今朝、ラジオからこんな会話が聞こえてきました。
「橋下さん、針のむしろですね」
「当分、長引きそうですね」
「ハハハハ・・・」
ニュースキャスターとコメンテーターの政治評論家が笑っていました。
結局、他人事なんですね。
橋下発言の前までは、あんなに「日本は不当に批判されている。誤解を正さなければならない」と明言していた評論家や政治家たちが、橋下劣勢とみるや、批判したり、押し黙ってしまったり、他人事のように笑ったり、いったい恥ずかしくないのだろうかと思います。
もちろん、紙媒体やインターネット上では、橋下氏の発言を擁護し、従来の主張を決して曲げない人も多くいます。
一番悪いのはテレビです。
テレビが、「あまり考えない人々」に影響を与え、世論を形成してしまう。このことがとても恐ろしいと思います。
いったい橋下発言のどこをもって世間はこんなに叩くのか。
「女性蔑視」だとか「女性の人権」だとか、この問題の核心はそんなところにはありません。
「女性の人権を踏みにじった!」と気勢をあげている蓮舫や辻元清美や福島瑞穂が女性の代表だなんて思われては困ります。
私の周囲の女性で橋下発言に怒っている人は一人もいません。
聞くところによると、かえって男性のほうが批判的な意見が多いのです。
どうも男性は女性に気を使いすぎているのではないかと感じます。本当のことを言えば嫌われると恐れているんじゃないでしょうかね。
政治家のみなさん、サイレント・マジョリティの意思を考慮に入れないと失敗しますよ。
とはいえ、マスコミの扇動にはどうにも勝てないんですよねえ。
どうしたらいいのか。
インターネットを使って発信するしかない、というわけで、今日も私はブログを更新します。
ところで、主婦のみなさん(主婦カテゴリーに登録してるので呼びかけます)、主婦でなくてもこの慰安婦問題をあまり知らない、というみなさん、経緯を私のわかる範囲でわかりやすく簡単に書いてみますので、読んでいただければ幸いです。
そもそもの発端は、1983年に吉田清治という元日本兵が『私の戦争犯罪』という本を出版したことにあります。この中で日本軍による「慰安婦狩り」が行われたという嘘を書きました。
それを朝日新聞が大々的に報道し、結果、韓国で大問題になりました。詳しくは→こちら
ところが、後に作り話であったことが証明され、センセーショナルな内容でないと本が売れないという吉田の意図が明らかになりました。
しかし「従軍慰安婦」という作り話がどんどん一人歩きをしてしまったその時にはもう韓国の世論は押さえることが不可能になってしまったのです。
日本が朝鮮半島を植民地にしたというその事実と朝鮮民族の恨の感情が一つのパッケージになっている以上、抗議することもままならず、責められる一方になってしまいました。
そして、韓国の国を挙げての宣伝により、いまや米国議会でも「旧日本軍の慰安婦強制連行」は承認され、「性奴隷」という表現まで定着しています。
簡単に言うとこういうことなのですが、こんなことを放っておいていいのでしょうか。
橋下さんは、植民地支配までを正当化しているわけではありません。
「意に反して慰安婦にさせられた女性」に対して本当にお気の毒だったとも言っています。
日本軍が奴隷狩りをして強制的に慰安婦にしたなどという作り話が国際社会で大々的に流布され定着してしまうことに、「それは違います」と言っているだけなのです。
もちろん、「兵士のストレス解消に風俗活用したら」と米軍に提案したことを公言してしまったのは、つい口が滑ってしまったとしか言いようがありませんが、そこだけが問題になるのはおかしい。大事なことは「間違ったことを正す」ということです。
「外交的にまずい。今言うべきことではない」という外交評論家などもいますが、素人ながら私は、今この時、このチャンスを逃したらきっと永遠に日本は言えなくなり、「日本軍の蛮行」は定着し、未来永劫責められ続けると思います。
いったい、国際社会での誤解に日本はいつ、どう立ち向かうのか、政治家のみなさん一人ひとり考えを述べていただきたいものです。
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参考記事: 産経新聞【正論】≪こんな「一強多弱」に誰がした≫ 拓殖大学大学院教授 遠藤浩一
≪全文≫
橋下徹・日本維新の会共同代表(大阪市長)の発言を受けて、みんなの党の渡辺喜美代表は「価値観の乖離(かいり)」を理由に、維新との選挙協力を白紙撤回した。
≪「みんな」も歴史観明かせ≫
そこまで啖呵(たんか)を切るからには、渡辺氏及(およ)びみんなの党は、自らの価値観ないし歴史観を明らかにする責任がある。
同党の浅尾慶一郎選対委員長は24日、「戦時体制を美化すると見られかねない政治勢力とは一線を画す。くれぐれも党の方針・理念から外れた行動をしないように」とのメールを党所属国会議員に一斉送信したという(27日付産経新聞)。
ならばこの党の「方針・理念」とは何か。「アジェンダ」なるものは政策の断片的羅列にすぎず、その背骨(バックボーン)たる理念を読み取るのは困難である。
5月3日に発表された「憲法記念日に当たっての代表所感」に記されている「改憲を目指すが、我々(われわれ)は戦時体制を賛美し、復古調の古色蒼然(こしょくそうぜん)たるレトリックを駆使する勢力とは異なる」「占領時代に温存された国家社会主義のDNAを一掃することなくして、戦後レジームの転換はありえない」、どうやらこのあたりに、みんなの党の「方針・理念」があるらしい。
しかし、橋下氏は戦時体制を賛美しているわけではない。むしろ「侵略と受け止め、反省とお詫(わ)びが必要」と、「村山談話」のようなことを言っている。「復古調の古色蒼然たるレトリック」ではなく、まさに「戦後レジームのレトリック」そのものではないか。
いわゆる従軍慰安婦問題について橋下氏は、(1)軍や日本政府が強制連行した事実は今のところ証拠で裏付けられていない(2)当時慰安婦制度は世界各国の軍が持っていたのに、なぜ日本だけが非難されるのか、と主張した。
これは事実認識をめぐる問題提起であり、橋下氏の認識は秦郁彦氏が断言したように「大筋は正しい」(23日付同紙)。みんなの党は、強制連行があったと主張したいのか。その証拠を示す用意があるのか。国際的に日本の慰安婦問題だけが非難されている異様な事態を是とするのか。
≪不当なレッテル貼り情けない≫
もっとも、米軍は風俗店を活用すべきとの橋下発言はいかにも軽率かつ粗雑で、政治家として致命的失言だった。ただ、橋下氏の場当たり的な物言いは、いまに始まったことではない。選挙協力を進めてきた“友党”の党首として、もっと早くから気付き、対処すべきではなかったか。いまさら「価値観の乖離」を持ち出すのは空々しい。
大方が感づいているように、「価値観」云々(うんぬん)は、維新の会との連携にブレーキを踏むための方便でしかない。それによって参院選を少しでも有利にしようとの計算があるのだろう。
しかし支持率の低下に焦った橋下氏が暴走したように、渡辺氏も焦って見当違いの発言をしているように見える。現在の日本の政界に「戦時体制を賛美し、復古調の古色蒼然たるレトリックを駆使する勢力」は存在しない。内外から不当なレッテル貼りをされている安倍晋三首相にしても戦時体制を賛美したことなど、筆者が知る限り一度もない。ないものをあるかのごとく言いつのり、差別化をはかろうとするのは、幽霊を相手に相撲を取るようなもので、見物客(有権者)はソッポをむく。
なるほど、反日的な主張を是とする有権者も一定程度は存在するだろう。「価値観」にまで踏み込んだ渡辺氏及びみんなの党は、そうした層からの得票を見込んでいるのかもしれない。が、「反日」は一般有権者の間では結局マジョリティーたり得ない。声高な少数派の票を、民主党や社民党、共産党その他と分け合うだけの選挙戦術は、悪手というほかない。
≪「反自民」でなく「超自民」で≫
安倍内閣が発足して以来、維新の会もみんなの党も存在感を低下させ、なんとかアピールしようとあがいてはみたものの、的外れの言動に終始し、結果として「一強多弱」状態になってしまった。
なぜそうなったのか、そこのところをよく考えなければならない。安倍自民党だけが高い支持を得ているのは、大方の有権者にとって、自民党以外に支持すべき政党が見当たらないからである。
参院選で自民党に独り勝ちさせないことが野党にとっての目標だとするならば、そのためには、自民党から票を奪わなければならない。ところが、ここで多くの人が勘違いする。かつての社会党のごとく「反自民」、すなわち自民党と反対のことを叫べば票をとれると思い込んでしまうのである。
そうではない。「反自民」票などたかが知れている。訴えるべきは「反自民」ではなく「超自民」、すなわち是々非々に立った上で自己の比較優位性を主張するしかないのである。
旧態依然としたレッテル貼りに甘んじ、国際的な反日宣伝への対抗策一つ示せないような野党に、自民党を超える存在感を期待することはできない。(えんどう こういち)
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