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2012年8月13日 (月)

オリンピックが終わった

レスリングの浜口京子選手が初戦で敗退した後、両親と共に受けたインタビューは寂しさと可笑しさの混じり合った泣き笑いの光景でした。

父親がなおも「リーオ、リーオ」とけしかける横で、母親が「京子だってこれから良い人みつけて結婚でもしなきゃならないのに。あんたそこまでバカ親父なの」とたしなめ、娘の京子さんは困ったような顔で笑っていました。

私が高校二年の時の東京オリンピックを思い出します。

女子バレーボールチームが強豪ソ連を破って金メダルを獲得しました。
過酷な訓練の積み重ねで最強のチームを作り上げた大松博文監督と選手たちの強靭な意志力、体力に日本中が感動しました。

その2年前の世界選手権で優勝していたチーム(ニチボー貝塚)は、選手たちが結婚適齢期を迎えていたこともあって、引退を決めていたそうです。


しかし1964年の東京五輪から女子バレーボールが正式種目に入ることが決定したことから、『是非東京オリンピックまで続けて欲しい』と、日本バレーボール協会幹部が日紡貝塚へ日参したり、一般ファンからも大松率いる東洋の魔女続投を望む手紙が5,000通に亘って大松博文へ宛てて送られるなどして東京五輪へ向けて周囲の声が高まったことなどを受け、監督と選手達はオリンピックまで続けることを決意した。この後のオリンピックまでの2年間は、選手は午前中社業に従事し、15:00から26:00まで練習。大松は16:00まで社業でその後練習に合流するというハードな日々をおくったという
(Wikipediaより)

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そして、私がよく覚えているのは、優勝を決めた後、「オリンピックは終わった。さあ、結婚だ」という掛け声がかかったような日本中の雰囲気でした。

選手の皆さんたちは一斉にお見合いをし、ほとんどの人が結婚し家庭を持ちました。

一仕事成し終えたら、スパッと区切りをつけて家庭に入り、子供を産み育てる、そういう時代がありました。

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