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2009年11月26日 (木)

鳩山一族の野望

友愛精神へのこだわりと母親からの莫大な政治資金注入とを考え合わせると、首相、というか、鳩山一族の意図が見えてきます。

鳩山さんはね、きっと「慈悲深い独裁者」になろうとしているんですよ。

彼は優しくてとっても「良い人」。

国民みんなが幸せに暮らすためにどうしたらいいのかを一生懸命考えた末、「独裁者になるしかない」、そう思い至ったのです。

鳩山一族は「理想」を実現するために、総力を挙げてバックアップして息子たちに民主党を設立させ、その後、自民党の凋落をうまく利用して国会での大量議席を獲得した民主党の党首鳩山由紀夫は総理大臣の椅子に座ることに成功しました。

鳩山総理は独裁的社会主義的慈悲深い政治で経済格差をなくし、国民に総中流の生活を味あわせ、満足させ、感謝させ、その様子を高みから眺めて「民は幸せのようだな。余は満足じゃ」と悦に入る。
それを夢見ているんですよ。
これを野望というのかどうかわかりませんが、とにかく鳩山家に代々伝わる壮大な計画だと思います。
そしてそれは国民の幸せを願う心からきているので、自らの言動への逡巡は微塵もありません。

誰かが王として君臨しなければ、貧富の差なんてなくならないと私も思っているので、独裁手法は良いんじゃないでしょうか。

ただし、その社会構造はすぐに崩壊することと、王族だけの金持ち生活という点を、国民が許容するかどうか、それが問題ですけど。

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・・・・という冗談はさておき、世界で生き残るための経済成長戦略、さっさと手をつけてくださいね。鳩山さん何もしてないように見えるんですよね。
夫人同伴で歌舞伎に行ったり夫婦仲良くスーパーで買い物したり、そんな映像、失業者や倒産寸前の中小企業経営者の反発を買う以外の効果は得られないと思います。
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参考拙記事:「慈悲深い独裁者がいい・・・かな?」  

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2009年11月13日 (金)

何度だって立ち上がろう

民主党による事業仕分け、すごいことですねえ。まさに維新という印象です。
色々批判もありましょうが、あれぐらい激しくやらないと無駄な事業が浮き彫りにされないのでしょうね。

政権交代が起きなかったらこういう作業はまず行われなかったでしょうから、やはり自民党が下野することには大変大きな意味があったと思います。
鳩山さんはなんだか頼りないけど、勇敢な前線部隊には大いに期待します。

仕分けが終わったら、来年度の予算編成が行われるんですね。仕分けどおりにならない可能性があるということですが、税金がどんな風に使われているのか垣間見ることができただけでも国民にとっては良いことだと思います。
浮いたお金をうまく使って景気が良くなるといいですね。

さて、日本を再び盛り上げる話なんですが:

国の経済や人の生き方を「アメリカ型」とか「ヨーロッパ型」とかいって、「日本は長年アメリカに追随してきて、『アメリカ型』だけど、『ヨーロッパ型』が理想だ」などと言う人がいます。

経済の面から言えば、アメリカは大量消費型で、ヨーロッパは古いものを大事に使っていく、ということらしいです。

私は経済も歴史も何も知りませんが、単なる感覚で言わせてもらえば、日本はアメリカ型ではないし、また、ヨーロッパの国々のようになることもできないのではないかと思います。

日本人のライフスタイルは、例えば住宅の姿などに表れていると思います。

ヨーロッパでは、何百年も前の建物を住宅として使うことが可能で、事実石造りの家は建て直す必要もなくメンテナンスなどしながら使い続けているようです。
だから古い町並みも綺麗に保存され、人々は代々受け継いできたその遺産に誇りを持ち、その遺産に合わせるような生き方をも厭わないのではないかと思われます。

そういうことを日本の住宅事情と比較して、「日本は長持ちしない住宅を作ってはすぐ壊す」などと自嘲する傾向があります。

消費することを罪悪のように言い、ヨーロッパの価値観を賞賛します。

たしかに、古き良きものを保存するのは大切なことですが、古くなったものを立て直すのはそんなに悪いことでしょうか。

その気候風土の違いから、ヨーロッパと日本の住宅事情は単純に比較できないのではないかと思います。

湿度の高い日本では住宅の風通しを良くする必要があり、がっちりした石造りは向かなかっただろうし、また、森林資源の豊かさから、建造物の材料に木が使われることが多かったのでしょう。

木と紙でできた家は、地震や台風などの災害のたびに壊れますが、それでもめげることなく作り直し、そのたびにより強固な家を作る建築技術が磨かれていったのではないでしょうか。

数百年もつ住宅は、それはそれでありがたいことですが、それは裏をかえせば「停滞」ということではないのでしょうか。

住宅にかぎらず、日本人の技術力が優れているのは、あらゆる面で、常に「作り直す」という作業をやり続けているからではないか。再生能力すなわち活力だと思います。

壊して作り直す、そのことがとにかく悪いことだというのは、ある意味単なる「思い込み」ではないのかとも思います。

日本人は不自由の中から工夫を重ねてきました。

働き続ける姿が、勤勉だと評価されてきました。

せかせかして余裕がなく、ヴァカンスに出かけてもゆっくりとできず、常に動いていなければ気がすまない、と言われてきました。

しかし、それが日本人の持って生まれた気質というものであるならば、何を恥じることがあるでしょう。

そんなものは個人の自由で、のんびりしたい人はそうすればいいし、せかせか動き続けたい人はそうすればいいと思います。

しかし国全体としての労働量の大きさは経済を活発にするということではないのでしょうか。

作り直すことは資源の無駄使いでもったいないという考え方もあるでしょうが、自然や資源を循環させる事業だって新しい展開を見せるのではないでしょうか。そこからさまざまなビジネスも派生するのではないでしょうか。そしてそれは雇用促進につながるのではないでしょうか。

小学校の時に、太田道灌(たぶん)の逸話を担任の先生から聞きました。

太田道灌が馬で城下を廻っていた時、過って小銭を川の中に落としてしまった。
わざわざ人を雇って探すほどのこともないほどの小額だったが、道灌は人足を何人も雇って川浚いをさせた。
「無駄なことを」と訝る家臣に「川に落ちた金は小額でも、そのままにしておけば何も生まない。人足は川ざらいをすることで銭を稼ぎ、その金でものを買う。世の中に金がまわる」と説明をしたという。

子供の私でも、「はあー、経済とはそういうことか」と感心したものです。「経済」という言葉で考えたのかどうか覚えていませんが。

技術も磨かれ、雇用も促進され、金回りもよくなるのであれば、古いものを保存すればそれで良しとする価値観に縛られるだけなのも如何なものか。

(かといってただ金回りをよくするためだけに巨大な構築物を建設する公共工事が愚かしいのは言うまでもないし、残さなければならない大事なものもたしかにありますが)

伝統も、再構築も、あらゆるものの良いとこ取りをし、一つ一つ柔軟に対応しながらやっていくのが、進化し生き延びるということではないのでしょうか。

日本人はヨーロッパ人のようにはなれないでしょう。気質というものはそういうものだと思います。

保守派の人々は日本人のことを「誇り高く、勇敢で、清廉で、潔い」と表現するかもしれませんが、実は「柔軟で、新しもの好きで、楽観的で、ちゃっかり屋」の面も持ち合わせているからこんなにうまく経済発展したのかもしれないと思うのですがどうでしょうか。

古いものに固執して経済が停滞し、「カネがないカネがない」と愚痴を言い続けながら生きることを日本人は選ぶのでしょうか。

以上、職もなく経験もなく国の労働力になってない専業主婦がおこがましくも経済のパイとやらを考えてみました。
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僕もあきらめない
何度だって立ち上がろう
恐れるものなどないさ

    松山千春「君を忘れない」より  

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2009年11月12日 (木)

結婚までの腰掛

結婚前、定職についていなかったけれど、思い返してみると、随分といろいろなアルバイトをやりました。

喫茶店のウェイトレス。ステーキハウスのレジ係。宝石店の翻訳業務。教材会社の梱包作業。広告代理店の内職的雑用。カップ麺の街頭市場調査。ブティックの店員。ニット製品製作下請け。農場に住み込みで芋ほり・・・・ちょっと思い出すだけでもこれだけありますが、掘り起こせばまだまだ他にもあったかもしれません。

今でいうとアルバイターとかフリーターというのでしょうかね。期間限定で募集していたものが多かったので、長いもので半年くらいだったでしょうか。

思えば、親の庇護のもと、結婚相手が見つかるまでの自由かつ不安に満ちたフリーター生活でありました。

そんな不安定でお気楽な娘の居場所があった、なんと幸せな時代だったことでしょう。

結婚して子供を産み育てるのが女性の目標だった時代の、最後の世代の生き残りです。

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2009年11月10日 (火)

働くということ

千葉で事件を起こし逃亡中の市橋達也容疑者が一年で100万円貯めたという報道に大変驚きました。

死に物狂いで働けば比較的短期間でお金は貯まる、と見るべきか、確固とした目的があればどんなことでも我慢できる、と見るべきか、それとも、市橋という人物の特殊性があらわになったということなのか。

人は「希望」がなければ意欲が湧かないものです。
市橋には「希望」があったのでしょうか。

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家族を養うために働く。

自己実現を果たすために働く。

ひたすら仕事が楽しいから働く。

社会人としての自立の一歩を踏み出すため、とりあえず働く。

大きな目標があり、その資金を貯めるために仕事を選ばず働く。

子供の成長だけを楽しみに働く。

組織の存続のために滅私の精神で働く。

正義のために働く。

人の喜ぶ顔を見たいから働く。

ちょっとしたお小遣いを稼ぐため103万円の範囲内で働く。

社会のために無償で働く。

大切な人を待ちながら働く。

「日本へ帰る」、その希望を抱いて極寒のシベリアで重労働に耐える。

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市橋容疑者の、ある意味ものすごい生命力生活力を感じさせる報道にふれて、人を労働に駆り立てる動機は実にさまざまだと、しばし考えたのでした。

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2009年11月 8日 (日)

長寿万歳

「奇跡体験!アンビリーバボー」というTV番組で、元日本兵たちが経験したシベリア抑留生活とその後の感動的な出来事を再現ドラマで見ました。

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第二次世界大戦末期に満州に侵攻してきたソ連軍に捕虜として連行された日本兵が、極寒のシベリアで満足な食事や休養も与えられずに苛烈な労働に従事させられた。
捕虜に与えられるべき食糧は、ソ連兵に横取りされ、一日二回の食事はパサパサの黒パンと実がほとんど入っていない塩味のスープ。

気温が零下40度以下にならなければ作業中止にはならず、厳しい寒さと飢えで多くの抑留者が日本の土を踏むことなく命を落とし、凍土の下に埋められた。

千人ほどの元日本兵が収容されていたある収容所での出来事。
ある日、あまりの寒さと風の強さに栄養失調の体を動かすことが出来なくなった時、かつて日本軍の小隊長であったある班の若きリーダーが「みんなを休ませてやってくれ」とソ連兵に懇願した。
当然のことながら彼らは聞く耳持たず、必死の思いでソ連兵に抗議を試みた小隊長はそのままどこかに連れ去られてしまい、その後彼の姿を二度と見ることはなかった。

数年後、生き残った抑留者たちは帰国を果たしたが、その中の小保茂さんという人が、男気あふれる行動で自分たちを守ってくれた小隊長の消息をずっと気にかけていた。

小保さんからこの話を聞いた知人の大山学さんは、高齢で足が悪い小保さんに代わって国会図書館、靖国神社、厚生労働省など、また抑留者問題に取り組んでいる国会議員を訪ね、さらにはインターネットや地方新聞で問いかけた末、ついに小隊長の消息をつきとめた。小隊長は健在だったのだ。
小保さんも、そしてテレビを見ている視聴者も、おそらくシベリアで亡くなったか、万が一帰国していたとしても、高齢でこの世にはいないだろうと予想していたが、小隊長は90歳を越えて九州の地で生きていた。

そして、二人は感動の再会を果たした。
体と精神を極限まで傷めつけたであろう過酷な経験をしたにも関わらず、二人は元気な姿でお互いの無事を確認し合った。

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遺恨の死。潔い死。呆気ない死。

せめて一目会って感謝の言葉を伝えたかった、何故死んだ、という無念の思い。

恍惚の中に浮遊し、長らえる命。

老いてなお、現役に留まろうとする凄まじいエネルギー。

90歳を越えて「生きてて良かった!」「よくぞ生きていてくださった!」と感動する瞬間。
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高齢者の終末期のありようは、それぞれに意味が深く、後に続く者にありとあらゆる示唆を与えてくれる、人間社会が単に効率の良さだけで成り立つものでないことを教えてくれる、そのように思います。
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2009年11月 6日 (金)

Wasted and wounded

ドラマ「不毛地帯」のエンドロールに流れるトム・ウェイツの「トム・トラバーツ・ブルース」です。  →http://www.youtube.com/watch?v=HkOMiA_uGso

哀愁に満ちた旋律が、極寒のシベリア抑留地の映像に重なるからでしょうか、組織に翻弄される男たちの涙のように感じられるからでしょうか、胸に迫るものがあります。

社会的任務にまつわる悲哀は男だけのものでなく男女で分かち合うものとなった現代ですが、「構造主義」とやらによれば、菩薩ならびに聖母の復活が望ましい・・・・・ということではないですよね。無知ですみません。

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 (「構造主義の父」と呼ばれたフランスの人類学者クロード・レビストロース氏が先月末亡くなられたそうです)

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