共産主義者でも、資本主義で豊かになった国に住んでいれば、その恩恵に浴しながら生きることになる。
イスラム原理主義のテロリストは憎悪の対象である欧米の文明の産物をおおいに利用しながら活動している。
ガンジーは英国文明を否定し、機械化産業を拒否し、それが始まる前の生活をインド人に奨励しながら抵抗運動を行った。
今、高度にIT化ハイテク化した産業構造はインドに経済発展をもたらした。
ガンジーは今のインドを見て「嘆かわしい」と言うのだろうか。
「その都市国家には石油資源がない。わき出る水もなければ、人手のかかる農産物もできない。これらすべてが外国依存である。あるのは交通の要衝として地理的な優位性と、彼らの頭脳だけだ。
この限られた条件下で、指導者は国民の「繁栄」と「安全」を確保するために政治構想力を駆使するしかない。日本の政治家が得意な政争術など何の役にも立たない。悪いことに金融危機がこの小国にも襲いかかった。」
これは経済発展著しいシンガポールを表現した文章である。→産経新聞 ≪湯浅博「くにのあとさき」≫
「外国からカネとモノを呼び込む努力をする」・・・・・これが悪いことであるはずがない。
我が国で、「金融強国を目指さなければ世界で生き残ることはできない」そう考えた為政者の戦略は、格差を生み、続いて世界的金融危機によって景気が悪くなると、「それ見たことか」とさんざん叩かれる。「構造改革のせいで日本がめちゃくちゃになった」と叩かれる。
保守主義者の藤原正彦先生や佐伯啓思先生などがその言の代表で、「日本人は武士道でいこう」と強調なさる。
私は武士道は大好きで、その復活は大賛成で、日本人が品格を取り戻すことにも大賛成である。
コツコツとものを作り、商道徳を守りながら国内でお金が廻るように励む、とても素晴らしいことだと思う。
でもそれは「矜持を保つためには、金儲けは二の次だ」「日本は世界金融の流れに乗らない」ということを意味するのではないだろうか。
私自身は「家族仲良く小さな幸せを享受できればそれでいい」と思っている。
しかし大部分の日本人が果たして本当にそう思っているかどうか極めて疑わしい。
私より良いものを着て良いものを食べて華やかな生活をしているであろう人たちが「金儲けはあさましい」などと言うのは、自分の言っていることの意味がわかっていないだけだろうと思う。
先週の政治バラエティ番組「太田光の 私が総理大臣になったら」では、タレントの坂東英二さんが「小中学校の授業に『金もうけ』という科目を設ける」ことを提案していた。
私は、お金がどう世の中を廻っているのかの仕組みを教えるのは悪いことではないと思うが、子供に投資の具体的な方法などを教えなくてもいいんじゃないかと思うし、出演者の意見もそういう傾向だった。
タレントの室井佑月さんなどは「金儲けに一生懸命になる人は嫌い」と清廉ぽい発言をしていたが、坂東さんは最後に「でも、みなさん、お金がなければ暮らしていけないでしょう。お金儲けは悪いことだなんて思わないでください」と当然すぎる意見を述べていた。
要するに、お金は降ってこない、誰かが用意してくれるものでもない、自分で稼がなくてはならない。
さらにみんなより豊かになりたいと思えば、モノを作って売るだけでなく、カネを廻して儲けたってそれは資本主義社会なら当然のことだ。
少なくとも、テレビに出まくって何の役にも立たないコメントを乱発している室井佑月さんの稼ぎ方よりずっと潔いと思う。
「品格」と「生き残り戦略」を両立するのは至難の技だ。不可能かもしれない。
だから「欺瞞」に気がつかないふりをして人は生きる。生きなければならない。
どうか綺麗事と感情論だけに流されて日本を沈めないようにしてほしい。
でないと個人個人が小さな幸せにさえありつけなくなるのだから。
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