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2014年11月14日 (金)

下山の思想ですって

「日本人は幸せなのか不幸せなのか」・・・・・よく見かける議論ですね。例えばこちら→ http://blogos.com/article/98484/ とか http://blogos.com/article/98561/

これらに対するコメントもいろいろありますが、それらもだいたいいつも同じです。

集約すれば、昔や他国に比べれば豊かで便利な生活を享受している日本人は幸せと言えるが、未来への希望がないのは不幸なことである、ということになりましょうか。

そういう当然といえば当然のことを私たちは何度も繰り返し語ってきたように思います。

国の財政がとんでもないことになっているのは事実ですが、国民がとんでもない貧困にあえいでいるなどとということもありません。

賃金が上がらない。残業代も出ない。若者はブラック企業にこきつかわれるのを余儀なくされる。結婚もできない。子供も産めない。だから将来に希望が持てない。

たぶん、全てを政治のせいにするのも的外れで、豊かさが人の価値観を多様にし、それに伴って社会構造が変化したのも大きな理由でしょう。

先進国では事情は似たようなものだと思います。

それではいったん豊かになってしまえば、高みを目指して上って行く、その生活の中に喜びを見出すなんてことはもう期待できないのでしょうか?

世界戦争か地球規模の天変地異でも起きて、いったん焼け野原にでもならなければ、人間って希望に向って歩き出すことができないのでしょうか?

いやいや、そんな大それたことを想定しなくても、貧しくなる方法なんていくらでもあります。
たとえばこういった提言を素直に受け入れることはひとつの道であると思います。→    http://blogos.com/article/98606/ (内田樹)
ロングバージョンだそうです→ http://blog.tatsuru.com/2014/11/15_0857.php

貧しさの中から希望が生まれるのであるならば、そこに戻ってみるのもなかなか良い考えと言えます。

格差があるより、みんなで平等に貧しいほうを選ぶ、と言った大学教授もいました。→ 「平等に貧しい」

さて、内田樹氏や田中優子氏らのこういった思想をどれだけ多くの人が理解し、賛同するか、そしてれを政治家に託さなければこの人たちの思い通りの世の中にはならないでしょう。

政治グループはあれこれ主張をして批判し合いますが、「こうすればより豊かになる」「いや、このやり方のほうが豊かになる」という「豊かになる方法」を論じ合っているのですよね。

しかし、原発を使わずに再生エネルギーだけで日本を豊かに保つことができないのが明らかであるならば、「格差のある社会」と「平等に貧しい社会」のどちらに住みたいかが政治の争点になってもおかしくはないと思うのです。

全員が豊かな社会というものがもう望めないのであれば、そういうことになります。

まあ、選挙などで問わなくてもそのことはもう決着済みなのではありますが。

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いつもありがとうございます → 
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似たような文章を書き続けているなと思いつつ、自分のブログ名とキーワードを検索にかければ、たちまち何年も前の類似の記事がいくつも出てきます。
過去記事の紹介ばかりしてしまいますが、年を取ればいつも同じようなことを考えているんでしょうし、世の中の出来事も結局は似たようなことの繰り返しなんでしょうね。未読の方がいらっしゃれば:

「そこそこの生活」 
「野心と努力に運がつく」  
「頓痴気」  
「悩み多き原発」 

とりあえずこんなところで。

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