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2015年2月26日 (木)

長い間言えなかった

「政権批判を自粛する今の日本の風潮はおかしい」とよく言われます。

自粛?????・・・どういうことでしょうか?

マスコミの論調を見るかぎり、安倍政権への批判でいっぱいとしか思えないのですが。

どの放送局や新聞が政権批判報道しないよう自粛しているのでしょうか?

テレビのニュースショーのほとんどが政権に批判的で、コメンテーターも言いたい放題です。

だから、例えば「報道現場に自粛の空気・・・古賀茂明氏らが訴え」という記事を読んでも、いったいこれ以上どうしたいの?としか言いようがありません。 

旗色が悪くなりつつある左翼陣営が強烈な巻き返しを図っているということでしょうか。

つまり、マスコミを除く民意が安倍政権支持もしくは右傾化(彼らの言うところの)していることに危機感を感じているからでしょう。

日本人が目覚め、まともになりつつあることが、彼らにとっては「悪いこと」なのです。

このように徒党を組んで外国人特派員に向けて、つまり海外に向けて日本政府の悪口を言う人たちがいるから、日本のことをわかりもしない外国人がこんな誤解に満ちた記事を書くのです。→「日本はアジアの次の独裁国家になるのか?」 

内田樹氏が紹介するNoa Smith氏の文章は次の言葉で締めくくられます:

≪日本はいま歴史的な転換点に立っている。
 日本にはこれまで以上に自由主義的な社会になる可能性もあるし、これまでよりずっと自由主義的でない社会になる可能性もある。
 より自由主義的な社会をめざすことこそが賢明であり、かつ道徳的な選択である。≫

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私は長い間、日本の近現代史や国のまともなあり方について自由に語りたいと思ってきました。今もそう思っています。
でも日本ではそれができませんでした。今も自由に語ることはできません。ネット上で匿名でしか語ることができません。
反日左翼が幅を利かす社会が長く続き、とてもとても窮屈でした。彼らが言論界を牛耳っていたからです。

たとえネット上だけでもまともな考えが広がりつつあることは、暗いトンネルの彼方に見える光明のようです。

後戻りさせてはなりません。反日左翼の最近の強引というか、ほとんど支離滅裂な言論を冷静にみつめましょう。

私たちは、反日リベラルという論外の思想に振り回されるのをやめ、愛国リベラルを育て、まともな右翼・左翼として切磋琢磨していく国を作らなければなりません。

その意味でなら「日本はいま歴史的な転換点に立っている」と言えるのではありませんか

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  関連記事:「共有すべき国の基礎」 
   
        「何が怖いって・・・」 

      
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2015年2月18日 (水)

地球に棲む日々

曽野綾子さんの例の記事に対する内田樹さんの批判が凄いです。→http://blogos.com/article/105880/

「曾野綾子の知性が不調なのは・・・・・、このように低調な知性の持ち主に・・・・・、個人の頭の悪いのは処罰ではなく教化の対象である。」

気に食わない人間が失言をしたので嬉々として飛びついた、という感じでしょうか。

ですから、南アのアパルトヘイトの実態を知っている曽野さんがそれを奨励するはずがないでしょ、というだけのことなのに、何を煽っているんでしょうね。ちゃんと全文読んだのでしょうか。

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昨日のTBSラジオデイキャッチで国際政治評論家の小西克哉さんが次のようなことを言っていました。

「曽野さんの文章全部読みました。たしかにアパルトヘイトを肯定するものでもないし、(日本人が読めば)そんなにひどいことを言っているとも思えない。しかし、本人は意図していないと言うが、それこそが差別なんです。住居を別々にするのがアパルトヘイトの根本思想であり、リベラルな国際世論ではこれは差別なんです。」

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うーん、国際世論ですか・・・・。国際世論とか国際常識ってつまり欧米の価値観主導で決められたものですよね。

前記事のコメント欄にも書いたのですが、欧米の差別意識を日本人の感覚で理解するのはちょっと難しいのではないかと思います。

日本人が異民族や異人種に感じるのは、主に「違和感」(つまり自分たちとは違う)でしかなく、ある意味人間として自然な感情です。
白人が有色人種に対して抱いてきたのは、蔑みや見下しだったと言っていいのではないでしょうか。

もちろん、両者ともそうでない人たちだって存在します。しかし白人による差別の長い歴史があったのは事実です。

これが彼らの心の深層にあり、だからこそ、「差別」に対する強い戒めを定めざるを得ないのだと思います。

国際社会の標準は、従うべきもののほうが多いでしょう。国際社会の秩序維持は重要です。

しかし、日本人が日本人の常識をもって自分たちで律することのできる分野にまで「国際常識に従え」とは、おかしいのではないでしょうか。

イスラム世界が国際常識とかけ離れているからといって誰もそんなこと要求しないでしょう。

今の時代、われわれは欧米標準とやらとそれ以外の民族の精神性との摩擦の中で生きています。争いに発展しないようなんとか調整するしかありません。

曽野さんの文章は日本人が読んで違和感を感じないものであったのに、特定思想の持ち主たちがわざわざ大騒ぎして海外に拡散しただけのことです。
それは「ぜひとも欧米基準のとおりにしなければならない」と焦る日本人の卑屈さの表れでもあります。しっかりしなはれ。

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2015年2月12日 (木)

to be or not to be......

作家の曽野綾子さんが産経新聞コラム「透明な歳月の光」で、「日本は労働移民を認めねばならない状況に追い込まれているが、文化や価値観の違いによる軋轢を避けるために、居住だけは民族ごとに分けたほうがいい」という趣旨の文章を寄せたら、非難の嵐が巻き起こっています。

BLOGOSでは、こちらなど→ 「曽野綾子のコラムが暗示する問題」 

アパルトヘイトを肯定するのかとか、国際問題になるぞとか、普段から曽野さんの考え方を快く思わない人々(だろうと思うのですが)が、ここぞとばかりに批判のコメントを寄せています。

でも、コラムを読むと、そんなに責められなければならない考え方だろうかと思うのです。(こんなこというと、このブログが“炎上”とやらになってしまうかな)

少なくともアパルトヘイトと同一視するのはどうかと思います。

アパルトヘイトというのは、黒人が白人の居住区域に立ち入っただけで罰せられるという完全隔離で、労働環境も賃金の格差も酷いものだったそうです。人種差別そのものだったからこそ否定されたのではなかったんでしょうか。

曽野さんは居住区を分ける「制度」を作るべきなどとはどこにも書いていません。

「人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にしたほうがいい」と書いていますが、これを「国の隔離政策が必要だ」とどうして読めるんでしょうか。

紹介している南アフリカのマンションの事情についても、文化や習慣の異なる人たちが一緒に住むと結局こういうことになる、という事例を挙げているに過ぎません。

同じ日本人でも、親兄弟であっても一緒に住まなければ仲良く付き合っていける、という例はいくらでもあります。

炎上したというツイッターを読んでみると、「ひどい、ひどい」と非難の言葉が並べられているだけで、欧州などで深刻な問題になっている移民問題と、異民族同士の共存の問題をどう考えるべきか、という議論にすらなっていません。

ドイツのメルケル首相やイギリスのキャメロン首相が「多文化主義は失敗した」と発言するに及んだのはいったいいかなる苦悩の末なのか、日本人には、治安悪化や異文化との軋轢がいかに深刻な事態であるかわからないのではないでしょうか。

かといって、移民は絶対受け入れないのか。しかし受け入れなければ労働力不足はどうするのか。

移民を受け入れるならば「住み分け」もひとつの方法ではないか。地域住民との摩擦が話し合いによって改善されないのであれば、自然に住み分けは進んでいくだろう。それがいい。

曽野さんはそういうことを言いたいのだと思います。

でも、ひとこと申し添えれば、日本人の気質その他から考えると、かの国々よりはもしかしたら何とかやっていけるかもしれない・・・と思ったりもします。

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関連記事: 『「日本的」というソフトウェア』 


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2015年2月11日 (水)

国のなりたち

建国記念日。
今日は風がないので門に掲げた日の丸ははためきませんね。
でも空が晴れ渡って春も遠くないなと思わせてくれる暖かさです。

こんな記事を読みました。→≪建国の日「知っている」2割未満≫  

何なんでしょう。何の「祝日」だかわからないで今日休んでいるのでしょうかね。

若い人ならまだしも、60歳以上でも44.3%というのは驚きです。
しかし、
これは日本の戦後教育の弊害に違いない・・・・ということではないかもしれない、と気がつきました。

きっと「日本書紀に書いてあるからといって神武天皇も2月11日も確かなものではない。誰も本当の建国の日など知るわけがない」という思いのあらわれなんでしょう。
日本人の真面目さを考えればきっとそうなのです。法律で決まっている日付を知らないわけがないのですから。

各国の建国記念日や独立記念日を見てみると、日本ほど古いのは見当たりませんし、神話を根拠としているものもないようです。

みなさん、だいたい独立とか革命で体制が確立した日を記念日としているようですね。

日本は属国になったことがなく、万世一系という柱が崩れることなく通っているので、明治維新も敗戦も「建国」に結びつける要素ではなかったのでしょうね。

日本は特殊なのです。

やはりその特殊さを国民一人ひとりが自覚しなければならないし、子供たちにしっかりと教える必要はあるでしょうね。

神話は信じられないからそんなものを記念日にしてはならないということはないと思います。

だってキリスト降誕だって世界中の人々にとって大事な記念日ですものね。

人に迷惑をかけない範囲で民族の物語をよりどころにする、・・・なかなか素敵じゃありませんか。

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     関連記事: 「旗日」
 

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2015年2月 5日 (木)

「ただ願わくば愛する日本を」

日本という国はなにものかによって操られているのかもしれない。 いや、「なにものか」などという得体の知れないものでなく、その正体は明らかと言って差し支えないでしょう。 

日本の頭を押さえつけることを自らの責務と思い込んでいる朝日新聞を始めとする左派メディアや学者・評論家たちの存在はもちろんですが、そもそもその彼らだってなにものかによって精神を支配され操られているのではないでしょうか。

最近、東京のあるキリスト教会が反日活動の拠点となっていることを知ったのですが、それだけではない、日本のいたるところにそういう勢力が蠢いているのかもしれません。

例えば弱者のために広く募金集めをしている名の知られた団体でも、収支が不透明だとか、資金の一部が「左」や「北」に流れている疑いがある、などという話を聞くことがあります。それらは本当のことなのか、あるいはまるきりのデマなのか私にはわかりません。

でももしお人好しの日本が食いものにされているとしたら、やはり日本人としてその真偽を知らなくてはなりません。

日本の富が少しずつ反日勢力に流れているくらいのことであれば「仕方がない」と思う人もいるかもしれませんが、日本人にある種の思想を植え付ける勢力が日本社会のそこかしこに巣食っているとしたら国の存亡に関わる重大問題なのですから、それらに操られないよう抵抗するのは当然のことと思います。

ただ戦争に負けたというだけで過剰な贖罪意識を70年たっても乗り越えることができない日本人。いったいどのような力が働いてそのようなことになっているのか。
日本人の頑固なまでの国家観の欠如ぶりは、「反日左翼」といわれる人々の影響を知らず知らずのうちに受けているからではないだろうか。

「深く静かに潜行せよ」でも書いたのですが、国内のこういった勢力によって刷り込みをされてしまっていることに、されるほうはもちろん、する側も無自覚なのかもしれません。

いろいろなメディアで色々な意見、特にテレビのニュースショーなどでは、「この人は日本人なのになぜこんなおかしなことを言うのだろう」と思うような人がコメンテーターとして堂々と発言するのは日常茶飯事です。

それを見ている善男善女が何の疑いもなく同調してしまうという「怖い」としか言いようのない現象が起きています。

世間は「右傾化が怖い」などと言いますが、日本を侵食する勢力の思いのままに動かされるほうがよほど怖いのですよ。


私は日本の歴史や伝統、日本人の気質を大切に思っていますし、自分が死んだ後も祖国がしっかりとした背骨を持った国として存続することを願っています。

それが、こうやってブログを書いている理由です。

専業主婦という楽しげなカテゴリに身を置き、ランキングを上げてなるべく多くの人の目にとめていただき、普通の人々に考えていただきたく応援クリックをお願いしているのも、ただひたすらこの日本が愛する日本であり続けることを切望するが故です。
            
            
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日本を守るということは、侵食勢力を声高に罵ることではありません。
「韓国と穏やかに離れよう」と言い続けていらっしゃるNIPPONIAさんの仰る通りなのです。
沢山の記事の中から例を挙げますと: http://kenohkan.seesaa.net/article/412810667.html  とか  http://kenohkan.seesaa.net/article/412592022.html

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私も「右傾化という空気の作り方」で書きましたが、あからさまな排斥行動や汚い言葉で罵倒することはかえって自らを貶め、国益を損ない、日本人全体に迷惑がかかる、ということになるのです。

毅然たる言論は必要ですが、怒鳴ったり威嚇したりの言動は全く効果がないどころか、わかってもらいたいはずの一般の人々の反感も買ってしまいます。

まずは「日本を操っている勢力がある」、このことを自覚するのが第一歩です。こんな事実も知ってほしいのです。→http://kenohkan.seesaa.net/article/413197066.html


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