巣作り
週刊誌をめくっていたら、吉村仁「強い者は生き残れない」という本の広告に目が留まった。
「一人勝ち」は自然の法則に反していた。
40億年の生物史を振返ると、生き残っているのは「強者」ではなかった。「環境は常に変動し続ける」という新しい観点から、「そこそこ」な生き残り戦略に注目する。
__________________
読んでいないから詳しくはわからないが、ネットで検索して出てきた書評によると → http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/603652.html
【 自分の形質や遺伝子を持つ子孫を残すことのできる「強い者」が繁栄する、というのがダーウィンの説だったが、それは環境が変化しないことが前提であった。しかし生物にとっては、不確実な環境への対応こそが生きていく上で最も重要なことなのだ。】
【 社会も同じで、成長より存続であり、そのためには協調と利他が何より重要であり、利己では生き残れないのだ。】
という具合で、要するに「助け合い、共存する社会主義的社会のすすめ」ということらしい。
強い者が生き残るわけではない、というのは「盛者必衰の理」である。
「進化」という何億年のスパン、あるいは「歴史」という数十年から数百年のスパンでの、「強者の系列はいずれは衰退する」という見方である。
言うまでもないが、一人の人間の一生レベルで、これがあてはまるということではない。
それを考えると、近頃の若者の「そこそこ志向」は、もしかしたら人類存続のための底知れない力が働いているとも言える。
つまり、自分の一生は人類という種を滅ぼさないための捨石であるという無意識の意志さえ働いているのかもしれないではないか。
しかし当然のことながら、「そこそこ」であろうが「草食」であろうが、繁殖を怠れば滅亡は避けられない。
いつの時代も元気な女性が、男性の「そこそこ」までレベルを落とせば、あるいは、うまく操れば、繁殖は盛り上がるのだろうか。
いずれにしても景気が良くならなければ巣も作れない。
景気が先か繁殖が先か、それが問題だ。
またその後にすぐ競争社会が来るんだけどね →人気ブログランキング
| 固定リンク
| コメント (2)
| トラックバック (0)

最近のコメント