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2012年10月14日 (日)

誇りを持って見栄を捨てる

荒唐無稽な話かもしれませんが、高齢者が生活のためでなく、いわば「お国のための勤労奉仕」ができるような環境を整えることはできないものでしょうか。

介護スタッフが足りない、給料が安くて人が辞めていく、企業が人件費の安い海外に工場を移し、国内市場が空洞化する。そんな話をいやというほど人は繰り返しながら、どうしたらいいのか具体的な案が出なくて一向に改善されません。

企業が、日本より人件費が格段に安い中国に生産拠点を移したのは、時代の流れであったでしょうが、その中国でも最近は人件費がずいぶんと高くなり、加えて、日本が真っ当な意見を言うたびに起こる反日暴動にも悩まされます。
さらに、中国が怖いからと工場を撤退させようとすると莫大な撤退費用を要求されるそうです。
そんなとんでもない国に、なにが悲しくて生産拠点を置かなければならないのでしょうか。

工場をベトナム、ミャンマー、バングラデシュなどの発展途上国に移すべきだという考えもあり、それはそれでもっと進めればいいと思いますが、基本的には、工場が日本から逃げないような策を講じればいいのではありませんか。

日本には退職してもまだまだ若く元気な人はいっぱいいます。特に団塊の世代は「お爺さん、お婆さん、ご隠居さん」にはほど遠く、退職はしたけれど意欲も体力もまだ充分あるという人は多いのではないでしょうか。

そういう人たちが「起業」をして第二の人生を始める動きが広がっているそうです。

これはこれでとても良いことで、いくつになっても元気に働き、国に税金を納める、というのは今の時代、実に大きな意味があります。

でも起業というのはそんなに簡単にできるものではないでしょう。やはり、才能のある人、資金のある人、運の良い人に限られるとなると、退職した団塊世代がみんなそういうことができるかというとかなり難しい。

介護や清掃やその他、キツイ割りに報酬の少ない仕事はいっぱいあると思います。高齢者にはキツイ仕事は大変だと思いますが、毎日でなくても、沢山の人数で無理のない範囲で仕事を分担することはできないでしょうか。

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国難のとき、国民こぞってお国のために滅私奉公した時代がかつてありました。
強制動員でも、国民は国を滅ぼしたくない一心でそれぞれの持ち場で力を尽くしたと思います。
今、平和で豊かで自由な時代ならばこそ、国のためなら低賃金で働こうじゃないかという人が、アイデアさえ提示されれば手を挙げるかもしれません。
生産拠点を外国に移す必要もないほど多くの人が馳せ参じれば、国内で工場が活気を取り戻すことも可能ではないかと思います。

1947~1949年生まれの団塊世代の人口は660万人ほどです(2009年総務省統計局)。前後一歳ずつ加えれば、一千万人を軽く超えると思われます。
70歳まで広げればさらに増えます。
その内、健康な人、まだ働きたい人、国のために奉仕したい人・・・と絞っていったら、さあどのくらいの人数になるでしょうか。

週2日か3日ぐらい、無理のない時間だけ働き、さらに得た収入の中から5%~10%ほども税金を納めれば、結構な国の収入になります。手元に残るお金はせいぜい月5千円~1万円かな、お小遣い程度ですね。

そんな割に合わないことはしたくないという人はしなくてもいいけれど、割に合わなくても「どんな仕事でも働きたい、国のためになることをしたい、中国なんかに工場を作らなくても我々にまかせろ」といった気概のある人は結構いるかもしれません。

この「勤労奉仕制度」は、当然の事ながら、生活の為に働く高齢者とは別枠で整備されなければなりません。

まずは世論調査で、希望者がどのくらいいるかを知ることが必要です。人数が集まらなければ意味がありません。

ただ、最初は少なくても、社会が動き出すかもしれません。
ゆとりある高齢者の間で「今日は勤労奉仕なの」「あら、ご苦労様。私は明日」といった会話が普通に交わされるのは、悪くない光景ではありませんか。

法律や制度の壁は、強い意志と知恵があればなんとか変えられると思います。

実際の工場の事情は知りません。
簡単な流れ作業から熟練を要する作業など仕事内容の違い、どのくらいの研修で覚えられるものなのか。60代以上の人にはどう頑張っても無理なのか。
そういうことが知りたいと思います。

自由主義国ではそういうことはできないようになっているのでしょうか。そんなことをすると資本主義の原理が失われてしまうのでしょうか。国際労働市場の観点からも不都合なことなのでしょうか。
私にはまったくわからないのでどなたか教えてください。

でも、もし少しでも可能性があるなら、国と企業が協力して大々的に広報してみたらどうでしょう。
そういうことは国とか企業から発信するものではないのでしょうか。
国民サイドから提案するにはどうしたらいいのでしょうか。

工場が無理なら、介護でも清掃でも、何かの労働をして少しでも協力金のようなものを納めたい。キツイ割りに報酬の少ない仕事を、毎日でなくても、無理のない範囲だったらできるのではないだろうか。
「起業」といったリスクの高いことは自分には無理だが、何か国のためになることを奉仕の精神でやりたい。

そんな人たちがいれば、の話ですが(^^)

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年を取ってから肉体労働なんか、と思う人も多いでしょうが、プライドを捨てるのではなく、見栄を捨てればいいのです。

団塊世代は、若かりし頃に社会を変えたいと意気込んだ世代でもあります。

本当の国の危機を迎えた今、再び熱き思いをたぎらせることはできないものでしょうか。

「滅私奉公」「お国のため」「愛国心」「忠誠心」などという言葉を嫌うあまり、日本人が本当に大切なものを見失ってしまった今、団塊世代を中心とする高齢者群の誇りある生き方とは、「後代にのしかかる笠の雪」であり続けることではないと思います。

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はは、勤労奉仕などやっぱり荒唐無稽でしょうかねえ。

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