民主主義で決まった
大塩さんというかたから、『「おまかせ」と「文句と」』 に、ご意見をいただきましたので、返信させていただきます。
>しかし主観として「いつの間に」という感覚を、私などは持っていました。<
同じく私もそういう感覚を持っていました。常に政治の成り行きを監視している一部の熱心な人々ならともかく、おそらく大半の国民がそうだったでしょう。
でもそれは「おまかせ民主主義」の伝統が日本に根付いているからで、そこに不満があって変えなきゃいけないと思うなら、常に熱心に監視することが求められますね。
>もし失敗すれば今までどおりの制度に戻すはずで、裁判官や検察官の地位は安泰<
ああ、そういうことですか。わかりました。
>裁判員の「モノ」化は相対的に検察官や裁判官の地位を上げることと、私自身は分析<
そのように大塩さんは分析されて、だから、裁判員参加は行政裁判と軽微な刑事裁判に限るべきだ、と仰るんですね。
それでは、行政裁判や軽微な刑事裁判ではそういうことは起こらないのでしょうか。
大塩さんの論理によると、当然そういう事案でも起こってくることになります。
ということは、大塩さんは、裁判員制度自体に反対だということだと解釈していいですか?
>「ちょっと怖いような」事態を私は甘受すべきと思うところ。困った事態を経て初めて住民の自治意識が、
高まることと。<
仰る通り。
「困った事態」を経て意識は高まりますね。
失敗がなければ人間は賢くなりません。
例えば古い例ですが、嘗ての美濃部都政。
「庶民の目線」を大事にした福祉政策は都民の人気を集め、社会主義者の美濃部さんは三選もされました。
しかし、無責任な支出は都の財政を破綻させ、都はそのツケにその後長い間苦しめられることになります。
ああいうことを経験して、人は学習するんですね。
だから、やってみながら、裁判員が学習したこと(守秘義務との兼ね合いが難しいのですが、裁判員制度の改善のための議論は秘密保持とは別の次元でできるんじゃないかと思います)や、裁判官との対話に基づいて時々見直しをしていくというのは良い方向じゃないかな、と思います。
たしかに、裁判員としての仕事に強い抵抗感を持つ人もいるでしょうし、向いていない人もいるでしょう。
ですが、難しそうだけどやってみよう、と思う人もいるでしょう。
やってみるのか、とにかくやりたくないのか、人それぞれですが、とにもかくにも決まってしまいました。民主主義で。
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コメント
突然のコメント失礼致します。
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投稿: sirube | 2009年5月25日 (月) 17時01分
前略 大塩です。
再度反論を試みてみました。お読みいただければ幸いです。
草々
投稿: 大塩高志 | 2009年5月25日 (月) 18時36分
こんばんわ。
絵の仲間との一泊旅行の夕食の席でも、裁判員制度への批判が聞かれました。
私、懸命に弁明してきました。
日本の刑事裁判は、一旦起訴されると99パーセントは有罪。
裁判官は検察官の主張を肯定的に捉えやすい傾向が暗黙のうちに生じているのでは、と懸念されています。
再犯、重犯が多いこと、膨大な仕事に押されていること、検察官に異を捉えると、どうしても控訴されるので、つい、検察官寄りの判断になりがち…、そう懸念される声をかねてから聞いていたこともあり、今回の裁判員制度は、裁かれる方に、正当な裁判をうける権利に大きく前進、そういう捉え方をしています。
取調べの可視化も、司法の進歩的、良心的人たちからは声が上がっていましたが、なかなか実現しませんでした。
裁判員制度導入で、説明の明確化と共に、開かれた裁判という流れのなかで、取調べの可視化も取り入れられる方向になると期待しています。
被疑者と取調官だけの席では、取調官は高圧的で結構キツーイ対応もあるようですよ。可視化(取調べをビデオ録画する)は、取調べの正常化に大いに役立つと思います。
因みに、そんなことでは自白が取れない、というのがコレまでの取り調べ側の反対理由でした。
よって、「疑わしくは罰せず」を取り戻すためにも、裁判員制度導入の功績はあると思います。
投稿: 街中の案山子 | 2009年5月25日 (月) 23時33分
★大塩高志さん、
記事を読ませていただきました。
≪「報道されなかった情報」であると私は認識。というのも日本には記者クラブ制度という、
政府に不利な情報は公表されにくい構造が存在しているから。≫
国会で決まったことは誰でも知ることができるので、記者クラブ制度によって政府が不利な情報を公開しない、という構造とは全然違うのではないですか?
マスコミは国会決議を知ることができるし、その意思があればいくらでも報道できるのではないですか?
≪新聞やテレビの報道姿勢が権力に対して(多かれ少なかれ)、
腰が引けている日本の状況にあっては、≫
「腰が引けている」理由は、「報道すればためにならないぞ」式の政府の圧力があるということなんでしょうか。
そういったこともマスコミ報道で時々聞きますが、そもそも、その手の圧力の存在をマスコミが報道すること自体、マスコミの権力の大きさを表しているように私には思えます。
マスコミが、自分たちが知り得ることを報道しないのは、単に読者視聴者の好みに合わせているからじゃないんですか。売らんがため、じゃないのかなあ。
≪「おまかせ民主主義」という日本人の政治に対する民度も、
作られた性癖という仮定を検討すべきと思うのですね。≫
そうですね。
ですから、「おまかせ」にしたくないなら、民度を上げる。民度を上げるためにはどうしたらいいかを考えるところから、まず始めないといけないと思います。
≪という文脈の中で市民感覚の危うさの指摘を。ならば(一応敢えて)裁判員制度に行政訴訟を含めろという、
私の意見に反対できないと思うのですよ。≫
はい、そうですね。私があくまでも、「市民感覚の危うさ」に固執するのであれば、私の言うことは矛盾しています。
でも、大塩さんの「困った事態を経て初めて住民の自治意識が高まる」というご意見に、それもそうだなあ、と私が今まで考えてきたことを色々思い出した次第です。
美濃部都政については、あくまで「痛い目に遭わなければ人は気づかないものだ」という例としてたまたま思い出したから挙げただけで、なにも同じケースだということではありません。
≪人の命を試行錯誤の道具にすること≫
個人的には、裁判員制度で死刑は減るのではないかと考えています。死刑宣告には誰だって躊躇しますから。
そもそも、裁判官だけでなく一般国民の考えを導入しようとしたのは、世間の常識からかけはなれている人たちだけで裁くのが良くない、とされたからでしたよね。
前にも書いたように、それでも、世論に押されてとてつもない判決が出ることもあります。
ここに、国民と裁判官の話し合いが加わることは、そういうことの歯止めにもなるんじゃないでしょうか。
私は、裁判員制度は最良の方法だから、是が非でもこれをなくしてはならない、などと言っているのではありません。
裁判員制度の問題点も色々見聞きしています。
本音を言えばどっちでもいいわけです。
だけれども、利点もあるわけで、ならば、「裁く」という行為を通して我々が考え勉強し成長する機会でもある、ととらえることにしたらどうか、と思った次第です。
≪決まったことでも民主主義なら批判の声を巻き起こして引っくり返すことも≫
批判の声を巻き起こすことは大いに結構だと思います。
その声が大きくなり、「民の声」によってこの制度をやめさせることができれば、一件落着です。
因みに、裁判員制度を失敗させる方法として、こういうのはどうでしょうか。→ http://okwave.jp/qa4977839.html
投稿: robita | 2009年5月26日 (火) 11時06分
★街中の案山子さん、
裁判員制度の利点を挙げてくださってありがとうございます。
そうなんですよね。私もそういうことを書かなきゃいけなかったのにね。
この制度には利点も欠点もあると思います。
だからそれをやるのかやめるのかはこれから何年かやってみて学習するしかない。
>「疑わしくは罰せず」を取り戻すためにも、裁判員制度導入の功績はあると思います。<
取調べのキツさでつい嘘の自白をしてしまう、というのはよく聞きますね。
優しい取調べでは真犯人が自白しない、ということももちろんあるでしょうが。うーん、難しい。
ただ、裁判の様子をワイドショーなどの報道で眺めるのと、実際に参加するのとでは真剣さが違ってくるとは思います。
投稿: robita | 2009年5月26日 (火) 11時17分
そうそう、書いておきますね。
刑事裁判を傍聴したときのこと。
窃盗の累犯事件でした。
若い検察官が、冒頭陳述をボソボソと作文を読むように、読み上げるだけ、でした。
書いてあることを一字一句間違いなく読んでいるのでしょうが、事件の内容に無関心、ただ読むことが仕事、といった風にさえ思えました。
裁判官も毎度のことで、異議ありませんか。と聞き、累犯の被告は「ありません」で、次回期日が決まるのです。
なんだか、作業をしているみたい。
そんな感慨を持ちました。
そこに、それなりに真剣に取り組もうという、新しい目の裁判員が加わるのです。
勿論、こんな小さな窃盗事件は該当しないのでしょうが、それでも、検察官の「間違いなく読んだのだから、それでいいでしょ」の省力仕事が見直されると思っています。
裁判員の日当は1回1万円と聞きました。膨大な支出になるのでしょう。でも、アメリカやヨーロッパの先進国が揃って採用している制度だということを見ても、人権を謳う国家であれば、正当な裁きを担保するために必要なコストだと思います。
投稿: 街中の案山子 | 2009年5月26日 (火) 11時50分
★街中の案山子さん、
裁判傍聴なさったことがあるんですか。
>なんだか、作業をしているみたい。<
そういう軽い事件というのは数限りなくあって、ルーティンワーク化しているというか、「はい次」「はい次」といった流れ作業みたいになっているのでしょうかね。
新しい風を吹き込む、ということをやってみても良いのではないかと私も思います。
投稿: robita | 2009年5月26日 (火) 13時48分
はい、はい。
中国からの留学生(中国旧満州出身の青年医師)を連れていってきました。
日本はね、こんな風にいつでも、裁判を傍聴できる仕組みなのよ。
とか、
不正があれば、国を相手の訴訟もできるのよ。
なんて、話題にしたものです。
近くの新聞社の脇を歩きながら、新聞も国に不正があれば記事にすることもあるのよ、とか。
あれは天安門事件のあった年でした。
彼の大学は北京から遠いし、情報も少ない、そして理科系の研究者志望なこともあって、私、ちょっと、おせっかいおばさん、だったかも(笑)。
投稿: 街中の案山子 | 2009年5月26日 (火) 15時06分
前略 大塩です。
なかば公開往復書簡になっていますが、受け答えがあるというのは楽しいものです。性懲りもなく反論してみました。お読みくださるよう、お願い申し上げます。
草々
投稿: 大塩高志 | 2009年5月26日 (火) 22時33分
★街中の案山子さん、
案山子さんは行動力がありますね。
その中国の青年は案山子さんの説明を聞いて驚いていましたか。
よく不思議に思うのですが、中国は民間レベルでも外国との交流が盛んで、海外の事情と自国を比べることが容易なはずなのに、民主化運動は起こりませんね。
経済発展をしていると、この政府に反発せず、協力するほうが得策だという思惑が働くのでしょうか。
小さい不正はいちいち気にせず、とにかく経済的に豊かになることが先決だという考え方なのでしょうか。
投稿: robita | 2009年5月27日 (水) 11時12分
★大塩高志さん、
今日の記事にしました。
投稿: robita | 2009年5月27日 (水) 11時13分
「ほー」と頷いていました。
彼が日本に来て、まだ日が浅い頃でした。彼は来日後早々に、事務所に来たのですが、丁寧に話すと、全部日本語が通じました。第1外国語として日本語を学習したということですが、中国の教育がすごいのか、彼が優秀なのか…。
後日、天安門事件に関しても話をしたのですが、中国東北部の大学助手の彼は「中国は、民主主義の以前の問題があり、あの方法も仕方がない・・・」という口調でした。みだりに日本人の学生レベルでの発言ができない立場、もあったのかも知れません。
某国立大学の博士課程を卒業し、何年かは日本企業で研究職をしたのですが、最後のチャンスだからと、39歳の時、カナダにわたりました。
帰国した中国残留孤児に日本語を教えるボランティアをしていて、残留孤児(日本人)の中国人の夫の弟さんでした。
ああ、その頃だったか、中国人の夫は日本に帰化するお手伝いもしましたよ。
話横道にそれましたね。ゴメン(笑)。
投稿: 街中の案山子 | 2009年5月27日 (水) 14時21分
★街中の案山子さん、
>中国の教育がすごいのか、彼が優秀なのか…。<
日本の幕末の若者たちがそうであったように、世界に追いつけ追い越せと、知識や技術を吸収しようという熱意があふれているのでしょうね。
もちろん、「国のために働け」という中国の教育方針の成果もあるでしょうが。
>「中国は、民主主義の以前の問題があり、あの方法も仕方がない・・・」という口調でした<
なるほどねえ。
>中国人の夫は日本に帰化するお手伝いもしましたよ。<
それで現場のことご存知なんですね。
(たぶん「中国人の夫は」でなく、「中国人の夫が」の入力ミスだと思いますが)
投稿: robita | 2009年5月28日 (木) 13時24分