言うとおりにしていましたが、それでもどこかしら父は母の顔色を窺っているようなところがありました。弱みを握られるところなど(浮気など)全くなく極めて誠実な人であったにも関わらずです。

仰るように、妻は夫を呪縛しているのかもしれません。見えない何かで。

ただ、80歳を越えられたお父様を突き放すのはちょっと可哀想・・・・。なんとかなりませんか(笑)

投稿: robita | 2009年2月24日 (火) 10時26分

ご心配ありがとうございます。食べるほうは宅配弁当(夕食のみ)と自炊、ごくたまに ワタシからの差し入れ。週二日は近くの施設に歩いてデイサービスに出向き、筋トレと麻雀、近くの特養老で囲碁ボランティア、さらに 月に二日は小学校で囲碁教室の講師、週末は施設から母を連れ出し喫茶店などでデート(私も参加)・・・ と本人いはく「忙しくて仏壇買うヒマがない」状態で どうにか無事を保っております。

投稿: でこサングン | 2009年2月25日 (水) 11時36分

★でこサングンさん、

お父様、楽しそうにやっていらっしゃるじゃないですか。
娘さんも、突き放すような威勢のいいこと仰りながら、実は温かくフォローしていらっしゃるんですね。
いいご家族ですね。

投稿: robita | 2009年2月25日 (水) 16時44分

 二週間ほど長男が入院しており、当然の事ながら残る二人の子供の世話と家事は私がやることとなりました。(同居している私の父母の応援の元にですが)
 これって冒頭の夫が直面したとするならば、「長男が病気になるのがいけない」「妻が付き添うのがいけない」「病気がいけない」「入院させる病院がいけない」と言うことになってしまいますね。
 私の場合、どう対処するかを考えるのが精一杯で、とてもではありませんが責任の所在を明確にする余力はありませんでした。

 これは責任を他に押しつけて自分は関係ないという一部の特異例の話で、世の多くの男性とは関係ないように思いました。
 夫婦は二人三脚と役割分担であるにもかかわらず、これまでも家庭に何かあった際に「自分は関係ないから知らない」と言っていた方なのでしょう。

投稿: 山本大成 | 2009年3月10日 (火) 11時34分

★大成さん、

この記事では夫の家事的自立について随分と厳しい一文を最後に書いていますが、私は男性は女性と同じように家事などできなくたって一向に構わないと思っています。
第一、今の時代男性が独りになったってちっとも困りませんから。
よく妻が「私が家事を全部引き受けてきたから夫が何もできない人になってしまった」などと自分を責めたりしますよね。それはちがうでしょうと言いたいのです。
夫は外で働き、妻が家事育児をやってきたのなら、それは立派な分担作業だと思うのです。妻は後ろめたく感じることは何もない、ということを言いたかったのです。
妻がいなくなって夫が家事に困るということがしばらくの間あったとしても、やがてどうにかこうにか覚えていくものだと思います。
その「どうにかこうにか」が人生じゃないかと私は思うのです。
「保険のかけすぎ」 という記事にも書いたことがあるのですが、「困ること」によって人間は学びます。おおまかな未来について保険をかけておくのはもちろん大切なことですが、あまり細かい点で用意周到にし過ぎるのはどうかな、と思う次第です。
ですので、何もできない夫を責めるつもりはないんですよ。
家庭の一大事の際には、たいていの家族は一致協力して困難に立ち向かうものだと思います。

投稿: robita | 2009年3月11日 (水) 10時02分

ここでコメントをさせて頂いて以来、ずいぶん偉そうに書いたんじゃないかとずーっと気にしていまして、今再読すると本当に偉そうです。大変失礼致しました。
こんなに前だったんですね。もやもやしていずに、早くまたコメントに来ればよかったです。

あの後、ネットの記事で『定年後ずっと家にいる夫に「オイ」とか言われながら着替えからなにからすべて用意させられている女性がたまらず、外で一日のほとんどを過ごす』というのを読みまして、非常に同情してしまいました。
その夫も悪気はなくて、普段のままの言動でいるつもりなのでしょうが、もう少し妻の気持ちを感じるとか、自分を客観的にみるといいですね。大の男の人に「こうしなさい」と誰も言わないのは優しい心なのですし・・・。プライドを傷つけることこそが一番いけないでしょうから。
過去記事に、失礼致しました。

投稿: きょーちゃん | 2009年9月11日 (金) 13時04分

★きょーちゃん、

そんなに恐縮されると困ってしまいます。
私の記事もずいぶん過激な書き方してるなあ、と反省してます。
主旨は「夫が家事をできなくしたのは自分の責任」という妻の自責の念に疑問を呈したものなのですが、なんか家事のできない夫を責めているような文章になってますね。
きょーちゃんのコメントは別に偉そうとは思わなかったですけど、私としては慎重に文章を書かなければなりません。

>大の男の人に「こうしなさい」と誰も言わないのは優しい心なのですし・・・。プライドを傷つけることこそが一番いけないでしょうから。<

「プライドが傷つく」のは男の専売特許ではない時代には、「男の甲斐性」も甲斐がない(笑)

投稿: robita | 2009年9月12日 (土) 08時09分

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