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2011年9月26日 (月)

もうわかったでしょう

私は毎日忙しい。

「専業主婦っていったい家で何してるの」と思う人も多いだろうが、やることが多くて「暇」を感じる暇もなく一日はあっという間に過ぎる。

家事などすぐ終わる、という人もいるが、本当にそうだろうか。

三度の食事の支度と後片付けだけでも一日の大半を費やしているような気がする。

普段の掃除や洗濯以外にも、ああこれもやんなきゃ、あ、こっちも、とやるべきことがもぐらたたきのもぐらのように出てくる。

そして家事以外のほとんどの時間を、ものを読み、文章を書いて過ごしているので、私には遊ぶ余裕はほとんどない。

しかし、その時間こそが私にとっての「遊び」であり、「仕事」なのかもしれないなあ、と思う。

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おこがましくて気が引けるのだが、まともなことをわかってほしい、まともなことを言っている人々の考えを伝えたい、という願望がある。これからの日本をどうするかということを考える時、まずは国民がまともな国家観を持つべきだろうと思うのだ。

「まともとは何ぞや」「あなたの考えは一つの考えにすぎない」「正義はひとつではない」とか言ってくる人もいるだろうが、これは正義の問題ではない。

今のところ、日本人は皆同じ船に乗っているのである。
「今のところ」というのは、世界はまだ国単位で分かれているからだ。

将来、地球が一つになるまでまだずいぶんの時間があると思われる。
それに、それは「地球市民」を声高に叫ぶ人たちの理想とスローガンだけで、実現するものでは断じてない。
世界の混乱状態(あるいは崩壊かもしれない)が収束し立ち直る過程の中で長い時間をかけて自然に移行していくものだと私には思える。
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そうやって世界が一つになる日までは、国単位で自らの利益を図るしかないのだ。
それを理解したならば、そのエンジンを「小さくて弱いものに取り替えよう」などとは言えないはずなのだ。船が航行不能になったり沈んでしまってはみんなが不幸になるだけなのだから。

だから、私は「生きる」という当たり前を根気強く説く言論人の意見に深く共感し、彼らの意見を紹介したり、自分の頭で考えたことを熱心に書き続けているのである。正義のためではない。

共感を得るには説得力が要る。裏づけも要る。だから、ものを読むしテレビも見る。
私の読む文献は専門書ではない。そういうものを読むこともあるが、ほとんどが新聞や雑誌である。
専門家の書いたコラムや論説文だが、それだけで充分だ。
思考の土台に「生きること」という当たり前がありさえすれば、この世のしくみを理解するには充分なのだ。

だけれども、それらを読んだり、また、自分で文章を書いたりするにはかなりの時間が必要だ。

私はおそらく外に仕事を持つ主婦のかたがたよりは、政治や時事問題に関する知識があると思う。私がせっせと情報を集めている間、みなさんは働いているのだからそれは当然のことだ。いつもいつも国家のことを考えるわけにはいかない。
でも、実際に社会に出て仕事をしている女性たちの情報や考えも貴重なものなので、それぞれの役割分担として考えても良い。

外で稼がず、税金を納めない専業主婦を非難する意見も数多く聞かれるが、まともな意見を広めたいという思いで知識を得たり書いたりする行為は、「外で稼ぐ」ということに比べてそんなに格下なのだろうか。
私は、私のように読んだり書いたりする主婦がいてもいいと思う。そういう役割があってもいいと思うのだ。

私ごときがブログ程度のメディアで発信することがまともな考えを広めるのに貢献するとは思えないが、たとえ一人でも二人でも納得してくれれば、書き続けようと思う。

特に女性、特に主婦に読んでほしい。だからブログを主婦カテゴリーにおいているのだ。

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今日は、自分が何故ブログをやっているのかを綴ってきたが、朝読んだ産経新聞「正論」で、筑波大学大学院教授古田博司氏に深く共感し、みんなにこのまともさを伝えなければ、と思った。→http://sankei.jp.msn.com/life/news/110926/trd11092602310000-n1.htm

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そのうち削除されるので今のうちにコピーさせていただく。↓

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筑波大学大学院教授・古田博司 さらば市民派のきれい事の正義
2011.9.26 02:30

 何をいつまで悲しむのか。

 なでしこジャパンの佐々木則夫監督は、素の自分をさらけ出すこと、それでここまできたという。素の自分とはまじめであることに曇りがないということである。

≪悲しみ苦しみ続けてはならぬ≫

 もちろん辛いことは限りない。被災地でいまだに父や母が見つからない。娘がもどらない。あのとき、あの場所にいなければ、息子は津波にのまれなかったかもしれない。悔いても悔やみきれない。だが、その悲しみに限りのない自分は、まじめな自分である。まじめすぎて自分を責めてしまう。

 日本では神様までがまじめである。日本の神話では神様も悩む。あの世に逝った妻が幸せだろうかと、後を追う。あの世で娘の魂を離さない父の手から、苦難の末に、その娘をこの世に連れ帰る。

 まじめは一番である。でも、神様のように苦しむことはない。たとえ姿は失われようと、夢の中で何度でも会うことができる。夢と現実は実用性が違うだけで同じだと言ったのは、哲学者のショーペンハウアーとマッハだった。こういう話は聞いてもよいと思う。

 生きているのは苦しいことだけれど、死した人々が励ましてくれる。朝日を受けるたび、彼らのエネルギーがわれわれの体に降り注いでくる。それは神々と一緒なのだといってもよいではないか。

 ばかばかしい、もっと悲しもうという市民派は、彼らだけで満ち足りた人々である。チャンネルを回せば、そんな人がキャスターとして毎日出てくる。彼らは、自分の論理だけが論理だと思っている人々、自分だけが正義だと思っている不まじめな人々である。正義を既得権益のように振りかざす者ほど胡散(うさん)臭い。正義は時代によっても違う。16世紀フランスで聖バーソロミューの大虐殺が起きた際にローマ教皇は祝砲を撃たせた。

≪われわれは試練を乗り越える≫

 何を悩んでいるのか。

 もう悩むことは何もない。われわれは試練を乗り越える。素の自分で死んだ仲間とともにまじめに生きればよい。市民派のきれい事の正義は終わった。まだ自分に正義があると思い込む彼らは、タバコ代を値上げしろとあがき、放射能が移ると嫌がって腕をさする。復興遅滞、政経不安で国民を苦しめ、朝鮮学校無償化をイタチよろしく最期に華々しく放った。彼らの世界を変えようとする意図はここまで卑俗に落ちたのである。

 「市民」という言葉はとうに薄汚れてしまった。それに気づかせてくれたことは、鳩山由紀夫、菅直人両政権の成果だった。日本は日本人だけのものでないとうそぶき、子ども手当で外国人に十億円も垂れ流しした。マルクス・レーニン主義を奉じる主催者の市民団体に、専ら政党交付金が源とみられる莫大(ばくだい)な資金を環流させた。自衛隊を暴力装置と呼びつつ、逆に自分たちが階級支配の暴力装置となって国家を内側から破壊した。

 彼らのいう「政治主導」とは独裁であり、独裁を「民主集中制」と偽ったレーニンと同様である。彼らは冷戦の落とし子、旧社会主義勢力の申し子である。米軍基地を追い払おうとし、国防を危うくした。社会主義国に内通し連帯して尖閣諸島沖漁船衝突事件のビデオを隠匿した。電力供給を様々(さまざま)な手段で阻害し、資本主義経済を弱め、多くの有力企業を海外に追いやり日本経済を空洞化させた。

 某市民派新聞も同類である。原子力ムラは戦艦大和の最期、「企業の国際競争力維持」を盾に脱原発依存を牽制(けんせい)する経済人は「国体護持」を叫んで終戦に抵抗した軍人、被災地の光景は米軍空襲による焼け野原に見えると、反資本主義の意図を太平洋戦争の敗北になぞらえる社説を堂々と掲げた。

≪多くのこと教えてくれた失政≫

 だが、時代は変わった。なぞらえるべき過去はもはや太平洋戦争ではない。冷戦こそが焦点を当てるべき歴史である。某市民派新聞のプロパガンダは冷戦時の反資本主義勢力のそれであり古くさい。彼らの描く風景は、民主党の失政が東大安田講堂攻防戦の最期、脱原発依存を叫び日本経済を弱体化させる市民たちは、「マルクス・レーニン主義」を奉じ資本主義の滅亡を願った自称革命家たち、焼け野原の光景は冷戦に敗れ荒廃した彼らの心象風景だと、そっくり言い返すことができるだろう。

 何をいつまで悩み続けるのか。早く電力供給を回復させ、空洞化を防ぎ、まじめに働く人々に雇用をもたらさなければならない。

 市民派は、バブル崩壊直後に就職氷河期にぶつかったポスト・バブル世代の低賃金労働者から、不公平をチャラにするため戦争をしようと提案されて大きな衝撃を受けた過去(赤木智弘著『若者を見殺しにする国-私を戦争に向かわせるものは何か-』)を忘れたのか。在日外国人が尊厳ある対等な立場に立てるように運動する前に貧困労働層の日本人男性をなぜもっと対等に扱ってくれないのか、彼はそう市民派に訴えていた。

 まじめに生きようとしても生きられない、そんな社会を作ってはならない。市民派の失政はわれわれに多くのことを教えてくれた。(ふるた ひろし)

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(23時 書き直し)

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2011年9月21日 (水)

noisy minority

福島第一原発の1、3号機の圧力容器の温度が100度以下になり、原子炉の年内の冷温停止のめどがついたということだ。

ここに至るまでの政府や東電の関係者、特に現場で働く作業員の方々の頑張りに感謝する。

我々被災地以外に住む人間が、以前とさして変わらぬ日々を過ごしている間にも現場の人たちは毎日々奮闘し続けている。
そのことを忘れまいと思うものの、日常生活を送っている我々にとって、いつもいつもその光景を念頭に置くことは難しい。

猛暑の中、防護服とマスクで体を覆って作業に励む人々の日々の姿のレポートを産経新聞で読んだ。 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110920/dst11092008420002-n1.htm

作業を終えた夕食の席で、
「今日は0.9だったよ」
「マジで? 俺は0.7」
そんな会話が交わされるという。
一日の被曝線量を表す数字だが、単位は警戒区域外で一般に使われているマイクロシーベルトではなく、その1000倍のミリシーベルトだ。

高濃度の放射線を浴びるのは恐ろしいことに違いない。
誰も本当はそんな仕事をしたくない。

「国のためじゃねえ。自分と家族のため」とベテラン作業員が語る。

自分と家族の生活を守るため、そして自分にもしものことがあった時に家族が生きていけるように、という思い、また、原発にこれ以上何かあれば国が存亡の危機に陥り自分も家族も生きてはいられまい、という思いがないまぜになっているのだろう。

いずれにせよ「誰かが行かなきゃいけねえんだ」という作業員の言葉は、原発をなんとか鎮めなくてはという決死の覚悟の表れに他ならない。

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愛知県日進市の花火大会で福島県の業者が製造した花火を使うことになっていたが、一部の市民の抗議があり、地元の業者の製品を使うことに変更した、ということがあった。

不安はわかるが、何も高濃度の放射線を浴びるわけでもなく、放射性物質が含まれているにしても健康には問題ない程度のものだと、わざわざ専門家が言わなくても、震災以来、放射能についての知識を積み重ねてくれば素人でも判断できそうなものだと私などは思う。
私も以前の無知から目は啓かれた。→ http://robita-48.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-7463.html

今も放射能汚染地域に住むことを余儀なくされている人たち、特に子どもたちのことや、原発の現場で作業する人たちのことを考えたら、多少のことは受け入れようという気にならないだろうか。

自分だけは汚染されたくない、自分だけは助かりたい、というのは人間の本能だから仕方がないのかもしれない。

でも、それなら、偽善的なことを言うのはやめたらいい。

「被災地を支援しよう」、というスローガンはいったい何なのだろう。
「福島ガンバレ」は口先だけなのか。
「痛みを分かち合おう」とはどういう意味か。

何も「放射能汚染された瓦礫を引き受けろ」と言っているわけではないのだ。

私自身も子どもたちのことを考えれば高濃度の放射線はなるべく遠ざけたいと思っているわけだから、大きなことは言えない。
でも、せめて風評被害を助長するような真似だけはすまいと思う。

福島の桃は安くておいしかったし、福島のインゲンも新鮮なのが入荷してありがたい。
昨日は福島産の日本酒をおいしくいただいた。

もちろん、ほとんどの日本人は良識ある人々だと思うが、この国は少数の騒ぎ屋(ノイジーマイノリティ)によって、かき回され、悩まされることが多い。

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2011年9月18日 (日)

悪者と言われる覚悟

総理大臣が温和で誠実そうな野田佳彦さんに決まって、当初は世間もなんとなくの期待感があったようだが、次第に閣僚たちの未熟さや総理の逃げの答弁などが目立ち始めた。

政治がうまくいかないのは自民党時代から続く「衆参ねじれ」が原因とされるが、民主党の場合、ねじれ以前の問題がある。 人材不足と経験不足は明らかだ。

人材というものは、特に政治家というものは、じっくりと長い年月かけて醸成されるべきものなのだろう。

週刊新潮今号の「いつから日本の政治家はこれほど幼稚になったのか」という記事に、政治評論家の伊藤惇夫氏のコメントがある。

「かつての自民党の派閥は、所属議員にカネと選挙での支援とポストを与える代わりに、派閥の長には絶対の服従を求めました。同時に派閥は、人材養成機関であり、教育機関でもありました。話し方から政治家としての立ち振る舞い、記者との付き合い方などを教わったものです。そのため、民主党議員のような幼稚な発言をする議員は皆無でした」
長きにわたり、最大派閥として隆盛を極めた田中派では、
「2回当選するまでは、あらゆる会議に出ろと言われていました。一切、喋らずにひたすら先輩議員の話を聞いて勉強しなさい、3回当選したら自由に発言していい、と。」

しかし、徒弟制度のような政治家修業や、カネとポスト分配の派閥政治をもうやめなければ、と願ったのは国民であった。
「もう当選○回だから、あんたそろそろ大臣ね」みたいな決め方に、国民は批判的だった。

若くても、経験不足でも、利権まみれの古だぬきのような政治家よりよほどいいじゃないかと心ある国民はみんな思っていたのだ。

自民党に打撃を与えた嘗ての日本新党のキャッチフレーズは「政治家総とっかえ」だった、と毎日新聞論説副委員長の与良正男氏が言うのを聞いて、そういえばそうだったと思い出した。
ほんとうにその総とっかえのような形で、大臣未経験の政治家たちが政治の中枢を担ってみたら、2年たってなおこのていたらくだ。

志あふれる民主党若手政治家たちや国民が目の敵にしてきた派閥や世襲は、実は政治家を育てるための効用が大きかっただなんて、なんてこったぃ、と思うが、今の民主党の「お友だちグループ」より自民党時代の派閥組織のほうが良かった、と近ごろ盛んに言われるのは、そういうことだ。

ただ、やはり旧弊は改めなければならないのは言うまでもない。

それは政治家としての基本をきちんと身につけた上で、果敢に取り組むべきことだろう。

改革しようとすれば守旧派との争いが生まれ政治が停滞する。

振返ってみれば、強引に守旧派を排除したのが小泉純一郎氏だった。

変えまいとする抵抗は凄まじく、大変な仕事だったと思う。強引にならざるを得なかっただろう。

小泉さんは突然疾風のごとく現れて冷徹な手法で改革を進めたという印象があるが、おそらく自民党という老舗で下働きの修業をじっくり積んできたことだろう。

しかしほんとうは、あんなに強引にふるまわなくても政治を新しくすることはできたはずなのだ。

いわゆる「抵抗勢力」は年寄りばかりではなかったが、「若手を育てて自分の役割は終わった。新しい時代には新しい時代を生き抜くための政治をやらなければならない」と年寄り連中が自ら身を引いたならば、改革はより効率良く進んだのではないか。
小泉さんも「敬老精神がない」などと激しく批判される必要もなかったのだ。

それにしても小泉さんは偉かった。
嫌われることを厭わず、信念を貫き、邪魔する者を排除する勇気があった。それは自分より「国のため」という使命感が強かったからだろう。

野田さんは穏やかな良い人で、「仲良くやりましょう」と党内融和を説く。
被災地の人々を救うことにおいては思想や利害を超えて政治家全員が一丸となるのは当然だと思うが、日本のこれからをどうするかということになると、やはり、切り捨てる覚悟は持たなければならないと思う。

今を明治維新と敗戦に次ぐ日本の大変革期だと認識するならば、「融和」は障害にしかならないのではないか。

小泉さんや大阪の橋下知事に期待が集まるのは、「良い人」ではないからだと思う。

国のためなら冷酷さを敢えて引き受けよう、という覚悟が見えるからだ。

その役割は相当に苦しいはずだ。国民に人気があったとしても、政治の現場では恐ろしい孤独感を味わい続けることだろう。

野田さんの融和精神で、みんなが思想や利害を超えるようになるのか、それほどの説得を時間をかけずにできるのか。

国の破綻が目前だというなら、時間はかけられないはずだ。

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私はやっぱり政界再編が必要だと思う。

政界再編のほうが、党の綱領も持たない民主党政権をだらだら続けるより、時間のロスは少ない。

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