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2009年7月22日 (水)

あけすけな時代

劇団四季のミュージカル「春のめざめ」を観た。

ドイツの劇作家フランク・ヴェデキントが1891年に発表した戯曲で、19世紀末の保守的な社会の中での10代の少年少女の性のめざめを描いている。

禁忌や隠蔽による無知が悲劇を生むことは理解しつつも、100年以上前の作品は現代においても同じ意味を持つのだろうかと考えてしまった。

思春期の少年たちに湧き上がる怒涛のような性欲。体の変化に戸惑う少女たち。異性への甘く激しく抑えられない感情。すべてを隠そうとする保守的な大人たちの目をかいくぐって開いてしまう禁断の扉。

子供たちが通過しなければならない衝動と抑制のせめぎあいの試練はいつの時代も変わりなく訪れるものと思われている。

しかし、大人の世界を隠し、そこに踏み込むことを禁止した時代と、大人と子供の境界線がぼやけてしまった現代とを比べざるを得なくなるのは、やはり100年という時間の開きがあるからだろう。

隠せば隠すほど、禁止すれば禁止するほど、子供たちはよりいっそう興味を膨らませ、欲望は激しくなるのだろうに、何もかもあらわになった今の時代に、妖しく卑猥な事柄に対する隠微だからこその焦がれるような思いは果たして若者の心に育つのだろうか。

「さあ、どうぞ、いくらでも。お前たちは自由だ。フリーセックスの時代だ。避妊さえすればぜんぜんオッケー」
今の社会はそんなことになってしまったのだが、抑圧の中でじっくりと醸成されるのが健全な性欲というものではなかったのだろうかと思ったりする。

しっかりと隠された部分に妄想を膨らませる男たちが、胸の谷間やおへそや太ももをむき出しにした服装で女たちが闊歩する風潮にうんざりしてしまうのに似て、現代に見られる性欲の減退の理由が、子供の時分からの開放されきった性知識や自由奔放な性行動にあるのではないかとさえ思えてくる。

かくして、女の露出や奔放さを悦ぶのは、不逞の輩だけとなってしまった。
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