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2011年6月23日 (木)

もひとつおまけに「試してみれば?」

国会会期が70日延長されることが決まったそうで、東北復興のための審議が続くことになったのだろうからまずは良かったと思う。

自分の延命策にばかり頭がまわる菅総理の醜悪さは本当に見たくもないのだが、速やかに被災者の救済策を打ち出すべく与野党協力して頑張ってほしい。

自民党の「こういう信頼のできない総理には協力できない」という言い分は非常によくわかるが、そこのところをなんとか我慢して、あの未熟な総理大臣に手取り足取り、政権党として長年培ったノウハウを教えてあげてほしい。

縁の下の力持ちになって総理を支え、復興がなった時、あの厚顔無恥傲岸不遜な男は、ぜーんぶ自分の功績として持っていってしまうことだろう。

それでもいいじゃないか。

賢い国民はわかるから。
自民党が日本の国のためを思って裏方に徹したことをわかってあげるから。

国民を味方につけなさい。

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・・・・・と、ここで問題なのは、あの菅総理が野党や総理経験者のアドバイスを素直に謙虚に受け入れるだろうか、ということである。

「自分が主導権を握りたい」、「官僚や野党の言うことを聞いてたまるか」、「全部自分でやりたい」、という欲望が人一倍強いあの人にそれができるかどうか。

そもそも、菅さんをやめさせなければならない理由は、そこだったのだから。

ま、試してみればいいと思う。

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2011年6月21日 (火)

試してみれば?

「夏の電力不足は真っ赤な嘘で、電力会社と経産省がグルになって情報操作し原発存続を企んでいる」という情報が飛び交っている一方で、「自然エネルギーを安定供給できるようにするまでどれほどの年月がかかるのか。そこにいくまでに産業は衰退してしまう。日本経済は原発なくしては成り立たない」などという論もあって、いったいどっちを信じたらいいのかわからない。

さらに、「経済発展がなんだ。そんなもの衰退したっていいじゃないか。本当の幸せとはそんなことではない」などという仙人のような枯れた意見もある一方で、「衰退していく経済の中で日本人は生きていけるのか。絵空事もたいがいにしなさい」と頭から湯気を出して怒る人もいる。

電力不足がウソなのか本当なのか、誰かはっきり教えてくれないだろうか。もしかしたら誰にもわからないのだろうか。

先日「Mr.サンデー」という夜のニュース番組で、「ブラックアウト」(突然の大規模停電)のシミュレーションドラマをやっていたが、電力の需要が供給量を超えると、まるでブレーカーが落ちるように、全ての電気が遮断される。交通機関、オフィス、病院、店舗、高層マンションのエレベーター、家庭の電気製品全てが動かなくなり、熱中症患者が続出し・・・・、という具合で、生活のほとんどを電気に頼っていることがいかに恐ろしいかを描いていた。
公共施設では、自家発電や蓄電などのバックアップ機能が働くが、速やかな復旧が前提の、持続的なものではないそうで、大規模停電が起こると大変なことになりそうだ。

  シミュレーションどおりのことが起こる可能性はあるのかないのか。

  それはともかく、これはライフスタイルの転換の問題ではないのか。
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電力が今より減ってもいい、という人と、今の供給量は確保しなければ、という人。

これは議論しても決着などつかない。個々人の好みであり、生き方の選択なのだから。

だったら、経験してみるしかないのではないのではないかと思う。

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「脱原発」を叫んでデモ行進をしている人たちがちゃんと理解しているのかどうかわからないが、現実的に考えると今すぐ全ての原子力発電を止めることはできない。

自然エネルギーの研究・開発をし、産業として成り立つようにし、原子力を徐々に減らしながら電気が安定的に供給されるまでの間、どれくらいの年月がかかるのかわからないが、その年月を国民は耐えることが出来るかどうか、また、エネルギー不足による経済低迷が長く続いて落ち込んだ国際競争力を再び盛り返すことができるかどうかが大きな問題となると思う。

原発存続にしろ、脱原発にしろ、ある程度の年月、原子力は使い続けなくてはならない。

原発は事故が起きるととても怖いので、私も自然エネルギーに転換していくことに賛成だ。移行期間が長く苦しくても耐えられる。元々アナログ人間なので大丈夫と思う、たぶん。

でも、脱原発を口にする多くの人が、原発をただちにやめることはできないことや、移行期間の長さ苦しさを少しでも想像しているのだろうか。
10年になるのか20年になるのか、その移行期間をつましく生きる覚悟があるのか、あるいは、何も考えずにただ「原発やめろ」と言っているだけなのか。

日本人の多くが、給料が上がらない、仕事がない、福祉が不充分だ、と不満を言っている印象があるのだが、それなら日本人は電力不足による経済低迷をこれ以上耐えられるのか。

それでも、本当にそういう覚悟を決めたのなら、頼もしいことだと思う。日本人は強い。

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「原発はいらない」運動の盛り上がりを見ていて、私はかつての学生運動を思い出した。

「財界と結託し」、「アメリカ追従」の為政者や、改革を阻む大学経営者を「稀代の悪人」と決め付けて糾弾し、「権力側」の言い分には聞く耳持たず、とにかく否定あるのみ、という社会全体に吹き荒れた左翼旋風に似ているのだ。
私なども「自民党は悪だ」と思いこんでいたので、学生運動とは関係なかったものの、自民党が失墜すればいいと思っていた。

もちろん権力の横暴は許してはならないし、改革はしなくてはいけない。しかし社会をより良きものに変えようとする時、ポピュリズムに乗っかると効率が悪い。

物事の一面だけを見て、雪崩を打つように一方向に流れてしまいかえって不幸になってしまわぬよう冷静な観測と判断が必要だ。(まあ、そういう不幸を経験して学習するということもあるのだけど)

安保闘争が終わって、活動家たちは「国を動かすことができなかった」という敗北感を味わったのだが、権力側が左翼運動を抑え付けて勝利したというようなものではなく、「なんとしても国が生き延びなければいけない」という為政者の必死の覚悟の結果だったのだと思う。

どうすれば国民を食わせていくことができるのか、時の政府が腐心する間に、安全保障の意味もわからず「安保反対」と叫んで暴れただけの活動家は、さながら、食わせてもらいながら親に反抗する子供のようだった。

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私たち人間は常に、矛盾に戸惑い、危険を覚悟しながら生きている。人間社会に安定などないと私は思うのだ。

不安と不運につきまとわれる社会生活の中で、時々小さな喜び大きな喜びに出会って幸福感を感じる。それが人間というものではないだろうか。

日本人は価値観を変えて、貧しくても平和で幸せな生活を実現できるのかどうか、これはやってみないことにはわからない。

人間は経験して学習する。特に日本人は経験しないとわからないんじゃないだろうか。

国民が覚悟を決めた時、若者は3Kの仕事を厭わずやるようになるだろうし、老人は「年寄りは死ねというのか」などと言わなくなるだろうし、貧乏人の子沢山が推進されて少子化が解決するかもしれない。

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しかし、脱原発を唱える政治家がエネルギー政策について表明する時、国民に向かって「貧しくとも不便でも幸せを感じられる生活を」などという公約は掲げられるはずもなく、「大丈夫。自然エネルギーだけで十分豊かで便利にしてみせます」という、言ってる本人も嘘か本当かわからない約束をしなければならないのが彼らにとって辛いところだ。

だって、政治家の仕事とは、国民の生命財産を守ることであって、価値観の転換をお願いしたり命令したりするものではないのだろうから。

菅首相が脱原発の市民運動の集会に出席して気勢をあげている様はまるで市民活動家のようだった。 しかし国民の生命財産を守る最高責任者としては、どんなに叩かれても「原発を今すぐ止めるわけにはいかない。自然エネルギーが定着するまで30年かかる。それまでは原発を使わなくてはならないし、移行期間も厳しいものになる。耐えてほしい」とでも力説すべきなのだ。

それも言わずにニコニコ顔で「自然エネルギーを推進すれば日本は良くなる」みたいな、民衆受けすることしか言えないのであれば、国民から叩かれながらも日米同盟を守った自民党の指導者たちの足元にも及ばない。

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2011年6月10日 (金)

重大な責任

私はシニアクラブの会計係で、お金の出し入れをやっています。
引き受けた時は「小遣い帳をつけるようなもんだろ」と思っていましたが、どんなことにも不測の事態はつきもので、あせったことは何度かありました。
それでもすぐに思い違いに気づいたり、簡単に解決できる細かいミスであったりするので、大過なく務めているわけですが、これがもっと大きな会計を扱う仕事だったらさぞ怖いことだろうなあ、と思います。
そんな責任の重い仕事はとても私にはできそうにもありませんし、やりたくもない。

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一億数千万人の生命財産の安全を預かる総理大臣の仕事がどれほど重いものか。気が遠くなりそうな仕事です。

しかるに、国会議員のほとんどの人は「総理大臣になりたい」と思っているそうなのです。

まあ、「国会議員としての気概」をアピールするべく、聞かれればそう答えるしかないのかもしれませんが、権力闘争を眺めていると「トップに立ちたい」というのは多くの政治家にとって本音なのかもしれません。

あんなにきつい仕事をよくやりたいなどと思うよなあ、と私などは思うのですが、政治家たちが「総理大臣になって日本を良くしたい。国民に幸せをもたらしたい」と心から思っているのであればそれは本当に有難いことです。
どうか志を持ち続けていただきたい。

どうもそういう志のなさそうな個人的権力志向ばかり強い菅総理のことでありますが、まだ「8月までやりたい」なんて言ってるそうです。

「菅さんじゃなければ誰でもいい」というムードになってきているようですが、今の事態を鑑みればそれを現実として受け入れるしかなくなってきています。

≪日本は戦後、エリートを育てる教育をしてこなかった、とりわけ「指導者」となる人材を育てることをしなかった、しかし「日米同盟」と「官僚の優秀さ」と「従順で勤勉な国民性」が功を奏して経済大国にのしあがった≫
というのが私の理解するこの国の戦後の流れです。

だからこの日本の国家運営には力強い指導者など必要はない、というわけではもちろんありませんが、現実に総理大臣にふさわしい人物がいないのだから、いない中でどうしたらいいか知恵を絞るしかないと思います。だめだだめだと言ってるだけでは物事は進まないのです。

官僚がどんだけ腹黒いのか、アメリカがどんだけ狡猾なのか、政治家がどんだけ国民そっちのけで私利私欲にとらわれているのか、私は詳しく知りませんが、無垢な日本国民がこれだけ悪い者どもに虐げられているとしたら、なんとまあ可哀想なことかと思います。
そこで、我々国民は本当にそんなにかわいそうなのか、ちょっと考えてみます。

我々はあの時、政権交代を望みました。
純粋に民主党に期待した人もいたかもしれませんが、期待はしないが自民党にとにかく一度下野してほしかった、という人が多かったのではないでしょうか。
なぜなら、自民党による長年の政官業の癒着構造が財政赤字を増大させたのに、その構造をどうしても変えることができなかったのが大きな不満の一つだったからです。

民主党にそれができるとは思わなかったけれど、政権交代によって、どうせしろうとの民主党が失敗して分裂し(もともと政治理念がばらばらで安定していない)、政界再編が起きるのではないかと期待したからではないでしょうか。少なくとも私はそのように考えていました。

そして、民主党は期待通り未熟さをさらけ出し、外交、内政とも打つべき手を打てず、政権担当能力がないということを知らされた国民の不安は頂点に達しています。

震災が起きて、菅さんが延命したことは彼自身を喜ばせたのですが、政治はさらに混迷し、国は惨憺たるありさまです。

国家の一大事に与野党が一致協力すべきだ、というのはその通りですが、凄まじい権力欲に取り付かれたあの菅さんに仕切られては混乱するばかりです。

それで、信頼関係が結べて協力できる人を、と野党自民党が要求するのは当然のことと思います。

そういった動きを「党利党略だ」などと批判するのはやめて、ここはひとまず政治家たちに筋を通させてあげたいと私は思います。

民主党の次の代表を速やかに決め、速やかに与野党協力体制を作って、速やかに復興に向けて動いてほしい。

こんな時に、「強いリーダーを」と要求するのはかえって混乱するんじゃないでしょうか。温厚な人を選んで自民党に主導権握られてもいいじゃありませんか。
自民党には長年政権を担ってきた蓄積があります。悪い蓄積もあるけれど、ノウハウも沢山持っていると思うのです。

メンツにこだわっている時ではないです。
能力もないのに下手にリーダーシップを発揮されても非常に困ります。

とにかく、菅さん、早くやめてください。

それをさせるのは国民の声ではないでしょうか。

我々は「一番かわいそうなのは国民だ」と言って政治家を責めます。
でも我々自身が選び、結果的にこうなったのだから、責任は国民にあります。

とは言え、今の状態で我々国民に直接政権をどうこうする力はないので、せめて新聞やテレビの政治解説など読んだり聞いたりして、ああすればこうなるんじゃないかくらいのことを考えたらいいと思うのです。
それでもわからないなら「誰がなっても同じ」なんてわかった風なことを言うんじゃありませんよ。

それから、政治家は保身をやめれ。やめれば結果的に得をする。これに気づきなさいよ。
(・・・・といっても保身をやめて信念に従うということは、組織に抗った結果独り相撲に終わってしまうことになりかねないので、なかなかできないものだということはわかっているのですが)

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2011年6月 6日 (月)

花道はいらない

≪震災発生まもない3月中旬、民主党幹部が首相に歴代首相経験者を回って知恵を請い、協力を仰ぐべきだと進言したところ、首相はこう言い放った。
「今さらおれが頭を下げるのか。小泉、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎なんかに『知恵を借りたい』と言わなきゃならないのか!」
表で野党に協力を呼びかけつつ、本音では与野党協力よりも自分のプライドを優先させる。そこに政治による救済を待ち望む被災者への視点はない。≫

新聞記事の一部です。
党幹部や官邸そのものからポロポロ漏れ出す首相批判や愚痴の一つで、おそらく事実なのでしょうが、「菅首相の存在自体が復興の障害になっている」「人間性の問題」とはこういうことなのでしょう。

菅さんはなぜやめるべきなのか。
それをちゃんと理解すれば、「一定のめどとはいつなのか」などという無意味な議論をする必要はないということがわかります。

代表選を行い、一刻も早く野党の協力を得られるような体制にしなければならないのではないでしょうか。
それが大連立なのか、閣外協力というやつなのか、どちらにしろ、復興のための法案や予算案を通さなければ何も進まないのであれば、進めるようにしなければならないと思います。

今回の政争を指して、「いったいなにやってんだ。被災地の人たちのことを考えろ」などと無責任なことを言う人がすごく多いのですが、どうすれば速やかに復興の道筋がつくのか、少しは考えたらいいと思うのです。

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2011年6月 5日 (日)

そもそもなぜやめてほしいのかといえば・・・

よくわからない。

菅さんは「第二次補正予算が成立したらやめる」、と思っているらしく。

菅さんをできるだけ早くやめさせたい人たちは「第二次補正予算のめどがついたらやめてほしい」、と思っているらしく。

このふたつのどちらかで、やめる時期は二ヶ月ほど違ってくるらしい。

どちらにしても、「そこまでは菅さんにきっちりとやってもらう」ということらしいのだが、成立あるいは成立のめどがついたなら、そのあと、なぜやめる必要があるのだろうか。

そこまできっちりとできるのなら、やめずに続ければいいと思うのだが。

成立、あるいは成立のめどがついた時に、菅さんが首相をやめる理由は何なのだろう。

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2011年6月 3日 (金)

ああ民主党

「瓦礫の処理も仮設住宅の建設も遅々として進まない。原発事故の対応が最悪だ。菅首相では日本は復興できない」、ということがずっと言われてきたのですが、私は、菅さんが総理として何が間違っているのかよくわかりませんでした。

菅さんを擁護するわけではありませんが、あれほどの災害の処理を「遅い」と糾弾するのは酷だと思いました。膨大な瓦礫の量は阪神大震災の比ではないし、仮設住宅の用地確保だって東北の事情でかなり難航しているといいます。瓦礫の下に眠る夥しい数の遺体を尊厳をもって収容するのにどれほどの時間がかかるでしょうか・・・。誰がやってもそんなに手早くできることではないように思います。
そういうことをしろうとなりに考えると、阪神大震災の時と比べて復興が遅い、と批判するのはちょっと厳しすぎるかなと思っていました。

ただ私も、何も事情を知らないまま「菅さんなりに一生懸命やっている」などと言いたくないし、かといって「何も進んでない。菅はリーダーシップを発揮してない。やめるべきだ」というマスコミの尻馬にも軽々しく乗りたくありません。
一有権者として、ほんとうのところを知っておかなくてはいけないと思うので、菅さんのいったい何がいけないのか、新聞とか雑誌とかいろいろ読んでみました。

でも、ほとんどの記事が「会議ばかりたくさん作って司令塔がない」「政策を思いつきで決める」「日本をどの方向に導こうとしているのかを明言しない」などの抽象的なことや、「『東日本はつぶれる』などと失言した」「官僚を怒鳴りつける」「人気取りのパフォーマンスばかりしている」といった、どうでもいいようなことばかりであまり参考になりません。

しかし、「WiLL 7月号」の安倍元総理の手記を読んで、問題の根本がわかりました。

「わかりました」というと大げさですが、ああそうか、簡単なことだったんだ、と思いました。

つまり、「菅さんは、こういう大災害の時に総理大臣ならば当然踏むべき『手続き』を全然やっていない」という、たぶんマスコミでも散々言われてきたことなのです。
散々言われてきたことなのに、どうしてそれが腑に落ちなかったかといえば、それらの「手続き」をきちんと踏めば物事はこう進む、というマスコミの具体的な説明を、私がみつけることができなかったからなのです。

安倍さんは、原子力緊急事態宣言の布告や安全保障会議を開く、という国家の危機に際して講じるべき当然の措置によって人がどう動き、物事がどう流れ出すのかを「具体的に」説明しています。
何もかも失って仕事を再開できない被災者への資金援助の具体的な方策も述べています。こんなのはそう時間をかけずにできるんじゃないでしょうか。

国の最高責任者として取るべき最低限の手続きをちゃんとやっていて、その上で瓦礫の処理や仮設住宅建設や原発事故処理が速やかに進まないのであれば、こんな大災害なのだからもう少し我慢しよう、ということも言えると思いますが、そういう基本的な措置もしないで「一生懸命やります。きっちりやります」といくら口先だけで言っても何も動き出さない、ということが安倍さんの文章を読んでわかりました。

だから、よく見かける意見で、「政争している場合か」「今、首相を変える時ではない」「与野党一丸となって対策にあたるべきだ」などというのがありますが、そう言う人たちは、よく考えていただきたいと思います。菅総理では与野党一致できないからこそ、議員たちはどんなに批判されようとも、あのように争っているんじゃないでしょうか。

内閣不信任案が否決されて、菅総理は居座ることに成功しましたが、果たして今までのことを反省して仕事をしてくれるでしょうか。

無能なくせに独裁的な手法を続けるつもりならば野党の協力も得られないでしょう。「菅さんとでは大連立もできない」という野党の言い分もわかります。

民主党代議士会以降の顛末から判断すると、菅さんの「巧妙なだましの手口」にみんなが乗せられた、ということになるのでしょうが、考えてみると、これは巧妙でもなんでもない。そういう性癖の人はいるものです。

故市川房枝さんが「菅さんに心を許してはいけませんよ」と秘書の女性に警告していた、という話を以前から私はよく見聞きしていました。

きっと民主党の議員たちも承知している話でしょう。というより、そういう菅さんの人間性を、政治を一緒にやっている人たちはわかっているに違いないのです。

そういう人をリーダーとして選んだのですから、「話が違う」「ペテンにかけられた」などと言ってる場合じゃないと思います。

一定のメドがつくまでやめない、と言っているのだから、メドがつかなければやめない、ということになります。つまり、復興が遅れれば遅れるほど在任期間が長くなるという、笑ってしまうような話だ、と新聞のコラムにありました。

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 (6/4 11:00 書きなおし)

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