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2009年3月 9日 (月)

景気アップがお望みならば

共産主義者でも、資本主義で豊かになった国に住んでいれば、その恩恵に浴しながら生きることになる。

イスラム原理主義のテロリストは憎悪の対象である欧米の文明の産物をおおいに利用しながら活動している。

ガンジーは英国文明を否定し、機械化産業を拒否し、それが始まる前の生活をインド人に奨励しながら抵抗運動を行った。
今、高度にIT化ハイテク化した産業構造はインドに経済発展をもたらした。
ガンジーは今のインドを見て「嘆かわしい」と言うのだろうか。

「その都市国家には石油資源がない。わき出る水もなければ、人手のかかる農産物もできない。これらすべてが外国依存である。あるのは交通の要衝として地理的な優位性と、彼らの頭脳だけだ。
この限られた条件下で、指導者は国民の「繁栄」と「安全」を確保するために政治構想力を駆使するしかない。日本の政治家が得意な政争術など何の役にも立たない。悪いことに金融危機がこの小国にも襲いかかった。」

これは経済発展著しいシンガポールを表現した文章である。→産経新聞 ≪湯浅博「くにのあとさき」≫

「外国からカネとモノを呼び込む努力をする」・・・・・これが悪いことであるはずがない。

我が国で、「金融に強くならなければ世界で生き残ることはできない」そう考えた為政者の戦略は、格差を生み、続いて世界的金融危機によって景気が悪くなると、「それ見たことか」とさんざん叩かれる。「構造改革のせいで日本がめちゃくちゃになった」と叩かれる。

保守主義者の藤原正彦先生や佐伯啓思先生などがその言の代表で、「日本人は武士道でいこう」と強調なさる。

私は武士道は大好きで、その復活は大賛成で、日本人が品格を取り戻すことにも大賛成である。

コツコツとものを作り、商道徳を守りながら国内でお金が廻るように励む、大変素晴らしいことだと思う。

でもそれは「矜持を保つためには、金儲けは二の次だ」「日本は世界金融の流れに乗らない」ということを意味するのではないだろうか。

私自身は「家族仲良く小さな幸せを享受できればそれでいい」と思っている。しかし大部分の日本人が果たして本当にそう思っているかどうか極めて疑わしい。

私より良いものを着て良いものを食べて華やかな生活をしているであろう人たちが「金儲けはあさましい」などと言うのは、自分の言っていることの意味がわかっていないだけだろうと思う。

先週の政治バラエティ番組「太田光の 私が総理大臣になったら」では、タレントの坂東英二さんが「小中学校の授業に『金もうけ』という科目を設ける」ことを提案していた。
私は、お金がどう世の中を廻っているのかの仕組みを教えるのは悪いことではないと思うが、子供に投資の具体的な方法などを教えなくてもいいんじゃないかと思うし、出演者の意見もそういう傾向だった。

タレントの室井佑月さんなどは「金儲けに一生懸命になる人は嫌い」と清廉ぽい発言をしていたが、坂東さんは最後に「でも、みなさん、お金がなければ暮らしていけないでしょう。お金儲けは悪いことだなんて思わないでください」と当然すぎる意見を述べていた。

要するに、お金は降ってこない、誰かが用意してくれるものでもない、自分で稼がなくてはならない。
さらにみんなより豊かになりたいと思えば、モノを作って売るだけでなく、カネを廻して儲けたってそれは資本主義社会なら当然のことだ。

少なくとも、テレビに出まくって何の役にも立たないコメントを乱発している室井佑月さんの稼ぎ方よりずっと潔いと思う。

「品格」と「生き残り戦略」を両立するのは至難の技だ。不可能かもしれない。

だから「欺瞞」に気がつかないふりをして人は生きる。生きなければならない。

どうか綺麗事と感情論だけに流されて日本を沈めないようにしてほしい。

でないと個人個人が小さな幸せにさえありつけなくなるのだから。

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コメント

タイトルの「幸か不幸か専業主婦」を見て立ち寄りました。独身の私から見れば、専業主婦でいられる幸せでは、と思いますが、人それぞれ、他人にはわからない悩みもあるのでしょう。

-「「品格」と「生き残り戦略」を両立するのは至難の技だ。不可能かもしれない。-

今、それに近い問題に直面しています。本年度の税金申告書を書き終え、「生き残り戦略」のため、不本意な仕事をするかもしれない私に、「品格」を説く母。しかし、霞を食っては生きられません。

投稿: ハンナ | 2009年3月 9日 (月) 15時50分

★ハンナさん、

はじめまして。コメントありがとうございます。

専業主婦でいられることを私は幸せだと思っています。
大黒柱たる夫の稼ぎで一家が暮らしてきました。私が貢献した部分も小さくありません。
私の世代ぐらいまでは、夫が稼いで妻が支えるというパターンは特別のことではありませんでした。
夫に養ってもらうという生き残り戦略は現代社会では女性の矜持の有無を問われてしまう問題ですが、この社会には専業主婦によって担われていることもたくさんあります。
なるべく貢献して生きていきたいと思っています。

>霞を食っては生きられません<

品格と生き残りのジレンマを調整しながら生きるのが人間だと思います。
戦後の食糧難時代、国民のほとんどがヤミ米を食べて生きていた時に、法律と矜持を守って餓死した裁判官がいました。
不本意な仕事がどのようなものかわかりませんが、「踏むがいい」と声をかけてくださるかもしれません、神様が。

投稿: robita | 2009年3月10日 (火) 07時34分

 子供の入院で慌ただしくなかなかネットを見て回れる時間が取れなくなってしまい、しばしご無沙汰しておりました。
 金儲けは性教育と同じで必要になれば自然に覚えるものであり、小中学高レベルで教えるのは仕組み程度で良く(どんな仕掛けでお金が回って仮定が成り立っているのか?、どんな仕組みで自分自身が生まれ今自分自身の体の変化は何なのか?程度)、教えねばならないのはモラルや善悪の価値観ではないかと思っています。
 むしろ「銭について語るのは後ろめたいことだ」「性については公の場で語るのは恥ずかしい」と言うぐらいでちょうど良いのではないかと思いますが、いかがでしょうか?

 放って置いても自然に覚えることですし、私自身もそうだつたと思いますので...。

投稿: 山本大成 | 2009年3月10日 (火) 11時16分

感想を3点
(その1)シンガポールは、少しの知識しかありませんが、人材で生き残ろうとしている国という認識があります。留学生を受け入れるときは、知能テストの類の審査をしているとか。
そりゃ、どの国も優秀な人に来てもらいたいのが本意でしょうが、ドライに割り切っている国という印象を受けました。
(その2)「武士道」って、文字が武力と結びついていそうで、嫌いだったのですが、つい先日、新渡戸稲造の言わんとした「武士道」を取り上げた番組の録画を見ました。彼の訴えたかった「武士道」は、開国以来、欧米追随傾向が顕著な自分の国にあって、自分の国の真髄を世界(主として米国)に、伝えるために書かれたものであり、スッキリと受け入れることができたし、こんな本を世界に向けて出版した彼の生き方に接することができて、充実感を覚えました。
(その3)小中学校でお金儲けを教えるかどうか、儲けることより、お金の使い方を教えるべきです。クレジットで物を買うと、あとから支払が続くこと。「貸す」ことを業としている人は、利息を目的にしているのだから、支払額は利息が加算されることを教えるべきです。
「儲ける」ことに興味や関心のある人は、教えなくても、自分で身につけるでしょう。情報はいっぱいあるのですから。
ただ、消費者被害に遭わない程度の知識は、一般人すべてが理解しておいた方がいいと思います。振込め詐欺にあう「だいの大人」がまだまだなくならないのが日本ですから。
長くなりましたが、それでは。

投稿: 街中の案山子 | 2009年3月10日 (火) 12時44分

★大成さん、 

>子供の入院で<

このところ、他の方のブログをあまり開いていなかったので、いま記事を拝見させていただいてびっくりしました。さぞご心配だったでしょうが、無事に退院された由、本当によかったですね。ご健康を心からお祈りします。

>むしろ「銭について語るのは後ろめたいことだ」「性については公の場で語るのは恥ずかしい」と言うぐらいでちょうど良いのではないかと思いますが、いかがでしょうか?<

そうですね。私もそう思います。
ただ、今のご時世、大人と子供の境界線がなくなったこともあって、なかなか、そのような大人の教えが功を奏しません。
小学校2・3年生くらいから既に大人の領域に入り込んできますからね。これはそういう環境を作ってしまった大人の責任でもありますが。
大切なのはやっぱり幼児教育かなあと思います。

投稿: robita | 2009年3月11日 (水) 09時31分

★街中の案山子さん、

>ドライに割り切っている国という印象を受けました。<

だいたい、こじんまりと豊かな国というのはそういう印象がありますよね。
スイスとか北欧とか。

>「武士道」って、文字が武力と結びついていそうで、嫌いだったのですが<

4年前の朝日新聞の切り抜きを持っているのですが、東大教授菅野覚明さんの「武士道ならざる≪武士道≫」という記事にこんなことが書いてあります。
【 新渡戸の語る武士道精神なるものは、武士の思想とは本質的に何の関係もない 】
【 新渡戸は近代を生きたキリスト者。武士のいなくなった時代のいわば「明治武士道」とでも呼べる近代思想の一つ。キリスト教思想と同一である西欧の普遍的思想と日本人をつなぐものとして、新渡戸は「武士道」の名を借りたのです。】

本当の武士道(自分の属する共同体の利益のために戦うという徹底した私情に貫かれている)は明治維新で消えうせ、「明治武士道」なる皮をかぶって私たちの心をとらえるのだそうです。
新渡戸稲造の「武士道」には、もちろん、サムライの潔さ、勇気、情けなどについて書かれていますが、【 (本来の)武士道は、近代の国民国家のなかでの市民という考えに親しんでいる私たちには、ほとんど理解不能な思想だと思いますよ】、だそうです。

>儲けることより、お金の使い方を教えるべきです<

大切なことですね。
テレビの「太田総理」でも、そういう意見を何人かの人が言っていました。

>振込め詐欺にあう「だいの大人」<

そう、「だいの大人」なんですよねえ。不思議です。
こんなに連日ニュースになる前だったら、私もひっかかってたかもしれないなあ、と思いますが、これほど大きく取り上げられているのにねえ。

投稿: robita | 2009年3月11日 (水) 10時51分

タイトルからますます離脱しますが・・・。
そう、江戸の本物の「武士道」は、人の捉えかたも、男女の捉えかたも、他の農・工・商 との距離感も違うのでしょうね。
新渡戸さんは、そもそも英語で書かれたということからも、欧米人への(当時の)日本紹介が主目的でもあるし、奥様がアメリカ人ということもあって、超リベラルな素地のある方の「武士道」感なのでしょうね。
欧米賛歌のただなかにあって、誇り高くメッセージを発した方だと思いました。
いかんせん、先の戦争時に参戦賛成側の立場に立たざるを得なかったことが、後世の評価を小さくしたらしいです。

投稿: 街中の案山子 | 2009年3月11日 (水) 13時14分

★街中の案山子さん、

>先の戦争時に参戦賛成側の立場に立たざるを得なかったことが、後世の評価を小さくしたらしいです。<

参戦すべきだったか否かは、後世の人間にはわからないし云々すべきことではないと思いますが、件の新聞記事は菅野教授のこんな言葉を紹介しています。
【武士道は明治維新で断絶した思想の一つ。もし、旧日本軍に武士道が正しく伝承されていたら、先の大戦のような壊滅的な敗北はなかったと思う。武士道には、戦争を終わらせる知恵も含まれていましたから】

菅野教授は、「武士道の逆襲」(講談社現代新書)という本を著していて、皮をかぶった明治以降の(つまり新渡戸が外国に紹介した)「武士道」には否定的な立場のようです。

私は「武士道の逆襲」も読んでいないし、新渡戸の「武士道」を細部にわたって読み込んだわけでもありませんが、本来の武士道にはリベラルの思想など微塵もなかったでしょうね。
【「明治維新まで続いた私兵らを支えた思想が武士道である。
 「私兵の思想ゆえ、徹底して私情に貫かれている。自己の自立をかけ、自分の実力だけを頼りに闘う。なにも無目的な暴力ではない。自分と、自分の一部である妻や子、そして自分の主人である主君を取り囲む共同体の利益のために闘った」、と菅野さんは見る。】
とあります。
つまり、「共同体を守るための闘い方心得」とでも言うべきもので、菅野教授としては「明治武士道なんか、何の変哲もないどこにでもあるただの道徳ではありませんか」というお考えなのではないかと思います。

新渡戸の「武士道」には我々が守るべき道徳がたくさん書かれているので、たとえそれが誤解であるとしても私はこのような道徳が日本人には必要なのではないかと思います。(納棺の儀式の変遷と同じことかと思います)

本来の武士道は武士道で、ちゃんと理解をしたいので、そのうち読んでみようかしら。

投稿: robita | 2009年3月11日 (水) 16時49分

新渡戸さんの「武士道」は、世界に日本人精神を広報するために書かれたもの。誤解とかではなくて、「これが日本精神です」と、紹介するのが本意だと思います。内容が今の日本人にどうとか、論議することは別の問題です。
おじいちゃん、ひいおじいちゃん世代からのメッセージだと思って、現世代が出会うのは、いいことですね。
それから、彼が戦争続行に加担した件についても、その意見が彼の真意かどうかではなく、政府から委託されてその立場を務めたということ。貴重な外交官として政府は彼を抜擢し、彼なりの解釈、判断で仕事をしたという事実があるということです。
近衛文麿首相の当時を追っかけたドキュメンタリーを半年ほど前に見ましたが、真意が判断や行動に反映されない、苦渋の選択をせざるを得ない、そんないくつもが重なって、事実は動いてきたのだと、学ばされます。

投稿: 街中の案山子 | 2009年3月12日 (木) 09時55分

★街中の案山子さん、

>新渡戸さんの「武士道」は、世界に日本人精神を広報するために書かれたもの。誤解とかではなくて、「これが日本精神です」と、紹介するのが本意だと思います。内容が今の日本人にどうとか、論議することは別の問題です。<

菅野教授が「あれは本来の武士道とは違うものだ」と言っているように、研究者によっては「誤解」とか「変化」という表現をするのでしょう。
新渡戸稲造が「これが伝統的な日本人の精神だ」と世界に紹介した「武士道」は、私も大変素晴らしい精神だと思います。

>苦渋の選択をせざるを得ない、そんないくつもが重なって、事実は動いてきたのだと、学ばされます。<

仰る通りです。

投稿: robita | 2009年3月12日 (木) 10時45分

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