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2014年6月 1日 (日)

「言葉」を怖がる日本人

ある講演会で、自主憲法制定についての話が出ました。

戦後70年現行憲法の下に日本は発展してきたのだから今さら自主憲法などとんでもない、という話です。

講演者は、「自主憲法制定は現行憲法の全否定ということです。今の憲法には『主権在民、基本的人権の尊重、平和主義』という立派な三大原則があります。戦後できた憲法を破棄するということは東京裁判まで否定するということになってしまいますよ。歴史修正主義ですよ。保守政治家の中でも極右以外自主憲法を言う人はいません。」と言います。

ちょっと待ってくださいよ。

自主憲法制定ってそういうことじゃないと思うんですけど。

そもそも「憲法改正」と「自主憲法制定」との違いは何か。

「憲法改正」は、その時々の事情に応じて条項を書き換える、という部分変更で、「自主憲法制定」は、その名のとおり自分たちの手で自分たちのものを作るということですね。

自主憲法制定の考えの背景には「今の憲法は占領軍の思惑の下にできたものなので、日本人自身の手で国民の憲法を作りたい」という願いがあります。

それはもっともなことだと私は思いますが、「自主憲法制定とは現憲法の全否定である」などと説明されると、普通の国民は「えっ、平和憲法を否定するの? 国民主権じゃなくなるの?」、「あー、だめだめ、そんな恐ろしいことはしてはだめ」と思ってしまうのではないでしょうか。

自主憲法を作っても現行憲法とそんなに中身が変わるわけがないですよね。憲法ってそんなものじゃないですか。

平和を追求するし、人権は守るし、主権は国民にあるし、近代民主主義国家においては、まあだいたい、どこの国も同じような憲法を定めているでしょう。そんな突拍子もない恐ろしい憲法なんてあり得ません。

自主憲法制定すると東京裁判を否定することになる、ってその理屈がわかりません。

そりゃあ、世の中には「東京裁判をやり直して屈辱を晴らさねばどうにも腹の虫が治まらぬ」というかたがたがいらっしゃるのでしょうが、そんな過激な思想に与する必要がどこにあるのでしょうか。

東京裁判はたしかに不当で不愉快な裁判だけれども、今さらそこまで戻ってどうするの。その不当性については知識として持っていればいいことだと思います。

「街で見かけるスピーカーのついた黒い車(右翼街宣車)のボディに『自主憲法制定』って書いてありますね。もうあれは(特殊な)固有名詞になっています。」と講演者は言って拒否感を表明するのですが、それはもうその「言葉」を嫌がってるというだけのことじゃないんでしょうか。「ああいう怖い人たち」が使う危険な言葉だからと。

≪自民党憲法改正草案 Q&A≫より: 

「現行憲法は、連合国軍の占領下において、同司令部が指示した草案を基に、その了解の範囲において制定されたものです。日本国の主権が制限された中で制定された憲法には、国民の自由な意思が反映されていないと考えます。そして、実際の規定においても、自衛権の否定ともとられかねない9条の規定など、多くの問題を有しています」


「憲法改正草案」となっていますが、これは自主憲法制定草案と同じことじゃないでしょうか? 

それとも無知な私が何か勘違いをしているのでしょうか? どなたか教えてくださいませ。

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コメント

現行憲法を経典の如くありがたがるおかしな人達はおいといて、左右問わず現行憲法の部分改正及びそこから派生する法律改正を絶対反対とする人は少ないと思います。(左の人が好みそうな天皇排除や、自衛権の完全否定を盛り込む事だって立派な改正)
護憲派もそうですが、自民党や石原氏達の感性がずれているのは、憲法改正=現行憲法を全部変える事であると思い込んでいる点でしょう。
まあ部分改正やらなんやらだと議論に耐えられず有権者を騙しにくいと言う側面もあるんでしょうけど。

投稿: 仮)山田二郎 | 2014年6月 4日 (水) 22時55分

★仮)山田二郎さん

>自民党や石原氏達の感性がずれているのは、憲法改正=現行憲法を全部変える事であると思い込んでいる点でしょう。<

彼らが何をどう思い込んでいるか知りませんが、現行憲法を全部変えるのならそれは自主憲法制定ということになると思います。
自主憲法というのは、占領憲法でない自分たちの憲法を作るということですよね。
自分たち、つまり日本人の手で自主的に作るということですよね。
それは現行憲法をいったん白紙に戻して新しく作るということじゃないのでしょうか。
そのことがなぜそんなに難しい事と思われ、右翼イデオロギーと非難されなければいけないのか、さっぱりわからないので私はこの記事を書きました。

新しく作り変えたとしても「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義」という基本が否定されるわけがないですし、中身は大筋でそんなに変わらないんじゃないでしょうか。
ただ、「日本人の手で作る」ということに大きな意味があると思います。

自主憲法制定=東京裁判の否定なんですか? まあ、石原さんは東京裁判に相当恨みがあるようですね。
その気持ちはよーくわかりますが、戦後の国際秩序をひっくり返そうなんてことは私は反対ですし、そんなことを考えている過激な人はごく少数なんじゃないでしょうか。

投稿: robita | 2014年6月 5日 (木) 10時42分

ところがですね。
自主憲法制定と言う事になれば、発議や改憲の縛りとなる国民投票すら実施する必要もなく、robitaさまが懸念される「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義」の項目も事実上の棚上げ(付帯条件付)とする事も可能なんですよ。(個人的には付帯条件付で棚上げしないと普通の国として成り立たないと考えてますけど)
極端な話、ある程度の正当性(与党が国会議員を一定以上抑え)を得て実力集団を抑えておけば、多少の混乱はあっても、現憲法を破棄して新憲法で今後いくからと言うだけで新憲法に移れますから。(軍と警察官僚を抱き込んでおけば民間に武器もなければ使用方法も知らない日本みたいな状態では反抗は不可能です)
なもんで、自分としては、いくらまだるっこしくても橋下氏達が主張するような、あくまで現行憲法の枠内での改定を支持しなきゃ仕方ないと考えてます。

投稿: 仮)山田二郎 | 2014年6月 5日 (木) 14時52分

ついでに指摘しときますが、建て前上は現憲法も日本人の手で作られ日本人が選んだものです。(許可を出したのはGHQですが…)

投稿: 仮)山田二郎 | 2014年6月 5日 (木) 19時50分

★仮)山田二郎さん

>発議や改憲の縛りとなる国民投票すら実施する必要もなく<

あー、そういうことなんですか。 

>「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義」の項目も事実上の棚上げ(付帯条件付)とする事も可能なんですよ。(個人的には付帯条件付で棚上げしないと普通の国として成り立たないと考えてますけど)<

その項目を基本原則として取り入れないこともありうるということですか?
付帯条件付って何ですか。

>ある程度の正当性(与党が国会議員を一定以上抑え)を得て実力集団を抑えておけば、多少の混乱はあっても、現憲法を破棄して新憲法で今後いくからと言うだけで新憲法に移れますから。<

日本の政治家を見渡してみても革命を目論んでいる人などいないでしょうし、普通に考えて常識的で平和的な憲法ができあがるんじゃないでしょうか。
第一、日本で最も強い権力を持っているマスコミや大衆(つまり世論)が、納得できないような憲法であれば、草案が公開された時点で黙ってないでしょう?

といいますか、改正憲法草案はもう公開されていて、あれを自主憲法と称するわけにはいかないのでしょうか。
「建て前上は現憲法も日本人の手で作られ日本人が選んだものです」というのなら、自主憲法そのものと言えますね。

現行憲法がGHQの押し付けだったとか、いやあれは日本人が中心となって作ったものだとか、それはいったい見解の相違なのか、それとも「事実」は厳然とあるのか、私にはわかりません。

投稿: robita | 2014年6月 5日 (木) 22時29分

付帯条件ってのは、公共の福祉に反しない限りとか言ったどうとでも取れる項目を付け加える事です。

>>日本の政治家を見渡してみても革命を目論んでいる人などいないでしょうし、

全く力もなく考えも悪い意味での保守そのものですが、日本共産党は革命をあきらめてませんよw
なお私の言っている極端な行動に走る状況ですが、改正要件が国会で満たされても、微妙な国民投票結果で否決される事が続いたりするぐだぐだな状況が続いた時でしょうね。(そこに経済不況や隣国の挑発行為がタイミングよく重なり、それなりに指導力がありそうな人間がでてくればどうなるやら)

>>現行憲法がGHQの押し付けだったとか、いやあれは日本人が中心となって作ったものだとか

立場が変われば答えは変わりますからw
ただこの点に関しては、自民党の議員や与党経験者に押し付け憲法云々を言う資格はないと思います。現に、彼らはその憲法下で権力を与えられてきたのに加え、全くと言ってよいほど現憲法破棄も含む改憲をしようとしてきませんでしたから。

投稿: 仮)山田二郎 | 2014年6月 5日 (木) 23時50分

★仮)山田二郎さん

>どうとでも取れる項目を付け加える事です。<

わかりました。

>日本共産党は革命をあきらめてませんよw<

面白いですね。

>そこに経済不況や隣国の挑発行為がタイミングよく重なり、それなりに指導力がありそうな人間がでてくればどうなるやら<

愛国心が高まり国が右傾化する原因としてそういうことがよく言われますよね。
しかし、ここが戦前と戦後の日本人のメンタリティの違いだと思うのですが、こっぴどく負けて「もう二度とあんな辛い思いはしたくない」という日本人の強い思いは格別なものですよね。
「絶対に武力行使はしてはならない。話せばわかる」といった精神論的な戦後日本人の独特の心の有様は(護憲派は喜んじゃうと思いますが)憲法9条の刷り込みのおかげでしょう。
そういう日本人ですから、立派な新憲法ができるでしょうし、悪漢を退治するための国際協力も立派に果たせるでしょうし、国の存立のため同盟国や近隣諸国と協力して軍事態勢を整えることも堂々と出来るようになるんじゃないでしょうか。
同じ敗戦国のドイツはそういう点、立派に、というか普通にやってるんじゃないでしょうか。

>全くと言ってよいほど現憲法破棄も含む改憲をしようとしてきませんでしたから。<

世論が許さなかったからでは。

投稿: robita | 2014年6月 6日 (金) 23時25分

話せばわかると言うのは、戦後のメンタリティではなく昔から延々と続いてきた島国根性と言うか異文化や排他的一神教との交流が殆どなかったから培われた物ではないでしょうか?
あと国際協力ってのは悪漢退治ではなく、良くも悪くも自分達の正義の押し付けでしかありませんよ。
ちなみにドイツの真似(言論の自由及び思想信条の自由の制限)をしていれば日本はとても国際的に評価はされていたと思いますよ。
いま日本人が国際的にHENTAIのレッテルを貼られる遠因ともなっている慰安婦問題なんかも、一部の占領地で無茶をさせた極一部の慰安婦を除き、慰安婦も戦争犯罪人として徹底弾圧して、「日本人は悪くなかった悪いのは旧軍や政治屋と旧軍に協力した者達だ」って言いきっちゃえば済みますから。(悪いナチス、キレイなドイツ軍の真似)

ちなみに普段から公言してるくせに、世論が許さないから言わないやらないってのは、聴衆の受けを求めて口先で言っているだけで実は何のこだわりもないか、ただのヘタレでしかないでしょうね。

投稿: 仮)山田二郎 | 2014年6月 8日 (日) 03時45分

★仮)山田二郎さん

>話せばわかると言うのは、戦後のメンタリティではなく昔から延々と続いてきた島国根性と言うか異文化や排他的一神教との交流が殆どなかったから培われた物ではないでしょうか?<

そうですね。そういう元々の素質があった上に、「絶対に他国と争ってはならない」という戦後的雰囲気が日本人の思い込みを必要以上に強固にしているのだと思います。

>国際協力ってのは悪漢退治ではなく、良くも悪くも自分達の正義の押し付けでしかありませんよ。<

そうですね。それぞれの国の正義に、悪漢退治という建前をつけているわけです。しかし、本当の「悪漢」もいないわけではないですね。
まあこの「悪漢退治」という言い方は国連で認められている集団的自衛権を語る時、よく使われますよね。

>ちなみにドイツの真似(言論の自由及び思想信条の自由の制限)をしていれば日本はとても国際的に評価はされていたと思いますよ。<

祖国のためならある程度の統一された歴史認識が必要、ということですか。
日本では個人の自由を制限することはこの上ない悪だと信じられていますから、必然的に国家としてはうまくいかなくなるという事態が起きますよね。
日本はこういう点、特殊なのだと思いますが、世界で、例えば朝日新聞のようなスタンスの新聞が国民の多数に読まれているという国はあるんでしょうか。
ずいぶん前にこういう記事を書いたことがありますが、何も変わっていませんね。→「もしかしたら崇高な新聞」   

>ちなみに普段から公言してるくせに、世論が許さないから言わないやらないってのは、聴衆の受けを求めて口先で言っているだけで実は何のこだわりもないか、ただのヘタレでしかないでしょうね。<

そうですね。そうなると、どんなに世論に叩かれ選挙で落とされても信念を貫く強い政治家こそが真の政治家なのであれば、やっぱり民主主義というのは困ったものですねえ。
安倍首相は強い意志を持ち、支持率も高いですからどんなに反日ジャーナリズムが騒いでも貫けるはずですね。少しずつ普通の国になっていってほしいです。

投稿: robita | 2014年6月 8日 (日) 10時31分

阿部さんを支持や応援するのはともかく評価するのはまだ早いかと。
と言っても阿部さんは以前の大失敗がありますので、相当に強い政治家になっているようですが。

投稿: 仮)山田二郎 | 2014年6月 8日 (日) 15時49分

★ 仮)山田二郎さん

>評価するのはまだ早いかと。<

そうですね。第一次安倍内閣の時、冷徹になりきれずに甘いところを見せてしまいましたね。
本当に強くなっているかどうかがわかるのはこれからだと思います。

投稿: robita | 2014年6月 8日 (日) 23時36分

おはようございます。
私、コメントは残していませんが、何度か訪問しています。
タイトルの「・・・の日本人」って、ひとくくりに総括したような表現が、あおり記事が多い週刊誌的でちょっとね~、と思いました。ゴメン。
テレビが流すインタビューなどに、母親が「息子がいますので、集団的自衛権が通ると、戦争に行かなくてはならなくなるんでしょ。そんなの困ります」というのが、その後のフォローもなく流れたまんま、その反対のものも当然あるけれど、ああ、こんな風な報道がボリュームを増してきて「世論は…」という流れが出来るのだと仕組みとして学んでいます。
最近は横目で見聞きしている程度ですが、キナ臭くなっているアチコチ(クロアチアとロシアや中国とベトナム)が、平和ボケから目覚めさせてくれるのではないかと、思っています。
現憲法をどう読んでも、集団的自衛権まで拡張できないのだけれど、平和維持は一国だけでは覚束なくなっていて、信条を同じくする集団の中にいる必要はひしひしと感じます。
だから、憲法は法の法なのだけれど、憲法より大事なこととして「平和であること」がある。その「平和であり続けるための手段」として、条文から逸脱していて「問題あり」と反意を示さないでおこうという立場です。ズルイかな?苦笑


投稿: 案山子 | 2014年6月11日 (水) 10時08分

★案山子さん

>あおり記事が多い週刊誌的でちょっとね~、と思いました。<

できるだけ多くの方に読んでいただこうとこんなタイトルにしてみました
でも中身をよく考えずに言葉そのものを怖がったり有難がったりするのは日本人の特徴だと思うのです。
「集団的自衛権」「自主憲法」「放射能」・・・、有難がるほうの代表的なのが「憲法9条」という言葉じゃないでしょうか。
これは「言葉」を大事にする日本人だからなのかもしれません。言霊信仰というのもありますね。

>平和維持は一国だけでは覚束なくなっていて、信条を同じくする集団の中にいる必要はひしひしと感じます。<

同感です。やはりこの問題は抑止力の強化として考えるべきだと思います。

「解釈をするのでなく、憲法を改正するのが筋ではないか」と、今日の国会でも民主党の海江田代表が首相に迫っていましたが、それはつまり、集団的自衛権も海外での武力行使も必要だ、と認めているということですね。それなのに海江田さんは「首相は自衛隊員を危険な任務につかせるのか。死んだらどうするんだ」というようなことを言ってました。
日本の安全保障のためでなく、反対のための反対をしているだけなんだろうな、と思ってしまいます。

投稿: robita | 2014年6月11日 (水) 22時54分

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