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2012年9月29日 (土)

命をかけて

自民党総裁に選出された安倍晋三元総理が次の総理大臣になる可能性が高いので、国のリーダーとしての期待と不安の声が上がっています。

失敗を糧に今度こそしっかり責任を果たしてほしい、と言う人もいますが、「あんな辞め方をした人が何故また出てくるのか」と厳しい見方をする人もいます。

「あんな辞め方」とはどんな辞め方だったのか、もう一度ちゃんと考えてみましょうか。

私が5年前に書いた記事を読み返してみると、あの時「腸の病気が悪化した」という理由で辞めたのにもかかわらず、不思議なことに「病気」のことが一言も書かれていませんでした。
私は「腸の病気」を軽く考えていたに違いなく、難題山積の中、凄まじい逆風を受けながら精神的に追い詰められていたことが辞任の理由だと理解して、批判するだけでなく少しは政治家の側に立ってものを考えてはどうか、という主旨で記事を書いたことを思い出しました。

先週だったか、ニッポン放送の「ザ・ボイス そこまで言うか」という番組で、ジャーナリストの勝谷誠彦さんがこんな発言をしていました。
「5年前に安倍さんが辞めた時、僕はかなり激しく彼を批判しました。でも僕はわかっていなかった。後で安倍さんに直接あの時のことを病気のことも含めて詳細に聞きました。そういう事情があったのか、と納得し、批判したことを謝罪しました」

総理大臣が何らかの重病を発症して倒れたら、すぐ病院に運ばれ、状態によっては辞任することになるでしょう。
その時突然辞めたからといって「政権を投げ出した」などと批判されるでしょうか。

安倍さんは体が悪くなる一方の中で、ぎりぎりまで歯をくいしばって踏ん張ったと思います。そして、力をふりしぼって辞任会見までやってしまいました。それがいけなかった。
倒れて入院すればあんな轟々たる批判は受けなかったでしょう。

「もうやーめた、といって仕事を放り出した」とか「またお腹が痛いと言って辞めるんじゃないか」とか、軽々しい表現で安倍氏の再登板を批判する人がいますが、人が抱える深刻な病を、経験もしていない第三者がそんな軽い言葉でバカにするもんじゃないと私は思います。

たしかに、深刻な持病を抱えている人が総理大臣を務めることに不安があるのはわかります。

しかし、安倍氏以外に保守本流を貫く精神的支柱となる政治家が、いったいこの国にいるのだろうかと、それもまた恐ろしく不安に思います。
誰であれば、戦後67年の日本人の勘違いを正すために最も重要な教育に取り組むのか、それを考えると病気を抱えていようがいまいが安倍さんに期待するしかないか、と思うのです。

潰瘍性大腸炎というのは新薬で劇的に治るほど簡単なものではないそうです。安倍さんが服用しているという新薬は対症療法でしかないでしょう。

総裁選に出る決意をした安倍さんを、周りの人々は様々な言葉で押しとどめたそうです。それは、前回の過酷な経験、病気、現在の困難な政治状況、二度目の挑戦で失敗することのリスク等にわたって、充分に説得力のある意見だったと思います。

それでも、安倍さんは意志を曲げなかった。おそらく、本当に命を賭ける覚悟ではないかと感じます。

それぐらい、今の日本は精神的にも経済的にも重大な局面を迎えているのではないでしょうか。

安倍さんの以前からの主張であり、多くの真っ当な日本人の願いである「戦後レジームからの脱却」は、今でなければいつやれるのでしょうか。

誇りと自信を取り戻す教育がなければ、この日本に立派なリーダーが育つわけがありません。

安倍さんが、志半ばで再び倒れることになっても、その壮絶な覚悟はきっと誰かに影響を与え、志を継いでくれる、私はそれを期待してこれからの自民党の動きを見ていきたいと思います。

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2012年9月23日 (日)

本物だけ残すのは難しいけど

民主党からあと11人だか13人だか離党すれば衆議院の与党勢力は過半数割れするそうです。
そうなると次の臨時国会で内閣不信任案を出されて可決され、年内解散総選挙もあり得ます。

民主党の中には「国益のためには民主党は政権から下りたほうがいい」という大局を見極めている総理補佐官などもいて、民主党議員の相次ぐ離党は、そういう人たちと橋下さんと自民党の中の誰か、この3者がそれを促す何らかの仕掛けをやっているのかもしれないなあ、と考えたりします。

民主党と自民党だけではそういう画策はうまくいかないでしょう。
維新の会の勢いこそが、離党者を増やし、民主党を分裂させて解散総選挙、政界再編へと導く触媒的役割を果たせると思います。

自民党が政権を奪還しさえすればうまくいく、と考えている人もいるようですが、政治の刷新はそれだけでは失敗するでしょう。

維新の会の八策がだめだとか、素人議員が大量生産されても困るとか、そういう心配は、乱暴な言い方ですが、どうでもいいのです。

橋下氏は政策の詳細にはほとんど興味がない、と言われます。私はそれでいいと思います。

てこでも動かなかったものを大きく動かす、そういう役割さえ果たしてくれればそれでいい。そのために多数の勢力を国会に送り込む、そのやり方は粗雑に見えても、他の方法がない限り、そうするしかありません。
落選の恐怖に怯えている民主党議員は離党して維新の会に身を寄せればいい。ただし八策に賛成でなければ入れてもらえませんけどね。

きめ細かい政策の詰めは、官僚や政策通と言われる議員もたくさんいるのですから、政権を取ったらそういう人たちを効果的に使えばいいと思います。
「首相公選制」だの「衆議院議員半数削減」などの案は、連立を組む際に話し合えば良識的な落としどころをみつけられるのではないでしょうか。
維新との関係上、誰が代表になるかによって自民党も分裂するかもしれませんが、それこそ政界再編です。

民主党がこのまま政権に居座るのは決して国のためにならないので一日でも早く選挙をしたほうがいいのですが、下記はぜひ議員でいてほしいと私が思う人たちです。(まあ、テレビでよく見る顔なんですが他に知らないもので)

渡辺周
松原仁
長島昭久
馬淵澄夫
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野田さんも民主党にいなければ、首相でなければ、捨てがたい人材かもしれません。

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2012年9月19日 (水)

中国が怒るから

「デモ」と称する中国人の乱暴狼藉を、「日本があんなことするから中国人が怒った」とコメントする人が結構いるのに驚かされます。

例えばTBSラジオの武田一顕記者は「(この喧嘩を)始めたのは野田首相の方なんですから、後始末をちゃんとしてほしいものです」などと言い、同じくTBSラジオ「デイキャッチ」の近藤勝重コメンテーターは、「どのタイミングでどういうことをすれば中国が怒るのか、その後のことまで考えて行動してほしいですね」みたいなことを言っていました。

その他のメディアでも、石原都知事が「島を買います」と言い出したからこんなことになった、というニュアンスの発言を見かけます。

「日本は中国が怒ることをしてはいけない」という思い込みですね。ヤクザに脅されて言いなりになっているのと同じ構図だということに気づいていないようです。

その気になればカードは出せるでしょう。

信じられないことに、あの経済大国にまだODAで援助をしているそうですし、日本企業が進出していることで中国人の雇用も生み出している。 もうやめますよ、引き上げますよ、と言ってみることぐらいできるでしょう。

こういうやり方を「外交」というんだそうです。
「中国を怒らせることはしてはならない」と思い込んでいる人々は「なんとか外交努力を」と言いますが、こういう「相手を困らせる外交をしたらどうだ」という提案はいっさいしませんね。 まごころで話し合うことが外交努力だと思っているみたいです。

今度自民党が政権とったら、国家としてあるべき頼もしい駆け引きが期待できるんでしょうか。今までできなかったのに。

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2012年9月10日 (月)

芸術って何

私は子供の頃から歌舞伎鑑賞をしていました。
母に連れられて行っていたわけですが、母も特に歌舞伎ファンだったというわけではなく、父の会社が仕事関係で買わされた鑑賞券を社員の家族に配ったものだったようです。

今の子供だったら、退屈でとても大人しく見ていられないでしょうが、テレビもなかった時代、明るく華やかな舞台は子供の目にも別世界として魅力的に映りました。なによりよそ行きの服を着て歌舞伎座にお出かけ、というだけでわくわくしたものです。

子供の頃から馴染みがあったことに加えて、20代の頃に長唄三味線を習っていましたので、歌舞伎が好きといえば好きです。特に各演目の「見せ場」であるとか、「口上」などには気分が高揚します。

しかし、芸術として歌舞伎をちゃんと理解しているかといえば、率直に言ってよくわかりません。どこが面白いのか説明もできません。

いくら日本の伝統芸能だとはいえ、多くの日本人に歌舞伎に興味を持ってもらうのはなかなか難しいことです。

文楽にも同様のことが言えます。
文楽は実際に観たことはありませんが、テレビ中継などは目にしたことがあって、上手い動きをするものだなあと感心もするし、太棹三味線の重厚な音色に非日常の面白味を感じたりもするけれど、是非観にいきたいと心がはやるほどのものでもありません。

文楽の補助金削減の問題で、橋下大阪市長が文楽の演出にあれこれ注文をつけたことが話題になりました。
日本に帰化した日本文学者のドナルド・キーンさんが「橋下さんも10回観れば、文楽の良さがわかるのではないでしょうか」と仰ったそうですが、本当にそうなら私も10回ぐらい観ればわかるようになるかもしれません。

しかし、何回も何回も繰り返し観なければ芸術とは好きになれないものなのでしょうか。

私は日本の伝統は大事にしなければならないとは思いますが、芸術とは基本的に人それぞれの好き嫌いで取捨選択するものではないでしょうか。

面白くないと感じる人もあれば、非常に面白い、大好きだ、と思う人もいるでしょう。

スペインの片田舎の教会で、キリストの肖像画の修復をめぐって騒ぎがありました。
教会の柱に描かれたフレスコ画を絵画修復の素人である80歳の女性が自分の感性で描き直したら「毛むくじゃらの猿」のようになってしまったというのです。
100年も前に描かれた貴重な教会の財産を、いったいなんということをしてくれたのだ、とマスコミは伝えました。
しかし、実際は「元の絵は宗教画としては結構よくあるタイプの絵だけれども、修復後の絵のほうが味があって好きだ」などと人気が沸騰しているようです。
この騒動は「芸術とは何か」を考える上で格好のテキストとなったと言えます。

「自称インテリや役所は文楽やクラシックだけを最上のものとする。これは価値観の違いだけ。ストリップも芸術ですよ」という橋下市長に、「頓珍漢な発言で恥の上塗りだ」と目くじらを立てる学者(適菜収)がいますが、橋下さんの意見には一理あると私は思います。

今はなくなってしまいましたが、昔、有楽町に「日劇ミュージックホール」というストリップ劇場があって、そのショーの芸術性は高く評価されていたと聞いたことがあります。
アメノウズメノミコト以来の日本の伝統芸能の一つがなくなってしまったことはかえすがえすも残念なことではありませんか。

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日本独特の敬語や言い回しや仕草、四季折々の趣を詠み込んだ和歌や俳句、庭園、建築、和服、料理、さまざまな伝統行事。「日本人でよかったぁ」と思えるそういった美しい伝統と、歌舞伎や文楽その他の興行ものの伝統は立場が異なるのではないでしょうか。

映画やテレビドラマとは全く別の視点で鑑賞すべきものだということはわかるのですが、テレビも映画もなかった頃の大衆の娯楽を、現代の人間が見ても同じように楽しめるはずだ、というのは無理があると思うのです。

楽しめる人は大いに楽しんだらいいし、歌舞伎も文楽もなくなっても構わない、というのではもちろんありませんが、保存の仕方を観客動員に頼るのはもう難しいのではないでしょうか。

だから、人気はないけれど絶滅させては日本の名折れだというような古典芸能は、橋下さんの方針に反して、補助金で守るのが正しいやり方だと私には思えます。

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・・・・・いや、そうではなく、やはり日本人ならば、それらの芸術性を理解すべく、国民の義務と自覚して何度も鑑賞に通うべきなのでしょうか。

歌舞伎や文楽の筋書きや決め台詞が、現代においては言わば「教養」でしかない、などと考えるのは間違っているのかどうか、たっぷりと鑑賞した上でないと、わからないのかもしれません。

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2012年9月 7日 (金)

祖国

選挙というのは、自らの政策を述べて「私はこういう政策を考えています。実現させるために議員にならせてください」と訴える候補者に応じて、自分の利益や国益を考慮して有権者が一票を投じることですね。

最近は、「自分の利益になるかどうか」より「国を良くするため」という観点で選挙を考える人が、昔よりずっと多くなっているのではないでしょうか。無党派層の増大と重なります。

小泉郵政選挙、民主党圧勝選挙、さらに大阪維新の会への期待の大きさは、いくら学者や評論家が「まだ懲りないのか!」と怒ろうが、旧弊にとらわれた政治構造のしぶとい壁を突破して国力を甦らせてくれるリーダーを捜し求める日本国民の率直な思いを物語っていると思います。

未熟で支離滅裂な民主党にうんざりし、長老の支配する自民党も信用できない国民が、国の統治システムを根本から変える道州制・地方分権をはっきりと打ち出した橋下徹氏の突破力に期待するのも尤もなことです。

民主党は、政策を数字まで細かく羅列する「マニフェスト」なる公約を掲げましたが、それはあまり意味がなかったのではないかということになったようです。

細かい数字の約束は利益誘導選挙、御用聞き政治をもたらします。

大きな国策としては消費税の問題がありますが、「消費税を上げます」と言ったって、上げれば本当に財政が改善するのか、また「しばらくは上げません。経済成長にうんと力を入れます」と言ったって、どうすれば経済が成長するのか、そんなことは素人の国民にはわかりません。
原子力政策にしても同じことが言えます。
国民に正しい判断などできないのです。

だからそういう経済やエネルギー政策については、「こっちのほうがいいような気がする」とか、「好きな政治家の言うことだから信用してみよう」程度のおおまかな選択でも仕方がないかなと思います。国民は日々の生活に忙しく、政策の勉強なんかできません。

私はそれでもいいと思います。政治家のホームページを読んだりテレビ討論を聞いたりして、「この人信頼できそう」と感じて支持する、というぐらいのものでいいと思います。

そうやって選んだ政治家が「国民の負託にこたえて」一所懸命政治をやってくれることを期待しながら、私たちは政治を見つめ続けるしかないでしょう。
だって、ほんとうに細かい政策のことなんかわからないのですから。

しかし、どうしてもしっかりと理解してから投票行動に臨まなければならないことがあります。

それは「国家観」であり「国の誇り」だと思います。

「国の誇り」とはなんでしょうか。

「毅然たる態度」とか「気概」とか「愛国心」とか「日本人としての誇り」などという言葉を聞くと、鼻で笑うような態度をとる人がいます。左翼に多いです。

軍国主義につながる、などという勘違いをしているのでしょう。

戦後平等主義教育や平和教育が日本人に事なかれ主義を植え付け、気概を失わせた、という論議は、いやというほどそこら中にあふれています。

そうなんです。日本人の、というより為政者の事なかれ主義がどこからきたものか、もう「いやというほど」私たちは思い知りました。

国を統治する者が外交交渉の際、「一方的にそちらの主張だけを通させるわけにはいかない。こっちの言い分も聞いてもらう。さもなくばこういう手段も使わざるを得ない」という一歩も引かない態度を取れるかどうかは、憲法9条の改正にかかっていると思います。
外国から理不尽な要求を突きつけられた時、いつもいつも日本はお金で解決してきたのではないでしょうか。それが左翼の言う「話し合いで解決」ということだったんじゃないでしょうか。
お金ですむことなら、という精神で外交をやってきたのは、日本が経済的に勢いのあった頃の自民党と、憲法改正を口にすることができなかった社会の雰囲気のせいだと思います。
いまもなお、経済的に不利益だから、という理由で外国の脅しに立ち向かおうとしない政治家や官僚が国を支配しています。

いざという時の腕力はものを言います。「腕に覚えあり」の自信は、それを使わずとも相手をたじろがせます。

庶民の一人ひとりが「誇り高く」「毅然と」した人間に生まれ変わるべきだ、ということではありません。

私なんかも相当な「ビビり人間」でありまして、怖い人に大声で怒鳴られたら、こっちが悪くなくても謝ってしまいそうです。

けれども、国のエリートたるリーダーには、誇り高くあってほしい。国民を守る気概を持ってほしいのです。

そういうリーダーを見つけ、国を託すことこそ、私たち国民のやるべき仕事だと思います。

民主党政権になってからの総理大臣はひどいものでした。

鳩山さんは、良い人でしたが最も政治家に向いていない子供のような人でした。
菅さんは、国のことより保身と自己実現に必死な人でした。

野田総理は、保守思想と穏やかで誠実な人柄と職務に忠実な姿には好感が持てますが、民主党にいることで手足が縛られて決断ができません。国のためなら民主党一党壊すぐらいの覚悟を持ってほしいものですが、そういう一世一代の大仕事が出来ません。
尖閣諸島の問題でも、魚釣島を購入後、野田総理は石原都知事が条件としていた船だまり(漁船の避難港)や電波の中継基地の建設を進める意志があったそうですが、それを引っ込めて現状維持で何も建設しないことに決めました。
何故か。
外務省の圧力に屈したそうです。具体的に言うと親中派の岡田克也副総理が「そんなことをしたら代表選挙であなたを支援することはできない」と脅したそうです。
昨日ラジオ番組(ニッポン放送「ザ・ボイス」)で、独立総合研究所の青山繁晴氏が暴露していました。

いくつかの言葉で検索してみましたが、このことを書いているブログ記事はありません。書いてはいけないことなのでしょうか。
それとも、あの放送を聴いて尚且つネットで取り上げようと思う人が皆無だったのでしょうか。

青山氏は官邸で総理の側にいる人から直接聞いたと言っていますからでたらめとは思えません。「僕は売国奴という言葉は使いたくないけれど、野田首相は総理の椅子を失いたくないばかりに国を売ったのだ」と言っていました。

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今度の民主党代表選では、イケメンであれば勝てるのではないかというバカみたいな戦略で細野豪志環境相を推す一派が出てきたようです。

問題は民主党をどうするかではなくて国をどうするかなのですが、まあ、議席獲得のためにはなりふり構わなくなるのでしょうね。そんな風に振るまうのも仕方のないことです。

しかし、国民としては「仕方がない」と言ってはいられません。いらない人は落とさなければなりません。

今、日本の「維新」の始まりの始まりではないでしょうか。

党首が決まったら近いうちに解散総選挙があるでしょう。私たち国民が維新を起こすチャンスです。

政界再編の離合集散のうちにしばらくは混乱が続くでしょう。

どのように収斂されて、どのくらいの時間をかけてしっかりとした政権ができるのかわかりませんが、願わくは、保守思想と若さ溢れる経済建て直し戦略とを併せ持った政治家に政権を取ってもらいたいと思います。

自民党が勝てばそれで良いと思いますか?

我々が選んだ政治家の真っ当な意志を阻止しようとする官僚組織をほんとうにこのままにしていればそれで済むと思いますか?

「大阪維新の会」の台頭を、「小泉チルドレンや小沢チルドレンのように胡散臭いではないか。もういい加減に学習せよ!」と怒ってさえいれば済むと思いますか?

改革にチャレンジしようとする人たちが現れたら、私たちはそれを応援するしかないではありませんか。他にどうせよというのです。
何度でもやってもらえばいい。成功するまで何度でも。
もう誰にも期待しない、というのはあきらめることですか?
祖国をあきらめるのですか?

どうですか。せっかく、主婦カテゴリーにいるので、主婦のみなさんに聞いてみたいと思います。

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