« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »

2011年8月31日 (水)

親を安心させたい

私の両親はもういない。
父が20年前に83歳、母が2年前に91歳で亡くなった。
長く生きたせいもあるが、たぶん、もういつお迎えが来ても心残りはないという心境で旅立ったのではないかと思う。

若い頃は私たちきょうだいもずいぶんと親に気苦労をかけた。

姉の結婚問題では修羅場があり、兄は進路問題ですったもんだがあり、私は定職にもつかずなかなか嫁に行けないまま齢30を越え、私が行かないもんだから妹の行く末にも暗雲が垂れ込め、子供に関する両親の気苦労はいかばかりだったかと、現在諸問題を抱える自分の子供たちを見るにつけ、つくづく申し訳なかったと思うのである。
いや、あの頃でさえ申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、自分の力ではどうしようもなかった。

きっと私の子供たちも「早く親を安心させたい」と思っていることだろう。

親は子供に幸せになってほしいのである。それが一番の親の幸せなのだ。それが親を安心させるということなのだ。

ある親は目的地まで決めて人生のレールを敷いてやり、ある親は困難や危険がわかっていても子供の望む道を望みどおりに行かせてやり、ある親は将来の道の選択肢が広がるからと、とにかく勉強させ受験させ良い学校に行かせようと叱咤激励する。

みんな子供の幸せを願ってのそれぞれのやりかただ。
親というものは子供が幸せになることで自分が幸せを感じるものなのだ。
それは、子育てがめんどくさいと思ってしまう親、時には子供を後回しにして自分の生きがいを優先してしまう親だって同じこと。
親がどれだけ自分を犠牲にして子供の幸せを優先するのかその度合いに関係なく、とにかく親は子供が幸せになることで安心する。

だからこそ、「お前の幸せのためにはこの道が一番いいの。お願いだからわかってちょうだい」と必死に子供を説得し続けた親も、最終的には多くの親が「この子自身が幸せだと感じさえすればそれでいいのだ」という結論に達する。 
このころには、親は温かいめしを用意してやりさえすればいい、と気づくようになる。 

だから、成功しなくてもいい。お金持ちにならなくてもいい。自分自身が「これでいい」と納得できる居場所をみつけて自分なりの幸せを手に入れてほしいと思う。

私たちきょうだいは何かを成し遂げたとかお金を沢山儲けたとかそんなことは一つもないけれど、両親にはひとまず安心してもらえたのではないだろうか。

私の子供たちもまだまだ不安定で、それぞれが将来に不安を覚え悩みを抱えていることだろうが、何年かかっても自分の幸せをみつけてほしい。

.
ところで、その幸せをみつけるために、かなりの努力をしなければならないのか、あるいは、ほんの一歩踏み出すことでそのきっかけがつかめることがあるのか、私の場合でいうと、私はそんな努力などしなかったが、あっちこっちへランダムな一歩を踏み出した。

そんな無節操なやつでも、なんとか自分の居場所と幸せをみつけることができた。

そういった「ランダムな一歩」が直接のきっかけになったわけではないが、今振返るとあれは「笑う門には福来る」の類ではなかったかと思う。

私は宗教を持っていないが、気持ちが停滞している時には後で考えるといつも何かが背中を押してくれたように思えた。神様なのか仏様なのかはわからない。「笑っていれば神様はきっと助けてくれる」という宗教があるのかどうか知らない。背中を押してくれる何か、というのは自分の脳の中にあるのかもしれない。
でも「なぜ私はあの時あのような行動に出たのか」と考えると、何かの力が働いたと思えてならないのだ。
神様仏様にしろ脳内物質にしろ、自分を支えてくれるものが必要だ。

苦しい時に楽天的な気持ちにといってもなかなかできることではない。
しかしどんなことでもいいから一歩踏み出すことで、悩んで閉じこもるより少し幸せに近づくこともあるんじゃないかと思う。ほんの少しの気持ちの切り替えがあればいい。

子供たちは年月を重ねてこういうことを会得していくのだ。

親の心配の種は尽きない。

思い通りに子供が育つわけもなく、特に自由と民主主義と豊かさの定着した社会ではコントロールは効きにくい。

社会のせいにするわけではないが、今の時代、どこの親も昔とはまた違う子育ての苦労を味わっていることと思う。

子供たちの幸せを見届けて安心して死ねるのか、あるいは「幸せになっておくれ」と言いながら死ぬのか、どちらも人生だ。
私は子供を持っただけで充分幸せを味わった。何の不満があろうか。

せめて親は生きている間はいつでも子供たちが帰って来られる「我が家」でありたい。

.
      いつもありがとうございます →人気blogランキング

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月26日 (金)

現実的な政治を

民主党代表選がどんぐりの背比べみたいで、鍵を握るのは小沢一郎で、被災者そっちのけの権力争いをやってるといって、「反小沢とか親小沢とかそんなものどっちでもいいですよ。とにかく国民の方を向いて政治をやってほしい!」とかテレビの(主に主婦目線の)コメンテーターなどが怒りまくるが、民主党だってまずは代表を決めなければならないし、誰を担ぐかによってそれぞれの議員の立場も決まるのだろうし、そのためには党内勢力の優勢劣勢を見極めることも必要だろうから、こういうゴタゴタは避けて通れないものなんじゃないだろうか。
いくら国民が「永田町の連中はいったい何やってんだ」と呆れようが、「政治をやる」ためには、まず強い政治家であらねばならない。そのためには地位も子分も確保しなければならない。権力闘争は必然ではないだろうか。

鳩山、菅と、情けない首相が続いたのは、いかなるいきさつで民主党はそんな代表を選んでしまったのか、「まさかここまで無能だとは思わなかった」だけなのか、そこのところをよーく考えてから、次の代表を選んでもらいたい。

ただ、そんな代表選以前の問題として、民主党が政権を担い続ける、というのはかなり無理がある。

右から左まで思想の幅が大きい人たちの寄せ集めだから、党内がまとまらないのは当然なのに、その事実をわけのわからない言葉で糊塗して「党内はまとまっているんです」と、なんとかつじつまあわせをしようとする。

つじつまなんか全然合っていない。挙党一致なんかできるわけないのだから、このまま民主党が政権についたままでは混乱と政治停滞はずっと続くに違いない。

震災復興だけでなく、今の日本は、取り組まなければならない問題が山積みだ。

課題を一歩でも二歩でも進めるための政権でなければならない。

それが民主党にできないからといって、自民党にできるわけでもない。なにしろ諸悪を生み出すその根源は自民党と官僚組織が作ってきた国の構造だというのだから。

ところで、民主党代表候補の中に、他より勇気のある人をみつけた。

馬淵澄夫氏である。

この人のことはよく知らないから、勇気なのかパフォーマンスなのか知恵者なのか大口たたきなのかは私には判断ができないが、少なくとも、原発に関する発言は現実的なのではないかと思った。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/16819?page=4

原発に関しては使用済み核燃料の問題が深刻で、これを「再処理」という方法はもうあきらめて、中間貯蔵し、その始末を将来の技術革新に期待しよう、というのだ。
つまり放射能の半減期を高度な技術で短くできる可能性があるなら、その研究に力を入れようということだ。
その見通しによっては、原発の新規建設もありうる、と馬淵さんはテレ朝「モーニングバード」ではっきり言っていた。

日本国中が脱原発反原発に流れている時に、これは非常に勇気ある発言だと思う。

それを聞いて、「私たち主婦目線では馬淵さんはあり得ませんね。」とさっそくコメンテーターのモデル風主婦が「原発はとにかく何が何でもイヤ」の声を上げていた。
主婦目線で政治やって国つぶれなきゃいいが。

馬淵さんの言いたいことはわかる。
使用済み核燃料の始末をどうするかは我々が直面する現実問題だ。
それを解決できる方法が考えられるなら研究べきだし、そのことは放射能のコントロール、つまり原発事故が起きた時の速やかな対処法にもつながる。
それならば、今ある旧式の原発を徐々に廃炉にしながら、安全性の高まった新式原発の建設もありうると思う。

馬淵さんはまた、増税よりまずデフレ脱却、景気回復しなければと訴える。

ここら辺は「みんなの党」と一致すると思う。同じ方向で日本を立て直そうという考えの政治家が結集することはできないものか。

そうすれば公務員制度改革も大きな力となって動かすことができるのではないか。

増税は致し方のないことかもしれないが、まずは国が無駄をなくすべく改革を断行する姿勢を見せなければ、国民は税負担の覚悟を持てない。

政界再編が必要だ。

馬淵さんが首相にふさわしいかどうかわからない。時期尚早であるかもしれない。だから今は代表選に勝たなくてもいいと思う。

でも、日本再生への信念があるなら、ぜひとも、今のうちにどんどん意見を発信し、顔を売っておけばいい。

政治は、理想に向かって現実的なものであってほしい。

.
    本気の政治家を探しましょう 人気blogランキング

.    

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年8月 3日 (水)

追悼 小松左京様

原発はとても怖いので、もうあんなものはいらない、少しくらい生活が不自由でも、安全な太陽光や風力などで電気を作るべきだ、と脱原発に傾く気持ちはとてもよくわかる。
放射能は怖い。
放射線はDNAを傷つけ染色体異常を引き起こす可能性があると知らされていたので、25年前のチェルノブイリ原発事故の時、幼い子供を持つ私も心配で仕方がなかった。

偏西風に乗って放射性物質が日本にも届くというので、小学生だった長男に雨に濡れないよう再三注意をしていたし、ヨーロッパからの輸入食品は絶対買わないようにしていた。
生協の「反原発運動」に賛同し、たぶん広瀬隆によるものだったと思うが、原発の危険性を説いた小冊子を何冊かまとめて購入し、友人たちに送り付けたりした。

しかし、周りの主婦たちを含め、ほとんどの人は遥か遠いソ連の原発事故の日本への影響などあまり気にしていなかったように思う。
私や生協の人たちは神経質過ぎたのだろうが、単なる細菌や化学物質などによる汚染とは全く違う放射能というものに得体の知れない恐怖を感じていた。

このたびの福島原発事故で、私たちはさまざまな情報を得、意見を聞き、自分で考え、ある人は更に不安になったり、ある人は少し安堵したりして、それでも、結局のところ、どの情報が信用できるのかわからなくなっている。

しかし、世界を見渡せば、土地の特質として自然放射能の値がかなり高い地域がいくつもあって、そこに住む人々の健康は他の地域と比べて特に問題がないということがあるらしい。
また、1950年代60年代に繰り返された米ソ英仏など各国の核実験により、長期にわたって日本に降り注いだ放射性物質は相当の量だったらしいが、その頃子供だった人々への影響がはっきり出ているわけでもない、となると、それほど心配することはないか、とも思えてくる。

福島原発周辺に住む人々や子供たちや妊婦への影響、そして内部被曝についてはもちろん深刻な問題として注視していかなければならないと思う。

しかし、ICRP(国際放射線防護委員会)の委員によると、年間100ミリシーベルト以上の被曝についてはたしかに危険であることはわかっていても、それ以下の線量については人体に深刻な影響があるのかないのか、まったくわからないそうだ。
専門家にもわからないのだから、100ミリシーベルト以下の放射線について「いったい安全なのか安全でないのか」と詰め寄って説明を求めるのはあまり意味がないし、詰め寄られる側も困るだろう。

子供の頃に何年にもわたって放射線に晒され続けた我々団塊の世代が、いったい現在健康なのか不健康なのか、長生きなのか短命なのかよくわからない。なかなかしぶといところをみると放射能への耐性はけっこう強いかもしれない。

ともかく、高レベルの放射線を長時間浴びるのは危険であり、特に子どもや妊婦はできるだけ回避したほうがいい、ということが言えるだけなのだろう。それ以上のことは誰にもわからない。そう納得するしかない。

福島原発から遠く離れている所で放射性物質が検出されたことを、後々のために「データ」として記録しておくのは良いが、いちいち大げさに報道して不安を煽らないほうがいいと思う。

.
さて、原発は恐ろしい、と嘗て友人たちに反原発を説いた私であるが、この福島原発の事故の発生原因やその後の経過などを知ることにより、むやみに怖がる前に問題点はどこにあるのかを考えなくてはいけないと思うようになった。
つまり、事故を起こした日本と、起こさない国との違いはどこにあるのか、徹底的に洗い直すべきだろう。

立地、故障した時の万全のバックアップシステム、重大事故が発生した時の即座の廃炉の覚悟、利権が絡むといわれる原子力行政、私には詳しくわからないが、そういったことが安全な稼動に関わるなら、きちんとやればいいじゃないかと思う。

それができないのなら原発はやめたほうがいい。やめなければならない。

.
しかし、そのこととは別に、原子力の知識や技術を「なかったこと」にして放棄し、永久に封印してしまってもいいものだろうかと、私ははたと考えてしまう。

それは、「周辺国は原発を使い続け、経済発展をしていくのに、日本は電力不足で経済が衰退してしまうじゃないか」というような心配ではない。

将来、どんなことで原子力というものが必要になるかわからない。原子力というものを扱えなければ対処できない事態が起こるかもしれない、そんなことはないのだろうか。

だいたい、一度知ってしまった原子力についての高度な知識や技術にフタをして、なかったことにしてしまうことが唯一の正しい道なのだろうか。

放射能というものが、人類の力でハンドリングできるものなのかどうかを探求することさえ許されないとは思えないが。

臓器移植や人工生殖やips細胞による再生医療も、手を出してはいけない「神の領域」という考えを持つ人も多いと思うが、人間の手にした知識や技術を忘れ去るのは真理に背を向けるのと同じようなことだと私には思える。

傷んだ臓器を健康な臓器に取り替えたり、体外で受精させたり、原子核がとてつもないエネルギーを生み出すことをつかんだ人間の探究心を私は偉大だと思う。

科学技術というものは、それまでの研究の蓄積や稼動の継続が次の段階の土台となるから発展するのではないだろうか。
挑み、乗り越えることで、科学技術は発展し、人類の幸福に貢献する。
要するにそういう精神がないと科学技術なんて発展しないのだ。
道にはずれたマッド・サイエンティストを興味本位で待ち望んでいるのではない。
貴重な積み重ねを封印し放棄することは、進歩の拒否ではないだろうか。

NHKドラマ「マドンナ・ヴェルデ」(原作・海堂尊)で、日本では違法となる代理母医療に取り組む主人公の女医の言葉を思い出す。
「挑むためです。昨日できなかったことが、今日できるようになるかも知れない。今日わからなかったことが明日わかるかもしれない」

こういう言葉を私はとても素直に受け入れることができる。

「進歩」はいろいろな意味を含んでいて、「できること」をあえて封印して、精神を練磨する方向に進むのも進歩の一つの形態だと思う。

しかし、人類はいずれ太陽系を飛び出すのではないか、いやそのもっと先までいくのではないか、と未来を楽しく想像する身として、科学技術の果てしない発展を頼もしいものとして受け止めたい。

.
私の拙い意見も、日本人の底力を信じ人類の進歩を常に希望をもって語っていた小松左京さんにだったら「まあ、そんなもんでっしゃろ」ぐらいは言ってもらえるかもしれないなあ。
合掌    

.
      いつもありがとうございます →人気ブログランキング

.

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »