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2013年11月16日 (土)

価値観の転換は起こるか

同じ敷地内の一人暮らしの妹が、母親と住んでいた古家を壊し、一人用の小さな家に建て替えた。

家庭菜園ができるほどの土地の余裕ができた。

我が家の敷地との間に段差があるので、その高低差を緩和すべく、暇さえあれば姉妹でせっせと土運びに勤しんでいる。
夫は腰痛持ちだし、土や虫の類が苦手な人なので手伝いは期待できない。

かなり平らになってきた。見よ、女の底力。
畑でできた作物で家族の毎日のおかずが賄えるぐらいになるといいのだが。
きゅうり、トマト、ゴーヤなど、放っておいても勝手に生ってくれるようなものなら多少作ったことはあるが、もっと成りの良いものや種類も多くとなると丹精込めなければならない。頑張ろう。

近年農業に関心を持つ人が増えてきた。家庭菜園から本格的農業まで、よくテレビで紹介される元芸能人などの畑仕事もプロフェッショナルだ。

その誰もが作物を育てることの楽しさや収穫した野菜の美味しさを実に満足気に語る。日々食べるものを自分の手で作り上げるという人間の原点を知る自信に満ちあふれている。

本屋で何気なく手にとった「里山資本主義」。
冒頭の「なにも、便利な都会暮らしを捨て、昔ながらの田舎暮らしをしなさいというのではない。『ブータンみたいな幸せ』を押しつけようというのでもない。ひょっとすると、生活の中身はそれほど変わらないのかもしれない。しかし本質は『革命的に』転換されるのだ。」という一文に興味が湧いて読んでみた。

里山資本主義とは、地域内で経済を循環させる、ということのようだ。

よくわからない点もある。

木材ペレットを燃料にする木質バイオマスで地域のエネルギーを自給自足する話は、ずいぶん前にドイツの実例を聞いたことがある。
木造建築を増やし、製材が盛んになればペレットの原料となるおが屑や樹の皮などが大量に出るという。
優れた集成材が鉄骨よりずっと火事に強いというのは以前から聞いている(地震にも強いらしい)。
「里山資本主義が語るエネルギー問題は、『自然エネルギーに切り替えて脱原発を実現しよう』といった、よくある話ではない」というが、木を燃やすだけで現代人が困らないだけのエネルギーが供給できるものだろうか。
日本人の大好きなネオンやイルミネーションは今まで通り楽しむことができるのだろうか。

地域で採れる果実でジャムを作ったり地元の採れたて野菜を使ってレストランを開いて好評だという話も紹介されている。

要するに、マネー資本主義を反省して、田舎で採れるものを使って地域で金の流れをつくる、というのが「里山資本主義」というらしいのだが、それを実践している地域をNHK広島取材班のスタッフがいくつか取材している。
「地方は宝の山だ」、「高齢者も働く場所を見つけて皆生き生きしている」、「温かい絆社会」、「田舎は素晴らしい」と自然と人情いっぱいの田舎を賛美する文章が続く。

しかし「自然に帰れ」という話なら、何も目新しいことではないんじゃないかと思った。

田舎は田舎でそういう産業を起こして頑張るのはおおいに賛成なのだが、都会に住む人間にそのような生活を営むことは難しいし、また、敢えてそういう生活をしたくないのが都会に住む理由の一つでもあると思う。

地域内で経済を回す、ということは地域外にはお金を出さない、よそ者には儲けさせないといった閉鎖性を感じるのだが、そういうことではないのだろうか。

「革命的な転換」とは何なのだろうか。都会は今までのままで、田舎さえ頑張れば日本中が革命的な転換を起こすのだろうか。そうした動きが広がって安定することが大事なのだろうか。

中に一章だけ日本総合研究所員の藻谷浩介氏の書いた部分があり、「『里山資本主義』とは、お金の循環がすべてを決するという前提で構築された『マネー資本主義』の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方だ。」とある。

ふーん、これならなんとなくわかるような気が。

もちろん、グローバル化した世界の中で引きこもるわけにはいかないから、グローバル経済に乗ることは必要だろうが、災害やら経済破綻やらでお金が役に立たなくなった時のための保険のようなシステムと考えたらいいのだろうか。

こういうシステムを全国に広げていくとあるいは国としてのGDPは下がるかもしれない。製鉄やエネルギーなど既存の産業の既得権を侵害するかもしれない。それでも日本全体の幸福のためにはこういう方向がいいのではないか、と藻谷氏は提言する。

そして、田舎に住みたくない人も少し考え方を変えて頑張っている地方の生産品を買ってみるとか、少々高くても自分の住む街でしか手に入らないものを贈答品に選ぶとか、たまには手作りしたものを贈るとかしてみてはどうだろうと提案する。

要するに、価値観を変えろということなのだ。そうでなければ国も人心も疲弊する、と。

お金だけが幸福をもたらすのではないというのはもちろんいつの世でも言われることなのだが、いわゆる「左翼的」な人々がそういうことを言っても胡散臭く感じるのは、彼らは具体的な案を示さないからではないだろうか。
そして口ではそう言いながら、気づかぬまま自分自身が電気をふんだんに使う都会生活にどっぷり浸かっているからではないだろうか。

あくまでも今までのようにお金を儲けて華やかな使い方をしたいという人はそれを続けてもいいとは思うが、サブシステムとして地産地消の体制をしっかりと構築しておくことは必要だと思う。

そして地方に働く場所ができれば、そこに住みたい人だって増えるだろう。

田舎に住みたくない人も「里山資本主義」を理解し、その発展のためにどんな協力ができるのか、それを考えるだけでもとても意味のあることではないか。

この「価値観の転換」をどうやって国民に促すか。それには教育が必要だろうと思うのだ。
しかしその教育は国が主導するものではもちろんない。GDPが下がったり既得権を侵害するような考え方への転換を国が奨励するわけがない。

そこで、登場するのが産経新聞連載中の「ミッション_建国」に描かれるIT塾である、と勝手に関連づけてみる。

小説はこうだ:

貧困から抜け出すためには高い教育を受ける必要がある。
学校外の教育(塾)のための費用が出せるか出せないかで、貧富の差が大きくなる。
インターネットを活用すれば塾に通わせる余裕のない家庭の子供も受験に必要な学力を格安で身につけることができる。
小説の主人公の政治家、甲斐孝輔と、ITベンチャーの雄、クロコディアン社を経営する多田野英明との会話からこの民間によるオンライン塾構想が醸成される。

そこで私は考える。
貧困から抜け出すための良質の教育をネットで提供することができるなら、日本という国の方向性について師弟ともに学ぶネット私塾ができたっていいのではないか。

そうだ、これぞ時代の大きな変革期に出現した私塾の再来だ。

そういえば、何年も前にタイトルに惹かれて買い、読まないままの「私塾のすすめ」という本があったのを思い出した。
斎藤孝と梅田望夫両氏の対談だが、パラパラとめくってみると、こんなやりとりがある。

«毎日ブログを書いていて30年たったときに、「あの人はネット上で私塾を開いた初めての人だったんだった」とか言われたいですね。»
«たしかにネットが将来、「私塾」としてみられることになるかもしれないというのは、わかります»

学者、評論家、政治家などの多くがネットで毎日のようにブログなどで発信しネット内に情報があふれている現在、その中で私塾として発展していくものがあるのか、あるいはやはり、国を想う志の高いIT企業がきちんとした講座を用意するのがいいのか、どんな形になるのかわからないが、ネットであれば誰でも参加できる。
松下政経塾のようなハードルの高いエリート養成学校である必要はない。

平成の松下村塾や慶應義塾が出現するだろうか。それともネット空間はすでにそのような場所になっているのだろうか。

それはともかく、我が家では小さな菜園を耕すことのできる土地ができた。
ありがたいことである。
庭の片隅に煮炊きのできる場所でも設けようか。

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コメント

家庭菜園始められるのですか。土いじりは楽しいですよ(私は花で、夫が菜園です)。
我が家は一面では地産地消の最たるもの(自給自足)を実施しています(笑)。
今年は、バラのためならとコガネムシの幼虫を足で踏み潰すようになりました。変われば変わるものです。

投稿: 街中の案山子 | 2013年11月17日 (日) 10時10分

★街中の案山子さん

>土いじりは楽しいですよ<

草むしりも楽しいですね。地面から何か体に良いものが出てくるのかしら。
いつも街中の案山子さんやkayoさんのブログで土いじりの様子を読んで羨ましく思っています。
うちは土作りから始めないといけませんが、掘り返すと瓦礫と石だらけで取り除くのが大変です。それでも家の中の片付けより好きです(笑)
>地産地消<
自分で野菜を作る人があまり増えると八百屋さんが困りますね(笑)
コガネムシの幼虫はバラを食べるんですか。

投稿: robita | 2013年11月17日 (日) 22時29分

「土作りから始めないと」
   ↑
ウチもそうでした。
園芸店に行く度に、培養土10袋買っていました。コレまでに150袋は購入していると思います。トラックで土を入れてもらったら、とアドバイスをしてくれる人が何人かいましたが、どこの誰に頼むのかも判らず、せっせと土袋運びそしてレンガ運びをして、その勲章が膝痛です。トホホ

「八百屋さんが困りますね」
   ↑
そうかも。でも農業資材屋さんはお客が増えます。笑
昨日の夫が持ち帰った作物は、サツマイモ、里芋、しょうが、山芋、ダイコン、人参 です。
2人家族です。さてどう調理しようか、なのです。
昨日は安納芋で干し芋を作りました。
robitaさん、草むしりが楽しいって、菜園主として緒につきましたね。笑

投稿: 街中の案山子 | 2013年11月18日 (月) 07時09分

★街中の案山子さん

>コレまでに150袋は購入していると思います<

それはすごい量ですね。覚悟しないと。腰痛には気をつけます。

>でも農業資材屋さんはお客が増えます。笑<

そうですね。成長産業は時々交代するのがいいですね。

>昨日の夫が持ち帰った作物は、サツマイモ、里芋、しょうが、山芋、ダイコン、人参 です。
2人家族です。さてどう調理しようか、なのです。<

加工して商売するとか(笑)。 干し芋、売れませんかね。

草むしり、好きといっても、庭は相変わらず茫々のままですが、地面にしゃがんで草を抜いていると頭が無になってなんかすっきりするんですね。
やはり、土や植物の匂いとか太陽光が体に良いような気がします。

投稿: robita | 2013年11月18日 (月) 10時07分

「加工して商売するとか」ではなく、喜んでもらえるなら配る、という発想です。「無農薬でウレシイ」というのがお駄賃です。これも価値観の転換!かな(笑)。…道楽の類です。
土の中で孵化したコガネムシの幼虫は、バラの根っこを食い尽くして枯れさせるのです。まだはじめたばかりで大した被害を受けていませんが殺虫剤を使いたくないので、見つけるごとにやっつけるのです。ヨトウムシ(根切り虫)も、育った花苗の根元を切ってしまうので、必死に土の中をほじくってやっつけます。robitaさんも無農薬で育てられるのでしたら、病気や害虫対策大変ですよ。

投稿: 街中の案山子 | 2013年11月19日 (火) 06時52分

★街中の案山子さん

「おすそ分けして喜んでもらう」のもとても素敵ですが、「里山資本主義」の中に、食べきれないほど収穫した野菜のほとんどを腐らせてしまう高齢者が結構いることに気づき、地域の福祉施設で活用する発想が生まれ、食材費を大幅に抑え、地域内でのお金の流れを作る、という話があります。大規模な物流システムから独立したところで地域経済を発展させるという話です。
お年寄りのささやかな新ビジネスもなかなか素敵ですよね。

コガネムシの幼虫は根を食べるんですか。憎らしいこと(笑)

私も農薬は使いたくないと思っているのですが、無農薬だと虫を寄せ付けないために野菜自ら毒を出すようになる、という問題は解決したのですか?
あるいはでたらめの情報なんでしょうか。
いずれにしても、根気強い手作業が重要になりますね。

投稿: robita | 2013年11月19日 (火) 11時02分

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