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2015年1月28日 (水)

魑魅魍魎

「こんなにも許せないと心の底から思った政権はない。『ゴンゴドウダン』などと、壊れたテープレコーダーの様に繰り返し、国の内外で命を軽んじ続ける安倍政権。」
「安倍政権の存続こそ、言語道断。 本当に悲しく、やりきれない夜。眠れない。」

という共産党の池内さおり衆議院議員のツイッターでの書き込みを、志位和夫委員長が「政府が全力を挙げて取り組んでいる最中だ。今あのような形で発信することは不適切だ」とたしなめ、池内氏はツイートを削除して謝罪した、というニュースがありました。

志位さんのまともさに触れるのは今回だけではありません。

秋葉原殺傷事件の時に書いたものです。 →「彼の事情」

そのさらに一年前、「朝日新聞と共産党」(朝日新聞に関しては今となっては冗談でしかないですが)で、共産党も苦しんでいるのではないかと書きました。

共産党の議員の一人ひとりのことなどよくわかりませんが、たまにこうやってとんでもないことを言う人が出てくることで、あらためて考えさせられます。

代表である志位さんがまともであれば、党自体も国民に受け入れられるよう変わることができるような気がするのですが、そうはいかないのでしょうか。

それとも、まともなように見えるのは戦略の一環で・・・・。前回の選挙の躍進は・・・・?  うううーむ、何を信じていいやら・・・・げに恐ろしきかな、この世。

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2015年1月26日 (月)

宇宙人かゴキブリか、いや人間だ

「人質になるかもしれない、殺されるかもしれない、そういう危険性の高い地域へ自分の意志で行ったのです。覚悟はできているはずです。息子一人の命のために国の方針を変えるべきではありません」

もしこのような発言をする母親であれば、今の時代、「冷血母」だなんて言われてしまうのでしょうかね。

日本だけでなく、おそらく世界のどこにもそういう母親はいなくなってしまっただろうと思います。

子を思う本心を封じ込めて壮絶な覚悟を表明したら、テロリストがどういう行動に出るのかはわかりません。
しかし、莫大な身代金を犯人に払う、あるいはヨルダンとの関係が悪化するリスクを犯しても人質交換を無理やり頼み込む、それで一人の命が助かったとしても、それがより良いことなのかどうかもわかりません。

親日国ヨルダンを困らせるようなことをしてはならないと思いますし、テロリストを増長させるような莫大な身代金支払いにもおおいに問題があります。

以前、「体を張る」という文の中で、冒険や挑戦は若者の特権ではないか、と書きましたが、人質になって身代金を要求されるかもしれないという危険は、海とか山とか極地への冒険とは根本的に違いますね。

もちろん、救出に多大な費用と人手が必要というのは同じですが、「犯人」の存在の有無が決定的に違います。迷惑をかけるのは同じでも比較にならないほど解決は難しい。

国と個人のどちらを優先するかの問題かどうかわかりませんが、国家の命運、つまり1億2700万人の国民の命運を軽視するわけにはいきません。

手の打ちようもなく、政府は湯川遥菜さん(殺害が事実であるなら)と同じく後藤健二さんを助けることができないかもしれません。

冷酷と言われても最悪の結末を覚悟することも必要です。仕方がありません。この世は怖いところなのです。


私たち平和な国の人間には戦場の惨状やテロリストの残虐性がどんなものかわかりません。
後藤さんに死ぬ覚悟があったとしても、それをさせてくれない状況があるとしたら死ぬより残酷です。
殺してしまってはカードとして使えないから死なせてくれず、死ぬよりもっと辛い目に遭わされているのかもしれません。
テロリストの跋扈する危険地域に自由意志で行こうとする人はそういう事態も予想して覚悟しなければならないでしょう。

さて、さまざまなメディアでこの問題が論じられています。ネットなどでは誰を悪者にするかの議論が盛んです。

「二者択一の問題でなく」 で書いたことがありますが、「防犯」の問題と「罪の所在」の問題をごちゃまぜにして意見をぶつけ合ってどうなるというものではありません。

「防犯」・・・・当然、自分の意志で危険地域に入った人の責任です。
「罪の所在」・・・・当然、罪はテロリストにあります。

「防犯」に、「安倍首相が余計なことを言わなければ」というのを挙げる人もいるかもしれませんが、犯罪者への非難の意思を示すのはなにもおかしなことではありません。
ビクビクして犯罪者の機嫌を損ねないように振舞うことが既に彼らの思う壺です。

どうすれば殲滅させることができるのか。それともある程度の弱体化を図るぐらいのことしかできないのか。
どうすれば話が通じるのか。それとも話を通じさせるのは不可能な宇宙人みたいな連中なのか・・・・・。

元はといえば13年前にアメリカがイラク攻撃をしたことが間違っていた、と指摘する人は多いですが、では今どうすればいいかという提案をする人はいないようです。
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2015年1月24日 (土)

「国」と「政権」

TBSラジオの情報番組「デイキャッチ」、金曜日のコメンテーター宮台真司氏は大の安倍首相嫌いで、首相のあら捜しをして批判することを無上の悦びとする人です。政権の方針批判というよりむしろ、個人的な感情に支配されているかのようです。

昨日も「首相の中東での演説が誘拐事件を招いた」と言い、日本語の文と英語の文を興奮状態で読み上げ、「この『ISILと闘う周辺諸国を支援するために2億ドル』という『ISILと闘う』の部分が問題なんです」と何度も繰り返していました。
「外務官僚の書いた文章ですが、それをきちんとチェックできなかった安倍さんの能力の問題でもあります」と首相の責任に言及しました。声だけのラジオだからかえって必死な息遣いが伝わってきます。

たしかに、間接的にでもISISに敵対するかのような言葉を入れなければ、誘拐犯にあんな声明をさせる口実を与えなかったかもしれません。

しかし、まさに犯罪者と対峙している最中の首相に向って「やーいやーい、バカ、アホ、マヌケ」などとはやしたてるが如くの言いようのほうがよほど愚かなのではありませんか。
第一、宮台氏は、誘拐事件が起きる以前にそのことを指摘していたのでしょうか?
事後にそう思ったとしても、国益を考慮して、事件の終結まで黙っていてほしいものです。

テロリストの目的は国際社会を撹乱させることです。自分たちを敵視する国の指導者と国民の分断を画策し、指導者の方針を変えさせることです。

今日の産経新聞「産経抄」に、テロリストの思惑にまんまと乗せられている人たちのことが書かれています。→ http://www.sankei.com/column/news/150124/clm1501240003-n1.html

まさに「犯人が手をたたいて喜びそうなコメント」ですね。

安倍氏を政権からひきずりおろしたい一念の言動が犯罪者の思う壺になる、このことを、政治のプロたちがわからないのでしょうか。

これこそ、戦後日本が抱える病理というものでしょう。

特に元防衛官僚の柳沢協二氏の「(首相)本人が辞めるというのが、大きな可能性としてやってみる価値がある」という発言にはびっくりしました。

「イスラム国さま、ご気分を害されたのは手前どもの頭領のせいでごぜえやす。これこの通り懲らしめてやりましたので、どうかお許し下せえ。へへーっ」みたいなことですよね。

国際社会が一丸となって犯罪に向き合おうとしている時に、「ならず者に見つからないよう息を潜めてさえいれば日本だけは被害を受けなくて済む」と言い、自分たちが困った時は軍隊を出して助けてくれ、という態度って通用するものなんでしょうか。

何もことさら勇ましく「イスラム過激派テロリストと断固闘う!」などと宣言しようというのではないのです。

人道支援は日本ができる立派な国際貢献です。それを実行するため、時には自衛隊の出動やそれに伴う集団的自衛権も必要になってくるでしょう。

ごく常識的な国際貢献もしてはいけないというのであれば、いいとこ取りをするのはもうやめて、自給自足に徹するべきじゃないでしょうか。

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関連記事: 「体を張る」

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2015年1月18日 (日)

半可通な芸能人の「政治風刺のつもり」

日曜夕方の日本テレビ「笑点」大喜利(司会の桂歌丸の出すお題に、出演している6人の落語家が頓智のきいた答えを出す、というもの)で、三遊亭円楽が政権批判の回答をするのをよく見かけます。なんだか鬱陶しい。
現政権を批判するな、というつもりはないのですが、無粋だなあと思います。

もちろん、伝統的に芸能の世界では「お上」批判を芸の中に巧妙に盛り込むというパフォーマンスは昔から行われていたと思います。
でもそれは、自由に意見が言えず、メディアも発達していなかった時代の数少ない庶民の意思反映の場であったからではないでしょうか。
各種メディアでいくらでも発信できる今の時代に、寄席に政治を持ち込むって、そいつァ野暮ってもんでげしょ。

ひたすらバカ話で笑いたい私など、毎度バカバカしい答えを出してくれる小遊三さんのほうがよほど高尚な精神の持ち主であるように感じてしまいます。

大喜利にも台本があるとしたら、それぞれの役割があるのかもしれないし、円楽さんの答えも制作側の方針であるかもしれないけれど、いつも「現政権は独裁だ」みたいな話ばかりだと、いくら政治問題でもそれはレベルが低すぎるので、円楽さんの人間的評価にとって得なことではないんじゃないかと思います。


サザンオールスターズの桑田佳祐氏が年末コンサート(紅白歌合戦?)で政権批判のようなパフォーマンスをしたとかでネットを中心に騒ぎが大きくなりました。
集団的自衛権を批判しているとか、ちょび髭をつけることで安倍首相をヒトラーになぞらえているとか言われます。その通りたぶん桑田氏はそのつもりでそういうパフォーマンスをやったのでしょう。

でも、集団的自衛権やヒトラーに関して最低限の理解もなく、そういうことをするのであれば、自分では高尚な政権批判をしているつもりでも、恐ろしく低レベルなことであり、無知をさらけ出すみっともない行為でしかありません。

フランスのイスラム問題にも絡んで「言論の自由」が盛んに言われます。

人間は何を言ってもいいのです。自由なのです。ただし、問題になりそうなことを口にする場合は、それが世の中にどういう影響を及ぼすか、自分自身がどう評価されることになるのか、考えてからにしたほうがいいと思います。

そして言ったことの責任はすべて自分が負うのです。その覚悟があるなら何でも言ったらいいじゃないですか。

「政権批判をしてバッシングされた。この国には言論の自由がない」などと人のせいにするのでなく、なぜ批判されるのか、少しは政治を勉強してください。
理解がなければ風刺は活きません。


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2015年1月12日 (月)

人間の器

食品異物混入騒動についてはネット上のコメントなど読むと、大騒ぎの一方で冷静で常識的な人が多いのがわかります。

まとめると、今までも珍しくなかった異物混入がSNSなどの発達で祭り上げられるようになった、ということになります。

何かあるとすぐに写真を撮ってネットに載せる暇人が近年増えたというのでもなく、いつの世もこういった類の人間はいたのだろうと思います。同時にいつの世も冷静で賢明な意見を持つ人が大多数だったのだろうと思いますが、どちらの言動もネットによって広く知られるようになったと思います。

コンピューターネットワークというものがこの程度のところで治まってくれてるうちはいいのでしょうが、進化する人工知能がネットで暴走し、やがて人類を押しつぶすことになるだろうなんて予測もあるようです。

まあ今のところは、ネットの恐ろしさを語るより、食品への異物混入に対する反応を、温かみのある人間としてアナログ的に分析するのがいいんじゃないでしょうか。 こんなのいかが →「男振り」

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