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2015年8月 2日 (日)

総理談話

安倍首相の70年談話がどうあるべきかの議論があちこちで見られますが、そもそも「談話」っていったいなんでしょうね。

首相談話って国民に向けた首相のお話という意味じゃないかと思います。別に国際社会に向けた声明などという大げさなものではないですよね。

戦後70年の日本の歩みに関してのお話、ということならば普通に「この70年の越し方と未来」のお話されたらどうなんでしょう。

中国と韓国に対するお詫びの言葉を入れないことで批判されるのがそんなに怖いなら、「談話」なんて言葉やめて、「首相から国民へのお話」とかなんとかにして、国民の皆さんに日本の未来について語りかけるようなお話の仕方にしたらいいんじゃないですか?

戦争の抑止に努める、このことだけに確たる意志を持っていれば済むことだと思うのです。

それとも首相談話ってやっぱり中国と韓国に向けたアナウンスメントなんですか? 私にはよくわかりません。

70年談話など必要か、と疑問を投げかける人もいますが、中国と韓国に謝罪をするためならたしかにそれは必要ないでしょう。

しかし、いつまでも前の戦争こだわるのをやめて「未来について話そう」ということなら、安倍さんのような人が「国民の皆さん」と語りかけるのは大きな意味があるし、この節目しかないのです。戦後100年では安倍さんは首相ではないですから。
いつまでもペコペコしてばかりではいけない、誇りを取り戻そう、と国民が思えるようなお話をしてもらいたいのです。それができるのは今のところ安倍さんしかいません。

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今日も今日とて、関口宏の「サンデーモーニング」で、ジャーナリストの岸井成格氏が「どうも最近の政治は立憲主義への意識が希薄になっている。立憲主義とは権力が国民を縛るものではなく、国民が権力を縛るものです」と相も変わらぬ一つ覚えのコメントをしていました。

現行憲法自体に正当性がないのに、そんなことに固執する意味があるんでしょうかね?

だいたい私はこの西洋由来の「立憲主義」なるものを事あるごとに黄門さまの印籠のように掲げることに疑問を感じるのです。

もちろん、権力を監視するということは必要ですよ。でも国の秩序を守る方法はそれぞれの国の体制や歴史によって違うのではないでしょうか。憲法だって国によって多少構成の違いがあって当然だと思うのですけどね。
何でも欧米が標準だと思い込むのはよくない。

ラジオをつければ、ニュースの職人とやらを名乗る鳥越俊太郎がこれまた相も変わらず日本の「右傾化」をしきりに憂いています。(爆笑問題の日曜サンデー)
右傾化じゃないっつーの。わからん人やなあ。
どこが右傾化か具体的に言ってみなさい。絶対答えられないから。

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コメント

robitaさん、おはよーございます。

50年、60年と10年ごとに戦後談話を出す必要があるのかとか色々言われる中、敢えて発表するのはやはり意味が有るからでしょうね。敢えて発表する第一義は対外的に、第二は国内に向け、従来の認識とは違う日本の立場を示すこと。しかし首相自身の信条を露骨に表してしまうと、米中韓との大きな摩擦を生じてしまうのは必至です。多分、米議会での演説の延長線上にあるようなものになるのではないでしょうか。それでも戦後談話であるということをふまえると、中韓にとっては大問題になるでしょうね。
もうすぐ発生すとも言われている中国内での内紛、暴動の対処に利用されかねない現況が、とても心配です。

立憲主義については時代が進む中、容認されるものだと私は思っています。問題なのは「権(法)」の中身が重要だということなのではないでしょうか。本質的な国のありかた、国民に共有される固有の価値観に基づくものでなければならないと思います。
戦後、GHQによる工作を受け、大いに変容してしまった感のある日本(人)ですが、3.11の時に普通の人々によって示された行動には、まだ日本人の心の底に大事なものが残っていることが実証されました。文明はその一つだけを見ても、真の意味は分かりません。世界中を冷静に見て初めて分かるものだと思います。日本人には当たり前のことも、他の文明圏から見ると驚くべきことが有るのです。

現行憲法が終戦時にGHQに国際法に違反することが分かっていながら押し付けられたものであり、本来無効であることは、robitaさんも承知のことだと思います。中でも日本が主権国家として歩むことを放棄したような内容の9条の存在は、話にもなりません。なのに日本国憲法を平和憲法として、今年もノーベル賞候補に申請しようとしている日本人がいるなんて、悲しくなってしまいます。

とりとめのない話で長くなってしまいました。何がともあれ、この美しい日本が正しい道に戻ることを願ってやみません。

投稿: T.I. | 2015年8月 4日 (火) 06時51分

★T.I.さん

憲法解釈については、今も磯崎首相補佐官がマスコミや野党に責められ続けていますが、国会での民主党福山哲郎議員の絡みつくような攻め方が非常に不愉快です。たしかに磯崎氏の発言は弁明の余地がなく、責められれば謝罪するしかないのですが、こんなに国会でしつこく追及されるほどの大問題とは思えず、与党攻撃のネタに使われているだけなのが腹立たしく思います。
「大問題だ。憲法解釈をコロコロ変えてもかまわないと言っているのと同じだ」と攻撃する人は言いますが、日本人の良心と知性を信じるならば「コロコロ変える」なんて絶対にあり得ないと思うのですけどねえ。
自民党議員の失言がいろいろ出て問題になっていますが、安倍政権に打撃を与えることを見通せない不用意さはあるものの、すべて「この安保法案を早く通さなければ」という焦りからきているわけです。まあ、もっと気をつけてほしいとは思います。こんな発言は野党やマスコミが大喜びするのだということを念頭に置いておいてほしいですね。いくら身内の講演会といっても、いろんな人がもぐりこんでいるのでしょうから。

>3.11の時に普通の人々によって示された行動には、まだ日本人の心の底に大事なものが残っていることが実証されました。<

仰る通りだと思います。
日本人の美点は基本的なところでゆるぎないものがあると思います。よく言われる勤勉や温厚はもとより、外来ものを柔軟に受け入れる好奇心の強さとかユーモア感覚などはきっと昔から何も変わっていないのです。
ただ、憲法に関する限り、どうしようもなく頑ななんですね、GHQの洗脳工作が見事に成功してます。

外交・防衛の面で、そのことがものすごく不利に働いていることはたしかなので、反対している人々はなんとかもう少し勉強して理解してほしいと思います。

投稿: robita | 2015年8月 4日 (火) 14時18分

本当にここのところ、礒崎補佐官を糾弾するマスコミ・野党の絶対的正義には全く歯止めが効いておらず、謝罪と撤回をさせるまで暴走する様子を恐ろしく眺めています。

これだけマスコミが一辺倒だと、私も何だか萎縮してしまって、「自由にものが言えない戦前の全体主義の空気はこんなものだったのか」と直感的にわかるほどです(笑)。

まあ、岸井さんや鳥越さんに言わせれば、正しいことが正しいのは当然だから、マスコミは言論の統制をしているわけでもなく、反対意見の存在を許さないわけでもなく、国民の思想を誘導しているわけでもない、ということになりましょうか。

投稿: かめめ | 2015年8月 5日 (水) 00時12分

★かめめさん

仰るようにマスコミがああいう状態なので、日本は右傾化どころか、反安倍一色に染められているようです。まるで戦時の高揚のような印象ですね。
日本をまともな方向に戻すそうとする動きを抑えつけるかのような左翼勢力の態度はどんどん過激になっているようです。
日本人を洗脳状態のままにしておきたいとはいったいどういう精神状態なのでしょうか。
BLOGOSでこんな記事を読み、支持しました。→ http://blogos.com/article/126353/

なんとか冷静な議論をしてほしいと思います。特に「戦争法案反対」と言っている人たちは「話し合いで戦争は回避できる」と普段から主張しているわけですから、ただ「反対反対」と感情的に連呼するのでなく、落ち着いてじっくり話し合ってほしいのですが、現実には聞く耳を持たないのですから何をかいわんやです。
ヒトラーユーゲントや紅衛兵そっくりのSEALDsを後押しする大学教員がいるんですね。知識人として恥ずかしいことではないでしょうか。


投稿: robita | 2015年8月 5日 (水) 09時51分

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