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2011年9月18日 (日)

悪者と言われる覚悟

総理大臣が温和で誠実そうな野田佳彦さんに決まって、当初は世間もなんとなくの期待感があったようだが、次第に閣僚たちの未熟さや総理の逃げの答弁などが目立ち始めた。

政治がうまくいかないのは自民党時代から続く「衆参ねじれ」が原因とされるが、民主党の場合、ねじれ以前の問題がある。 人材不足と経験不足は明らかだ。

人材というものは、特に政治家というものは、じっくりと長い年月かけて醸成されるべきものなのだろう。

週刊新潮今号の「いつから日本の政治家はこれほど幼稚になったのか」という記事に、政治評論家の伊藤惇夫氏のコメントがある。

「かつての自民党の派閥は、所属議員にカネと選挙での支援とポストを与える代わりに、派閥の長には絶対の服従を求めました。同時に派閥は、人材養成機関であり、教育機関でもありました。話し方から政治家としての立ち振る舞い、記者との付き合い方などを教わったものです。そのため、民主党議員のような幼稚な発言をする議員は皆無でした」
長きにわたり、最大派閥として隆盛を極めた田中派では、
「2回当選するまでは、あらゆる会議に出ろと言われていました。一切、喋らずにひたすら先輩議員の話を聞いて勉強しなさい、3回当選したら自由に発言していい、と。」

しかし、徒弟制度のような政治家修業や、カネとポスト分配の派閥政治をもうやめなければ、と願ったのは国民であった。
「もう当選○回だから、あんたそろそろ大臣ね」みたいな決め方に、国民は批判的だった。

若くても、経験不足でも、利権まみれの古だぬきのような政治家よりよほどいいじゃないかと心ある国民はみんな思っていたのだ。

自民党に打撃を与えた嘗ての日本新党のキャッチフレーズは「政治家総とっかえ」だった、と毎日新聞論説副委員長の与良正男氏が言うのを聞いて、そういえばそうだったと思い出した。
ほんとうにその総とっかえのような形で、大臣未経験の政治家たちが政治の中枢を担ってみたら、2年たってなおこのていたらくだ。

志あふれる民主党若手政治家たちや国民が目の敵にしてきた派閥や世襲は、実は政治家を育てるための効用が大きかっただなんて、なんてこったぃ、と思うが、今の民主党の「お友だちグループ」より自民党時代の派閥組織のほうが良かった、と近ごろ盛んに言われるのは、そういうことだ。

ただ、やはり旧弊は改めなければならないのは言うまでもない。

それは政治家としての基本をきちんと身につけた上で、果敢に取り組むべきことだろう。

改革しようとすれば守旧派との争いが生まれ政治が停滞する。

振返ってみれば、強引に守旧派を排除したのが小泉純一郎氏だった。

変えまいとする抵抗は凄まじく、大変な仕事だったと思う。強引にならざるを得なかっただろう。

小泉さんは突然疾風のごとく現れて冷徹な手法で改革を進めたという印象があるが、おそらく自民党という老舗で下働きの修業をじっくり積んできたことだろう。

しかしほんとうは、あんなに強引にふるまわなくても政治を新しくすることはできたはずなのだ。

いわゆる「抵抗勢力」は年寄りばかりではなかったが、「若手を育てて自分の役割は終わった。新しい時代には新しい時代を生き抜くための政治をやらなければならない」と年寄り連中が自ら身を引いたならば、改革はより効率良く進んだのではないか。
小泉さんも「敬老精神がない」などと激しく批判される必要もなかったのだ。

それにしても小泉さんは偉かった。
嫌われることを厭わず、信念を貫き、邪魔する者を排除する勇気があった。それは自分より「国のため」という使命感が強かったからだろう。

野田さんは穏やかな良い人で、「仲良くやりましょう」と党内融和を説く。
被災地の人々を救うことにおいては思想や利害を超えて政治家全員が一丸となるのは当然だと思うが、日本のこれからをどうするかということになると、やはり、切り捨てる覚悟は持たなければならないと思う。

今を明治維新と敗戦に次ぐ日本の大変革期だと認識するならば、「融和」は障害にしかならないのではないか。

小泉さんや大阪の橋下知事に期待が集まるのは、「良い人」ではないからだと思う。

国のためなら冷酷さを敢えて引き受けよう、という覚悟が見えるからだ。

その役割は相当に苦しいはずだ。国民に人気があったとしても、政治の現場では恐ろしい孤独感を味わい続けることだろう。

野田さんの融和精神で、みんなが思想や利害を超えるようになるのか、それほどの説得を時間をかけずにできるのか。

国の破綻が目前だというなら、時間はかけられないはずだ。

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私はやっぱり政界再編が必要だと思う。

政界再編のほうが、党の綱領も持たない民主党政権をだらだら続けるより、時間のロスは少ない。

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コメント

旧秩序の悪弊の是正という名目で、マスコミに扇動されて、むやみに旧秩序を壊した次の影響は、国家官僚に出て来るであろうと思います。今、優秀な人は、官僚にならなくなったというので、その影響も今から10年とかそれ以上になってから出て来るのでしょうね。
今後20-30年のうちに、旧弊を改めたいのであれば、どのような新秩序を構築して行けるかが、国家の命運を定めるのではないかと思っています。

江戸幕府の長い統治のせいだと思うのですが、
日本人には、国家意識がなく、政治や防衛は「お上のお仕事」という無頓着ぶりですが、ガバナラビリティーは高く、一方為政者は、世界のどこにも無いほど、道徳・倫理観が高くて、非常に良心的に統治して来たのだと思います。

それを、外国の、血で血を洗う抗争を続けた結果起こった、権力・権威打倒の思想を、安易に移植し広めた(敗戦による米国、諸外国からの、日本国の弱体化政策だったからでもありますが)結果、今それが、いよいよ、目に見える形になったきたわけですね。

投稿: ap_09 | 2011年10月 1日 (土) 22時31分

★ap_09さん、

>今後20-30年のうちに、旧弊を改めたいのであれば、どのような新秩序を構築して行けるかが、国家の命運を定めるのではないかと思っています。<

「政治改革、行政改革」と言われながら何十年も過ぎて何も変わらないですね。
官僚が国を支配しているからいけないんだということで、国民の要請で政治家がそれを改めようとしても誰も何もできない。
官僚の皆さんはいったいどう思ってるんでしょうね。省益や私益が「日本」より優先してしまうのは何なんでしょう。プライドの有無の問題でしょうかね。
やっぱり「教育」に行き着いてしまうのではないかと思います。

「非常に良心的に統治して来た」けれども、世界に向けて国を開いた以上は、国のあり方は変わらざるを得ませんね。資源の争奪戦に参戦しなければならないし、民主主義を取り入れれば、人それぞれの権益が関わってきますし、「美しい日本」ではいられなくもなります。
世界が広がればなおさら国家意識は必要なのに、国民にそれがなく、民自らが政治を変えようという意識が希薄なのは、ap_09さんが仰るように「江戸幕府の長い統治のせい」でもあり、「敗戦による米国、諸外国からの、日本国の弱体化政策」のせいでもあるでしょう。
弱体化されたことを有難がっている人々の意識改革も必要ですが(これは今大きく変わりつつあるんじゃないかと思います。左翼思想は少数の「異端」となったのではないでしょうか)、子どもたちの教育から始めることも大事だと思います。


投稿: robita | 2011年10月 3日 (月) 10時37分

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