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2014年7月 5日 (土)

どちらにしても「覚悟」の問題

集団的自衛権行使容認が閣議決定されました。

官邸前でシュプレヒコールを挙げていた反対派は、強引に決めようとする安倍首相が悪者で、その悪者に立ち向かう正義の国民との戦いという構図を作り上げていました。

 しかし、

自衛隊の武力行使の範囲を広げるということは今までより大きなリスクを抱えるということです。
だから国民の半数の反対を押し切って集団的自衛権行使容認を決める、ということは、日本のような国の指導者としては相当の覚悟が必要です。

集団的自衛権というものを世界各国では議論するまでもなく当然の権利として所持し行使しているとはいえ、戦後日本の特別な歩みを考えると、まさに大転換になるのですから。

海外での武力行使が正当防衛として可能になる。その結果、もし自衛官が負傷したり死亡したりしたらどうなるか。マスコミは「それ見たことか」と大騒ぎすることでしょう。政権は危うくなります。

中曽根内閣の時にアメリカからの機雷除去(イラン・イラク戦争)の要請を受けようとしたが、後藤田官房長官が断固として反対したので自衛隊は派遣されなかったということがありました。
これをもって後藤田氏は気骨ある政治家という評価を受けているようですが、どうなんでしょう。
アメリカの要請を断るべき、と毅然たる態度で首相に進言したという点が評価されているのでしょうか。

しかし、「武力行使を伴う自衛隊の海外派遣に国民が反対している、それでも自衛隊には行ってもらう」、という決断のほうが比べものにならないくらい勇気がいることではないのでしょうか。

時代が違い、国際情勢も違うので、中曽根内閣の時はあの対応で済んだのかもしれません。

でも今回、政府与党は強い反対を押し切ってなぜ決断したのでしょうか。

私も素人なりに考えます。

集団的自衛権行使のポイントは次の2点にあると思います。

① 日米同盟の強化

② 国際社会での責任ある態度

①については、米国だけでなく、東南アジア諸国との協力体制によって東アジア地域の安全安定を図っていくということでしょう。その責任から日本は逃げてはならないということだと思います。

②について:

日本は絶対に海外で武力行使しないのだ、そういう国なのだ、と言い張っていればそれは国民受けも良いし、自衛隊も血を流さなくても済むし、責任を取らなくても良いし、日本だけが安全地帯にいることができます。

そういうスタンスで、これからもずっと国際社会の一員として生きていくのに何の問題もないのならそうすればいいと思います。

ただ、日本は完全自立で生きているわけではないので、、エネルギー資源や農工業製品の材料となる資源などの輸入、出来た製品の輸出をしなければなりませんし、海上輸送の安全確保は不可欠です。

死ぬのはいやだからと危険なことはすべて他の国に任せ、安全になったところへ出かけていって、石油を売ってください、商売しましょう、と言い始めるのはどうなんでしょう。
いつも自分たちだけ安全圏にいて、都合の良い時だけ仲間に入ろうとする。
それでもいいじゃないかと割り切るのならいいのですが、国際的な評判を気にする日本人はいずれそれに耐えられなくなるのではないかと思います。

日本独自のスタンスを守っても一向に構わない事柄もありますが、国益につながるかどうかを長い目で見ることが大切なんじゃないでしょうか。

日本は今まで後ろめたかったのだと思います。だからアメリカの顔色を伺わざるを得ず、自立した国としての姿勢が取れなかったのでしょう。

そんなに勇ましくならなくていい、などという意見がありますが、ことさら勇ましく「日本は強いんだから手を出すとひどい目に遭わしてやる」みたいなことをわめく人はごく一部なのです。

勇ましさを前面に出して騒ぎ立てている人は普通の感覚を持った人ではないと思います。
これは「嫌韓・嫌中」の人々に見られるヒステリックな言動と同じパターンです。
これらの人々はわかっていないのか、あるいは、わざわざ問題を大きくして、その様子を楽しみたいだけの「退屈している人々」なのかもしれません。そういう人はネットにもマスコミにもいます。マスコミも面白がってそういう騒がしい人々を取り上げます。

でも、集団的自衛権行使や憲法改正に賛成している人のほとんどは、勇ましさを誇示して気持ち良くなりたいのでも、騒ぎを大きくして何らかのメリットを得ようとしているのでもなく、守りを固め、極東アジア地域の安定を図ることでなるべく穏やかな日々を過ごしたいと願っている人たちなのです。国防とはそういうことだと思います。

蟻の一穴で、ひとたび武力行使が行われると歯止めが利かなくなる、と心配する人がたくさんいます。

けれども、世界を見てみると集団的自衛権を当たり前のこととして所持している国々はどこもそんな風になっていません。

なぜ日本だけが「歯止めが利かなくなる」「どんどん戦争に突き進む」と思ってしまうのでしょうか。

それは「日本は手足を縛っておかないと何をするかわからないとんでもなく恐ろしい国だから」と日本人自身が思い込まされているからではないでしょうか。

東京裁判史観の刷り込みはものすごく根深いと思います。

最後に徴兵制について、独立総合研究所青山繁晴さんの言葉を紹介します。

≪SNSで徴兵義務のことが子供たちの間で広まっている。集団的自衛権が行使できるようになると、日本も海外の戦争に出かけていかなくてはならなくなるので一般から兵士を集めるようになる、自分たちも強制的に戦争に行かされる、と。
子供たちのネットワークを使ってでたらめを流布する卑劣な行為だ。
集団的自衛権行使可能になっても、将来憲法9条が改正されても、日本が徴兵制を取り入れるということはあり得ない。
アメリカはベトナム戦争に負けた後、徴兵制をやめた。戦争はプロでないと勝てないことを思い知ったからだ。今の戦争はハイテク化せざるを得ず、素人を集めてたった2年ほど訓練したところで何の役にも立たない。
それは世界の常識であるにもかかわらず、日本だけが第二次世界大戦時の感覚のままでいる。≫
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コメント

記事読ませていただきました。僕はダンナ目線でのブログやってます。暇つぶしにでもいらしてくれると嬉しいです

投稿: たけ | 2014年7月 6日 (日) 15時44分

★たけさん

読んでくださってありがとうございます。
たけさんはブログ始められたばかりなんですね。
これからもよろしくお願いします。

投稿: robita | 2014年7月 6日 (日) 22時54分

robitaさん、

>自衛隊の武力行使の範囲を広げるということは今までより大きなリスクを抱えるということです。<

その通りです。なにしろ自国が攻められていなくても、アメリカが攻撃されているのならば「どうめいこく」の日本はアメリカを攻撃している国に攻撃をします!ということですから、これは大きなリスクを抱えます。

>集団的自衛権というものを世界各国では議論するまでもなく当然の権利として所持し行使している<

これは寡聞にして知りませんでした。「世界各国では議論するまでもなく当然の権利として(自国が攻められているわけでもないのに他国の戦争にわざわざ介入することを)所持し行使している」のでしょうか?

>日本は絶対に海外で武力行使しないのだ、そういう国なのだ、と言い張っていればそれは国民受けも良いし、自衛隊も血を流さなくても済むし、責任を取らなくても良いし、日本だけが安全地帯にいることができます。<

70年前、時の総理大臣吉田茂が署名した日米安全保障条約ではそういうことになっています。それでいいのです。そのかわり日本側は日本各地に米軍を駐留させ、沖縄を実質的な米軍の基地化にし、思いやり予算等の財政支援(つまりは税金からの支払い)を行うことをしてきました。何度も大規模な安保反対運動があっても、日本政府は安保を持ち続けてきました。この70年間、日米安保を維持するために日本は莫大なコストを払い続けてきました。

そんなものはコストでもなんでもない。日本だけが安全地帯にいて恥ずかしいというのならば、この払い続けた莫大なコストはどうなるのでしょうか。沖縄はなんのために返還後も米軍基地の島であり続けたのでしょうか。

恥ずかしいというのならば、日本に外国の軍隊があること自体が最も恥ずかしいことです。安保そのものが恥ずかしいことなのです。しかしながら、その恥ずかしさをかみしめて吉田茂が日米安保に調印し、国土の復興を優先させたのが戦後の日本です。日本だけ安全地帯にいて恥ずかしいというのならば、憲法解釈を変えるとかいった小手先の姑息なことをせず、改憲と日米安保そのものを見直すべきです。

戦後日本に誇りを持ちましょう。恥ずかしがることなどまったくありません。


>なぜ日本だけが「歯止めが利かなくなる」「どんどん戦争に突き進む」と思ってしまうのでしょうか。<

集団的自衛権とは、アメリカが攻撃されていたら「どうめいこく」の日本はほおっておけません、アメリカを攻撃している国に日本も攻撃します!というものです。なんてったってアメリカの「どうめいこく」なんですから。というわけです。

しかしながら、では日本から攻撃をされた国の人たちはどう思うでしょうか。日本側は集団的自衛権だからやりました、日本国と日本国民を守るためにやりましたと言っても、相手の国は「ああ、集団的自衛権だから我が国を攻撃したんですね」とは思いません。「なんでなにもしていない日本から攻撃を受けるのだ!」と怒り心頭になり「日本はなにもしていないのに、我が国を攻めてきた極悪非道の国である。許すまじ!」となるのではないでしょうか。国連だって「なにもしていないのに攻撃をしてきた日本は悪い。日本を制裁してよし。」となりますよね。

このように集団的自衛権とは、相手の国に日本と戦争をする大義名分を与える大変危険なものなのです。


>でも、集団的自衛権行使や憲法改正に賛成している人のほとんどは、勇ましさを誇示して気持ち良くなりたいのでも、騒ぎを大きくして何らかのメリットを>得ようとしているのでもなく、守りを固め、極東アジア地域の安定を図ることでなるべく穏やかな日々を過ごしたいと願っている人たちなのです。<

そうなのでしょうか。集団的自衛権の行使に賛成している人の中には核兵器を持ったっていい、いや持つべきであるとすら思っている人もいるのではないでしょうか。核兵器をずらりとならべて、どおだあ!、来るならきてみろ、こっちには核兵器があるんだぞ!!と大声でどなりたいのではないでしょうか。他の国々を威圧する、威嚇をする、そうすることによってしか自国の安全や平和は保てないのだと思っているわけです。北朝鮮と同じです。


>国益につながるかどうかを長い目で見ることが大切なんじゃないでしょうか。<

その通り。国益を考えましょう!

自分たちを攻撃する国と戦う。当然ですよね。これが個別的自衛権です。個別的自衛権で充分なのです。集団的自衛権はいりません。

本来、個別的自衛権で充分なのに、なぜ集団的自衛権が必要なのでしょうか。

これは安倍晋三さんが自衛隊に米軍の下請け作業をやらせたいと思っているからです。そうするのがアメリカにとって良かれと思っているからです。これは中国にとって良かれと思って反日をやっている韓国の朴槿惠さんと同じです。その意味で安倍晋三さんと朴槿惠さんはたいへんよく似ています。どちらも自分の国は大国に従属して生きていくしかないのだと思っています。

韓国は中国と地続きで接していますし、中国が千年にわたる宗主国でしたからしかたがないのかもしれません。

しかしながら、日本国はそうした国ではありません。それがこれで良いのでしょうか。

日本国と日本国民を守るべき自衛隊に、米軍の下請けをさせるというのはどういうことなのでしょうか。

国民は反対していて、政府が(石破茂さんとかが)「必要と認む」とか言うだけの戦争に若者を送ることはやめましょう。そんなものは自衛隊が守るべきものではありません。

「日米安保は日本側も、特に沖縄のみなさんが莫大なコストを払っています。だから日本だけ安全地帯にいてもすこしも恥ずかしくありません。」
「戦後日本がアメリカがやってきた戦争に巻き込まれずに平和であったことに、平和憲法であることに誇りを持っています。」
「アメリカが勝手にやる戦争に日本がつき合う理由はまったくありません!!」
と世界に向かってきっぱりと、胸を張って堂々と言うのが日本国の指導者のあるべき姿なのではないでしょうか。

投稿: 真魚 | 2014年7月12日 (土) 01時01分

★真魚さん

>なにしろ自国が攻められていなくても、アメリカが攻撃されているのならば「どうめいこく」の日本はアメリカを攻撃している国に攻撃をします!ということですから、<

実際にはアメリカ本土が「他国」によって攻撃・侵略されることはまず考えられないし、日本がアメリカのために地球の裏側まで出向いて戦争をするということはないでしょうね。政府も明確にそれを否定していますし。
考えられるのはPKO活動の際などに同盟国やその他の国が窮地に陥っている時に傍観しない、助けるということでしょう。例えば同盟国ではありませんがこういう時、迅速に対応できれば信頼を得ることができます。

>「世界各国では議論するまでもなく当然の権利として(自国が攻められているわけでもないのに他国の戦争にわざわざ介入することを)所持し行使している」のでしょうか?<

集団的自衛権はどの国も持っているものであり、国益にかなうと判断した場合に自国の事情に鑑みて行使する権利があるということですよね。
また、国連加盟国としては、国同士の紛争やならず者に対してはみんなで協力して対処する「集団安全保障」の考え方がありますね。
「わざわざ介入する」のでなく、国益やら国際社会の一員としてやらなければならない時はやらなければならないということです。
世界の国々の国民は「集団的自衛権」なんてもの考えたことないんじゃないでしょうか。日本だけですよね、一般国民がこんなに一所懸命議論するなんて

>日本だけが安全地帯にいて恥ずかしいというのならば、この払い続けた莫大なコストはどうなるのでしょうか<

どうなるもこうなるも武力行使できないかわりに莫大なお金を払い続けてきたという事実があるだけでしょう。日本政府は色々な意味でずっと苦しかったと思いますよ。ほとんどの国民は長い間そうは思っていなかったでしょうが、周辺国事情がずいぶん変わってきて少しずつ気づいてきた、目覚めてきた、ということだと思います。

>沖縄はなんのために返還後も米軍基地の島であり続けたのでしょうか。<

米軍駐留がなければ日本はどうなっていたのかということも考えたほうがいいと思います。
返還当時は中国の経済力・軍事力はまだ未熟で手出しは控えていたのでしょうが、力をつけた今、いよいよ本腰です。
沖縄返還のあと、米国に撤退してもらったとしても、中国の脅威がある以上、フィリピンのように結局は帰ってきてもらうしかなくなるでしょう。

>憲法解釈を変えるとかいった小手先の姑息なこと<

戦後日本は憲法解釈の変更の繰り返しでしたよね。その時、「憲法を変えるべきだ」という声は護憲派から上がったのでしょうか。

>「なんでなにもしていない日本から攻撃を受けるのだ!」と怒り心頭になり「日本はなにもしていないのに、我が国を攻めてきた極悪非道の国である。許すまじ!」となるのではないでしょうか。国連だって「なにもしていないのに攻撃をしてきた日本は悪い。日本を制裁してよし。」となりますよね。<

こんなことになると本気で思われますか。
国と国とがどのような経緯で協力し、時には牽制し合う関係になっているのか、複雑な国際情勢について世界中の国々が研究し精査している時代にそれはないでしょう。
同盟国が困っている時、援護するのは当然だと思いますし、当然そこにはリスクも生じるのです。

真魚さんの論説は全体的に印象操作的だなあと感じます。
特にこういうところ:
>核兵器をずらりとならべて、どおだあ!、来るならきてみろ、こっちには核兵器があるんだぞ!!と大声でどなりたいのではないでしょうか。他の国々を威圧する、威嚇をする、そうすることによってしか自国の安全や平和は保てないのだと思っているわけです。北朝鮮と同じです。<

抑止力というのは特別なことでもなんでもなく、戦争という大事に至らないための力の「見せつけ」であるわけで、その意味では仰るような意味に近いですが、真魚さんのこの表現はいかがなものでしょう。
そういう言い方をするから、集団的自衛権についてのまともな議論をしたこともない心優しい女性たちが「まあ、なんて乱暴なのでしょう。日本がそんな態度をするから平和を愛する諸国民の公正と信義が脅かされてしまうのですわ」と思ってしまうのではないでしょうか。

抑止力を持つことが北朝鮮と同じというなら、世界中北朝鮮だらけということになってしまいます。
まあ、アメリカとの同盟を解消するのであれば、核保有の議論は必要になってくると思いますけどね。

特に日本は中国という明らかな脅威があるわけですから、手出しさせないようにする「見せつけ」は必要なんじゃないでしょうか。
中国は南シナ海を制覇することを本気で考えていて、これは周辺諸国が重大危機に直面しているということだと思います。尖閣諸島などそのほんのとっかかりに過ぎず、目的は南シナ海を自分たちの海として支配することでしょう。
真魚さんとしては、中国だって南シナ海を制覇しなければ国の存亡に関わるからそうせざるを得ないのだ、と同情すると思いますが、中国が本当に「赤い舌」をあの地域に広げたらどうなると思いますか。
前中国大使の丹羽さんみたいに「日本は中国の属国になればいい」「経済で発展すればそれでいい」と思いますか。
国家とはお金に困らなければそれでいいというものでしょうか。それよりそもそも中国の支配下になれば経済は良くなるんでしょうか。
それともですよ。欧米各国の大企業グループが、あの植民地時代みたいに南シナ海に眠る豊富な資源に食指を伸ばしていて、中国はそういう経済的侵略から東アジアを守ろうとしているんでしょうか?まさか

昔「小さくてもキラリと光る国」をめざすべきという本を書いた政治家がいました。この人がどういうつもりでこの言葉を発したのか知りませんが、少なくとも私はこの文言だけはなかなか良いと思います。
お金だけ出して安全圏にいようとする国はキラリと光る国なんかになれないと私は思います。
スイスはその点立派ですね。
どことも同盟を結ばない。集団的自衛権も拒否。攻撃されたら自分たちだけで戦うので重武装・徴兵制を当然のことと考える。侵略には焦土作戦をもって対処する。
集団的自衛権がいらないというのであれば、これぐらいの覚悟が必要じゃないでしょうかね。

>自分たちを攻撃する国と戦う。当然ですよね。これが個別的自衛権です。個別的自衛権で充分なのです。集団的自衛権はいりません。<

「あれは個別的自衛権で対処できる」「これは警察権で対処できる」、・・・・集団的自衛権に反対する人々はそのように言います。
これは言葉にこだわっているだけで本質を見失っているのではないかと思います。
個別だろうが集団だろうが、戦争になる時はなる、という意見はどうでしょうか。→ http://blogos.com/article/89918/


>これは安倍晋三さんが自衛隊に米軍の下請け作業をやらせたいと思っているからです。そうするのがアメリカにとって良かれと思っているからです。これは中国にとって良かれと思って反日をやっている韓国の朴槿惠さんと同じです。その意味で安倍晋三さんと朴槿惠さんはたいへんよく似ています。どちらも自分の国は大国に従属して生きていくしかないのだと思っています。<

安倍さんはアメリカの属国になりたがっている・・・・、安倍さんを嫌うあまり、こういうことを言う人は結構います。
宮台真司首都大学教授などもそうですね。
アメリカのことで頭がいっぱいだからそういう風に考えてしまうんじゃないですか?
日本にとって大事なのはアメリカだけじゃありません。アメリカは大事な同盟国ですが、同盟を結んでいない他の国々との協力関係も大事ですよね。

日本だけが、日本人だけが安全である、それでいいじゃないか。・・こういう考え方の国が国際社会で毅然とした発言ができるのでしょうか。
国連は理不尽な組織です。改革、あるいはこれに替わるものを作る、そんな提案だって、発言力がなければ1ミリも動かないと思います。

日本の国際的評価が高まることは国益だと思います。
武力行使できなくたって、お金だけ出す国だと思われたって何も恥ずかしがることはない、と真魚さんは仰います。
日本がそういう国でも真魚さんは堂々としていられる人なのでしょう。
でも実際に安保理会議や国ごとの外交交渉にあたっている実務者の後ろ盾はどうなるのでしょう。


投稿: robita | 2014年7月12日 (土) 17時12分

robitaさん、

日本の国際的評価を高めるために集団的自衛権を認めるというのはおかしな話です。自衛隊は「日本の国際的評価お高め隊」(笑)ではありません。

イラク戦争の時、自衛隊は「人道復興支援」のためということでイラク南部のサマーワへ派兵しました。陸上自衛隊はサマーワで学校を建てたり、橋を架けたり、浄水装置をつけて給水活動などをしました。

しかしながら、自衛隊の本来の任務は学校を建てたり、橋を架けたりすることではありません。自衛隊の任務は日本国の防衛です。日本国民を守るために日本の国土を蹂躙する敵と戦うことです。

政府は自衛隊が本来のやるべきこととは別のことをやらせ、武器を使用することを禁じて外国の軍隊に負い目を感じさせました。イラクから帰還してきた自衛官には自殺が多いそうです。派兵先でずいぶんつらい思いをしてきたのではないでしょうか。

集団的自衛権を認めても実質的にはあまり変わらない。集団的自衛権でわーわー騒ぐことはないという意見があります(変わんないのならば、なんで集団的自衛権を認めるんだろ。個別的自衛権のままでいいじゃないと思いますが)。そもそも自衛隊は外国で戦争ができる装備を持っていません。集団的自衛権を認めてもこれまでと変わらないのならば、自衛隊の組織も装備も変わらないということになります。防衛省の予算を上げることはないのでしょう。つまり自衛隊の内容は変えず、国際貢献とやらでまたもや自衛官を海外へ送るわけです。今の政府は少ない食料と弾薬を持たせて兵隊さんを戦地へ送ったかつての日本と同じことをやろうとしています。

海上自衛隊のソマリア沖での海賊の対策部隊派遣のバカバカしさは、ちきりんさんがブログ「Chikirinの日記」で書いています。ぜひお読みください。http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090317

ようするに現地の紛争を解決するとか、地域の平和を守るとか言って政府が外国に軍隊を送るということがいかにバカバカしいことなのかということです。こんな愚かしいことに自衛隊を使わないで欲しいと思います。

今回の集団的自衛権ありの憲法解釈で政府は日米安保の内容を変えようとしています。どのように変えるのかといいますと、当然のことながら「べいぐんのしたうけさぎょうをやります」ということを追加します。追加するだけです。「日本が下請け作業をするんだから思いやり予算はカットさせて頂きます」とか「沖縄の米軍基地の半分は返してもらいます」とか言う気は安倍晋三さんにはまったくないようです。日本側の負担が大きくなるだけです。こういうところが対米従属と言われる所以です。

アメリカの国防総省のみなさんも日本の防衛省のみなさんも自衛隊に米軍の実質的な意味のある援助ができるとは思っていないし、現状の防衛省の予算ではとてもそんなことができるレベルではないのに、政治家のみなさんだけが「日本は集団的自衛権があります。アメリカを援助します(どうだ、中国!すごいだろ!)」と言っているわけです。だから宮台真司から「安倍ちゃんはバカですから」とか「安部ちゃん問題があります」と言われるのです。

戦後の日本は沖縄に米軍基地を押しつけ、福島に原発を押しつけて、平和とエネルギーの安定供給を得てきました。今度は国際貢献を自衛隊に押しつけるのでしょうか。国際貢献は自衛隊がやることではありません。自衛隊に「こくさいこうけん」とやらをやらせるのはやめましょう。自衛隊にとっても迷惑なことです。

軍事は国際貢献ではありません。自衛隊が外国でなにをしようとも日本の国際的評価が高まることはありません。国際貢献は私たち一人一人の課題なのではないでしょうか。

自衛隊がPKOに行くよりも、JICA(ジャイカ)や海外支援のNGOへの予算を増やしてボランティア派遣や国際緊急援助をもっと充実させた方がずっと日本の国際的評価が高まるのではないでしょうか。定年退職をしたお年寄りのみなさんには平成の満蒙開拓団(笑)になって中国へ行って農地開拓や技術指導をするのもいいのではないかと思います。

今でも台湾の人々は八田與一の功績を讃えています。八田與一は日本が台湾を統治していた時代に台湾の上下水道インフラやダム建設に大きな役割を果たした技術者です。八田與一の他にも台湾米(蓬莱米)の父と呼ばれている農学者の磯永吉や台湾総督府の技師であった時、台湾の糖業発展の基礎を築いた新渡戸稲造など数多くの日本人の業績が語り継がれています。また、台北市に各地に残る統治時代の建物には日本人建築家が造った見事な建築デザインのものが数多くあり、今でも使われていたり改装されて文化施設になっています。ごく普通の日本家屋でさえ、古き良き時代の日本文化を愛好する台湾の若者たちに人気があります。

戦前、日本人が一番偉いのだと中国人や朝鮮人を差別していた日本人がたくさんいました(今も同じですね)。しかしながら、その一方でアジアの各地に赴き、アジアの人々のために一緒になって汗水を流して働いた立派な日本人も数多くいました。そうした立派な日本人がいたからこそ、今日の私たちはアジアの国々から尊敬を受けています。

集団的自衛権の話のバカバカしさは、ようするに日本側の都合の話、アメリカとの同盟を強化し東アジアの平和と秩序を保ちますとか日本からの視線ばかりで、実際のところアジアの国々から日本はどのように思われているのか、アジアの中で日本はどうであるべきなのか。中国の脅威に対抗するとか言うばかりで、中国も含めたアジア全体をどうしたいのか、そうした根本的な問いかけをしていないということです。

「自衛隊が国際貢献をします。人道支援をします。ああ、日本はなんてすばらしい国なのでしょう!うつくしい国、日本!」ということを言っている政治家と人々の国を誰が尊敬するでしょうか。

投稿: 真魚 | 2014年7月16日 (水) 20時34分

★真魚さん

真魚さんは集団的自衛権反対の立場からたくさんの事柄を述べてくださいました。

項目ごとに答えるより真魚さんのように演説調にしたほうが読む人を煙にまくような効果があるのかもしれませんが、私は流れるような文章が書けないので一つ一つに対応したいと思います。

国際貢献についてですが、真魚さんの仰る経済援助活動というのはもちろんありますが、それとは別に国連加盟国には集団安全保障という「秩序を乱す勢力には協力して立ち向かう」という義務があると聞きました。
それをしなくても一向に構わない、どこからも文句は出ないというなら、やらなくてもいいんじゃないかと私も思いますよ。そうですよねえ。危険なことには誰も首を突っ込みたくないですものね。

>しかしながら、自衛隊の本来の任務は学校を建てたり、橋を架けたりすることではありません。自衛隊の任務は日本国の防衛です。日本国民を守るために日本の国土を蹂躙する敵と戦うことです。<

仰るとおりですが、集団的自衛権が行使できないので、しかたなくこういった支援活動をしたのではありませんか。

>(変わんないのならば、なんで集団的自衛権を認めるんだろ。個別的自衛権のままでいいじゃないと思いますが)<

変わらないのじゃなくて、誰かの窮地を助けることができるということですよね。

>今の政府は少ない食料と弾薬を持たせて兵隊さんを戦地へ送ったかつての日本と同じことをやろうとしています。<

ちょっと待ってください。第二次世界大戦みたいな全面戦争が起こってるわけではありませんよ。兵隊さんが世界各地に送られるなんてこと頻繁にあると思いますか。

>「日本が下請け作業をするんだから思いやり予算はカットさせて頂きます」とか「沖縄の米軍基地の半分は返してもらいます」とか言う気は安倍晋三さんにはまったくないようです。<

安倍首相ははっきりそう言いましたか。これから動かしていくことじゃないですか。

>現状の防衛省の予算ではとてもそんなことができるレベルではないのに、政治家のみなさんだけが「日本は集団的自衛権があります。アメリカを援助します(どうだ、中国!すごいだろ!)」と言っているわけです。<

(どうだ、中国!すごいだろ!)と言ってるのかどうか知りませんが、日米同盟は強化されるわけで、中国が文句を言ってるのは中国にとって都合が悪いからでしょうね。これは立派な目的の一つじゃないですか?
事実東南アジアの国々は日本が集団的自衛権を行使できるようになることを歓迎している、とニュースで聞きました。
韓国だって大統領が勘違いをしているだけで、軍部は日米韓の軍事協力は必要だとわかっているでしょう。実質反対しているのは中国だけということになります。

>だから宮台真司から「安倍ちゃんはバカですから」とか「安部ちゃん問題があります」と言われるのです。<

安倍政権というのは安倍さん個人で運営してるのではないですよね。閣僚の皆さんは内心反対なのに安倍さんがそういうから言いなりになってるんですか?
宮台真司はとにかく安倍さんが個人的に大嫌いなんです。ラジオ聞いていると息づかいからそれがすごくよくわかります。この人興奮しやすくて、右寄りといわれる人々への憎悪の念が強くて、おそらく匿名ネット上で罵詈雑言を撒き散らして吹き上がっているのはこういった類の人ではないかと思います。

>戦後の日本は沖縄に米軍基地を押しつけ、福島に原発を押しつけて、平和とエネルギーの安定供給を得てきました。<

それは迷惑な施設ですから「押しつけ」と言いたくなるのもわかりますが、それでは他にどこに「押しつけ」ればいいのでしょうか。どこかに押しつけなければ国民全体が生きていけません。
迷惑な施設を押しつけるかわりとして、補助金を出してきたのですよね。仕方のないことだと私は思います。
沖縄だって福島だって、拒否する人々もいたでしょうが、仕方がないとした人々が合意して受け入れたんですよね。

>今度は国際貢献を自衛隊に押しつけるのでしょうか<

最初に言いましたように国連の集団安全保障体制は日本には関係がないのなら、軍事に関わる国際貢献はしなくていいんじゃないでしょうか。
しかし集団で防衛しなければならない事態が起き、日本は協力を求められるかもしれません。世界には実際悪漢が存在しますから。
それを自衛隊に押しつける、というのかどうか、出来るのは自衛隊しかいませんから。

後半の立派な日本人の活動については全面的に賛成・同意します。

投稿: robita | 2014年7月16日 (水) 23時13分

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