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2009年6月 2日 (火)

死ぬかと思った

昨晩、寝る前に母のオムツを換えていた時、母が呼吸困難に陥った。
痰が喉に詰まったのだ。

夕方から喉がゴロゴロしていて、何度か吸引機で吸ったのだが沢山は取れず、でもそのうち安らかに寝入ったので、解決したと思った。

しかし、その後、咳をするたび痰がからんでいるのがわかる。
また吸引機を試してみたがとれない。そのうち血が混じるようになったので喉を傷つけたことを申し訳なく思い、中断した。

そして夜10時、おさまったと思っていた咳がまた出始めた。
痰がついに気管を塞いでしまったのか、息がつげなくなり、苦しみだした。
顔面蒼白となり、唇がみるみるうちに紫色になった。

大慌てでまた吸引機を作動させ、口の中にチューブを突っ込む。取れない。

無我夢中で作業をしていた時、妹が仕事から帰ってきた。

妹が母の体を横にし、私は吸引を続ける。

もういよいよだめだ、と思いながら、苦しんで嫌がるのでこれまでやっていなかった鼻からの吸引もやってみた。

鼻腔から奥の奥まで突っ込んだ。取れない。

口からまた試す。

死ぬよりましだ、と腹を決め、思いきってものすごく奥まで突っ込んだ。

大きな音とともに痰が吸引された。

途中で別の種類のチューブに変えてみたのも良かったのかもしれない。

母の顔に赤みが差し、唇がきれいな色に戻った。

助かった。

妹と二人で「お母さん、苦しかったね。ごめんね、ごめんね」と言いながら泣いた。

今まで、母が苦しがることは何度もあって、そのたびにあせっていたけれど、あれらは本当の危機ではなかった。

今回は本当に死ぬかもしれなかった。

寝たきりの状態で食べることもできず、意思表示もできない人がそれでもなお生きなければならないことの意味を、同様の介護をしている人なら、一度は考えたことがあるだろうと思う。

その答えは永遠にわからないかもしれないけれど、あんな苦しい死に方だけはさせたくない、という思いはある。

でも、安らかな死を迎えられる人なんてどのくらいいるのだろうか。

どんなに苦しんでも、息を引き取る直前は安らかになるのでそれが安らかな死というものなのだろうか。

苦しまず、いつのまにか眠るように死ぬのが理想だけれど、そういうのはめったにないことなのかもしれない。

死に方は難しい。

___________

昔、母が語ってくれたことがある。

私がまだよちよち歩きの頃、おもちゃで遊んでいた。
堅く大きなものだったのでまさか飲み込むとは思わず、一人遊びをさせていた。

大勢の子育てや家事に忙しかった昔の主婦はどこでもそうだったと思うが、つきっきりで子供の相手をすることなどできなかった。

私が苦しむ声を聞きつけて、母が飛んでくると、噛んでいたおもちゃがちぎれ、破片を喉に詰まらせ、顔面蒼白、唇が紫になって呼吸困難になっていた。

口の中をのぞいて、逆さにしたり背中をたたいたぐらいでは出てこないと判断した母は、人差し指を喉に突っ込み鈎状に曲げてグイッと異物を引っ掛け、取り出したそうだ。喉を傷つけ血だらけになったが死なずにすんだ。

危機の時は、「死ぬよりましだ」という判断が降りてくるものらしい。

私たちも、看護婦さんのような強さに少し近づいたように思う。

介護にはそういう意味もあるのではないか。

昨夜の悪戦苦闘は永遠のように長く感じられたが、無事に過ぎてしまうと特に大きな出来事でもなかったと思える。

今日の母はいつもどおりだし、私も日常のことをしながら昨夜の顛末をブログに書き込んでいる。

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コメント

ご無沙汰しております。
お母様、大事に至らず本当に良かったですね。

私の実家にも要介護者が1人いて、いつ似たようなことが起こるかわからない状況なのもあって、読んでいるだけで心臓が縮こまるような思いがしました。

死というものが日常に隣り合わせにある状況、看護も介護も本当に大変な仕事なのだと改めて感じました。

お疲れは出ていらっしゃいませんか。
お母様と共に少しでも長く心穏やかに過ごせますよう祈っています。

投稿: haru | 2009年6月 2日 (火) 20時02分

★haruさん、

こちらこそご無沙汰しております。
いつの頃からかharuさんのブログの更新が途絶え、もうおやめになったかとブックマークも整理してましたので、今回コメントをいただいて、ブログ名で検索し、最近の記事を読ませていただきました。
悩みつつ、乗り越えられているようでこちらも嬉しいです。

>私の実家にも要介護者が1人いて、いつ似たようなことが起こるかわからない状況なのもあって、読んでいるだけで心臓が縮こまるような思いがしました。<

ご実家も大変なんですね。要介護者を抱える家庭はどんどん増えていくでしょうね。
私たち半泣きの状態で必死でしたが、これからはもう少し腹を据えてできるんじゃないかと思います。

>お母様と共に少しでも長く心穏やかに過ごせますよう祈っています<

ありがとうございます。
そのような心境になることが年を取るということだと思います。
そして、年を取るということは人間としてとても自然で好ましいことだと、私自身はそう感じます。

投稿: robita | 2009年6月 3日 (水) 09時44分

こんばんは。
介護の厳しい現実に立ち向かわれているrobitaさんの愛は自分にとっては憧憬でありますが、素直に感動するには自分の感覚からすると後ろめたいところも……。
僕は祖母も祖父も幼い頃に亡くしました。祖母は自殺でしたし、祖父は痴呆だったけどある日フラっと外に出て山の中で死んでるのが見つかったということもあるのかもしれないですが、やっぱり自分としては自分の足腰が丈夫なうちに自分の命についてはカタをつけておきたい、特に老いては、という考えです。
ただ、恐らくほとんどの人が若い頃にそんなことをぼんやりと考えながら結局は介護の世話になったりしているのでしょうね。

個人的には、世によくあるらしい、血の繋がっていない親に献身的な介護奉仕をする女性というのが理解できないというか、それを求める側には生理的な嫌悪感しか湧きませんが、しっかりとした愛の絆があって、支援関係にあるrobitaさんとrobitaさんの妹さんとrobitaさんのお母さんは尊敬したいと思います。

投稿: コウイチ | 2009年6月 5日 (金) 23時40分

★コウイチさん、

コメントありがとうございます。
後日お返事いたします。

投稿: robita | 2009年6月10日 (水) 19時58分

★コウイチさん、

>介護の厳しい現実に立ち向かわれているrobitaさんの愛は自分にとっては憧憬でありますが、素直に感動するには自分の感覚からすると後ろめたいところも……。<

経験してわかるのですが、介護は愛とか感動以前に「修業」だと思います。
愛がなければ介護ができないというものでもないと思います。
修業は人を強くしたり賢くしたり優しくしたりします。
介護を通しさまざまな葛藤を経てそれぞれの心にさまざまな思いを刻んできました。
良い経験です。
一番きつい修業を課せられるのは要介護者本人であり、その修業により人はだんだん仏あるいは神に近づいていくんじゃないだろうか、なんて思います。

人はいろいろな死に方をします。
コウイチさんが経験したことはコウイチさんの人生の一部であり、コウイチさんという人を形作っている要素ですよね。
何をどれだけ経験するかによって、物事を受け入れる許容量が違ってくると思います。

このブログに最初に来てくださった頃から、年の割りに達観度が高いなと感じていたのですが、もしかしたら、それが今の時代の若者らしさなのかなと思ったりします。

投稿: robita | 2009年6月13日 (土) 10時46分

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