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2013年10月28日 (月)

老人の成熟が先

コラムニストの天野祐吉氏が亡くなった。

この人の書く文章は非常に面白いものもあって、朝日新聞をとっていた頃は、「CM天気図」というコラムを愛読していた。

一方で、そのピュア過ぎる考え方に疑問を感じることも多く、朝日新聞の購読をやめると同時に、氏の書く文章を目にすることはほとんどなくなった。

天野氏を偲んで、左翼路線の報道番組などで「成長より成熟。経済力より文化力」といった氏の立派な思想が紹介される。

さわやかな考え方だと思うし、私も余生をそんな風に生きたい。

しかし、成熟にも文化の涵養にもカネがいらないということはない。つまりは「衣食足りて」、ということなのだ。

「大きいことはいいことだ、などと言っていたあの頃のようなイケイケドンドンの経済成長が今必要なのか」といった言葉で金儲けを蔑む社会派の人々は多い。

でもアベノミクスを歓迎する人々だって、高度成長期のようにどんどん成長するべきだなんて思っていないと思う。

新産業分野を開拓することや若い世代のチャレンジを応援することは重要だが、いったい50年前の急成長とかバブル時代のマネーゲームなどをいまさら期待する人がいるだろうか。

要するに、真面目に働いただけの報酬がちゃんと支払われ、年月とともに給料が上がり、家庭を持ったり、子供を持つ母親が働きに出ることができる、そういう当たり前の生活を国民ができるようにならなければ、成熟やら文化やらの話にはならない。

社会保障政策だけではそういう楽しげな事を言っていられる社会になりそうもないから、経済振興対策に力を入れなければならないのだと思う。

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順番に年寄りが亡くなってゆき、医療費や介護費が大幅に減り、あと20年も我慢すれば、人口の減った日本でそんなにお金が必要ではなくなるのかもしれない。

しかしその間に日本はまた大きく傷つくだろうし、「老人にお金がかからなくなる時が来るのを待つ」という生き方を20年も続けることは日本人の精神や社会を大きく変質させるのではないかと思う。

つまり下の世代にそんなことを言わせてはいけない、思わせてもいけないということだ。

団塊世代以上の高齢者が自ら「しがみつかない生き方」に自覚的になることで、それは避けられる。

国民である私たち自身が、特定の利権を守ろうとする永田町(自民党)と同じ構造になってしまっては恥ずかしい。

私たちはよく「命を捧げて国の礎となった父祖たち」と、戦争の苦難を引き受けた方々の覚悟ある態度に涙する。

そんなたいそうなことではない。父祖たちの足元にも及ばないけれど、ほんの少しの我慢で国が救われるなら、ほんの少し我慢しようじゃないかという程度のことだ。ちょっと発想を変えてみようかという程度のことだ。

経済の活性化と、年寄りの矜持、この二本立てが国の衰退を防ぐんじゃないでしょうか。成熟と文化はその上に成り立つものじゃないですか、天野さん。
合掌。

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コメント

天野さんが亡くなられたのですか。私も朝日を購読していたころはCM天気図を拾い読みしていました。
彼は時々テレビに呼ばれたりして、レアな分野の人だろうに存在感あるんだなー、という印象を持ち続けていました。

robitaさん、「年月とともに給料が上がり」って、今後もあると思いますか。「仕事がより出来るようになったから給料が上がる」は判るけれど、年功で支払う時代は、右肩上がりとセットじゃないと出来ない相談、むしろ余程の特技がないかぎり頭打ちになるのだろうと思います。
産業ロボットやパソコンという画期的なアイテムが職場に導入されて以来、彼らは大いに仕事をしているわけです。だから、省力化はどんどん進む結果になったし、それらの機械の上をいく働きをする人材でないと、従来を上回る対価にはならず、パートや派遣という働き方で企業は事足りる、のが現状でしょう。役人が最低賃金をアップしようと掛け声をかけても、雇い主はギリギリをしぶしぶ支払うということになり、そうしないと雇い主は競合他社に負けてしまうのです。

我が国は大いなる借金財政で、福祉にも限度があり、高齢者も負担しよう、という流れが出てきて、そのことは良かったな、と思っています。
現在得することを優先順位の1にするのではなく、次の世代への継続性をしっかり押さえた政策を国民に説得力ある説明を添えて伝えて行ってほしいものです。

投稿: 街中の案山子 | 2013年10月28日 (月) 12時49分

★街中の案山子さん

>「年月とともに給料が上がり」って、今後もあると思いますか。<

昔のような年功序列ということでなく、真面目に努力して成果を出す、そのためには年月も必要ですよね。

>産業ロボットやパソコンという画期的なアイテムが職場に導入されて以来、彼らは大いに仕事をしているわけです。だから、省力化はどんどん進む結果になったし、それらの機械の上をいく働きをする人材でないと、従来を上回る対価にはならず、パートや派遣という働き方で企業は事足りる、のが現状でしょう。役人が最低賃金をアップしようと掛け声をかけても、雇い主はギリギリをしぶしぶ支払うということになり、そうしないと雇い主は競合他社に負けてしまうのです。<

そのことはよく指摘されますね。
こういう流れを変えようとするならば、国の統制か、あるいは企業の矜持(いわば人間愛)を求めることになってしまうと思います。
こうすれば良い、という妙案など誰も思いつかないのなら、そうするしかありません。

過酷な競争が良くない、ということで資本主義が否定され、分け合う思想が台頭し、しばらくするとそれも全然良くない事に気づき、人間社会というのはなかなか、これというシステムにたどりつかないものです。

今、産経新聞で「建国_ミッション」という小説が連載中なのですが、これがなかなか面白いのです。小泉進次郎氏がモデルと思われる主人公が新日本の建国というミッションを秘密裏に託され、仲間を集め始める。そのグループが様々なアイデアを出します。でもぶつかる大きな壁は利権構造。彼ら若手改革の志士たちの運命やいかに・・・、といったところです。

政府の産業競争力会議が減反廃止と戸別所得補償制度を抜本的に見直す議論を始めたというニュースがありました。これは安倍首相が農協利権に手を突っ込んだということですよね。できるのかどうか、凄まじい抵抗があるでしょうが、首相の本気を見た思いがします。

>現在得することを優先順位の1にするのではなく、次の世代への継続性をしっかり押さえた政策を国民に説得力ある説明を添えて伝えて行ってほしいものです。<

国庫を増やすことは喫緊の課題だと思います。それと同時に、仰るように次の世代のためにしっかりした政策を立て、それをちゃんと国民に誠心誠意説明してほしいですね。国民だって、首相の一所懸命が伝わればむやみに反対はしないでしょう。


投稿: robita | 2013年10月28日 (月) 23時21分

私ってね ↓ のような捕らえ方しないんですよ。

「私たちはよく「命を捧げて国の礎となった父祖たち」と、戦争の苦難を引き受けた方々の覚悟ある態度に涙する。

そんなたいそうなことではない。父祖たちの足元にも及ばないけれど、ほんの少しの我慢で国が救われるなら、ほんの少し我慢しようじゃないかという程度のことだ。ちょっと発想を変えてみようかという程度のことだ。」

あの時代の人たちもむ、今の時代の構成メンバーも基本的には大差はないはずだ、と。戦争に突入していく当初は、おいしいチャンスがあると動いた人たちも、当時の物語には多々出てきます。
言論の自由がなくて、戦争に行きたくないといえない世情に追い込まれていたから、命をささげる生き方が至上命令の状況だったから、ではないでしょうか。
今の私たちには、豊かさが過ぎて生ぬるい思考になってしまった部分がなきにしもあらず、としたら、そこから再度考えを深めて、各々が負担増を受け入れる、とか、そういうことであって、平和主義を望むこともありえなかった「かつて」を引き合いにだすのは、なんだかなー、と思います。

投稿: 街中の | 2013年11月 4日 (月) 03時58分

★街中の案山子さん

>戦争に突入していく当初は、おいしいチャンスがあると動いた人たちも、当時の物語には多々出てきます<

いつの時代にも、どんな事態にもそういう人たちはいるんですね。

誰も死にたくなかった、戦争になど行きたくなかった、と私も思います。
それでも、国民の義務として覚悟して出征し、死に物狂いで戦った、そういうことでしょう。
その人々の気持や当時の事情は、戦ったこともなく平和と豊かさにどっぷり浸かっている私たちにはわかりません。

>平和主義を望むこともありえなかった「かつて」を引き合いにだす<

そういうことではなく、「頑張って戦えば勝つかもしれない、そうすれば日本は発展する。自分は死ぬかもしれないが国は豊かになる。戦争が終わって生きて帰りさえすれば、平穏な日々を取り戻せる」そういった覚悟や希望はあったと思いますよ。絶望の淵に追いやられて国の命運にも未来への展望にも考えが及ばなかったとは思えないんですよ。

私たちは戦後の平和教育にしっかりと「洗脳」されてきた世代ですよね。

あれは侵略戦争だった。当時の指導者層は戦争をしたかったから国民を洗脳し、その命を軽視して戦争に駆り出した。国民は騙されてひどい目にあった。そんな風な教育です。私も長らく単純にそう思っていました。

国民生活を維持するための石油その他の資源確保だとか、ソ連の脅威への防御だとか、そういった本来の目的については何も教えられませんでした。
また、戦争に突入したのも、早期に終わらせることができなかったのも、政府とマスコミと国民感情の相乗作用がもたらす高揚によるところが大きかったことなども知りませんでした。
戦争反対も口にできず、有無を言わさず召集されたのも、そういう空気の中で日本人が自らを追い詰め自縄自縛する状況を作っていってしまったからではないでしょうか。
もちろん、陸軍の一部勢力の暴走という事情もありましたが、そういったことを抑えて戦争回避するのが指導者の役割であって、彼らの真の勇気や指導力が不足していたのかもしれません。

そういう戦争の事情はともかく、かつての人にあったあの種の「公の精神」を今の日本人が持つことは困難になってきています。

いや、あれは「公の精神」などではなく、思い込まされただけだ、と言う人もいるでしょう。
人の考え方はいろいろです。戦争に対する考え方もいろいろなので、決めつけることはできません。
実際に戦争を経験した人の中でも意見は分かれます。

ただ、戦争も経済財政危機も同じ祖国の存亡に関わる重大事であるならば、個人が引き受ける苦難、他の誰かのために受け入れる苦難について考えてみたい、そう思うだけです。

投稿: robita | 2013年11月 4日 (月) 11時11分

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