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2009年10月28日 (水)

妬まず欲張らず

鳩山総理大臣の所信表明演説を聞きました。

とにかく長かった。議場でじっと座って聞いている人々にとっては難行苦行だったのではないでしょうか。

もう少しコンパクトにまとめられなかったものか。

あれもやりたいこれもやりたい、という意気込みゆえなのでしょうが、「冗長」の印象は免れないし、語られた二つのエピソードも感傷的で、首相の人柄を表すものだとは思いますが、弟の鳩山邦夫氏が評したように乙女チックでわざとらしい。私は全然心を動かされませんでした。

まあ、それはともかく、私は、みんなが幸せな友愛社会、大賛成です。

大賛成だけれども、それを実現するための長く辛い道のりを、鳩山演説に感激した人たちは本当に覚悟しているんでしょうか。

まず、地域社会や家庭の健全化や再構築が不可欠となりますが、これは政治でどうにかなるものではありません。

国民はまず、自らを律する気持ちを持たなければならない。
ある種のストイシズムが求められると考えます。

それはどういうことかというと;

ある程度の収入があれば(節約に努めながら慎ましく暮らせるだけの最低限の収入さえあれば)、幸せになれるもなれないも、全て自分の心が決めることだ、ということに他なりません。
みんなが思いやりの心で助け合い、支え合い、愛し合えば、お金などなくても幸せになれる。ぜいたくを言ってはいけない、欲望は抑えなければならない、という戒めであります。

もうそんなに欲ばるな。自分に少しでも余裕があれば、たとえ税金を多く取られても、それが貧しい人に分配されるのならば満足という度量の大きい人間になれ。という人道の勧めであります。

これはまことに正しい。共生のためには人間はこうでなくてはなりません。

鳩山さんは、「経済のしくみを変えるのだ」「人間のための経済に転換するのだ」と言っています。
「もうそんなに大きな経済成長がなくてもいい」ということ、つまり経済の量ではなく中身だと言っているのだと思います。

非常に正しい。

この方向に持っていくには、まず政治が着手しなければいけないこともありますし、同時に国民も心を入れ替えなければなりません。

政治は今すぐにでも新しい産業創出に取り掛からなければいけませんし、国民もうわついた生活に決別しなければなりません。

その新しい経済構造への変革には相当な覚悟が必要になると思われます。

国民は欲望を抑えることに耐えられるでしょうか。

しかもその過程で、日本だけ世界経済の中で沈んでしまう時期があるかもしれない。だって世界はとにもかくにも景気回復と経済成長を目指しているのだから。

法政大学の田中優子教授は江戸時代に思いを馳せ、このような記事を書かれます。 →≪【ちょっと江戸まで】法政大学教授・田中優子 今こそ「縮小の時代」を≫  

首都大学の宮台真司教授なども「もう経済は成長しなくていい」と仰います。→「頓痴気」  

私は61年生きてきましたから、人間の欲望は留まるところを知らないのを観察してきたつもりです。

人間は昔からずうっと欲望をふくらませながら発展してきました。

小泉・竹中のせいで世の中に欲望が満ち溢れたなんて言い方をする人がいますが、そういうことではないと思います。

たしかに、このたびの世界経済危機は、金融工学を駆使して複雑な金融商品を編み出した人々、それに乗って儲けようとした欲望の突出した人々による失敗だと思います。
でも、ほとんどの人はそのトバッチリを受けただけで、ごく普通の欲望を持っていただけだと思います。

人間はごく普通の欲望は誰でも持っているものだと思います。

資金があれば少しでも増やしたい。これだけの生活ができるようになったので更にこういうことを目指したい。また、自分が努力して得たお金や時間を見も知らない人に分け与えるのはいやだ。
普通の人が持っている欲望というのは、そういうごく普通の希望や所有欲だと思います。

そういう欲望というものは時の経過とともに膨らんでいくものなのです。

江戸時代の縮小経済の良さというのもわからないではないですが、今の時代にそれができない決定的な理由は、自由と民主主義なのではないでしょうか。

江戸時代には「分相応」という価値観がありました。厳然たる身分社会で、それぞれの分をわきまえていた。

今のように情報もなかった。

だから、与えられた環境に順応して生きていくしかなかったでしょうし、自分たちが縛られているという自覚すらなかったのではないでしょうか。

身分制度が社会のバランスをとっていたと思います。

しかし日本人が国際社会に漕ぎ出し、情報を得、欧米型民主主義を手に入れてから、欲望は加速し続けてきました。

さらに個人の自由が至高の価値だと信じられるようになった戦後は人々はさまざまな垣根を越えてさらに飛び回るようになりました。

個人主義には無論、良い面と悪い面があります。

江戸時代がのんびりしていて良かった、という憧れの気持ちは充分わかりますが、時代精神や人々の気持ちというものが決定的に違う。これだけは確かです。

私個人は、田中教授の言う「縮小社会には、それに合った技術や循環システムや仕事がある」ということ、つまり新しい産業とその雇用の創出には大賛成です。

鳩山首相も同じ考えでしょう。

しかし、そのために最も必要なのが「教育」であり、「自律心」と「痛みに耐える我慢強さ」なのですが、鳩山演説にはそれが一言もありませんでした。

思うのですが、日本の貧困率が高いといえども、やっぱり日本人は楽をしているのではないでしょうか。
困っているのかそうでもないのか、なんだか人としての姿勢がとてもちぐはぐな感じがするのです。

子供たちを見ればわかります。
テレビゲームや携帯電話に時間を浪費し、繁華街をうろつき、余った時間を塾で過ごして穴埋めする。
で、貧困家庭では塾に行かせるカネがない、などと言う。
なんかすごくヘンじゃないですか。

鳩山さんや田中教授や宮台教授は、「経済の成長でなく、生き方で幸福感を感じなければいけない」と力説なさいます。

そりゃあそうですよ。そう言うみなさんお金に困ってらっしゃらないし、鳩山さんの奥様なんかブランド品をいくらでも買えるし、いろいろな揉め事も易々とお金で解決できるし、余裕があるから「友愛」などという美しい言葉をノンキに連発できるんですよ・・・・・あ、いけない、金持ちへの妬みがつい出てしまった。こういう汚い心がいけないんですよね。こういう邪心を抑え込んで、分相応に、自分のやるべきことを粛々とやり、助け合いながらつましく暮らす、それが友愛社会なのでした。

そうです。理想は実現するためにあるんです。

日本人が、鳩山首相の言う価値観を共有し理想を実現するための方法はただひとつ、「教育」です。

鳩山独裁政治でぜひそれをやっていただきたい。独裁政権ならではの強権を発揮して。

所信表明演説だけで国民が心を入れ替えるとはとても思えませんから。

 

  江戸時代的価値観は日教組には受け入れられるんでしょうか → 

 

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コメント

「いろいろな揉め事も易々とお金で解決できるし」
フフフ。
そんなことない!
鳩山さん、今政治献金を、自前の資金で、よそ様の名前(故人も含めて)を使ってなさったってことで、問題視されているでしょう。
お金が入用なのではなく、名前が必要だったって言うのは、一般のケースと反対ですね。
でも、思うのです。生まれてこの方、生活のための労働をする必要がなくても、誠実で、思いやりのある考え方に育たれたなーと。
首相に対して失礼かな。
私、単純?

投稿: 街中の案山子 | 2009年10月28日 (水) 23時06分

★街中の案山子さん、

略奪婚の後、母親の安子さんが後始末のため一人でアメリカに出向いたそうで、前夫が納得したのは慰謝料を支払ったからかなと思ってました。下衆の勘ぐりです。違ってたら申し訳ない。

>生活のための労働をする必要がなくても、誠実で、思いやりのある考え方に育たれたなーと。<

豊かに育ったからこそ、誠実で思いやりのある人間に育つ、という例は多いです。
要するに、人間の質というのはお金のあるなしで決まらないということでしょう。

>お金が入用なのではなく、名前が必要だったって言うのは、一般のケースと反対ですね。<

そうなんですよ。
虚偽記載ということで違法は違法なんでしょうけど、そんなに騒ぐほど悪いことかなあ、と思ってしまいます。
要するに政治資金(私財)が有り余るほどあることに後ろめたいような思いがあって、個人献金の項目を沢山作り上げて記載したということですよね。
国民がそういうことをあまり問題視していないのは、選挙の圧勝と支持率が証明しています。

自民党は民主党を引きずりおろすことに躍起になるのでなく、党の再生に全力を傾けてほしいものです。
自民党のどこが国民に支持されないかをもう一度よく考え、体質改善や政策研究に努力することですよね。
揚げ足取りではなく堂々とした議論を期待します。

投稿: robita | 2009年10月29日 (木) 16時03分

初めまして!

52歳の専業主婦です。考え方がまだまだ幼稚でコメントするのも自信がないのですが、先輩主婦のロビタさん宜しくお願いいたします。

身の回りのことでも小さなことひとつ変えるにもとても労力がいります。数人の組織でも意見をまとめられないこともあります。
鳩山政権がこの国を変える行動を起こしてくれるとうなら、私は期待します。本当の豊かさってステーキを2枚3枚食べることではなかったと日本人は今気付いたのではないでしょうか?!
「友愛」は「美しい日本」よりは具体的な印象です。

私の母はずっと働き尽くめでした。戦後の貧しさを子供には味あわせたくないと必死に働いたと言います。
でも小さい頃、私は何かを買ってもらえることより、学校から帰ったら家に母がいてくれることを望んでいました。鍵っ子は本当に寂しかった。核家族でしたから「うちにもお爺ちゃんかお婆ちゃんが欲しい!」と泣いたこともあるそうです。母にいて欲しいと言わなかった自分もなんかいじらしいです。ステーキよりも愛が欲しかったんだと思います。

投稿: そよ風 | 2009年10月29日 (木) 20時21分

★そよ風さん、

はじめまして。清々しいお名前ですね。

>「友愛」は「美しい日本」よりは具体的な印象です。<

たしかに「美しい日本」は漠然としている印象ですが、実は「美しい日本」のほうが「友愛」より現実的じゃないかと私は思うんですよ。
友愛は「他人」を相手にしますが、「国家」は自分たち自身ですから。

>本当の豊かさってステーキを2枚3枚食べることではなかったと日本人は今気付いたのではないでしょうか?!<

そうですねえ。
これから、日本人が本当に鳩山さんの意向に沿った考え方で行動していくのかどうか。
それを見ていくことが、政治とは何かを考えることにつながっていくと思うので、そよ風さん、ご一緒に学んでまいりましょう!

投稿: robita | 2009年10月30日 (金) 10時42分

robitaさん、ちょっとまた、こだわることを書きますが(笑)

国民はまず、自らを律する気持ちを持たなければならない。
ある種のストイシズムが求められると考えます。

とrobitaさんは書かれています。

しかし、経済成長って悪いことなのでしょうか。豊かになるって悪いことなのでしょうか。

昭和のあの頃、総理大臣池田勇人は演説で「皆さんの所得を2倍にします」と言いました。1960年度の国民総生産額である13兆6000億円の2倍、26兆円を10年以内に達成する計画を立てて、実際に実質国民総生産は約6年で、国民1人当りの実質国民所得は7年で倍になりました。池田総理の言った通りになったのです。

東京でオリンピックがあって、みなさん、カラーテレビを買って、自家用車を買って、クーラーを買って・・・・。お父さんたちはモーレツに働いていました。お母さんたちは家で掃除をして洗濯をして、それでお父さんが夜、帰宅して子供たちもみんなで食卓を囲む・・・・・。

あの頃の日本人には活気と希望がありました。
どうして、あの頃のようになれないのでしょうか。
どうして、今の総理大臣は「みなさんの所得を倍にします」と言えないのでしょうか。

今の活気ある中国を見ていると、まあ、そういうことを考えます。

投稿: 真魚 | 2009年10月31日 (土) 23時54分

★真魚さん、

>ちょっとまた、こだわることを書きますが<

どんどんこだわること書いちゃってください(笑)
そのほうが物事の本質が見えてきますから。

>あの頃の日本人には活気と希望がありました。
どうして、あの頃のようになれないのでしょうか。
どうして、今の総理大臣は「みなさんの所得を倍にします」と言えないのでしょうか。<

仰る通りですよ。
私はだいたい、若い世代に蔓延する「草食傾向」がおかしいと思ってるんです。
現役世代はもっとギラギラするべきなんです。
生産世代はもっともっと羽ばたいてほしい。元気を出してほしい。どんどん成長してほしい。

しかし、「経済成長はもういいのだ」と主張する人々が台頭し、「幸せはお金では買えない」「友愛社会の実現を」と叫ぶ子供みたいな富豪総理を国民が支持しているんです。
そういう考え方の人を代表に頂く民主党を国民が支持するということは、国民も覚悟しなさいよ、ということになります。そうじゃないですか。

大事なことは、国民が、民主党のどの部分を支持しているのか、落ち着いて考える必要があるということです。

「とにかく税金の無駄遣いを正してくれ」ということのみで民主党を支持したのか、本当に社会主義的政治で満足するから、と言っているのか。

ここで、見えてくるのが、「財政も健全化する。経済成長も目指す。日本をもっと豊かにしよう」というメッセージを発してくれる政治家です。
そういう政治家はいるはずです。
そういう政治家やそのグループを国民が支持するかどうかが問題なんじゃないですか。

投稿: robita | 2009年11月 1日 (日) 10時13分

robitaさん、

まったくそうですね。そもそも、一国の総理大臣が「幸せはお金では買えない」とか「友愛社会の実現を」とか、学校の校長先生が言うようなことを大真面目で言うことが、はあ?という感じなんです。他の国と比較しても、はあ?という感じなんです。まあ、なんといいますか、子供っぽい国やなあ、というか。そんなことは、総理大臣の口から聞きたくないです。そんなことをよりも、例えば国民新党が言うように、毎年、30兆円の公共投資と10兆円の減税を5年間継続する、つまり200兆円どおーんと出します、と言って欲しいですな。そのぐらいしないと、ダメとちゃいますか。バリバリ働いてお金をかせいで、どんどん好きなもんを買って、おいしいもんを食べて、楽しく、充実した毎日を送ろうよと、なんで言えないかなあ。そうやって「けいざい」ってゆーもんは回っていくものでしょう。

「幸せはお金では買えない」とか「友愛社会の実現を」とかは確かにあります。それはそれであります。しかし、一国の首相がそんなことを言うのは、なんだかなあ、なんです。そもそも、政治とは、まず、人民が食えるようにさせてなんぼのものなんです。安全で健康に暮らせるようにさせてなんぼものなんです。今の日本人は、みんな食えて、安全で健康じゃないですかと言うかもしれませんが、これもはあ?ですね。そんなわけではないではないですか。とにかく、やることは山のようにあります。

投稿: 真魚 | 2009年11月 2日 (月) 00時49分

★真魚さん、

意見一致しますねえ(笑)
無駄な公共事業で政官業癒着構造をがっちりと作ってきた元自民党の国民新党の政策のことはよく知りませんが、やっぱり政治家にはもっと景気よく「みんなでもう一度繁栄に向かって頑張ろうじゃないか!もっと金儲けをしよう。そのための資金は出す」と言ってほしいですね。
今朝の産経新聞コラムで石原都知事が「鳩山内閣は高福祉バラマキで都の財政を破綻させた嘗ての美濃部都政に似ている」と書いていますが、あの鳩山さんでは選挙前からそういう方向になることは予想がついていました。
しかし、選挙民はあの自民党を選ぶわけにはいかなかった。あのまま政権につかせておくわけにはいかなかったんです。もちろん純粋に民主党政権に期待した人々もいたでしょうが。
次の段階は民主党が二つに割れることかな。せっかく政権を取ったところで申し訳ないけど、日本のためだ。こらえてくれ。

投稿: robita | 2009年11月 2日 (月) 11時52分

私は看護師免許を持つ障害者です。
大学も出ていなくて政治経済のことも全く無知なのですが、教えてください。

>「みんなでもう一度繁栄に向かって頑張ろうじゃないか!もっと金儲けをしよう。そのための資金は出す」と言ってほしいですね。

政権を取った民主党の政治家がこう言えば、自民党との違いはどういうことになるのでしょうか?
私分からないんです。目指しているものはほんとは同じで政策だけが違うんじゃないかと・・・。

溢れる高齢者、介護難民、障害者は国が繁栄して余裕が出来たら考えてもらえばいいのでしょうか?
私は今の状況から言えば同時進行でやってもらわないと困ると思っています。
私たちも生きていかなければなりません。

お金だけでも幸せになれないし、思いやりだけでも生きていけない。どちらも満たされるような国を目指して欲しいんです。

投稿: そよ風 | 2009年11月 2日 (月) 13時53分

★そよ風さん、

>お金だけでも幸せになれないし、思いやりだけでも生きていけない。どちらも満たされるような国を目指して欲しいんです。<

誰もが望むことですね。
だから政治家は苦労しているのだと思います。
弱者は救わなければならない。これは当然のことなのですが、財源もないのに、ただお金をばらまけば、財政はますます悪化し、国全体が衰退に向かい、結果、弱者も救えない国になってしまいます。
だから、財源を増やすための経済成長、景気回復、雇用確保は不可欠なんです。これはどの政党が政権を担おうが同じです。
それは「弱者は後回し」ということでなく、弱者を救うための踏むべき手順だと思います。
私も大学も出ていなくて、政策のこともよくわかりませんが、できることはたくさんあるように思います。
国に財源がないのは事実でしょうが、国民は1500兆という金融資産を持っているわけです。それを吐き出させるような政策(次世代への贈与を無税にするとか)なんかすぐできないんでしょうかねえ。
政府は普天間問題にごちゃごちゃこだわってる暇なんかあったら、もっと金回りを良くすることに熱心になったほうがいいと思いますね。
弱者のためのセイフティネットは充分でないと実感している人や、あまりに不況が長いのでもう我慢できないと思う人は多いと思いますが、もう少し我慢して政治の成り行きを見てみましょうか。
民主党は発足したばかりです。我慢して見ていくにしてもあまりにおかしなことをやれば政権からひきずりおろされます。

どうすることが、日本の国益になるのか考えていきましょう。


投稿: robita | 2009年11月 2日 (月) 15時55分

初めてコメントをすることになります。
知り合いに紹介してもらってからこちらのブログを拝見するようになりました。毎回更新を楽しみにしています。
教育がもっとも大事なのはわかります。しかし、教育によってそのような理想がかなうとは思えません。日本には日本の国民性があり、それを教育で変えることが出来るとは思えません。またどのように教育を重視すべきなのでしょうか。教育制度のことなのでしょうか。学校の教師は疲弊しきっています。子供たちも疲弊しています。その親御さんたちも然りです。教育制度を変えるだけではどうにもなりません。
じゃあどうすればいいだよ、ということになりますが、私はこの現在の日本にあった政策を実施すべきだと思います。
それに、現在の日本は世界的に見て十分に幸せだと思います。多くの若者が政治に興味を持っていないことが証明しています。特に不憫を感じていないということだと思います。ドイツなどの外国では、デモなどの政治活動は学生を中心にして行われますが、日本では高齢者が中心になっているような気がします。日本の未来は幸せに疲弊しきっているようです。

投稿: koichi | 2009年11月 3日 (火) 20時24分

★koichiさん、

はじめまして。
お読みいただきありがとうございます。

>教育によってそのような理想がかなうとは思えません。<

皮肉っぽく逆説的に書くのが私の文章の癖みたいなもんでして
「『お金がなくても幸せになれる』という価値観の国にしたいのであれば、国民をそのように教育でもしないと無理でしょ。全体主義国家じゃあるまいし、国民の価値観を一律に揃えるなんてそんなことできるんですか。無理でしょ」と、こういうことなんですねえ。
(ちなみに、保守派の言う道徳教育に力を入れるのには私は賛成ですけどね)

>現在の日本は世界的に見て十分に幸せだと思います<

私もそう思うのですが、お金がなくて困っている人たち(これは世界の貧困国や日本が貧しかった頃の貧困者とは質の異なるものではありますが)もたしかに存在しますよね。

>多くの若者が政治に興味を持っていないことが証明しています<

私はこれまで社会の行き詰まりについて沢山の文章を書いてきましたが、「若者が希望を持てない社会になってしまった」との認識が一番の問題だと思います。
明治維新の時も第二次大戦後も、混乱や貧困の中でも、人々は(特に若い世代は)ギラギラしていたと思います。

「若者が希望を持てない社会」になったのは、はたして政治のせいなんでしょうか。私はいつも疑問に思います。
それは豊かになって「社会が老いた」ことに他ならないんじゃないでしょうか。
「成熟社会になった」などと言う人もいますが、成熟ではなく年を取って勢いがなくなったのだと思います。

しかし、これは日本人が初めて経験することなのでしょうか。
300年続いた徳川政権の疲弊だって同じようなことではないのでしょうか。

新しく生まれ変わって、また生き生きと成長することは可能だと思います。
また、そうしなければなりません。

それとも、SF小説によくあるような、「物質文明から精神文明へ移行する時がやってきた」とでもいうのでしょうか。
いやいや、人間は欲があってなんぼのもんで、到底「神」にはなれないですよね。
そういうことが遠い遠い未来に起こるかもしれないけれど、そんなことは我々には関係がないことです。

多くの識者が「これが先進国の行き詰まりだ。経済発展を目指すのはもう終わりだ。こういう社会なりの価値観があるはずだ。生き方を変えるのだ」と力説する気持ちもわからなくはないですが、それはお金に不自由しない恵まれた人々ならではの心境ではないでしょうか。

新しい産業がこれから生まれないわけじゃない。要するに希望を持つことが大事なんですね。それは政治だけじゃない、家庭だって学校だってやらなければならないことはあるはずです。
今の時代、教育の役割は子供たちの心に火をつけることだと私は思うんですけどね。

投稿: robita | 2009年11月 4日 (水) 14時26分

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