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2015年4月18日 (土)

普通の国家観

よく、メディアは権力を監視する役割がある、とか、メディアはリベラルであるべき、とかいう言い方がされます。
しかし、日本のリベラルが特殊であることを考えれば、そんなに単純な言い方はできないことがわかります。

長い間、日本はいわゆる左翼言説に支配されていて、おおかたの国民が「リベラル」でありました。

政治家でも「日本は戦争中悪いこともしたが良いこともした」とか「南京大虐殺はなかった」とか「侵略戦争ではなかった」などと言おうものなら、世間(マスコミ)から総攻撃を受け、辞任を余儀なくされる大臣も何人かいました。

つまり戦勝国から「悪い国」と決め付けられたことを理不尽だとは思っておらず、ことさら自国を悪く言うのが「リベラル」だったのです。世界中にこんな国があるでしょうか?

そういう時代が長く長く続いて、ようやく、反日勢力の嘘が暴かれ始めると、反撃に出ることを正当化するために彼らは「まともさ」を「右傾化」と称して、なお国を貶めようと懸命になっています。

マスコミはリベラルであるべき、なんて言い方は日本では意味がないと思います。そもそも国の土台が割れてグラグラしているのですから。
国家というものはリベラルだろうが保守だろうが共通の土台を持つべきなのです。


昨日のTBSラジオ「デイキャッチ」で宮台真司氏が言いました:

「マスコミの中立性とは、政府批判をすることである」

はい、それは普通の国においてはほぼ間違っていないのですが、日本のマスコミや国民の多くがまだまだ戦後の刷り込みから脱しきれていない現状では、的外れな政府批判には用心しなければなりません。日本の場合「反政府」ではなく「反日」になっていることが多いからです。

少なくとも、宮台氏の言う「中立性」は、自虐的な戦後風潮を是正しようとしている現政権には当てはまりません。

自民党がNHKとテレビ朝日を呼びつけて事情聴取したそうで、「権力のメディア介入だ」「横暴だ。危険だ」と各メディアは勢いづいてここぞとばかりに批判を繰り広げています。

まあこれも、「お互い誤解があってはいけないからどういうことだったのか話を聞きたい、説明したい」、程度のことだったのかもしれませんし、放送局側も特に嫌がってる様子もないので、騒ぐほどの事でもないとは思いますが、自民党はつけ入れられるようなことをしてしまったなと思います。

増長していると思われるようなことはしないでほしいのです。


マスコミの中では、産経新聞が頑張っています。

宮台氏は、「ああいう新聞だから」と産経新聞をバカにするようなことをよく言いますが、刷り込まれた自虐史観を正そうとする当たり前のことが、なぜ嘲笑されなければいけないのでしょうか。

こういう人が反安倍を掲げてもっともらしい理屈を並べ、それをキャスター・サブキャスターが感心して聞き入っているのがラジオで流れて、どれほど多くの人が勘違いするかと思うとハラハラします。

まずは反日を払拭し、その上で堂々と政府批判をする、これが普通の国というものです。

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