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2011年1月12日 (水)

大丈夫、ニッポン

【続き】

グローバリズムを恐れず、国の基本方針をしっかりと定めて制度改革を進めることが、今の日本の閉塞感を打ち破り、景気回復につながっていくのだろうか。

それとも、このまま背骨のない民主党政治をだらだら続けていっても、時間がたてばなんとかなるのだろうか。

明治維新も、敗戦も、日本人が乗り越えることができたのは、革新的な変化を怖がらず受け入れたからではないのだろうか。

新しいものを受け入れ、これからの日本の進路に障害となるような問題点を改善したり切り捨てたりすることは、辛いことだが、必要なことだと思う。

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小泉政治が日本をだめにした、と藤原先生も佐伯先生も仰るが、精神のたがが緩み始めたり、金儲け主義が蔓延し始めたり、伝統的な日本人的習慣が簡略化し始めたのは何もその時からではない。

そんなものは私の子供の頃から憂慮されていた。

高校の時、ホームルームの時間に何かの話から、クラスの生徒の一人が「今の世の中、すごくヘンだと思うんです」と言い、担任教師が答えて「そうね、社会全体がなんかおかしいわね」と言っていた。クラス全体の意見もそんな空気に包まれていた。高校生たちは社会は間違っている、と憂慮していた。

古き良き時代、などと今の時点から見て思える時代も、その時の人々は今の世の中なんかヘンだと思っていたのだ。

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田中角栄政治の検証が時折行われるのを見聞きする。

仮に、日本の精神が崩れ始めたのが田中の金権土建政治だとしてみる。

あの頃、田中の凋落のきっかけを作り、猛烈な批判攻撃をしていたのはマスコミだった。

その急先鋒だった言論界の面々が今になって、「田中角栄さんは愛国者だった。貧しい人たちになんとか豊かさをもたらそうとしていた」と持ち上げる始末だ。

そう、たしかに、田中が政治を担った高度成長期に日本はどんどん金持ちになり田中が「日本から田舎をなくす」と宣言したとおり、貧しかった地方も豊かになった。

反面、多くの保守主義者たちが嘆くように、国土は平板化し、日本人らしさ(どういうのが日本人らしいのかわからないが)もどんどん失われていった、とされる。

経済効率優先の社会では、伝統文化や習慣の一部が簡略化されたり省かれたり、金儲けに奔走する人が増えたり、競争が激化するのは当然の成り行きだと思う。

それも承知で日本人は経済優先を選択したのだ。
豊かになり便利になって世界も狭くなった。

今度はそういう世界で生き抜く戦略が必要となってくる。産業や政治の構造も思い切って変えなくてはならないだろう。

今、小泉構造改革を批判している人々も、何十年か後に「小泉純一郎はグローバル化した世界で日本に競争力をつけるため、守旧派の凄まじい抵抗にあいながらも構造改革に踏み切った勇気ある宰相」とかなんとか評価するのではないか。

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日本はいつから銭勘定だけの商人国家に成り下がったのか、と藤原先生は嘆くが、実のところ銭がなければ生きていけないのだ。
そう仰る本人も、豊かな日本社会の恩恵をたっぷりと受けておられると思うよ。

大丈夫、日本人の美的感受性は、どんなに時代が変わっても失われたりしないから。

日本人を冷静に観察してみれば気がつくことだが、いつの時代も健気に古き良きものを残そうと、あるいは誇りある歴史観の回復に努力してきたではないか。

不思議なことに、そういうものに対する好奇心や憧れは若い世代のほうが強いのだ。

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