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2009年5月27日 (水)

反骨と協力

大塩高志さんとのやりとりで浮かび上がってくるのは、政権についての認識の違いです。

≪私は権力は一時(いっとき)も油断ならないと認識を≫ 

この言葉に、永遠の反骨精神が表れていますね。反体制、反権力こそ、あるべき国民の精神だ、という。

私は「権力」ってなに?とよく思います。
「いっときも油断ならない」ってなに?  ←反骨精神旺盛な人には、「甘い」とか「バカ」とか言われるのは承知ですが。

閣僚の動き、官僚がやってること、警察が隠してること、そういったことをジャーナリストたちが監視し、掘り出し、国民に知らせる。

その作業のおかげで、私たち国民は、見えないところでどんなことが行われているのか知ることができます。

露呈した不正や怠慢はマスコミで散々騒ぎ立てられ、国民に責められ、政権を危うくし、時には政権をひっくり返します。

民主主義の国では、世界中でこういうことが起こります。
そういう点においては、いわば、日本は普通の国であるわけです。

しかしながら、日本の統治機構としての権力そのものを疑うのは、どういう意味があるのか私にはよくわからないのです。

自民党のやり方、民主党のやり方、社民党のやり方、国民新党のやり方、など、政党によって政治のやり方が違って、今のところ、自民党がまだましだから、ということで国民は自民党(+公明党)に任せています。

自民党は政治をやるためにじゃなくて、甘い汁を吸うために政権についているのでしょうか?

国が生き延びるため、国民が食べていくため、・・・その一点で働いているんじゃないでしょうか。
これは自民党だけじゃなく、どの政党が政権についても同じだと思います。
誰も日本を崩壊させてやろう、国民から搾取して自分たちだけ楽をしよう、なんて思ってないのですから。

私は何も権力が命令したことには何でもおとなしく従うべきだと言ってるのではありません。

監視も批判も必要なのは言うまでもありません。

でも、何でもかんでも「権力の横暴」「権力の陰謀」として、国民がこぞって反対を唱えるべきだという考えはどうかなと思います。

裁判員制度は「国の陰謀だ」と判断する人もいるし、司法参加は国民の権利だ、と判断する人もいます。

反骨精神が旺盛なのは結構なことですし、そういう人の存在がなければ国はおかしなことになるとも思います。

世界を見渡せば、権力が横暴なのに、反体制を唱えることができない国もあります。

自由の国アメリカでさえ、世界情勢を左右するほどの大きな陰謀が働くこともあるようです。

そんな中、日本は、まあまあのバランスをとっているんじゃないでしょうか。

この世界に「理想的な国」なんてありませんよね。

よく、北欧の国々、特にフィンランドが理想的だともてはやされます。

「福祉が充実していて将来不安がないので、一般家庭は貯金する必要がない」とか、「国民が全員政治に関心を持っているので政治家は不正ができない。国民は政治家を信頼している」とか言われます。

ほんとうにこんな国があるのか、とびっくりするほどです。

失礼な言い方ですが、そういう事情を聞くと、なんだか国全体が老人ホームのようだなという印象を持ちます。あるいは箱庭か。

実際に住んだことがないから勝手な論評はできませんが、負の側面があってこそ色々な面での成長もある、と考えると、フィンランド大丈夫?と思います。

人間というのはいろいろな思惑があって、誰でも欲がありますし、癒着も起こりますし、しがらみからも逃れ切れません。

記者クラブと政権との馴れ合いも、視聴率を取るための視聴者好みの報道もどちらもあるでしょう。

でも、そんな中、世界のどの国が日本より良いんでしょうか。

日本はかなり良いほうだ、と私は思うのですが、反骨精神旺盛な人は、こんな態度にカッカくるんでしょうね。すみません。

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