« うるせえ! | トップページ | 藤原先生と佐伯先生 »

2011年1月10日 (月)

神の領域 2

野田聖子衆議院議員が50歳で出産という快挙を成し遂げた。

「家族を作りたい」という強い思いを持ち続け、長年にわたり不妊治療に努力を重ねてきた結果だ。

高齢で出産するにあたってはさまざまなリスクを覚悟しなければならない。

無事に出産を遂げても「生まれた生まれた」と喜んでばかりもいられない。

子育てという作業は、体力の落ちてくる年齢の人間にとってはきついものだ。

しかし、それでも、赤ちゃんを持つことの喜びは何にも替えがたい、と私は思う。

人為的な手法で子供を作ることへの拒否反応がある。

「このような手段で生命を作るべきではない」
「人間、何でも手に入るわけではない。我慢し、あきらめることも大切だ」
「無理やり生まれさせられる子供の身にもなってみろ」
「社会的コンセンサスを得ないまま、事実だけがどんどん先行していくのは不安だ。もっと議論をするべきだ」

そのように人々は口々に言う。

しかし、私は昔からこのように思っている。 →「神の領域」 

人工的に生命を作り出すことへの恐れや、経験したことのない領域に足を踏み入れてしまったショック、人類は恐れおののいている。

それは何も、生命科学の分野にかぎらない。

恐ろしい速度で進むグローバル化や金融経済の複雑さにも人間は恐れおののく。

しかし、おそらくこれは「間違っている」のではなく、避けることのできない進化というものではないだろうか。

進化をしたくないなら、人間は、本能である探求心や向上心や競争心などの欲望を抑制し、規制を残し、保守主義をもって生きるべきだ。しかし、一部の人間がそれを望むからといって、人類全体の発展の流れを押さえつけることはできない。

なに、重力のくびきを無理やり振り切って宇宙に飛び出した時点で、人間は神の領域をとっくに侵しちゃってるのだ。今さらびっくりしなさんな。

そりゃあいろいろな意見は出てもいいけれど、なにより「子供がほしい。家族をつくりたい」という素朴で真摯な思いに、否定的な考えだけをぶつける気持ちには、私はなれない。

子供をもって家庭を成す幸せを望む。何が悪い。

子供がほしくてもできない人がいるなら治療費援助すればいい。代理母や親子関係を結ぶ上で法律が邪魔をするなら不備を改正すればいい。子育てが大変なら周りが手を貸せばいい。

そういう環境を整えることが肝心だ。社会で子供を育てるとはそういう理解を広めることだ。

子ども手当てと称する金のバラマキが、子供を持って家族を作りたいと願う女性たちを喜ばせるとでも思っているのだろうか。

民主党ってバカだよ。

.
        この政権政党に女はいないのか 人気ブログランキング

.

|

« うるせえ! | トップページ | 藤原先生と佐伯先生 »

コメント

>子供をもって家庭を成す幸せを望む。何が悪い。

大賛成です。そんなに子どもが欲しけりゃ、そんな無理せず養子をしろ、という批判もあったそうなのですが、もともと子供を作るというのは、自己保存という最も根源的な本能の発露で、エゴそのものなので、その点に神の領域だなんだと、エゴがすぎると批判するのはナンセンスと思いました。養子をしてスーパーエゴで観念的に親心を醸成するより、妊娠出産という生物としての本来の"自然"の過程を経る方が、母子の絆がより強固に育まれ、子供のためには逆に良いに違いないと思いました。

>社会で子供を育てるとはそういう理解を広めることだ。

子供は社会のものという考えですね。
昔のムラ社会ではそういう点があったのでしょうか?
個人主義、核家族の欧米社会では、一夫一婦制の家族が単位で子供の養育は夫妻の責任下に置かれているのですが、日本のムラ社会では夫婦のみならず共同体のもの、だから子供の教育に対する学校への期待が大きかったのが、学校が荒れて、今変わってきている、より個人主義化しているのでしょうね。
イヌイットのような極限の極寒の世界の小さな共同体だと、子供は共同体の大切な財産で、みんなで育てるようですね。すると、夫婦の境界はあまりなくなって夫婦スワッピングが普通になるみたいですが、日本で夜這いの風習のあった地域はこれに近かったのかな、とも考えています。

欧米では逆に離婚が多くなったために、従来の核家族の安定性が低下し、社会で子供の健全な養育を支えるために、母子家庭の補助をする、社会全体で子供の養育を負担しようという政策に傾いていっているようにみえます。

この手の母子家庭、あるいはシングルマザーの援助について、日本では保守派から、伝統的な家族を破壊するという否定的な考えがあるようなのですが、最近あるブロガーさんから、現在の保守派というのは明治維新を行った下級武士の儒教的倫理・道徳観を基本としており、日本の庶民の実態はこれとは違っていたというお話を聞き、大変興味深く思いました。武士階級は全人口の10%に過ぎなかったので、日本人の本当の伝統的精神というのは、もっと自由奔放で、子育てに関しては、夫婦のというより、共同体の子供という考えの方が一般的だったのかも知れないですね。

投稿: ap_09 | 2011年1月16日 (日) 14時48分

★ap_09さん、

>日本のムラ社会では夫婦のみならず共同体のもの<

>日本人の本当の伝統的精神というのは、もっと自由奔放で、子育てに関しては、夫婦のというより、共同体の子供という考えの方が一般的だったのかも知れないですね。<

これらのことは、主に進歩的思想の方々がよく言われますね。

日本のムラ社会、共同体の絆、というのがどういう実態であったのかはさておいて、いかに共同体意識が強かろうと、そのことは親子や家族や、何より「個」を守らんがためであったはずであり、子供を共同体で育てたとはいえ、隣家の子より血を分けた自分の子への愛情のほうが強かったに違いありません。

>現在の保守派というのは明治維新を行った下級武士の儒教的倫理・道徳観を基本としており、日本の庶民の実態はこれとは違っていた<

武家と庶民の文化・倫理は違って当然でしょうが、親子の情愛・絆は身分がどうあれ、変わらなかったんじゃないでしょうか。私は当時の庶民を見たことがないし古典にも詳しくありませんが、落語などでは多く語られますよね。
「血を分ける」というのは昔から格別のことだったんじゃないでしょうか。

「共同体」というものに対する進歩的思想の人々の理解に、私は疑問を感じることがあります。

イヌイットのスワッピングについては、これはもう、遺伝的にも色々な問題が起きてくるでしょうから、人類存続のためにもそういうことは文明社会では論外ですね。


投稿: robita | 2011年1月17日 (月) 10時12分

>そのことは親子や家族や、何より「個」を守らんがためであったはずであり、子供を共同体で育てたとはいえ、隣家の子より血を分けた自分の子への愛情のほうが強かったに違いありません。

そうであることを切に願います。

少し以前のものですが、米国の統計上、アジア系の乳児死亡率が、ほかの人種、白人、ヒスパニック、黒人、ネイティブインディアンに比し低いです。そのアジア系のなかでも日系人の乳児死亡率が一番低いのです。日本人の、ことさら子供を大切に育てる文化を反映しているのではないかと思います。

日本の近代以前の共同体は、本質的に共産主義的要素が濃く、それが基礎にあったからこそ、戦後、本質的な意味で世界で最も成功した社会主義国が日本なのではなかったかと思います(全体が豊かになったけれど、富の再分配が極めて均等だった)。
一方、世間体(共同体の掟)のために、子供を勘当して捨て置くとか、夫婦の関係はキリスト教国のように強固な一夫一婦制ではなく、一夫多妻かイヌイットのスワッピングに近い状況がかなりあったのではないかと思います。武士階級は「家」の存続と主家に代々仕えなければならないので、子どもが誰のどの家の子であるか神経質なのは当然なのですが、それ以外は離婚再婚がかなり自由で、キリスト教国の一夫一婦制の核家族より、家族関係が結構ルーズだったようにも感じます。単にあまりに貧乏なので生存するのに手一杯だっただけかもしれませんが(だから共同体という集団のなかで寄り添って生き延びる必要があった)。

欧米では離婚が多いと言われていますが、ウーマンリブ運動の実験的な家庭崩壊の時期を経て、現在の米国では家族の絆というのをとても大切にしているようにみえます。それに比べると、日本では、お父さんは職場共同体、子供は学校共同体、お母さんはうち、と家族のそれぞれが別々の共同体のメンバーのようで、家族同士あまりかかわらないという話をよく聞きます。これは個人主義と違って、「個」を大事にし育むための最小単位である親密な親子の「家族」より、「集団」の要素が文化基盤にあるからではないでしょうか?

明治以降、儒教的価値観で女性の貞操観念が強かったのですが、現在、欧米に勝る勢いで日本の青少年の性行動は乱れて行っているようです。これはもとの庶民文化が表面に出て来ただけなのかもしれません。個人主義の方が伴侶、ステディな相手という意味においては、男女双方とも貞操観念が強いようにみえます。

進歩的というのは、より個人主義的なスタンスだと思っていたのですが、革命思想の左翼の考えを「進歩的思想の人々」ととらえておられますか?利己主義ではない自立した個人という考え方は、福沢諭吉の独立自尊にあるように、保守思想と矛盾するとは限らない面はありませんか?

スワッピングが遺伝病を起こすかどうかは、よくわかりません。遺伝的には近親相姦と反対に、よりヘテロになるので、環境の変化に耐え得るバラエティーに富んだ子孫を残すには有利なような気がします。もちろん、これは現在の倫理・道徳とは全く別の視点からの考えですが。

類人猿の社会では強い雄がボスになって、群の生殖可能な年齢の雌を独り占めし、弱い雄はパートナーが持てませんが、雌の本質は複数パートナー嗜好で、ボスの目を盗んだ姦通がしばしばあるようです。人間の性の本質もこれに近いのではないかと思います。あるいは最近は、イヌイットのような、社会としては非常に小さなコミュニティーでのスワッピングを、ヒトの性の原型とする説があるようです。

投稿: ap_09 | 2011年1月17日 (月) 23時39分

★ap_09さん、

>日本人の、ことさら子供を大切に育てる文化を反映しているのではないかと思います<

こういうのって、「文化が先か、日本人の人間的本質がゆえなのか」って思ってしまいますね。

>日本の近代以前の共同体は、本質的に共産主義的要素が濃く<

これも、原始時代から、ここに住みついた人々の性格的本質なのかな、とも思いますし、原始時代は地球上どの人種も共産主義社会を営んでいて、徐々に私有財産や競争の甘美さに目覚めたのが、地域や元々の性分の違いによって移行するのが早かったり遅かったりしただけなんじゃないかとも思いますし・・・。

ap_09さんは丁寧に分析なさいますね。
私など、学術的な知識で分析するのでなく、63年の人生で得た知恵や教訓をもとにおおざっぱに判断するだけですから、議論にならないかもしれませんね。

日本と欧米の家族観や夫婦関係についても、私は人間の価値観には、あれこれ理由をつけるほどの違いはないと思っています。

でなければ、外国の映画や小説などに共感し、あれほど感動するものでしょうか。

もちろん、研究や分析は必要なことですが、私レベルがあまりそういうことにこだわるのも、単なるこじつけにしかならないのではないかと考えます。

>儒教的価値観で女性の貞操観念が強かったのですが<

儒教的価値観のせいばかりとも言えないかもしれませんね。
もともと、生殖とは、自分の遺伝子を残すという主目的があるので、自分が手にした女が他の男の子供を宿すことは許されないことであり・・・なんてことも言われますよね。

まあ、価値観なのであれば、その価値観は変わり得るでしょうが、変わったがために、男も女もなんだか悩んでいるように見えるのは私だけでしょうか。

>革命思想の左翼の考えを「進歩的思想の人々」ととらえておられますか?<

「進歩的」とか「左翼」とかの思想、また「保守」とか「右翼」とか、ひとくくりにできない時代になりましたね。
ただ情緒的なサヨク思想というものを持っている人々がいて、私はそういう人々のことを、「進歩的思想の人々」などと表現したりすることがあります。
でも「進歩的」といえば私だって自分自身を相当進歩的じゃないかなんて思いますし、「サヨク」思想を、今どきなんと頭が固く古いのだ、と思います。

あの人たちを、これから何と表現しましょうか。

>スワッピングが遺伝病を起こすかどうか<

単純に考えて、小さな共同体で、誰の子かわからない子供を女たちが産むことが常態化すると、子供の世代で気づかず近親婚が起こるんじゃないか、ということです。

投稿: robita | 2011年1月18日 (火) 15時05分

 昨年夏、拙ブログに『マキャベリアンのサル』(ダリオ・マエストリピエリ著、青灯社)を読んだコメンターさん(♂)から、面白い感想を頂きました。
-アカゲザルの社会の観察記録です。女系社会でのクーデターの残酷さ、とか、女系社会での身分制度の発生とかをえがいています。権力がないとメスはまもられないし,権力が平等にゆきわたるということもありえないようです。

 以下はアマゾンの紹介です。
「地球上でもっとも成功した霊長類は、個体数、地理的分布からみて人類とアカゲザル。メス同士でつくる母系的な血縁集団と専制的な階層構造をもつアカゲザル社会。血縁者にたいする利他的行動と非血縁者間のマキャベリアン的な性の取引、絶えざる攻撃、権力抗争。
 その支配はどのように獲得され維持されるのか。オスとの長期的関係や乱交でメスは何を取引しているのか。従来の大型類人猿ではなくアカゲザルに着目した進化生物学の俊英が、そのマキャベリアン的行動と心理をとおして人間の本性に迫る」

 女の多い職場で働いた体験を持つ人ならご存知でしょうけど、確かに女同士の上下関係は喧しいですよね。そして女は産む性なので、総じて男より血統にこだわる。複数パートナー嗜好は女の密かな願望ですが、実際にそれが出来るのは余程の恋の達人であり、極めて少数。自由恋愛のマイナス面は魅力のない男女があぶれ、売れ残る点。

 滑稽なのは「自由」を主張する「進歩的思想」の女ほど、異性や恋に縁遠かったりするタイプが目立つこと。だから男に幻想を抱き続け、男を見る目が養われない。ネットでもその類を見かけることがありますが、人は自分にないものを求めるのでしょう。

投稿: mugi | 2011年1月21日 (金) 22時05分

>>人工的に生命を作り出すことへの恐れや、経験したことのない領域に足を踏み入れてしまったショック、人類は恐れおののいている。

もう経験済みです。ロシアには旧KGBの改造人間がいるではないですか!そう、ウラジーミル・プーチンです。2012年には何の怪人として大統領に復職するのだろう?

ロシアらしいのは、クマ、シベリアトラ、あるいは火の鳥の怪人か?生身の体でさえ、恐ろしいプーチン。彼が変身すると、世界のどんな政治家も軍人も太刀打ちできない?う~ん・・・・。

投稿: Σ・亜歴 | 2011年1月22日 (土) 12時45分

>ap_09さんは丁寧に分析なさいますね。
おほめに預かっているようですが、とんでもないくらいです^_^;

robitaさんの方が、はるかに洞察力に富んでおいでだと思います。こちらのブログにコメントを残される方も、とても鋭い指摘や、よく物を考えておられる方がおられ、興味深く拝見しています。私は日本にいたとき、状況に反応はしても、自分のアタマで考えることをしてこなかった、また、周りの人に伝わるように自己主張して来ませんでした。今の生活環境は正当に自己主張する、一人一人を尊重するということに重きを置く環境なので、かつての自分の状態に、異なる環境に身を置いて初めて気付いたのですね。日本にいたときに不如意だったり不満だったりしたことは、自分が正当に主張をして来なかったことが大きな原因だったことに気付いたのです。

と同時に、日本では自己主張を利己的と取る人が多いのも確かです。自分で考え、自分の意見を表現、それに対する他者の意見の返答を受け止めるという、コミュニケーションのキャッチボールがどこまで通用するものなのか、自分自身が学習しながら実験中なのです。

>もともと、生殖とは、自分の遺伝子を残すという主目的があるので、自分が手にした女が他の男の子供を宿すことは許されないことであり・・・なんてことも言われますよね。
そうですね。男の人は本当に誰の子供か、DNA検査でもしない限り、相手の女性を信頼するしかないですから深刻です。一夫一婦制の家族の4%強はカッコウの家庭だというデータもあるようです。

>価値観なのであれば、その価値観は変わり得るでしょうが、変わったがために、男も女もなんだか悩んでいるように見えるのは私だけでしょうか。
私もそのように感じます。今は過渡期ですが、時代に合った新しい価値観が出てくるか、価値観の修正をしないと、少子化も進むし、外国勢力に侵食されてしまう危険があると思います。

>「進歩的」といえば私だって自分自身を相当進歩的じゃないかなんて思いますし、「サヨク」思想を、今どきなんと頭が固く古いのだ、と思います。
実はそのように思ってこちらのブログを拝見しています。

>単純に考えて、小さな共同体で、誰の子かわからない子供を女たちが産むことが常態化すると、子供の世代で気づかず近親婚が起こるんじゃないか、ということです。
おっしゃる通りですね。その点には気付きませんでした。日本でも夜這いの慣習があったところではどうしてたんでしょうかね?

mugiさんへ
アカゲサルはマカク猿に分類されていて、類人猿より小型なそうですね。雌にも独特のヒエラルキーがあるとは知りませんでした。面白いですね。

>「自由」を主張する「進歩的思想」の女ほど、異性や恋に縁遠かったりするタイプが目立つ
今で言えば財務省の高級官僚の娘である平塚雷鳥は、心中事件を起こして新聞ダネになった末、べつの年下の男性と長年内縁関係を続けたのち、子供の社会的状態を配慮して入籍。十代で学校を放校になってダダイズムの中心的人物、辻潤とかけおちし、子供までなしたにもかかわらず、辻潤を捨て、多角恋愛状態でアナーキストの大杉栄を、彼を取り巻く妻や愛人との恋のバトルに見事勝ち抜いてものにした伊藤野枝。子供と夫を見捨てて出奔、愛人関係や多々の情事をへて出家した瀬戸内寂聴とか、どう思われますか?
私は怠け者なので、こんなしんどそうな華やかな恋愛をするより、一人だけの大事な人と結婚して、一人を深く知る方が幸せなんじゃないかと感じてます(単にトウが立ってモテなくなった負け惜しみですかね)。
それにしても、昔の人はすごいですよね。私の父母どちらの側の曾祖母も、それ以降の世代と違って、相当に大胆な行動を取っているようです。


投稿: ap_09 | 2011年1月22日 (土) 13時43分

 イヌイットの社会習慣や文化について、私は全く浅学ですが、“スワッピング”のような行為なら、さぞ欧米人宣教師が「堕落した性習慣」と糾弾したことでしょう。そしてキリスト教倫理を強要したと思われます。
 しかし、肌の違う女とも交渉したがる男の本能は白人も同じだし、北極探検で有名な米国人ピアリーはイヌイットの愛人との間に子供を儲けています。19世紀末に出した著書に、この愛人の入浴中のヌード写真も載せていました。ポルノが当たり前の現代と違う時代に。

 ピアリーにとって、イヌイットの習慣は有難かったことでしょうね(笑)。こんなことを書くと、「欧米批判をする過激左派が…」と、Σ・亜歴さんを刺激するかも。


>ap_09氏へ

 私は『マキャベリアンのサル』は未読だし、動物学者ではないので論評は出来ませんが、類人猿のみならず他の動物(ヒトも含む)のメスに独特のヒエラルキーがあることに、特に驚きもしません。

「「自由」を主張する「進歩的思想」の女ほど、異性や恋に縁遠かったりするタイプが目立つ…」と当てこすったのは、マスコミに盛んに登場する独身女の文化人であり、感化されたのかネットにもその類が一部見られるので。ネットでうだうだ愛人論を述べている暇人など。
 せっかくネットという文明の利器があるなら、オフ会でもいいから、積極的に異性と交流すればよいと私は思います。それが出来るくらいなら、ネットに逃避しないでしょうけど。

 実を言えば、私は国内外ともに女性活動家には全く関心はありません。平塚雷鳥や伊藤野枝も興味はないし、著書も見ていないので論評は出来ません。それよりも、貴女が何故彼女らに強い関心を示すのか、教えて頂きたいものです。
 瀬戸内寂聴氏の作品はいくつか読みましたが、関心のあるのは作品の中身であり、人生ではありません。私の友人(♀)曰く、「出家前は子宮作家そのものだったけど、出家後はマシになった」で、彼女と感想は同じです。著作や生き方に感心している女の作家はいますが、瀬戸内氏とはまるで違う。この作家も同性にはシビア。

 私自身グータラだし、とても恋愛遍歴をやれるテクニックはない。むしろ男は小切手帳と見て、しっかり貢がせる女の方が賢いかも。確かに昔の人でスゴイ人物もいましたが、愚かさでもスゴイ者が多かった。環境と時代がそうさせたのでしょう。

投稿: mugi | 2011年1月23日 (日) 13時36分

★mugiさん、

そのアカゲザルの観察記録についてのアマゾンの紹介、興味をそそられますね。
「そのマキャベリアン的行動と心理をとおして人間の本性に迫る」
本性を隠したり克服したりするのが人間だとしても、やっぱり「本性」には興味があります。その本性によって生き残るのか、滅亡に向かうのか。

ap_09さんの仰るように、進歩的女性は男関係においても「トンでる」人が目立ちますよね。
異性に対して情熱的ではあるけれど、飽きっぽいし、「家庭を作る」ということにあまり興味がないようですから、「女の幸せ」はそんなところにない、という信念を持ってるんですね。
そしてそういう女性に恋をするのはやはりそれなりのタイプの男性であるわけです。

>自由恋愛のマイナス面は魅力のない男女があぶれ、売れ残る点。<

これは私は違うと思いますね。
魅力がないんじゃなくて恋愛が下手なんですよ。日本人はシャイです。
だから昔から「お見合い」があって、ほとんどの人はお見合いで結婚していました。
そういう習慣がなくなったからといって、みんなが恋愛に積極的になるかといえばそんなことはほとんどないです。もっと積極的になれ、と大人たちは言うけれど、学業や仕事で頑張るのとはまったく違います。「勇気」の問題でもないと思います。
少子化の主な原因は非婚といってさしつかえないと思いますが、かといって、昔のように学校を卒業したらすぐに縁談が持ち上がるかといえば、キャリア志向の強い女性が増えた今、それも無理な話です。
キャリアを積んだ後はなおさら難しくなります。

投稿: robita | 2011年1月24日 (月) 13時52分

★ap_09さん、

>日本でも夜這いの慣習があったところではどうしてたんでしょうかね?<

「どうしてた」というより、そうしてたから、遺伝的な問題が起こる確率はちゃんとした結婚より高かったかもしれませんね。民俗学の柳田國男の本に出てきそうなことが。
柳田國男を読んだことはないですが、奥深い山村の異形の人の話なんかが書かれているような気がして。

投稿: robita | 2011年1月24日 (月) 13時58分

★Σ・亜歴さん、

プーチンさんは大統領に戻るんですか。
どっちみち日本にとって何もいいことはないんでしょうが。

投稿: robita | 2011年1月24日 (月) 14時00分

 以前、拙ブログに江戸時代の夜這いについて書かれた本を見た方(♂)から、コメントを頂きました。生まれた子供が実は種が違っていた等はあったらしく、父親が「この子、何故か俺に似ていなんだよね、あーっはっはっ…」と笑っていたとか。恐らく父も他の男の子供であるのを勘づいていたはずだし、それは村人も知っていたでしょう。狭い村社会だし、この類の噂は女の方が敏感。それでも夫が目をつぶっていれば、問題なかったということ。

 夜這いは日本の特殊な習慣ではなく、東南アジアや南インドの一部にもあるそうです。確かに家父長制絶対の儒教圏や北インド、イスラム圏では考えられない。当然ですが、家父長絶対主義の方が出生率とパワーに溢れ、強国になる。ただ、東南アジアや南インドも近代化の影響を受け、夫権制社会に変わってきたとか。それでも、今更昔の習慣に戻れと言うのはナンセンスでしょう。
 イヌイットの習慣は不明ですが、住居が特殊なので、子供の前で親が性行為をするのは珍しくないと聞いたことがあります。そのため、イヌイットの子供たちは早熟だとか。もちろん、イヌイットも欧米式価値観を押し付けられ、変化しています。

 ap_09氏の挙げた平塚雷鳥や伊藤野枝、瀬戸内寂聴氏のような女たちはいずれも売文業でもあり、堅気の女性とは違います。だから多角恋愛も、ある意味芸の肥やしのような面があったはず。以前、瀬戸内寂聴氏のインタビューをТVで見たことがありますが、「いつも私は自分を優先してきたし、その点では冷たい人間だ…」と語っていました。これは作家の業かもしれませんね。

投稿: mugi | 2011年1月25日 (火) 22時04分

★mugiさん、

>父親が「この子、何故か俺に似ていなんだよね、あーっはっはっ…」と笑っていたとか<

感覚が猿に近かったんでしょうかね(笑)
西欧や武家の倫理観に感化されて変わってきたのだとしたら、西欧や武家がなければ、その精神はずっと維持されていたんでしょうか。
倫理観や生物学の知識の発展は文明の必然だと私は思いますけどね。
それらは知能が発達した種の、まさに生き残るための術ではないのでしょうか。

>平塚雷鳥や伊藤野枝、瀬戸内寂聴氏のような女たちはいずれも売文業でもあり、堅気の女性とは違います。<

そうですね。彼女たちは特殊といっていいでしょうね。役者が女遊びをとがめられることがないのと同じように。
近頃は「堅気」と「玄人」のボーダーがなくなっちゃってますが。

投稿: robita | 2011年1月26日 (水) 11時27分

Σ亜・歴さんの
>もう経験済みです。ロシアには旧KGBの改造人間がいるではないですか!<
というロシアはコワイです。ウクライナ人から聞いたんですが、今注目のステム・セルが有名になる以前、ソ連では、たぶん1980年代頃すでに、こういう細胞とかを、被検者には説明もせず無断で注射したりして、人体実験とかバンバンやっていたそうです。改造人間が文字通り生まれていたかもしれません。

>少子化の主な原因は非婚といってさしつかえないと思いますが、<
Robitaさんは「社蓄」という言葉をお聞きになったことがありますか?就労環境がもっと働く人に優しい環境になれば、プライベートな個人や家族のための時間が取れて、結婚する人が増えると思うのです。モーレツ社員で働く人は、必要なのですが、全体がそのようにする必要はないと思うのです。ちなみに自分は月300時間くらい残業(週40時間として)していた時期があって、交通事故を起こしてペースダウンしたことあります。そんなにシャカリキに働いても効率が悪く、今ではあんまり意味なかったと思っています(自己満足ではありましたが)。

>奥深い山村の異形の人の話
なんだか民話などに残っているかもしれないですね。

>西欧や武家の倫理観に感化されて変わってきたのだとしたら、西欧や武家がなければ、その精神はずっと維持されていたんでしょうか。
>家父長絶対主義の方が出生率とパワーに溢れ、強国になる。
とくらべると、
>父親が「この子、何故か俺に似ていなんだよね、あーっはっはっ…」と笑っていたとか<
は、おおらかでいいですね。
これは人類のジレンマというか、人間社会が小さなコミュニティーのままで狩猟採集に近い生活だったらずっとそうだったんじゃないかなぁなどと想像します。実際には飢餓線上の厳しい生活だったのでしょうが、アイヌとかネイティブ・インディアンなどには独特のスピリチュアルな世界があって、自然と調和する穏やかな相互依存的思想があるように思います(‘xxの知恵’とかいうかたちで聞いたことがあるような気がするのですが)。農業の発明から私有財産、文明と発展して行って、人の集団が大きくなり、それをまとめる秩序が必要になって倫理や道徳も発達するのでしょうが、同時に大規模な戦争も起こるし、何しろ文明の発達した社会の人々が、こういう小さい共同体の人々を駆逐して行ったようにみえます。
駆逐されたくないから、できるだけ強い側にいたいという原動力で生きてきたようなものですが(基本的には国家も同じだと思う。その意味では敗戦したにもかかわらず、日本は良くやってきて、今、たとえ外国にいても無事に生活できることには、日本人に生まれたことに感謝したいです)。本当の心身とも満たす世界はそういう原始共同体のようなものだったかもしれない、のようなロストワールドへの憧れというかノスタルジーが、子供の時あこがれた理想の生活でした。

投稿: ap_09 | 2011年1月29日 (土) 13時38分

★ap_09さん、

>Robitaさんは「社蓄」という言葉をお聞きになったことがありますか?<

「社畜」ではないかと思うのですが、人間に飼われる家畜のように、自分の意思を持たず会社の言いなりになって厳しい労働条件にも抵抗せず働く社員を表現したものですね。
こういう不況の時は、仕事がないか、さもなくば低賃金で長時間働かされるか、どっちかなんでしょうか?
それならば不況を脱して、ゆとりが出てくれば昔のように3人も4人も子供を産む人が増えるでしょうか?

少子化の原因はいろいろありますね。

①お金がないので子供を育てられない、産めない。

②子供を預けられる保育所がないので働けない、よって、収入不足のため子供が産めない。
③夫の育児参加が望めない(企業、あるいは夫自身の理解がない)
④核家族なので、昔のように祖父母の子育て支援ができない。

②~④は、母親が一人で子育てすることが難しい現代事情ですね。

さらに、

⑤不妊
⑥「家庭」の概念が変わってきた。子供がいなくてもおおいに結構、夫婦で楽しみたい、という人が増えてきた。
⑦母性喪失

⑥と⑦はまとめて、「子供に興味がない人、または子供は自分たちのゆとりある生活の足かせになると考える人が増えた」と言ってもいいでしょう。

そして、「結婚しない人が増えた」です。

これは「結婚したくない」と「結婚したいが相手がみつからない(貧困も含む)」に分かれますね。
後者は、昔ならば見合いでほとんどの人が結婚していたと思います。

1970年代頃から、一組の夫婦が生む子供の数は平均して二人であり、子供のいない夫婦の割合も変わっていないそうです。
となると、非婚が大きな原因だと考えるのが妥当です(結婚適齢期の人の人数そのものが減少しているのでしょうが)。
この非婚の原因が「貧困」や「適当な相手が見つからない」ということではないでしょうか。
「貧困」と「相手がいない」のどちらが大きな割合を占めるのか、調査してみないとわかりませんけれどもね。
ずいぶん前に、生涯未婚率がわずかの間(10年くらい?)に倍増したというデータを新聞で読み、その数字をこのブログで書いた覚えがあるのですが、昔のことでその記事がなかなかみつかりません。こんなに不景気が定着する以前のことだったと思います。

>>父親が「この子、何故か俺に似ていなんだよね、あーっはっはっ…」と笑っていたとか<
は、おおらかでいいですね。<

プライドの問題だと思うんですけど。
猿にもプライドというものがあるのかどうか知りませんが。

>本当の心身とも満たす世界はそういう原始共同体のようなものだったかもしれない、のようなロストワールドへの憧れというかノスタルジーが、子供の時あこがれた理想の生活でした。<

子供の頃あこがれたそういう生活が、実は過酷なものだということに大人になって気づきますね。
蛇口をひねれば温かいお湯が出る、スイッチ一つで電気がつく、暖かくもなる涼しくもなる。なんと幸せなことでしょう。
アーミッシュのような人々や、日本でも山村に移り住んでほとんど自給自足の生活をする家族などいるようですね。
そういう生活を望んで実行している人々も現に存在するわけです。


投稿: robita | 2011年1月31日 (月) 11時42分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 神の領域 2:

« うるせえ! | トップページ | 藤原先生と佐伯先生 »