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2013年8月20日 (火)

悪いのは偏向教育です

松江市教育委員会が原爆を描いた漫画「はだしのゲン」が子供にとって描写が過激すぎるという理由で、小中学校の図書室で閲覧制限をかけました。
これに対して全国で批判が沸き起こり、市には抗議が相次いでいるということです。

私は「はだしのゲン」を読んだことがないので、「過激な描写」とはどの程度のものなのか知りませんでしたが、テレビなどで紹介されるシーンは確かに残酷で、子供の心に強く刻まれるであろうことがわかります。
しかしトラウマになるほどのものではないように思います。
むしろ、戦争や原爆の恐ろしさは残酷な描写によって教えることが効果的でしょう。

こんなことは普通の大人ならわかることなのに、なぜ松江市はそのような措置をとったのか、ネットで調べてみて、問題はそんなところにはないのではないかと思いました。

広島と長崎に原爆が落とされたのは日本が悪いからだとか、日本兵は中国や朝鮮の人々に極悪非道のかぎりを尽くしたとか、さらには天皇陛下を過激な言葉で貶めるなど、とんでもないシーンがあるそうなのです。

こんな漫画が学校の図書館に置かれ、全国のナイーブな子どもたちに読まれていること、さらに、全世界で翻訳されて読者層が拡大していることを私は愚かにも知りませんでした。

もちろん、子供時代に得た知識は、大人になるにつれて様々な情報を得、誤りや偏りを修正していくのが人間の成長だとは思います。
でも、なぜ日本には日本嫌いの人が多いのか、なぜそういう人たちは戦後の左翼や中国韓国の情報操作をいくら説明しても理解しようとさえしないのかをかねがね摩訶不思議なことだと思っていましたが、子供の頃の強い「刷り込み」に起因しているところもあるのではないだろうかと気が付きました。

「戦後日本人の左傾化に最も貢献した本、それは決してマルクスの「資本論」ではない。幾多の過激で日本人の精神を蝕む有害な書が出版されたが、青少年の非日本人化に最も貢献したのが中沢啓治著『はだしのゲン』である。」とさえ書いているブログもあります。

反日のすべての原因がこの漫画にあるとは思えませんが、この漫画を学校の図書室に置いて子どもたちに読ませるように仕向けたのは、社会主義革命を夢見る日教組だったでしょう。

作者の中沢啓治氏だって、自身が戦後の刷り込みを受けて勘違いをしていたかもしれません。

反日の表現や天皇を貶める描写が何回出てくるのかわかりませんが、子どもたちがこの漫画を読む時、大人たちは「決して日本はこんな悪い国ではなかった」「原爆を落とされたのは日本が悪かったからではない」ということをしっかり教えてほしいと切に願います。

なぜ松江市は「過激だから」という理由しか挙げないのでしょうか。

朝のワイドショー「モーニングバード」では、コメンテーターたちによる「残酷な描写でこそ、戦争の悲惨さが伝わる」といった表層的なコメントばかりが目立ちましたが、唯一、元大相撲力士の舞の海さんが「どんな本を読むかは日本では自由ですから閲覧制限はどうかと思います。あとは先生が偏らない歴史をきちんと子どもたちに教えることが大事ですね」と最も核心をついた意見を言ってくれました。いいなァ、舞の海。

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コメント

舞の海さん、本当にいいですね。
それに引き換え、宮田佳代子女史の小賢しいコメントと来たら・・・

舞の海さんは、大相撲の解説もなかなかいいんですよ(笑)。
すでに外国人力士の増加で国技は惨憺たる状況ですが、
さらに「外国人力士の1部屋1人までの制限」が差別で、
もっともっと広く受け入れろと主張する意見は、かなり巧妙です。
例えば・・・

・日本文化を慕って来る海外の若者達の夢を奪うのか?
・日本の国技が国際技になるチャンスを失ってもよいのか?
・日本人力士が実力で勝てばいいだけなのに、姑息な手を使うのは卑怯ではないか?
・このグローバルな時代に、江戸時代のような鎖国は時代錯誤で偏狭ではないか?

これらの意見に対しても、舞の海さんは絶対にぶれないです。

投稿: 名無し | 2013年8月20日 (火) 12時28分

★名無しさん

私も外国人力士受け入れの垣根をあまり低くしてしまうのはどうかと思っているのですが、「差別」だとか「偏狭」だとか言われてしまうと、弱いですよねえ。
こういうことは理屈ではないので、反論するのは難しいですね。しっかりした大相撲の知識が必要になってきます。内舘牧子さんみたいに大学院で学ぼうという根性は立派なものですね

投稿: robita | 2013年8月20日 (火) 14時54分

…ワタシね、つい先日まで勘違い、というかアバウトに理解していたことがあったのです。
先の戦争で戦犯に問われた人について、A級戦犯、B級戦犯という表現をしますよね。A級先般はB級戦犯よりも悪いこと(重い罪を)犯した人、という理解を、ぼんやりとしていました。だから、靖国にA級戦犯が合祀してあるから参拝は止しておこう、と長らく思っていた一人です(今年の3月に後学のために初めて行ってきました)。
先日の「たかじん…」で、東京裁判を取り上げていたのですが、A級戦犯は「平和に対する罪」を犯した者を指しており、残虐な行為について罰するB級とは、程度の差ではなく、質そのものが違うのだと、初めて知りました。
で、その「平和に対する罪」というのが、戦争時にはそもそも法律としてなくて、後になって出来た条例に基づいて処罰されたのだそうです。東京裁判の11人の裁判官で、本来裁判の専門家はインドのパール判事一人だけで、彼は、罰する法律がないのだから、全員無罪を主張したのだそうです。後からできた条例での処罰を受け入れざるを得なかったのは、戦勝国側が執り行った裁判だったから、とのこと。
裁判であるからには公正中立に執り行われるべきなのに、戦勝国アメリカの意向が色濃く出ていたものだ、と。
ニュース映像などでぼんやり目にしたことがある東京裁判ですが、目からウロコ、というか、この歳で少し知りえたことはよかったな、と思いました。
長々書いてごめんなさい。自分のとこに書けばいいものを。

投稿: 街中の案山子 | 2013年8月21日 (水) 12時54分

★街中の案山子さん

「級」という訳し方が良くないのでしょうかね。罪の軽重だと理解している人は多いようです。私も以前そうでした。
A級については、戦争を計画し、開始命令を出した罪などとなっていますから、現在の感覚で考えると、戦争を起こしたことに対する責任、つまり重いといえば重いとは思いますよね。
でも当時は戦争は国際紛争を解決する手段の一つであり、戦争はおあいこでどちらか一方が悪いということはないわけです。日本だけがとんでもない犯罪者みたいに裁かれるのは釈然としません。
今それを言っても仕方のない事ですが。

>戦争時にはそもそも法律としてなくて、後になって出来た条例に基づいて処罰されたのだそうです<

パール判事がこの「事後法の禁止」を根拠に日本無罪論を主張したので、多くの日本人が彼を尊敬し親愛の情を持ち続けていますね。

こういったことを私達は学校で教えられず、私もインターネットを通して興味を持ち、少しづつわかるようになりました。

靖国はいかがでしたか。
私は8月15日に行ったのは一回だけですが、他の機会にわりとよく行きます。用事のある場所の近くなので。
終戦の日はやはり人がすごく多いですね。

投稿: robita | 2013年8月21日 (水) 22時26分

>>広島と長崎に原爆が落とされたのは日本が悪いからだとか

私は広島出身なので、原爆の悲惨さは平均的な日本国民よりは理解しているつもりです。しかし、第二次大戦に関して「日本は悪くない」の論理には強く反対します。軍部主導の戦中レジームがいかに抑圧的だったか。思想言論の自由は一切なく欲しがりません勝つまではを強いたような国は、誰がどう見ても良い国ではありませんでした。

犠牲となった無数の市民には哀悼の意を述べるしかありませんが、窮乏する戦況を竹槍訓練で乗り切ろうとする国を相手にすれば、交戦相手も一体どうやって戦争を終わらせるかを考えざるを得ません。原爆および本土爆撃の死傷者は当時の日本政府の政策の犠牲者です。

もちろん、当時の日本も非人道的な政府なりに終戦のための出口戦略は模索していたとは思われます。少しでも日本の立場を守って終戦させたいと。これは日露戦争でのロシアがそうです。ただ、これは日本国民ではなく彼らの利益を守るために劣勢な戦争が伸びてしまいました。

いかに占領軍が宣伝しようとも、このような悪しき国のくびきから自由になれた安堵感はあったでしょう。そうでなければ、戦後の日本国民がこぞってアメリカ文化を喜んで受け入れたかどうか。

最近の中韓の対日要求から、ネトウヨを中心に日本は悪くなかった論が蔓延っています。それは極めて危険なことです。

投稿: Σ・亜歴 | 2013年8月22日 (木) 00時26分

★Σ・亜歴さん

「日本は悪くなかった」論について、「ネトウヨ」と言われる人たちがどのようなことを言っているのかつぶさには知りません。
侵略だったとか侵略ではなかったなどについては私にはっきりとした主張があるわけでもありません。
ただ、植民地争奪戦があった時代に「どこの国が悪い」も何もないだろうと思いますよ。
だから、戦争責任者は戦争の進め方や終わらせ方に関して日本国民に対する責任はあるでしょうが、戦勝国が日本を「平和に対する罪」で裁く理不尽さを日本人として覚えておかなければいけないと思います。
つまりA級戦犯と言われる人たちは日本国民に対しての罪はあるけれども、外国から責められるいわれはないということです。
恨みは水に流すとしても、経緯は知っておくべきですよね。
日本人の多くは、とっくに恨みつらみを水に流し、A級戦犯が祀られている靖国神社にお参りをするのです。

>>広島と長崎に原爆が落とされたのは日本が悪いから<<

原爆が落とされる前から、日本政府は終戦交渉をしたいと申し入れていたのに、アメリカは無視して原爆投下したんですよね。
もし「早く戦争を終わらせるため」だったら、なぜ交渉に応じず、長崎にまであんなことしたんですか。
日本が悪いのではないです。もし誰かを悪者にしたいのなら、アメリカやそれを取り巻く国際情勢を、じゃないですか。

>最近の中韓の対日要求から、ネトウヨを中心に日本は悪くなかった論が蔓延っています<

中国韓国が「南京大虐殺」や「従軍慰安婦強制連行」などの嘘を世界に広めるから、私達は怒るんじゃないですか?

いろいろな人がいろいろなことをいいますが、戦争や戦後の経緯について日本人としてこれだけは知っておかなければならいということはあるはずです。

投稿: robita | 2013年8月22日 (木) 09時49分

〈原爆が落とされる前から、日本政府は終戦交渉をしたいと申し入れていたのに、アメリカは無視して原爆投下したんですよね。〉
   ↑
さすがrobitaさん、きちんと把握していらっしゃるのですね。このことも先日しっかりと学習しました。
広島のはウラン型で長崎に落とされたのはプルトニウム型だったとか。開発していた核爆弾の脅威を試したかったという解釈。開発競争しているドイツに先んじたい、台頭してくる共産党勢力にアメリカの威力を示したい、という底意があったから、ポツダム会議前に白人の国でもなく、キリスト教国でもない日本が投下の対象国になったのだという。
戦争は血の流れる政治であり、政治は血を流さない戦争といわれるゆえんでしょう。
今、TPP交渉の最中ですが、まさしく国家間の血の流れない戦争なのでしょう。血を流す侵略や搾取から交渉で、というのは大いなる進歩、人の知恵、ですよね。

投稿: 街中の案山子 | 2013年8月23日 (金) 12時20分

★街中の案山子さん

>開発していた核爆弾の脅威を試したかった<

黄色いサルで試してやろうだなんて思ったのかな

>TPP交渉<

昨日ラジオで青山繁晴さんがアメリカ事情を語っていたのですが、アメリカの経済界ではTPPなど関心がない、という人がほとんどだそうです。
どういうことかというと、国が保護しなければ生き残れない企業(アメリカも日本も)だけが一所懸命政府に働きかけてお互いバーターで守り合おうとしているというだけのこと、だそうです。それはワシントン(オバマさんの周辺)だけで起きている政治的な事情であって国全体の経済の話ではない、と。
そんなこといくらやっても日米全体の経済発展につながるわけがない、ということを言われたそうです。
例えば自動車について言えばアメリカ人は国産車より日本車やドイツ車のほうがずっと性能が良いのを知っていて、実際それらを保有している。
もう、経済の発展は国がどうこうすればどうなるというものでなく、個々の企業がどれだけ良い物を作るか、ということにかかっているということでしょうか。
グローバリズムってこういうことなんでしょうね。

投稿: robita | 2013年8月23日 (金) 22時54分

どの記事へのコメントにすれいいのか、、、、といった内容ですが、こちらに書かせてください。
舞の海の相撲に関する話がらみで。
アメリカには野球の大リーグがありますよね。アメリカ人はサッカーよりも野球が人気で、それで大リーグにあこがれるのだと思っていました。単純に。で、野球の世界大会では、アメリカがダントツで強いのではなく、大リーグに所属している外国人選手が母国代表として参加している国が強かったりするらしいですね。
アメリカの大リーグというのは、いろんな国の強い選手がそこで活躍したい、夢を実現させたい、という「場」の提供者なのだ、と気付きました(業界の人たちには当然なことなのに、私は今頃気がついたのです)。テニスで有名なウインブルドン大会は、今年はウン十年ぶりで自国の選手が優勝しましたが、開催国がすっかりお株を取られて、そのような現象を「ウインブルドン現象」という言い方まであるそうです。
相撲にも、ウインブルドン現象、、、というと、相撲ファンは歯軋りでしょうか(ゴメン、あんまり関心がない派なのです)。
だから、相撲の将来を考える立場のひとは、このアメリカやイギリスの事業(興行)としての前例をどう捉えるか、参考になさっているでしょうね。…本当に遠い位置からの傍観者です。
分野は変わりますが、若い国アメリカは学問・研究分野についても、世界中から人材を集めるという方法を選択してコレまでの強いアメリカを達成してきたのだと、思います。どこかで見聞きした話ですが、アメリカの大学教授は母国訛りの英語で講義する、という。よそ者であっても力のあるものを評価して受け入れる、というのがアメリカの素地にあり、それが優秀な人たちをアメリカへと向かわせたのでしょう。そして、昨今の新聞に、私たちの日本の大学も、この流れを受け入れて、外国の(アジアの)優秀な学生たちに日本を目指してもらい、日本の(彼らの母国の)国力アップの方向を目指したいと、読み取れる記事を何度か目にしています。
グローバル化に立ち遅れると、それこそガラパゴス化してしまうことへの脅威でしょう。ただ「日本人であるから」の旨味部分は薄くなるかもしれませんが、日本という場でいろんな国の人が、力を発揮できる場が提供されている、そんな国にならないと、そうしないとこれからは、地盤沈下していく、という判断でしょう。

投稿: 街中の案山子 | 2013年8月25日 (日) 08時16分

★街中の案山子さん

仰ることはよくわかります。
いろいろな分野で国の障壁がなくなることを私も良いことだと思います。
私が相撲だけはそれに当てはまらないんじゃないかと思ったのは、よく言われることなんですが野球やサッカーと違って相撲は「神事」であって「スポーツ」ではない、ということなんですね。
だから、八百長(事前の打ち合わせ)があって当然の世界だったのだと思います。
体の大きさや体力において日本人に勝る外国人力士が増えると番付上位を外国人が占めることになりそうです。
それが文化の変質を招くことになりかねない、ということが制限をかける理由ではないかなと思います。
・・・と、ここまで書いて、果たしてそれは文化の変質なのか、そういうことなら歴史の中で普通に起こってきたのではないのか?と思い始めたら、外国人力士が増えることがどうしていけないのかわからなくなりました

ただ、この頃ほとんど相撲を見ないので、はっきりしたことはわかりませんが、近頃の外国人力士の相撲の取り方はどんなでしょう? 私が覚えているのは、ハワイ出身の曙関が体が大きいのにまかせて、力で押し出すだけというあまり面白くない相撲ばかりだったということです。なんかおおざっぱという感じがしました。
舞の海関が小さい体でいろいろな技を使って大きい力士をひっくり返す痛快さや、初代貴乃花(若貴のお父さん)が痩躯ながら必死に取り組む姿が人気がありましたよね。
まあ、これも判官贔屓の日本人ならではの見方なのでしょうか。

日本人でも外国人でも新弟子になれば同じように大相撲の勉強をするわけですから、相撲を廃れさせないためにももっと外国人を入れてもいいのかもしれませんね。
上のコメントくださった「名無し」さんは「ちょっと待った」と仰るかもしれませんが

投稿: robita | 2013年8月25日 (日) 15時03分

私のコメント、相撲にかこつけて、後半にポイント起きたかったのだけど、、、。相撲には、関心のない日本人です。

投稿: 街中の案山子 | 2013年8月25日 (日) 16時57分

★街中の案山子さん

>後半にポイント起きたかったのだけど<

もちろんもちろん。仰ることはよくわかります。
文科省が留学生受け入れを拡大する方針を打ち出したという報道ありましたね。
これも問題ありそうなんですが(特に中国人の場合)、でも中国政府の戦略がどうあれ、留学生に一定期間日本に暮らしてもらって日本という国や日本人を知ってもらうのは意義があると思います。

投稿: robita | 2013年8月25日 (日) 23時29分

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