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2011年9月21日 (水)

noisy minority

福島第一原発の1、3号機の圧力容器の温度が100度以下になり、原子炉の年内の冷温停止のめどがついたということだ。

ここに至るまでの政府や東電の関係者、特に現場で働く作業員の方々の頑張りに感謝する。

我々被災地以外に住む人間が、以前とさして変わらぬ日々を過ごしている間にも現場の人たちは毎日々奮闘し続けている。
そのことを忘れまいと思うものの、日常生活を送っている我々にとって、いつもいつもその光景を念頭に置くことは難しい。

猛暑の中、防護服とマスクで体を覆って作業に励む人々の日々の姿のレポートを産経新聞で読んだ。 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110920/dst11092008420002-n1.htm

作業を終えた夕食の席で、
「今日は0.9だったよ」
「マジで? 俺は0.7」
そんな会話が交わされるという。
一日の被曝線量を表す数字だが、単位は警戒区域外で一般に使われているマイクロシーベルトではなく、その1000倍のミリシーベルトだ。

高濃度の放射線を浴びるのは恐ろしいことに違いない。
誰も本当はそんな仕事をしたくない。

「国のためじゃねえ。自分と家族のため」とベテラン作業員が語る。

自分と家族の生活を守るため、そして自分にもしものことがあった時に家族が生きていけるように、という思い、また、原発にこれ以上何かあれば国が存亡の危機に陥り自分も家族も生きてはいられまい、という思いがないまぜになっているのだろう。

いずれにせよ「誰かが行かなきゃいけねえんだ」という作業員の言葉は、原発をなんとか鎮めなくてはという決死の覚悟の表れに他ならない。

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愛知県日進市の花火大会で福島県の業者が製造した花火を使うことになっていたが、一部の市民の抗議があり、地元の業者の製品を使うことに変更した、ということがあった。

不安はわかるが、何も高濃度の放射線を浴びるわけでもなく、放射性物質が含まれているにしても健康には問題ない程度のものだと、わざわざ専門家が言わなくても、震災以来、放射能についての知識を積み重ねてくれば素人でも判断できそうなものだと私などは思う。
私も以前の無知から目は啓かれた。→ http://robita-48.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-7463.html

今も放射能汚染地域に住むことを余儀なくされている人たち、特に子どもたちのことや、原発の現場で作業する人たちのことを考えたら、多少のことは受け入れようという気にならないだろうか。

自分だけは汚染されたくない、自分だけは助かりたい、というのは人間の本能だから仕方がないのかもしれない。

でも、それなら、偽善的なことを言うのはやめたらいい。

「被災地を支援しよう」、というスローガンはいったい何なのだろう。
「福島ガンバレ」は口先だけなのか。
「痛みを分かち合おう」とはどういう意味か。

何も「放射能汚染された瓦礫を引き受けろ」と言っているわけではないのだ。

私自身も子どもたちのことを考えれば高濃度の放射線はなるべく遠ざけたいと思っているわけだから、大きなことは言えない。
でも、せめて風評被害を助長するような真似だけはすまいと思う。

福島の桃は安くておいしかったし、福島のインゲンも新鮮なのが入荷してありがたい。
昨日は福島産の日本酒をおいしくいただいた。

もちろん、ほとんどの日本人は良識ある人々だと思うが、この国は少数の騒ぎ屋(ノイジーマイノリティ)によって、かき回され、悩まされることが多い。

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