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2010年4月26日 (月)

家族の食卓

定年後の延長雇用で2年を経て主人が退職しました。
3月いっぱいで40年近く勤めた会社を去りましたが、今まで積み上げてきた人脈やノウハウを生かして、知人の仕事のお手伝いをするため時々出かけます。
もう給料はありませんし、家にいる時間が多くなりました。

今までは見送っていた私が、見送られて出かけることもたびたびです。

お昼ごはんくらいは一人でなんとかなるものの、やはり夕飯の支度の時間までには帰らないといけないので、友人とのお喋りもあわただしく切り上げて帰路に着くことになります。

ノンフィクションライターの久田恵さんがこんな文を書いていました。→「自立に役立つ貧乏」 

【夕方、用事を終えたら、「すぐに帰らなければならない人」のほとんどの理由が「夫や子供の食事の支度」という事態は、どういうことなのだろうと思ってしまう。】

 

自立したキャリア・ウーマンの視点、というより今の時代に生きる人間として当然の考え方だろうと思いますし、まず子供の自立を妨げるほど世話を焼いちゃいけません。

ただ、女性の立場として言わせてもらえば、この『「身軽」とか「気軽」とか「自由」とかが至上の価値』、っていう考え方もひとつの「頭の固さ」のあらわれなんじゃないかなあって気がするんですよね。

女房の作ったものを食べたがる手のかかる夫をめんどくさいと思いつつ家路を急ぐ不自由さだって女性にとって意味のないことではないのです。

私が入院したり死んだりしていなくなったとしたら、それはそれで、男一匹、台所で悪戦苦闘する人生が始まるだけのこと。

そういう不自由さを年取ってから経験させるのは可哀想なんでしょうか。

いや、私はそうは思わない。

人はいくつになっても学べるし、だいたい、「困らないように」と用意周到になりすぎて文化が変質することのほうが問題ありじゃないか、と思うんですよね。

それが時代と共に起こる単なる微小な変化であるならば問題はないのですが、家族の良さまでも損なうものであるならばそんな身軽さはいらないと思います。

一番の近道や効率の良さや個人の自由を追求するあまり、父性や母性や子供らしさが失われることはないのでしょうか。

人は、グローバリズムや資本主義の問題点に対しては声高に批判し「人間の原点に戻れ」とか「カネだけで幸せになるのではない」などと盛んに言うくせに、良き家族の維持に要する「我慢」にはとんと無関心であるように思います。

そして、「家族の食事の支度のために楽しいお喋りを切り上げて帰るなんて気の毒」などと上から目線の物言いをするのです。

国の強さや豊かさがあってこそ、個人の幸せが成り立つのですから、国の運営はなるべく効率よく無駄なく為されなければなりませんし、うまく稼いで富を増やさなければならないのは言うまでもないことですが、人間が育まれる家族という単位はそんなに単純なものではありません。

「誰にも束縛されない自由」という価値もあるでしょうし、「奉仕することで誰かが喜んでくれる幸せ」という価値もあるのです。「家庭」は子どもが価値観を形成する場所なので、家族の形は重要な意味を持ちます。

「家庭」は、効率の良さだけで運営される場所ではなく、数々の難儀を経験してお父さんもお母さんも子どもたちも成長する場所であります。

たとえ諍いがあっても、揃って食卓を囲むことで回復し、そういったことの積み重ねが知らず知らずのうちに家族の絆となっているのではないでしょうか。

久田恵さんのご意見は「女が身軽で自由になれるこの形が一番いいのだ」という風に聞こえるのですが、そうだとしたらもう少し柔軟さが必要かなあと思います。

(タイトルの「自立に役立つ貧乏」というのは賛成ですけどね。貧乏は人を自立に駆り立てるはず)

 

   まだまだ書き足りないけれどこの辺で 
        よろしくお願いします 
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コメント

そういう家庭の食卓の温かさがrobitaさんの魅力だと思います。ご家族の方もきっと温かい方なのでしょうね。
でも、そういう温かさを優先することは今の国を強くすることと矛盾するのではないかというのが、引用されたライターの方のような文章に表現されている主張で、それとももっともなところがあるという現実なのが悩ましいところなのでしょうね。
労働力が余っている現在なので、余っている方の人々が結婚して家庭で充実できるといいのですけどね。

投稿: コウイチ | 2010年4月29日 (木) 22時01分

★コウイチさん、

お久しぶりです。コメントありがとうございます。

国力を維持するために労働力確保が必要不可欠です。子どもが増えなければなりません。
それなら「つべこべ言わずに女は子どもをどんどん産め」ということになりますね。
で、この日本では女性が働きながら子育てをするのがおそろしく難しいので、子どもを産めない、と言います。
例えばフランスでは、朝から晩まで子どもを預かってくれるし、子ども手当ても充実しているので、3人子どもを産めば働かなくても暮らしていける、などと言われるそうです。
北欧の国々は男女平等に子育てをするので、父親同士のお喋りサロンなども盛況だそうです。

まさに社会全体で子どもを育てる環境が整っています。それで、出生率も2.2に伸びた、などと言います。(なんちゅうかこの数字も情けないな、という気はしますが)

日本も社会全体で子どもを育てる、という考え方にならなければいけない、ということで、民主党政権は「子ども手当て」なる援助をして女性に子どもを産んでいただこう、としています。
日本人が意識改革さえすれば子育て環境は格段に良くなり、女性も子どもを産みやすくなるのだ、その意識改革の邪魔をするのが考え方の古いおじさんおばさん連中なのだ、と言われます。

子育てや家事の外注が盛んになり、それはつまり雇用も生み出すことになり、経済も発展するのだから国力は増大するんでしょう。

こうなると女性というのはまさに出産マシーン以外の何者でもなくなるのだなあ、と思えてきます。
家族の成り立ちが根底から崩れませんかね。
フランスは既になんだかわけのわからない状態になっているのではないでしょうか。

政府がいたれりつくせりしなければ子どもを産めないなんて、いやはや大変な時代になったものですねえ。

>そういう温かさを優先することは今の国を強くすることと矛盾するのではないか<

私はこれについては昔からの持論で、女性の中での役割分担しかないんじゃないか、と思っています。


投稿: robita | 2010年4月30日 (金) 10時46分

いい話でした。

投稿: トトロ | 2010年5月 1日 (土) 15時48分

★トトロさん、

いつも応援ありがとうございます。

投稿: robita | 2010年5月 2日 (日) 10時02分

こんにちは、昨日は拙ブログへコメントを頂き有難うございました。

「社会で子供を育てる」という考えは、昔のように近所のおじちゃん、おばちゃんが何となく様子を見ていてくれて、悪いことをすれば、ちゃんと叱ってくれて、というような“みんなで見守っていく”という在り方は復活して欲しいと思いますが、『連帯責任は無責任』ということわざのように、“誰かがしてくれる”というような、核になる人のいない子育ては、子供の心を蔑ろにすると思います。私は古いと言われようと「三つ子の魂百まで」は、その通りだと思っており、幼年期に心の基礎がきちんとできていないと、修復は難しいのではないでしょうか。子育ての“芯”になる人がちゃんといてこその、周囲の人々の協力だと思います。母は「産む」だけで「親」になれるわけではないと思うのです。
聞こえのいい「社会での子育て」は、きつい言い方ですが、母親の責任放棄を助長しかねない危険を孕んでいるようにも思えます。助けることは必要ですが、「過ぎる」ことはどうなのでしょう。

>【夕方、用事を終えたら、「すぐに帰らなければならない人」のほとんどの理由が「夫や子供の食事の支度」という事態は、どういうことなのだろうと思ってしまう。】

私は上記のような考え方にも「どういうことなのだろうと思ってしまう」のですが、今時の考え方についていけない私が古いのでしょうね(笑)。もちろんそれぞれの生き方の問題なので、良し悪しではありません。でも、「不自由」「束縛」「犠牲」、どれも過度なものは困りますが、誰にでもあります。それでも少しずつの犠牲(→そんなこと普段思いませんが)を捧げ合って人は生きているのではないでしょうか?その久田氏も、「自立に役立つ貧乏」を読ませて頂くと、子供さんを自分の都合に合わせて連れ回し(束縛)、大人が話しに興じている間、ゲームをして待たせ(犠牲)と、不自由をかけていたことにはならないのでしょうか?意地悪な見方ですが、子供は自立したというより、諦めたんじゃないでしょうか?自分の自由には敏感でも、他の自由に鈍感なのでは、単に「我儘」な気がします。

>「家庭」は、効率の良さだけで運営される場所ではなく、数々の難儀を経験してお父さんもお母さんも子どもたちも成長する場所であります。
たとえ諍いがあっても、揃って食卓を囲むことで回復し、そういったことの積み重ねが知らず知らずのうちに家族の絆となっているのではないでしょうか。

本当に仰る通りだと思います。根無し草は弱いものです。家庭・家族という核になるものがあって、地域社会が成り立ち、それが国へとつながっていくものと考えます。一朝一夕に成り立つものではなく、時間をかけて作り上げていくからこそ強いのでしょう。今の政権は、その家族の絆を壊すかのような法案(夫婦別姓、戸籍の廃止)を進めようとしています。何が悲しくて自国を弱めようとしているのか、理解に苦しみます。「待っている人のいる幸せ」っていいですよね。

(長文失礼致しました)

投稿: ハハサウルス | 2010年5月 7日 (金) 14時09分

★ハハサウルスさん、

働きながら子どもを育てるお母さんはほんとうに偉いと私は思います。フルタイムで働くのは母にとってはどんなに重荷であることでしょう。
私が疑問に思うのは、「家族が土台」という考えのもとに自我を殺すことは悪いことである、と言わんばかりの久田恵さんのような論調です。
外に職を持つお母さんであろうが、専業主婦であろうが、母性を発揮するのは子どもの育ちのためには不可欠だと思いますが、「自立自立」と叫ぶ女性たちはなんだかそれを余計なものとみなしているように思えてなりません。

>子供は自立したというより、諦めたんじゃないでしょうか?<

人間、諦めが肝心とは言いますが、子どもに母を諦めさせちゃいけませんよね。

>根無し草は弱いものです。家庭・家族という核になるものがあって、地域社会が成り立ち、それが国へとつながっていくものと考えます。<

同感です。
幸い夫婦別姓に反対する民主党議員もたくさんいるそうですので、おそらく法案は通らないでしょう。

>「待っている人のいる幸せ」っていいですよね。<

家族の形も、母の形もいろいろあっていいと私は思いますが、少なくとも「ご飯を作って家族の帰りを待っているだけの女性なんてつまらない」といった蔑視の態度は頭が固い証拠だと思います。

投稿: robita | 2010年5月 8日 (土) 10時43分

robitaさん、ご無沙汰しております。

ご主人様、長い間のお勤めお疲れ様でした。そしてそれをフルタイムで支えたrobitaさんも。「40年間勤め上げた」というのは、まだその途上にいる身から見れば本当にすごいことで、何より幸せなことで、他人ながら感激します

>女房の作ったものを食べたがる手のかかる夫をめんどくさいと思いつつ家路を急ぐ不自由さだって女性にとって意味のないことではないのです。<

未だに家事には楽しみを見出せぬ私ですが、家族に「お腹減ったーああああ!!!」と言われると、(なぜ私に言う?自分で何とかせい)と思いながらも、心中くすぐったいような喜びでなぜかテレつつ、そそくさと台所に立つ。「主婦」ってそういうものなのではないでしょうか。だから、

>「すぐに帰らなければならない人」のほとんどの理由が「夫や子供の食事の支度」という事態は、どういうことなのだろう<

って、「幸せ」という事態、ってことなんでしょう。それぞれの「幸せ」様々な「幸せ」…それを自他に認める柔軟性があれば、社会はそこそこまあるく収まるのかな、と。

投稿: kaku | 2010年5月 9日 (日) 12時19分

★kakuさん、

お久しぶりです。

>そしてそれをフルタイムで支えたrobitaさんも<

「支えた」などと言われると恥ずかしいのですが、主人はイノシシをかついで帰って来る男なので、私が家事育児を担当した、というだけのことなんですけどね。

>って、「幸せ」という事態、ってことなんでしょう。<

あはは、そういう事態でしょうね。
たしかに家事って、単調に延々と続く終わりなき作業なので、これを毎日毎日続けることは辛いといえば辛いのかもしれません。
デキる女性にとっては「つまらないこと」にも思えるかもしれません。
でもつまらないことや辛いこと不自由なことを我慢した上に幸せって成り立つんじゃないでしょうかねえ。
それは外で働くお母さんも同じこと。

>それぞれの「幸せ」様々な「幸せ」…それを自他に認める柔軟性があれば、社会はそこそこまあるく収まるのかな、と。<

そうそう。私は都会でバリバリ働く女性もいいなあ、と思うし、家を中心に半径数百メートルのことで手一杯の女性の存在も認めたいと思います。

投稿: robita | 2010年5月10日 (月) 10時18分

初めまして!
パート主婦です!
すごく勉強になりました。
ありがとうございました

大分前の記事にコメントって失礼な事かもしれないですね、もしマナー違反なら申し訳ありません。これから他の記事も拝読させて頂きますね。
突然申し訳ありません。

投稿: おかざき | 2010年6月29日 (火) 19時23分

★おかざきさん、

初めまして。
コメントありがとうございます。
過去の記事を読んでいただき、ご意見まで賜りましてこんなに嬉しいことはありません。
どうかこれからもよろしくお願いいたします。

投稿: robita | 2010年7月 1日 (木) 08時36分

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