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2010年1月 8日 (金)

空がきれいだ

世間ではよく「金持ちのぼんぼんだからだめなんだ」とか「苦労しなければ人間は成長しない」とか言う。

ならば、昨今の日本社会の窮状にあえぐ若者たちは、絶好の機会を与えられているのだろうか。

「そうではなくて今の貧困は酷すぎる。希望がないことが問題なのだ」、というなら、貧困には「その先に希望がある」、という保障が必ず必要なのだろうか。

保障があるなら苦労はしないと思うのだが。

希望は与えられるものであるべきか、自分自身の内なる力がそれを湧き上がらせるものなのか。

アフリカの最貧国じゃあるまいし、救いようのない絶望に、この日本が覆われているとでも?

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single40さんの記事「年頭所感」とそれにつけられたコメント群の元気のよろしいこと。  

人の気持ちというのはこうでなくては。

元日から続いている抜けるような青空は希望そのものだ。(すみません。太平洋側だけですが)

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コメント

robitaさん、TBありがとうございます。

吹けば飛ぶような小企業の経営なんぞをしていると、そりゃあ昨今の不景気は肌身にしみるわけですよ。
ホントのところは、そりゃ大変で(泣)

けれども。
まあ、商売なんぞは、しょせん良い時もあれば悪い時もあり、山も谷もありますから。
自分が評価されないのは世の中まちがっとる!とか(笑)あいつのほうが俺よりも良い暮らしだとか(苦笑)そういうつまらん気持ちを捨て去って、今をあるがままに楽しく生きる。
いや、なかなか出来ないけれども(苦笑)そうありたいな、と。
ほら、そういうのって、やっぱり日本人的じゃないですかね。

もっと情況が悪くなればヒイヒイ泣き叫びますけど(苦笑)
まだ悪あがき中なんですなあ。

投稿: single40 | 2010年1月 8日 (金) 15時50分

robitaさん 明けましておめでとうございます!
今年も宜しくお願い致します。

あのぉ~石川啄木が現実にどうだったかということは置いといて、今の日本まずは第一段階・・・

はたらけど はたらけど猶わがくらし楽にならざり ぢっと手を見る

という状態になってくれませんかね?
まずは働く場がいっぱいあってほしいものです。次の段階では賃金を上げてもらえれば・・・。

社会人2年目の息子を見ていて思うのですが、野心がないというか「別に出世しなくていいし、そこそこ食べていければ・・・」って言うんです。
なんだかあまりの景気の現実に、若者たちまでもが最低限食べていければみたいな、将来に対する夢のレベルが下がっているような気がしています。

 

投稿: そよ風 | 2010年1月 8日 (金) 19時32分

★single40さん、

>そういうのって、やっぱり日本人的じゃないですかね<

そうなんですよ。今あるものでなんとかする、っていうの得意じゃないですか。
民主党は「欧米では」とか「先進国では」とか言って、バラマキ政策を正当化しようとするところがありますが、そういう政策が世界で一番うまくいかないのが日本という国じゃないかと私は思うんですよね。
食うや食わずの人に「もっと頑張れ」と言ってるわけじゃないのだから、例えば、国民が創意工夫しやすいような規制緩和をするとかしたほうが日本人には合ってるんじゃないでしょうか。

投稿: robita | 2010年1月12日 (火) 11時25分

★そよ風さん、

>社会人2年目の息子<

息子さんお仕事についてらっしゃるんですね。それは何より。
うちの息子は仕事についていません。
長男のほうはアルバイトしながらある資格試験に向けて勉強中なのですが、次男は今大学4年生。あと二ヶ月で卒業ですが、就職は決まっていません。
何を考えているのか、就職活動をしていないようです。
「いないようです」というのは、背広を着て出かけていく姿を去年の夏の少し前ごろから見なくなったからなのですが、もしかしたら別の形で何かやっているのかもしれないと思うからです。
親としてはやはり心配になるので『「卒業してもどこも行くところがない」という状況にだけはならないように。卒業したら自分で食べて行ってね』と言ってあります。
「大丈夫」と言ったので、何か考えているんでしょう。
もしかしたら、第一次産業つまり農業とか林業とかに従事しようと思ってるのかもしれないなあと思います。
今の時代、それも厳しいとは思いますが、若者一人、たとえ報酬が低くても、何とか生きることはできると思います。
体を使って思い切り働くことを2.3年経験することも無駄ではないのではないでしょうか。
その間に景気回復して雇用も増大するかもしれない。新卒採用の現状が改善されているかもしれない。あるいは、農業や林業振興策が盛んになり、そのままの職場で働きやすくなるかもしれない。
家を出てとにかく一人でやってみる。そして、「刀折れ矢尽きて、死ぬか生きるかの極限まで来たら家のことを思い出しなさい、帰る場所はあるから。お父さんお母さんがいなくなっていても、お兄ちゃんお姉ちゃんがいるから。可愛がってくれたおじちゃんおばちゃんたちもいるから」
そんな風に送り出そうかなと思っています。

今の若者全般的に野心がないのはしょうがないと思うんですよね。そしてそれは政治のせいでもないだろうと私は思っています。
豊かさや情報過多の時代の必然だろうと思います。

こういう時代はやはりチャレンジする冒険心を持った人間の勝ちだと思うんですよ。
「新天地」はこの日本にもまだまだあるだろうと私などは思うのですが、どうでしょうか。

投稿: robita | 2010年1月12日 (火) 11時30分

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