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2011年2月25日 (金)

寄り道・回り道

今の時代、若者は寄り道ができない。

世界を放浪して帰ってきても、そんな寄り道などしたらちゃんとした職業につけなくなる、なんて心配がそれほど深刻ではなかった時代があったような気がする。1970年代だ。

私はその頃の雇用事情を詳しく知らないから、現代と比べてなんとなく「そうだったような気がする」と思うだけなのだろうか。

小田実の「何でも見てやろう」に触発されたということだが、バックパッカーの流行というものがあって、特に目的も定めず、世界を貧乏旅行する若者たちが増えたという話をよく聞いた。

大人たちは「何のスキルも身につけず、勝手気ままにフラフラしている。将来を考えているのか」と批判していたのではないだろうか。よく覚えていないが。

あの頃そういうことをして人生の道草を食って一生を棒に振った人々がどのくらいの割合でいるのかわからないし、そういう寄り道をする若者が増えるとこの世の中に悪影響が及ぶのかどうかもわからない。

果たして、若者のモラトリアムは社会の劣化をもたらすのか。

最近、沢木耕太郎の「深夜特急」を読んだ。
会社をやめてしばらく自由業をしていた著者が26歳になってアジア放浪の旅に出た時の旅行記だ。

ずいぶん古い本だがとても面白く、躍動や倦怠がごちゃまぜになった若い精神を感じることができる。
さしたる目的もなく将来のことなど考えずに放浪する時期というのは本当はとても大切なことじゃないかと思えてくる。

しかし今の時代、作家にでもなろうかという才能のある人間以外、そういうことはとてもできにくいし、大学3年にもなればもう、人生を決める就職活動に着手しなければ手遅れになるらしい。
道草など食ってる暇はない。
ここで決めなければ、一生がだいなしになるのだ、そういう強迫を受けながら、学業そっちのけで就職活動に専念する。

将来の安泰のために、とにかくなるべく大きな企業に就職し、万全を期すのだ、と。

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こういう学生の志向は何もこういう不況の時代だからではないとは思う。

昔からそれが大勢を占めていた。

いつの時代も人は安全を確保するために考え行動する。

それは間違ってはいない。

親が「ちゃんと将来を考えて地道な職業につきなさい」とアドバイスするのも至極当然のことだ。いつの時代も大人たちは若者が横道にそれて不幸になることのないように教え導いてきたのだ。

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しかし、若者が冒険をしなくなったと言われる今の時代、良いもの悪いものひっくるめて何かをもたらす寄り道を少し長い目で見てやる度量が、この社会に必要かもしれないなと思う。

何も世界旅行などしなくても、国内でも、そして狭い地域の中ででも、さまざまなチャレンジはできる。

何でも見てやろう、色々な人と知り合おう、色々な経験をしてみよう、そのように若者に勧められる大人でありたいし、それが許される社会にもなってほしいものだ。

寄り道して20代を過ぎた若者を引き受けるのはたしかに企業にとっては効率が悪いだろう。

新卒のまっさらな若者を一から教育し、会社運営のノウハウや企業人としての知識やふるまいをなるべく早く身につけさせ、機動力を高めることが会社発展の原動力となるのなら、余計な経験をした人間は厄介者でしかないのかもしれない。

しかし、
寄り道し、たくましさを身につけた若者が職につきやすい社会制度。
寄り道しても、真面目に努力すれば道が閉ざされない環境。

そういうことを、私たちは考えたほうがいいのではないだろうかと思う。

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昔、若者があとさき考えず旅に出ることができたのは、経済発展に勢いがあったからだ、というならば、若者の成長のためには経済発展は不可欠、と言える。

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