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2015年6月26日 (金)

タブーを越えて

自民党の勉強会での百田尚樹氏や議員たちの発言が問題になっています。→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150626-00000006-okinawat-oki

記者たちが退出した後の懇談で、身内だけだから本音を言ってしまったのでしょうが、なぜマスコミの知るところとなったのでしょうか。

内輪だけなら、本音を言うことはよくあると思うのですが、たとえ内緒話でも言ってはいけないのでしょうか。政権についている自民党だからいけないのでしょうか。報道関係者のいないところで言ったわけだからそんなに悪いこととは思えないのですけど、違うのでしょうか。

まさか本当に自民党が「沖縄タイムズ」と「琉球新報」を潰しにかかるとは思えませんし、できません。

マスコミを懲らしめるために経団連に働きかけることもできるわけがありません。

この日本で報道の自由を規制できるはずがない。でしょ?

政府が本当にそれをすればもちろん言論弾圧になるでしょうが、一部議員の内輪話もだめなんでしょうか。私にはよくわかりません。

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沖縄の地主たちが地代で潤っているとか普天間基地ができてから周りに住宅ができ始めた云々の話ならば、ネットなどではよく言われることですが、こういうこと、堂々と表で言い合って、はっきりさせるわけにはいかないのでしょうか。裏でこそこそ言ってるだけではお互いに理解し合えないのではないでしょうか。

沖縄に関しては、触れてはいけないタブーがたくさんあって、いったい真実はどこにあるのか誰もわからないのです。いや、「沖縄の不都合な真実」(新潮新書)などを読むと、あまりに歪んでねじれた沖縄の事情を垣間見ることができます。

でも、タブーなんでしょう。誰も触れてはいけないのでしょう。はっきり本音をぶつけ合えないことなど、この世にはいくらでもありますものね。

けれども、沖縄の世論を作り上げる二つの地元新聞が偏向していて、沖縄県民の自由な思考の発展を妨げているのだとしたら、その辺りからほぐしていけば、糸口がみつかるかもしれません。

去年、公正中立な立場の八重山日報が那覇に支局を開設したと聞きましたが、まだ発行部数も少ないようですね。健闘を祈ります。

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2015年6月23日 (火)

平和への思い

安保法制は複雑で、政治家でもちゃんと理解している人は少ないなどと言われます。

それなら一般の国民にはなおさらわからないでしょう。

集団的自衛権行使のための安保法制に賛成する人たちは、ある程度理解した上で「政府に任せる」という考えなんじゃないでしょうか。

反対の人というのはどうなんでしょう。ただ「戦争は嫌だ」という感情だけで反対しているのだとしたら、ちょっと考えてみてほしいのです。

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国民的人気のあるような有名人が「安倍政権の戦争法案に断固反対!」と声を上げることがありますね。

例えば優しく美しい吉永小百合さんとか、ありがたいお話の上手な瀬戸内寂聴さんなどが旗手になれば、彼女らが大好きなおじさんおばさん達はその旗のもとに集まるでしょう。

でもいくら善意とはいえ、国防をわかっているとは思えないこの手の有名人に安易に同調すべきではないでしょう。国の命運にかかわることなのですから。

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やはり国の保全を最も真剣に考えているのは政権中枢に他なりません。

個人的な思いや都合でだとか、戦争をしたいからとか、そんなくだらない理由で政府が重大な決定をすると思ってる人はそんなに多くはないかもしれませんが、次のような事例はどうでしょうか。

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昨日のTBSラジオ「デイキャッチ」でジャーナリスト青木理氏が、砂川判決は集団的自衛権の根拠とはならない、という話をしていました。→  https://www.youtube.com/watch?v=5ir3mnZWvB0

青木氏は「地検の判決(違憲)の後、日米の密談があり、アメリカの言うなりに司法を曲げて最高裁の合憲判決に持って行った。国の主権を売り渡した」などと権力の不正を暴いたような言い方をしていますが、それは近視眼的な見方だろうと思うのです。

密談があって良かったと言うべきではないのでしょうか。
基地反対デモで暴れた活動家たちが無罪になり、少数の過激派が世論を煽るようなことになったら日米安保はどうなっていたでしょう。
現に青木氏も「翌年に安保改定を控えていたので、日米安保さえ否定されかねない事態に日米両政府があわてまくった」と言っています。まるで他人事みたいな言い方で。

アメリカと一体でなければ国を守れない現実があるからこそ、涙をのんでアメリカ主導の対策を取らざるを得なかった、ということにどうして思いを致さないのだろうかと思います。

それとも「憲法を守って国が滅びる」ことを選ぶのでしょうか。

60年安保に激しい反対運動が起きたけれど、締結されて以来日本はずっと安泰だったじゃないですか。
それが売国的で屈辱的で許せないと言うなら、どうすれば良かったと青木さんは言うのでしょうか。

彼のような左翼ジャーナリストは結局「国の存立」のことなど考えておらず、ひたすら「国家権力と断固闘う!」と叫ぶことしか頭にない永遠の学生気分の人たちなのかもしれません。

そういう人たちも自由に物を言い、それに疑義を呈する自由もある、日本はまことに良い国ですね。おまけに日本人には平和のありがたさが骨の髄まで染み込んでいます。

こういう国が引きこもっていたらもったいない。日本こそ積極的に平和に資するために、もっと力強く発言できる立場を獲得しなければなりません。
武力というものがもう昔とは違う意味を持つようになったのだと、日本人自身が気づく必要があります。・・・・・と、平和主義者の方々も本当に世界平和を願うのなら、これぐらいの意志を持たないとだめでしょ。

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2015年6月18日 (木)

進むか退くか

新国立競技場、無理な構造のため費用や工期の面で何やらとても恐ろしいことになっているようですが、どうなるのでしょうか。

仕切り直しをするべきだという声も聞かれますが、始めからやり直すのと、このまま続行するのとどっちがいいのでしょうか。

TBSラジオ「デイキャッチ」で評論家の山田五郎氏がアイデアを出しています。傾聴に値する意見ではないでしょうか。→https://www.youtube.com/watch?v=myXreN7hhQM

こちらも見直しをした方が良いという意見です。 → http://blogos.com/article/116653/

当初からこのデザインには無理があると主張してきた建築家の槙文彦氏は「今が計画を見直す最後のチャンスだ」と訴えているそうです。

大きな不安要素を抱えたまま突き進むのはとても怖いことです。

今が最後のチャンスならば、早くしたほうがいいと思うのですが、誰が決断すればいいのですか。

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2015年6月17日 (水)

「絶歌」について

長谷川豊氏が、神戸のA少年による手記についての記事の第二弾を書きました。 →  http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/44447913.html
猛烈な批判を浴びたことを受け、詳しい説明をしています。

「こういうことならわかるが、なぜそれを最初の記事に書かなかったのか」というコメントも見られます。

しかし、読んでいない人に本を紹介する時、結論や自分の感想を詳しく説明することをあえて避け、「先入観なく、まずは読んでほしい」というのは誠実な態度だと思います。

私は長谷川氏の言うことがよくわかります。

10年ほど前に同じようなこと書きました。→ 「犯罪少年の心の中」

何万人に一人生まれるかもしれない特殊な人間を、どんな家族も持ってしまうかもしれないのです。

これは、加害者やその家族を責めるだけでどうにかなるものではありません。

少年犯罪の動機というものはひとくくりにはできない、ということを私たちは理解しなければならないと思います。
長谷川さんの記事に対する激しい批判が起きたことからも、多くの人が未だそれを理解していないことがわかります。

件の私の記事の最後に、≪単独で行うあれらの異様な殺人は時代にはびこる「現代病」のような気がしてならないのです。≫と書いたのは、たぶん間違っているでしょう。
時代に関係なくその「病い」は現れるだろう、ということを今では理解しています。

被害者も加害者もものすごく可哀想だ、という気持ちは前の記事を書いた当時と少しも変わりません。

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2015年6月15日 (月)

ふるさとは地球、と胸を張る日だってきっと来る

産経新聞「正論」≪日本に浸透する中国の世論戦≫  東京国際大学教授・村井友秀)の、日本と中国の対比が興味深いです。
なんとなくこういうことだろうというのは、きっと多くの人が思っているでしょうが、こんな風に整理してくれると、とてもわかりやすいですね。

「民族主義と階級闘争という視点から日中を比較すると、中国は民族主義が強く階級闘争が弱い国である。他方、日本は民族主義が弱く階級闘争が強い国である。この構造が対日世論戦を支えている。」

つまりこういうことです:
中国では、建前上、資本家階級は打倒されて労働者による政府が樹立され、人民の敵は政府ではない。敵は国外にあり、中国は実質「民族主義国家」である。
翻って日本は、民主主義が定着しているにもかかわらず、国民は相変わらず政府を「人民の敵」とみなし、防衛体制を整えようとすると「軍国主義の復活」などといって警戒を強める。

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「打倒日本軍国主義」という一点において、中国と日本左翼勢力の目的がピタリと一致し共闘する、という構図が明らかになります。ま、共闘というより中国に利用されてるんですが。

日本の左翼は本当に「反日」なのか、それとも、こういう構図にいっさい気付かないただの御目出度き人々なのでしょうか。

職業左翼などという言い方がされるからには、彼らの反日的言動は生活を営むための仕事、つまり生業に他ならないということなのでしょうかね。ああ情けない。

ああいう人々がコメンテーターなどと称してテレビに出てもっともらしいことを喋り、純朴な人々に影響を与え続けているのでしょう。
日本は右傾化しているとか安倍政権の言論封殺云々が言われますが、とんでもない。相変わらず左翼の影響が強いと言わざるを得ないマスコミの報道ぶりです。

日本はもう少し「民族」や「国家」の観念に寛容になったほうがいいと思いますね。

大丈夫。日本人が多少それらに親和的になったとしても、国が暴走するなんてことありませんから。

もう既に世界は経済的にボーダーレスになってます。いずれ世界は一つになるんです。だからこそ今のうちに日本という依って立つ土台に自覚的になっておいたほうがいいと思いますよ。

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2015年6月10日 (水)

宝物なのか魔物なのか

「じゃあ、いったいどうしろと言うんですか」

安保法制をめぐって重箱の隅をつつくような野党の質問に安倍総理がこう逆切れしたら面白いな~って思うんですよ。

国の存立を真面目に考えてる政治家だったら、「憲法改正しかないじゃないですか!」と即答するんじゃないでしょうか。

これで憲法改正の機運が高まること請け合い(笑)

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昨日、テレビ朝日「報道ステーション」を見るともなく流してたのですが、「自分たちの都合の良いように解釈して、他の意見に聞く耳持たず・・・・」のような言葉が聞こえてきました。見るとコメンテーターの「新進気鋭の憲法学者」木村草太首都大学准教授でした。

別にこの人に限らず、安倍政権をこういう言い方で批判する人はよくいます。

「自分たちの都合の良いように」・・・・、これはどういうことなんでしょうね。
日米同盟を強化したり国際貢献や国益のために自衛隊の活動範囲を広げたりするとなぜ政権に都合がいいのでしょうか。
自衛官が国外で活動中に死亡して政権存続が危うくなるようなリスクを冒してまでやろうとすることがなぜ「
都合がいい」といった私的な欲望のためであるかのような言い方で非難されるのかわかりません。

「安倍政権の都合」とやらを具体的に説明してもらえないでしょうか。

安倍総理も覚悟を見せてほしい。

改憲を目指すなら、本当のこと、厳しいこともちゃんと正直に言うべきだと思います。
自衛官が武器を取って戦えるようになると、身を守ることもできるが、命を落とすこともあるかもしれない、と。
侵略者やその他の世界の無法者と立ち向かうということはそういうことだと。

私も最初は、安倍総理がごまかすような形で答弁をするのは仕方がないと思っていました。
なぜなら、「リスクは高まる可能性がある」などと正直に言えば、国中大騒ぎになって安保法制どころか改憲もできなくなってしまうのではないかと思ったからです。

しかし、事ここに至っては、堂々と正攻法で行くべきじゃないかと思います。
マスコミや国民は最初は大騒ぎするかもしれないけど、すぐに落ち着くんじゃないでしょうか。
とにかく我々国民が理解するほかないのです。

憲法改正には時間がかかるので、今のところはどっちみち今回の法案を通さなければならないとは思いますが。

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かくも学者を困らせ、国会を紛糾させ、国民を惑わす憲法9条とはいったい何ぞや。

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2015年6月 6日 (土)

地固め

衆議院憲法審査会で、参考人の憲法学者3人が今回の安保法制を「憲法違反」と断言したことでけっこうな騒ぎになってるみたいです。

憲法改正への追い風になって良かったんじゃないですか。

現実の防衛のことより憲法違反か否かで延々もめてる政治家さんたちがバカに見えてくるもんですから。

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2015年6月 1日 (月)

戦時中の庶民の暮らし

戦前・戦中の人々の生活について、ネガティブなことはよく見聞きします。
「見聞きする」といっても、それは実際に戦争を経験していない人々のまた聞きがほとんどで、今となっては実際の体験者の証言を聴くことはあまりなくなってしまいました。

私の亡父母は戦前戦中を大人として生きていましたが、詳しく聞きたいと思ってももういません。
なぜもっといろいろ聞いておかなかったのだろうと思うこともありますが、世に伝播されていることに疑問を持ち始めたのが遅すぎたのです。

祖父や祖母はほとんど戦争中の話をしなかった、という若い人の声を聞くこともよくあります。

下の世代からのアプローチがなかったというだけでなく、体験者も「もう終わったことだから」と割り切ったからかどうか、「戦争は悲惨だからいけない」ということは積極的に主張しても、当時の国民生活の実態や隣近所とのつきあい等を通して自分が何を思っていたかなど、具体的なことはほとんど語られていないのではないかと思います。

母の戦時体験の話を断片的に思い出すのですが、こういうのがありました:

「防火訓練めんどくさいからねえ、家のことで忙しいしお母さん行かんかったことがようあったんよ。隣組の班長が『○○さん、参加してください』ゆうてよう言いに来た。うるさかったわ」と笑いながら言うのですが、聞いてる方も笑ってしまうようなのんびりした印象でした。

地域の決まりごとをサボる適当な母と、責任者として地域活動を周知させようとする律義な班長さん、それは、地域清掃に参加しない不真面目な人や「○○さんいつも来ないわね」と困惑する真面目な人がいる今の世の中とあまり変わらないような気もします。

よくドラマなどで見る、国防婦人会のたすきをかけた怖いおばさん連中が押しかけてきて「非国民!」などと罵るなんてこと本当にあったのかなあ、なんて思います。気心の知れた近所同士の仲でそんな風に豹変するなんてちょっと不自然ではないでしょうか。

東京大学名誉教授平川祐弘氏は「日本人に生まれて、まあ良かった」(新潮新書)に、「私は戦争中も一生懸命英語を勉強しました。戦後に流布された、戦時中の日本は英語を排斥し英語教育をないがしろにしたという話は必ずしも真実ではありません。日本では戦争末期の1944年にも『研究社新英和大辞典』は2万8千部刊行されており、私はその一部を求めました。先生方も一生懸命教えてくれました。」と書いています。
これはエリート校だけのことであったかもしれないし、普通の学校ではそもそも勤労動員で授業どころではなかったのかもしれませんが。

ずっと前、コラムニストの故天野祐吉氏が言っていたのですが、「戦争中といったって市民の生活感覚なんて普段とそんなに変わらなかったよ。子供たちなんか『贅沢は敵だ』のスローガンの張り紙に『素』の一字を書き加えて『素敵』にするイタズラなんかやって面白がってたしね」

ほんとうに隣近所同士監視し合い、締め付けの厳しい社会だったのか。みんなが「戦争」という熱に浮かされ、一億総火の玉と化して人間的な感覚を失っていたのか。

物不足で不自由だったでしょうし、戦死の悲報が頻繁に届く毎日で、たしかに辛い時代ではあったけれど、人としての感覚がそれほど平時とかけ離れていたとは思えません。

戦後日本が豊かになるにつれ、「あの頃はひどかった」という記憶が知らず知らず増幅していったものか。
あるいは戦時中、日本人はみんな狂信的だった、ということにしておきたい誰かがことさら大げさに広めたものか。

前記事で引用した内田樹氏の記事の中には
≪戦争遂行の過程で、国論を統一するために、国威を高めるために、お調子者のイデオローグたちが「滅私奉公」のイデオロギーをふりまわして、静かに暮らしているひとびとの私的領域に踏み込んで騒ぎ回った≫、
≪時運に乗じて、愛国の旗印を振り回し、国難の急なるを口実に、他人をどなりつけ、脅し、いたぶった人間がいたということ、それも非常にたくさんいたということ、その害悪は「敗戦」の悲惨よりもさらに大きいものだった≫、
≪それらの戦いのすべては、それを口実に他人をどなりつけ、脅し、いたぶる人間を大量に生み出した。≫
、等々といった描写がこれでもかというぐらい並べられており、驚くべきしつこさです。

戦後生まれの内田氏がまるでリアルタイムで目撃したかのように「みんな狂っていた」とは、少し冷静さに欠けるのではないでしょうか。

日本人が魔法にかけられてボーっとしていたのは、戦時中ではなく、むしろ戦後の占領政策と左翼勢力による70年という思い込みの期間ではないかと私には思えます。

存命の戦争体験者にもさまざまな意見はあるでしょうが、できるだけ多くの証言を聞いておきたいものです。

戦後風潮の影響を受けていない人となると、少なくとも90歳以上ということになりましょうか。証言を得るのはなかなか難しそうですね。

関西に住む叔母二人、80代ですが、今度訪ねて一応聞いてみましょうかね。

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