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2011年10月23日 (日)

脱皮

TPPに参加するかしないかで政治家や評論家たちの意見が真っ二つに割れている。

一般の国民は専門的なこともわからず、未来予測もできず、賛成ですか反対ですかなどと聞かれても判断のしようがない。

メディアで繰り広げられているややこしい議論を聞いていても、TPPに参加または不参加で日本がどうなるのかよくわからない。

ただし、私でも予想できるのは、やがて通貨は統一され世界はひとつになるだろうということだ。グローバリゼーションは否応なく進む。

今の世界の嘗てないほどの経済の混乱や貿易自由化の動きは、その始まりなのではないだろうか。我々はその胎動を経験しているのかもしれない。

    *   *   *   *   *

鳩山由紀夫さんや福島みずほさんたちが、「TPP絶対反対」の集会で気勢を上げているのを見て違和感を感じた。

たしかこの人たちは「世界はひとつ。人類はみな兄弟」「国境はいらない」「日本列島は日本人だけのものではない」といった地球市民的思想を持った人たちではなかっただろうか。
鳩山さんなんか「東アジア共同体構想」なるものをぶち上げて、東アジア一体化(ひいては世界統一)を主張してきた人だと思うのだが。
東アジア共同体構想では、国益を背負った国家間の交渉は不必要だと想定しているのだろうか。

中国となら同じ経済圏で日本も損することなくうまくやれるが、アメリカはとにかくずるいから、日本は言いなりにならざるを得なくなる、という思い込みだろう。

要するに、「反米」なのだ。

    *   *   *   *   *

国益とはなんだろうか。

国全体として得をすることであって、特定の分野を保護したがために国全体として損をするのであればそれは国益とは言わない、ということぐらい私でもわかる。

問題となっている農業や医療にしても、現状を維持させるためだけにTPP絶対反対というのであれば、それは木を見て森を見ないということではないのだろうか。

組織や制度自体が疲弊しているのだから、むしろTPPをてこにして改革を進めるほうが得策だ、と説明する推進派政治家の意見を私はもっともだと思う。

もちろん、組織が解体されたり制度が変わったりすれば最初は痛みがあるだろうし、廃業せざるを得ない人も出てくるだろう。その人たちへの手当てを考慮しつつ、疲弊した構造を変えていくことこそが、長い目で見れば国益になるのではないだろうか。

あとどのくらいたてば世界はひとつになるのか。50年か100年か。あるいはもっと早いかもしれない。

第三者の介入(宇宙からの来訪者)なしに、人類が自力で国境を取っ払うことができるかどうか。これは地球人としての自立の問題と言えるかもしれない。「幼年期」はいずれ終わる。

世界統一された後も依然として残り続ける地域益のために、生き残り術を磨いておくことは必要だ。なぜなら、「世界統一」イコール「人間の欲望がなくなること」ではないのだから。

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コメント

TPPに関して私も詳細まで知ってはいないのですが、農業が保護されなくなるという単純な話ではなさそうで、所謂ISD条項が一番ヤバそうな話だと感じています。

つまり、自国民を保護するために設けた法律が外国企業によって差別的だと訴えられる、というもので、現実NAFTAに加盟したカナダがアメリカの企業に訴えられる事例もあるそうです。

http://kotobukibune.at.webry.info/201110/article_23.html

「おそらく、TPPの問題も突き詰めていえば、TPPの主旨である自由と公正が、相手国の文化・風習を、その国民の意思と関わりなく踏み潰してまでも適用すべきものかどうか、ということに行き当たるのではないかと思う。」と、上記のブログは指摘していますが、「世界が一つになる」とはそういうことを意味しているのでしょうか?

投稿: かせっち | 2011年10月23日 (日) 19時15分

★かせっちさん、

>「世界が一つになる」とはそういうことを意味しているのでしょうか?<

はい、そういうことです。
さまざまな混乱、争いがあるでしょうねえ。
そういうことがあっても、やがて収斂されていくだろうということです。そういうことの向こうに統一世界があるんじゃないですか?

>自国民を保護するために設けた法律<

こういうものさえ、遠い未来には意味のないものになるでしょう。

文化・風習の保存・継承は民族にとって大事なことではありますが、民族の概念自体、薄れていくのではないでしょうか。

私たち日本人だって多くのものを捨て去ってきましたし、欧米の思想文化と融合し、受け継いできたものを大きく変質させてきたと思います。その結果「こんなことになってしまった」などと現状を否定的にとらえて嘆く人もいますが、ほとんどの人には昔に戻りたくはないという本音があります。

柔軟であるほうが得をすると人々はだんだん気づくようになり、民族の頑なさもほぐれていくと予測します。もちろん時間はかかりますが。

まあ私も「堕落した欧米の真似をするな」などとイスラム原理主義者のように言うこともありますが、それは個人々の好みで勝手なことをつぶやいていればいいんですよ。

考え方の違いからくる文化・風習は地域によって残り続けます。摩擦もなくなりません。地域格差も世代格差もあります。統一国家である日本の中にだってそういうことはありますよね。

ご紹介のブログ主さんの記事、ごめんなさい、長そうでまだ全部読んでませんが、「TPPの主旨である自由と公正が、相手国の文化・風習を、その国民の意思と関わりなく踏み潰してまでも適用すべきものかどうか」という懸念は、「貿易自由化はまだ早い」ということなのでしょうか。
ならば、いつなら「もういいだろう」になるのでしょうか。
それとも、世界は永久に国境を取り除いてはいけない、ということなのでしょうか。

投稿: robita | 2011年10月24日 (月) 10時19分

冷戦終結後の世界は国境が取り払われるどころか、新たな国境が引かれています。しかもそれらの国境は、帝国主義が横行した時代のアフリカのように一部の列強のパワーゲームのよって引かれたそれとは違い、そこに住む住民が自ら望んで引いたものです。

例えばユーゴスラビア。もし彼らが国境を取り払うことを望んでいたらなら、ユーゴスラビアは今でも存在していたでしょう。しかし現実にはユーゴは民族国家に分裂し、セルビア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナでは血で血を洗う戦闘が繰り広げられ、民族浄化も横行しました。

ユーゴの例だけではありません。カナダではフランス系住民が分離独立を求める国民投票を何度も行っていますし、スコットランドもイギリスからの独立の是非を問う国民投票を予定しています。スペインも内実はカタルーニャやバスクなどの自治州に分かれ、内部分裂の火種を抱えています。

つまり、この20年で明らかになっていることは、国境は取り払われるどころか、より増えていること、しかもそれはその地域の住民が望んでいることだということです。

更に言えば、昨今のユーロ問題も同じ。もしユーロ加盟国の国民が「ユーロ人」としてユーロを守るという意識があれば、ギリシャを救うことはできるでしょう。しかしドイツ人は「怠け者のギリシャ人を救うために俺達の血税を投入するのはまかりならん!」と言っているのが現実です。

これは日本で言えば、東京都民が「破綻した夕張のために、俺達の税金を使うな!」と言っているようなものです。しかし実際にはそんなことをいう東京都民はほとんどいないでしょう。それは東京都民も夕張市民をアイデンティティを持つ人達だと共感しているからです。

国境が取り払われ、世界が一つになれば、東京都民が夕張市民に持つような共感を、世界中のいかなる国の人にも抱くことはできるようになるでしょう。しかし現実の世界は共感は国境に阻まれ、更にその国境は住民自らの意思で細分化する方向に進んでいます。

だとすると、「世界が一つになる」という方向性自体が不自然なことなのではないでしょうか?

投稿: かせっち | 2011年10月24日 (月) 20時28分

★かせっちさん、

かせっちさんが説明してくださったのはすべて「現在の」世界情勢ですよね。

将来、世界がひとつになるということと、現在TPPに参加する、という問題は分けて考えたほうが良さそうですね。(私としては貿易自由化は統一世界の始まりの始まりだと思っていますが)

>「世界が一つになる」という方向性自体が不自然なことなのではないでしょうか?<

現状ではあまりにも問題が多すぎるのでその方向は不自然に見えてしまう、というわけですね。

誤解されては困るのですが、私は鳩山さんのような頭で「世界はひとつになるべきだ」と考えているのではありません。
「ひとつになるよう努力すべきだ」ではなく、「努力しなくても世界は遠い将来否応なくそうなっていくだろう」と思っているんです。ある程度のところまでいけば、死に物狂いの努力が必要になるかも知れませんが。

今、新たに国境が引かれ民族国家があちこちにできたとしても、その国家だってそれぞれ生きていかなきゃならないし、人、モノ、情報の交流が盛んになるにつれて豊かさへの期待も高まります。
ただいま現在、民族的に分かれているとしても、利害関係が一致すれば経済協力をするようになるでしょうし、自由貿易も進むんじゃないでしょうか。

結局、戦争になるのも、平和で豊かになるのも、経済が絡んでいるんですよ。思想じゃないと思います。

もっとも、通貨統一ができないようでは、これからさき世界経済戦争を終わらせることはできず、世界がひとつになる前に人類自体は滅びてしまうか、あるいは大きく変質していく可能性もありますから、その意味ではかせっちさんの予測通り、世界はひとつにならないかもしれませんね。


投稿: robita | 2011年10月25日 (火) 10時10分

>「ひとつになるよう努力すべきだ」ではなく、「努力しなくても世界は遠い将来否応なくそうなっていくだろう」と思っているんです。ある程度のところまでいけば、死に物狂いの努力が必要になるかも知れませんが。

こういうのを詐欺師の口上といいます。死に物狂いの努力が必要なら、それは努力しなくても達成できるものではありません。「最低でも県外」と甘い見通しを仄めかしておきながら、移転の具体的案を持ち合わせておらず、問題を深刻化させた鳩山氏の言い草と一体どこが違うのか、理解に苦しみます。


>ただいま現在、民族的に分かれているとしても、利害関係が一致すれば経済協力をするようになるでしょうし、自由貿易も進むんじゃないでしょうか。

前のコメントで取り上げたユーロ圏は欧州各国の利害関係が一致して形成されました。しかしギリシャ問題において各国の利害が一致しなくなっていることが、ユーロ圏の混乱に拍車を掛けています。利害関係だけで結ばれた結束は非常に脆いということを、ユーロの混乱は教えてくれています。

つまり、真の意味での統一圏では互いの利害関係を超えてでも協力しなければならないのです。そこがギリシャに対するドイツ国民の感情と、夕張に対する東京都民の感情の決定的な差です。


>結局、戦争になるのも、平和で豊かになるのも、経済が絡んでいるんですよ。思想じゃないと思います。

経済で説明するというなら、ここ20年における国家の分裂劇は明らかに経済合理性に反しています。

国として成り立つには安全保障など、必ず備えなければならないコストを抱えます。そのコストは小国なら小さくなるものではなく、特に安全保障は小国で大国を相手にしなければならないため、逆にコストは過大になります。

ということは、わざわざ小国に分裂するよりは、大国としてまとまっていた方が国家の運営コストの負担が軽くなり、経済的には合理的なはずです。にもかかわらず、彼らは小国に分裂したのです。これは経済合理性では説明できない話です。

投稿: かせっち | 2011年10月25日 (火) 20時17分

★かせっちさん、

>「最低でも県外」と甘い見通しを仄めかしておきながら、移転の具体的案を持ち合わせておらず、問題を深刻化させた鳩山氏の言い草と一体どこが違うのか、理解に苦しみます。<

私は「責任をもってこうしてみせます」と全世界に約束しているわけではないので、なぜそんなに厳しく叱られなければならないのか理解に苦しみます。
「遠い将来世界政府が成立するだろう。自然の流れとしてそういう方向にいくだろうから強引にねじ曲げるたぐいのことではない」というほどの意味です。
実際に世界政府を設立させるにあたってはきっと最後の段階で火事場の馬鹿力的な努力が必要なんじゃないか、というほどの意味です。

今ユーロはギリシャの問題で苦悩していますが、それもどういう形でかわかりませんが収束していきますよね? この混乱は永遠に続くんですか?

>わざわざ小国に分裂するよりは、大国としてまとまっていた方が国家の運営コストの負担が軽くなり、経済的には合理的なはずです。にもかかわらず、彼らは小国に分裂したのです。これは経済合理性では説明できない話です。<

はい、ですから、運営コストの負担の大きさに気づいた時、まとまっていくんじゃないでしょうか。
旧ソ連から分裂した国々がロシアを中心として再結集する動きもあるようですね。


投稿: robita | 2011年10月26日 (水) 08時47分

>今ユーロはギリシャの問題で苦悩していますが、それもどういう形でかわかりませんが収束していきますよね? この混乱は永遠に続くんですか?

恐らく収束するでしょう。但しそれはユーロ圏分裂という形で為されると私は予想します。ドイツ国民がギリシャ国民を「我が同胞」と認識しない限り、ギリシャはユーロから蹴飛ばされるか、ギリシャが自らユーロから離脱するしか道は残されていないと思います。そしてギリシャがユーロ離脱、或いはデフォルトを起こした時、ユーロは瓦解するでしょう。

そもそもユーロ導入時には今回のような危機が想定されていなかった節があります。想定外の危機に対処するには互いの利害関係を超えた結束力が必要になり、誰かが火中の栗を拾わなければなりません。しかし今のユーロ圏各国は自分の国が損をする事ばかり恐れて火中の栗を拾おうとせず、ユーロ危機に断固と立ち向かう結束力もありません。

結局、政治統合のない経済統合には「金の切れ目が縁の切れ目」が付きまとうのです。それ故、経済統合が政治統合に繋がるという考えには懐疑的なのです。


>はい、ですから、運営コストの負担の大きさに気づいた時、まとまっていくんじゃないでしょうか。

いいえ、私がこの例を持ち出したのは、経済合理性に反してでも民族は独立を希求し、そのためには分裂をも辞さないということを言いたかったからです。腹をくくった人間にとって金など二の次、経済などその程度の存在です。

投稿: かせっち | 2011年10月26日 (水) 20時05分

★かせっちさん、

>但しそれはユーロ圏分裂という形で為されると私は予想します。<

そうかもしれませんね。
でも、ユーロが失敗しても、環太平洋経済圏やロシア連邦の再統合など、他の地域では自由貿易圏を拡大しようとする動きは活発ですよね。
ヨーロッパの国々も諦めず再挑戦するかもしれません。世代は変わっていきますから。

>腹をくくった人間にとって金など二の次、経済などその程度の存在です。<

そうでしょうか?
私はそうは思いません。そういう立派な人もいるかもしれませんが、人間の大多数は豊かさを諦めてまでも腹をくくらないでしょう。
たとえ、現在の人々が民族の誇りを選択しても、次の世代、そのまた次の世代と人間が交代すれば生き方というのは変わっていくものではないでしょうか。

日本の現状だってそうじゃないのかなあと思います。
いや別に、人間はみんな金の亡者だと言っているのではありませんよ。
生き残りたい、貧乏はいやだ、より豊かになりたい、まさかの時に蓄えておきたい、って人間の自然な欲望だと思うのです。
だからそれは二の次なんだ、とかせっちさんは仰るかもしれませんけど、もし、腹をくくる人の方が多ければ、行政の無駄を省くことも世代間格差の解消ももっと簡単にできるのではないでしょうか。
人間にとって「経済などその程度の存在」とは私には思えないのです。


投稿: robita | 2011年10月27日 (木) 15時24分

やっぱり、こちらが正論じゃないでしょうか。
http://kkmyo.blog70.fc2.com/blog-entry-806.html

グローバル経済より、「美しい日本」のほうがましなんじゃないかと思うんですが・・・

日本て独特の内需があるから、返って鎖国して、多少コストがかかっても、国内で仕事振り分けたほうが、国民の満足度も上がるかも。どうせ増税するみたいですしね。

投稿: ap_09 | 2011年11月 7日 (月) 13時09分

★ap_09さん、

>グローバル経済より、「美しい日本」のほうがましなんじゃないかと思うんですが<

いいですねえ。私もそれ大好きです。
温かい地域社会があって、家族は強い絆で結ばれ、伝統が守られ、子供は子供らしく、年寄りは年寄りらしく、若い男女はお金がないからなどと不満を言わずに結婚し、女は子供をたくさん産み育て、多くを望まず、足るを知り、勉強の嫌いな若者は無駄に大学など行かずにさっさと丁稚奉公して技術を修得し、外国人に頼らないで生産活動に励み、外国から安いものが入ってこないように保護政策をやれば、田園風景も守られ、きっと日本は「美しい国」を取り戻せるはずです。私の憧れです。

国のために行動するという視点がなくなったのだから、日本が今のような状況に陥ったのは当然の結果と考えます。
そのような社会を選んだのは、日本人自身ではないですか。いまさら「昔は良かった」ですか?

紹介してくださったブログを読んできました。少し感想を。

【超国家組織の資本主義と我々が過去一世紀を通して慣れ親しんできた資本主義とはどこか違っています。】
   ↑
違って当然。社会は変わってしまったのだから。なぜ社会が変わってしまったかというと、人間の考え方が変わってしまったから。
そういう変化に至る道程を選択したのは我々自身です。

【その恩恵を一番受けてきた団塊の世代が愚かにも率先してアメリカ型グローバル化を実行してきたのです。】
   ↑
私は団塊世代ではありますが企業人間でも政府関係者でもないので、「率先してアメリカ型グローバル化を実行してきた」のが団塊世代だけであったのかどうかは知りません。しかし、日本が醜くなったすべての責任が団塊世代にあるというなら、申し訳ないことです。社会保障費を大幅削減するということで責任を取る、というのはどうでしょう。
同時に、戦後の個人主義に固執して日本を醜くした人々にも同じように責任を取ってもらいましょう。

私自身は「美しい国」に生きたい、という価値観を持っています。

でも、他の日本人は本当はどうなんでしょう?
便利さや豊かさを当たり前のように享受している人々が本当に「美しさ」を優先してさまざまなことを我慢できるのか、と思ってしまいます。
それより、ap_09さんや私が「美しい国」がいいという価値観を持っているとしても、そうでない人にその価値観を押し付けることはできません。
むしろ、いろいろな価値観を持っている人がそれぞれの価値観に沿って生きていくことを可能にするために、国というのは豊かにならなければいけないんじゃないでしょうか?
TPPにデメリットはあれど、経済成長のチャンスだというなら、私はそれに同意します。TPPには安全保障という意味もあります。

美しい生き方は自分たち自身の問題です。家庭崩壊までグローバリズムのせいにする風潮を私はおかしいと思う。

投稿: robita | 2011年11月 8日 (火) 11時46分

robita様、
大変丁寧なお返事をいただきありがとうございました。

私は高度経済成長期に生まれた世代なので、豊かさの恩恵をすべて受けて来ました。ところが、日本は窮屈で仕方なかった。それでアメリカ人と縁があって結婚して日本を出たのですが、それまで当たり前に受け取っていて気がつかなかった日本の良さに始めて気づいたのだと思います。

移住してから夫が簡単に職場を解雇されたり、常に戦争していて、裕福じゃない若者は教育を受ける為に軍隊に入り、時代によっては戦争に駆り出され、若い美空で死んだり、障害者になったりしたり(将校レベルの方が負傷する率は圧倒的に低いようです)日本じゃ考えられないような、身の補償はない社会なんだなぁ、と、生まれて初めて“サバイバル”生活を体験して来ました。

もう日本を離れて10年以上になるので、今では変わってしまったかもしれないのですが、自分の記憶の中の日本に比べると、米国の中産階級の破壊ははるかに進んでいて、不況の状況も、テレビ報道などで垣間見る、日本の様子と比べると、はるかに厳しいように見えます。なんだか先進国ではなく、発展途上国の社会構成のように変わって行っているようです。中産階級がいなくなると、実働・生産する人がいなくなり、経済の牽引力が無くなって、全体としては衰退し、治安の悪化も進むようなのですが、

はっきりいうと、豊かな人の暮らしには、関係ないのですね。

その点日本という国は、今はかなり変わってしまったのかも知れないし、現政権はそうじゃなさそうですが、持てる人、指導層に倫理観の高い人が多く(普通の人もそうですね)、全体のバランスをうまくとって、全体がそこそこいけている、本当の意味で成功した社会主義社会だと思っています。それを外圧で捨ててしまって良いのかな、と思うのです。

経済のことはわからないのですが、たとえばTPPで医療がアメリカ風になると、今まで分け隔てなく、誰もが一定レベルの医療サービスを享受していたものが、対GDP費の医療コストが上昇するにもかかわらず、豊かな人しか医療サービスを受けられなくなると思います。一方医者の側からしたら、今より楽な労働で、同じかそれ以上の所得になるだろうと思います。持てる人は一層豊かになり、持たざる人は一層貧しくなり、中産階級は激減する方向になるのではないかな、と。

そんな日本になって欲しくない=「美しい日本」という感覚なのですが。それは昔のように何でも我慢という意味とは違うと思っています。今のままでも日本は十分日本的で独特なので、それをキープして欲しいということです。
こういう考えをどう思われますか?

また今、世代間格差を煽る人が多いようなのですが、団塊世代やさらに年配の世代に比べたら、私も含めそれより若い人の方が豊かに育っていると思います。今まで一生懸命働いてきて老後が不安だから蓄えをキープするというのは、常識人には当たり前のことに過ぎず、団塊世代が若い人を虐げているという発想は違うんじゃないかと思います。ところでアメリカ人のキリギリスぶりも、これを仕掛けたビジネスマンがいたからで、個人主義とは関係なく、大衆が一方向に扇動されるさまは、日本よりもっとすごいかもしれません。その誘導された旺盛な消費活動のお陰で、日本も中国も他の新興国も経済成長して来たのではないでしょうか。

安全保障は米国に寄生・従属するのでなく、少しづつで良いから独立、同盟関係にできないものかと思います。米国の国力が落ちてきている一方、中国が台頭して米中の緊張が今後ますますたかまり、かつ中国の日本への脅威も大きくなる一方なので、米国とは同盟関係に切り替えて行けるチャンスなのではないかと思うのです。

長々すみませんでした。

投稿: ap_09 | 2011年11月12日 (土) 11時33分

★ap_09さん、

真摯なお気持ち溢れるご意見、ありがとうございます。

今のままで、日本は充分良い社会ではないか、というお考えですが、ちょっと前までそうだったと私も思います。
でも、変わってきました。人の価値観の変化、社会の変質、国力の衰退、財政悪化、世界情勢の激動、それらは何に起因するのか、いや、どれが原因でどれが結果なのか判然とせず、結局人間社会の必然の移り変わりだろうと私は思います。
この世は無常です。その時代に良かった制度も社会構造も時と共に疲弊し時代に合わなくなります。「理想的な社会主義的社会」はこのまま同じように継続していけるものなのでしょうか?
内需拡大すれば済むことではなく、資源のない日本が、保護政策をとりながら、自国に都合の良いように資源だけを手に入れて国内だけで消費することなんかできるんでしょうか?
凄まじく少子化の進む日本はアジアの成長を今よりさらに取り込んでいかなければ、衰退は避けられません。
まあ、こういったことは専門家の人たちが散々説明していることなので、今さら私のような素人がくどくど言うことではありませんが。

要するに、この日本のまあまあ幸せな状態は、日本も世界も変わっていく中で持続可能なものなのかどうか、ということだと思います。

医療保険がなくなるのではないかという心配ですが、日本の医療保険制度は世界に誇れるものですよね。
オバマ大統領は同じような制度を作ろうとしましたが議会の反対でつぶされました。ヒラリーさんもずいぶん前から熱心にこの問題に取り組んでましたよね。
「アメリカの言いなりになってしまうんじゃないか」じゃなくて、医療保険制度を取り入れようと熱心なのは、アメリカのリーダーであるオバマさんその人だということを思い出してみるといいと思います。

アメリカと日本の教育程度や人の意識は違うと思いますが、良い制度であるなら、積極的に日本のほうからアピールするべきだし、日本の制度が壊れるようなことになるのなら、そこは断固拒否するべきなんじゃないでしょうか。交渉決裂も覚悟の上で。

とにかく日本は「やられる、やられる」と頭を抱えて縮こまっているように見えます。
その状態でこれから先、例えば30年くらいなんとかやっていけるのなら、何も危険を冒して世界と歩調を合わせることはない、と思う人が多いでしょうね。
でも、永遠に平和と豊かさが続くわけではありません。

今の時代に生きる私たちのためだけではなく、未来の人たちのために手を打っておくべきなんじゃないでしょうか?「自分たち」も大事ですが、そのためには「国」の視点が必要なんじゃないでしょうか?
少子化、つまり、子供の数が少なくなった、ということは、未来の人間のことを考えない人が増えたということなのか。つまり人が刹那的になり、社会全体が近視眼的な考え方をするようになったのか、などと思ってしまうほどに「国」の視点が欠落しているように思います。
しかし、少子高齢化の未来予測をしていたにもかかわらず、ほとんど改革ができなかった日本人を思うと(日本人だけでなく誰でも変化を怖がるものだとは思いますが)、この国はいつもいつもこうだったんでしょうね。

子供は未来そのものです。
日本をこのままにしておくとジリ貧になっていく、というのなら、やっぱり一歩踏み出すしかないんじゃないでしょうか。
野田総理が「この豊かさを次の世代に引き継いでいくために」と仰ったのはそういうことでしょう。
TPPに反対する理由を、みんなもっともらしいことを言いますが、やはり既得権を失いたくないという本音が大部分なんじゃないでしょうか。
だいたい反対している政治家たちも、日本の国益のためにはどの方向がいいのか、一般の国民よりよほどわかっているだろうに、「今のままがいい」という票田を失いたくないがためにパフォーマンスをやっているというのがありありです。


>その誘導された旺盛な消費活動のお陰で、日本も中国も他の新興国も経済成長して来たのではないでしょうか<

仰る通りで、まさに世界はつながっていて、我々はその恩恵をたっぷり受けもするし、被害も蒙ったりするわけです。

>世代間格差を煽る人が多いようなのですが、団塊世代やさらに年配の世代にべたら、私も含めそれより若い人の方が豊かに育っていると思います。<

年金の格差はどうにかするべきですよね。あまりに酷いと思います。
先日テレビで見たのですが、
基礎年金を消費税増税でまかない、二階部分を積み立て方式にすればかなり格差は緩和されるそうです。長期的視野に立って、年金制度も思い切って変えなければいけませんね。
私はこの不況に増税はだめだろうと思っていましたが、希望が見えるなら納得できます。思い切った改革と希望を生み出す増税なら反対できませんね。

>安全保障は米国に寄生・従属するのでなく、少しづつで良いから独立、同盟関係にできないものかと思います。<

アメリカとの同盟関係は歪なものですが、それは仕方がないことでしょう。
たとえ9条を改正したところで、あまり状況は変わらないのではないかと私は思います。

投稿: robita | 2011年11月13日 (日) 14時07分

少子化問題とか、長引く不況などで、日本の閉塞感は相当強いようですね。私自身、窒息感が強かったので出て来たわけですし、個人的には運が良かったのでしょう、自分的価値観では、日本にいた時より満足でいる生活ができるんじゃないかと思っています。まぁ、ここまで来るまでには、『ここで落ち込むとホームレスになるかもしれない、一生単純労働で、かろうじて生存して行けるだけの人生なのかもしれない』という、日本では経験したことのなかった瀬戸際状況が、浮上の原動力だったのかもしれません。

その意味では、まだまだ豊かな日本の、真綿で首が締まって行くような閉塞感よりは、生存・存続の危機みたいな現実に直面したが、カツが入って、かえってみんな生き生きしちゃうのかもしれないですね。

TPPについて、良く調べてまとめている面白いサイトをみつけました。ご興味がおありでしたらどうぞ。
http://gigazine.net/news/20111105_tpp_trade/

やっぱり、キーワードは、日本以外の国では強者は弱者のことなど大して気にかけないことだと思うんですよ。アメリカでは恵まれない人への対策は、宗教の領域であるとか、大金持ちの慈悲心次第という感じ。

アメリカも大多数を豊かにするのが可能だったのは、20世紀半ばから、後半にかけてだけで、今も昔も、”a dog-eat-dog world” で変わりはないんじゃないかなと思っています。公務員の汚職やサボタージュ、公務員でもそうでなくても、縁故主義(人脈人事? 既得権益の保持)は、私の知っている日本の状況より、よほどひどいですよ。

人権や社会保障となると、ヨーロッパ先進国の方がはるかにマシのようですが、でもそういうアタタカイ状況に置かれたために、現在の経済危機ということになるのであれば、やはりrobita様のおっしゃるように、痛みを伴う改革、自分で出来なければ外圧を使ってでも、バッサリと変えた方が、長い目で見ると良い結果になるなのでしょうね。

投稿: ap_09 | 2011年11月15日 (火) 12時15分

★ap_09さん、

TPPの議論を聞いていると、この輪の中にアメリカが入っていることが良くも悪くも問題なんだと思えます。
飛び抜けて大国であるアメリカが主導権を握ることは明らかで、きっとどの国も危惧はあるんじゃないでしょうか。
一方で、これまた大国の中国に対抗、あるいは牽制するための経済連携という目的もあるのでしょうから、アメリカのような強い国がいてくれると頼りになります。

当初、TPPは4カ国で始まり、その頃から日本にも入りませんかという誘いがあったと聞いたことがあります。でも、どんな事情があったのか、ぐずぐずしているうちにアメリカが入ってきて采配を振るい始めたということでしょうかね。
でも、どっちみちアメリカは入ってきたでしょうし、日本にはアジアのリーダーになる気も力もないので、こうなるのは当然の結果かもしれません。
アジアのリーダーとしての日本に大きな期待を寄せていたマレーシアのマハティール首相も、いつになっても経済を立て直すことができない日本に失望した、と言ってましたね。

>痛みを伴う改革、自分で出来なければ外圧を使ってでも、バッサリと変えた方が、長い目で見ると良い結果になるなのでしょうね。<

日本は外圧でしか変えられないのか、と怒る人もいますが、実際そうなのだから仕方がありません。
バブル崩壊後、もうどれだけの年月がたったでしょうか。外圧でしか変えられないことがよくわかりました。
でも、考えてみると外圧をてこにするってそんなに恥ずかしいことかな、そういうことって他の国でも同じようにあるんじゃないかな、とも思います。

ところで、野田さんが参加表明した途端、やけにマスコミは反対派の意見を多く載せ始めたように思います。
もし反対派のほうが優勢なら、国内改革のチャンスとも言えますよね。
いっそのことTPPに参加せず、外圧なしで速やかに思い切って改革進めたらどうでしょうか。
国民のほうもやるべきことはやらねばなりません。泣き言を言わず、昔のように勤勉さを取り戻し、若者は挑戦し、女性はどんどん子供を産み・・・・って前と同じこと言ってますけど(^^)
そして憲法改正して誇りを取り戻し、東シナ海の守りはアメリカ頼みでなく日本主導でやる。
そういうことができれば、TPPに入るか否かこんなに悩まなくて済むんじゃないでしょうか。
やってもらいましょう。ほんとにできるなら。

結局、大国に飲み込まれて生き延びる道を選ぶか、それとも、誇りと覚悟を持って日本流を貫くのか、そういう問題じゃないでしょうか。覚悟がないなら大国に寄り添うのは仕方がないことだと私は思います。いくら虚勢を張ってみたところで力がないのだから仕方がありません。

TPP反対勢力が、今あるアジア圏内の経済連携協定を発展させて米中抜きの大経済圏のリーダーとなる構想を具体的に持っているのか、現実的にどういう考えなのか、それをはっきりさせなければいけないと思います。どうやって経済成長させるのかの具体案がなく、ただ反対しているだけでは説得力がありません。

つまり、TPPの議論は、日本という国のかたちをどうするのか、という大問題を提起しているのではないでしょうか。

もし、野田総理がこれはいったいどういうことなのかはっきり説明できず、反対派を説得することができないなら、選挙で国民に聞くしかないでしょう。
日本人はいったいどうしたいのか、どうなりたいのか、自分自身で考えることができるように、政治家はこの問題をわかりやすく説明しなければなりません。
しかし、選挙終わるまでTPP待ってくれるかどうか、それが問題だ。

ご紹介のサイトに行ってみました。
最後のほうに「交渉の余地がまだあるのかないのかを確認することだ」とありましたが、当然「交渉の余地」があるから参加するんですよね。
そうでなければ、すでに決まったことを全部受け入れなければならなくなりますよね。それぐらい政府もわかってると思うんですけど。


投稿: robita | 2011年11月16日 (水) 11時09分

おっしゃりたいことは、よくわかります。

勝手な主観なんですが、どうも、日本という国は、本当の危機が訪れると、シャッキリしちゃうから大丈夫だと、心の底では感じてるんですね。

まぁ、でもそんな痛い目をわざわざ見ないでも、自由貿易協定について、こういう希望のある解説してくれるシンクタンク主催者もあるようです。
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1102.html

>いっそのことTPPに参加せず、外圧なしで速やかに思い切って改革進めたらどうでしょうか。
このご意見と、そのあとのrobita さんのおっしゃる事例とは少し違うんですが、大筋としては同じ意見です。
希望がわきます。本当に実行できるような、それこそ政治主導があれば良いですね。

日本にいたときは、想像だにしなかったんですが、海外では日本の貢献を、好意的に評価してくれている人は、草の根レベルで多いと思うんですよ。そういう外国人に、なぜかアメリカなんぞで出くわすから、驚きです。アメリカ生まれのアメリカ人でも、日本人と個人的に知り合った人が、日本人に対して非常に好意的だったりすることもよくあります。

投稿: ap_09 | 2011年11月24日 (木) 12時55分

★ap_09さん、

大変面白い記事のご紹介ありがとうございました。

青山繁晴さんの大風呂敷、なかなかいいですねえ(笑)
実現する夢は往々にして大風呂敷から始まるものですよね。
今の日本や世界の状態を見るに、これぐらいの思い切った発想がなければ、突き抜けることはできないと感じます。
このまま悩みながらの調整をぐずぐず続けて結果的に沈んで行くのか、それとも「変えるんだ」という強い意志をもって浮上するのか、という選択の問題でしょうね。
あの記事、斜め読みみたいになってしまいましたけど、ポイントはこういうことですね:

・アメリカと中国のどっちにつくかという話ではなく、日本が主体的に高く手を挙げる

・南シナ海での中国の横暴にアメリカが行動に出つつある(関係諸国はアメリカを頼りにしている)

・アメリカは日本をTPPに引き込みたいし、中国はASEAN+3に引き込みたい、つまり双方とも日本が必要

・「ISD条項を抜くことができないとはっきりした以上は、TPPはダメ」

・円で決済できるようにする(貿易諸国にとっても喜ばしいことである)

・中国がこれに乗らざるを得ない状況になれば、北朝鮮は孤立し、拉致問題にも解決の道筋が見えてくる

・日本の商社の情報収集力、交渉力はすごい →民間外交官の大量起用、「東アジア省」の創設

・経済と軍事は密接に関係しているので今までの安全保障体制を変える(憲法改正も含め)

ということになるでしょうか。

そして、一番肝心なことは、高く手を挙げよう、という勇気ある政治家の出現ですね。
こういう提言を政治家は知っているのか、知れば動こうという政治家はいるのか、同調しないのならその理由は何なのか、そういう議論を聞いてみたいところです。
ただ単になんとなく尻込みしてしまう、というなら、それはどういうわけなんでしょうか。

もし日本が今より少し強い国になったとしても、やはりアメリカや中国と対等になるとは私は思えないので、「生き延びるためには大国に寄り添うしかない」と書いたわけですが、TPPに反対と言う人は、いったい青山さんのような壮大な計画を勇気をもって推進する気があるのでしょうか。
そうであるならば、何もTPPに固執することはないわけで、日本主導の外交・経済政策をやってほしいものです。
そういうこともやらないで、「とにかく反対」では、日本の行く末をいったいどう考えているのか、甚だ疑問です。


>日本にいたときは、想像だにしなかったんですが、海外では日本の貢献を、好意的に評価してくれている人は、草の根レベルで多いと思うんですよ。そういう外国人に、なぜかアメリカなんぞで出くわすから、驚きです。アメリカ生まれのアメリカ人でも、日本人と個人的に知り合った人が、日本人に対して非常に好意的だったりすることもよくあります。<

日本はちょっと謙虚に過ぎるというか、自虐的というのか、自己評価が低いんじゃないかという気が、私もします。「日本は外国でどう思われているか心配でたまらない」という自意識過剰の面もありますね。
だから、ちょっと褒められると嬉しくて嬉しくてつい過剰に報道しちゃったりするんですよね(震災後の冷静な国民の態度など)。
長年の鎖国とか戦後自虐史観教育などの影響で国全体が過敏体質なんでしょうかねえ。まあそれも教育で治すことはできると思うんですけど。
外国からの評価が気になるのは、ある程度仕方ないですが、まずは自己評価を上げないとね。
日本ってとても魅力がある、って記事を書いたことがあります。→  「JAPA~~~N」  
                                          

投稿: robita | 2011年11月27日 (日) 11時19分

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