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2015年8月11日 (火)

高齢世代の大事なお仕事

元ドイツ大統領ワイツゼッカーの戦後40年に際しての演説には、ホロコーストはすべてナチスの責任であるとして、謝罪の言葉は見当たらないそうです。
それを「狡猾」というのか、あるいは歴史学者の山内昌之氏が今日の産経新聞コラム
≪歴史の交差点≫に書いているように、「国民を必要以上に卑屈にさせないための政治家としての大切な仕事」をしただけなのでしょうか。

それはこういうことでしょう。「ワイツゼッカーはドイツの誇りを守るために狡猾さを発揮した」

政治家には国民を守る義務がありますから、そのためには策略が必要だということです。

日本人は正直・誠実・謙虚などの点では定評がありますが、そういう美点がかえって取り返しのつかない事態を招いてしまうことが国際政治においては多々あります。それを私たちはすでに何度か経験してきました。

≪元大統領はどの国に対しても祖国ドイツを必要以上に卑下させず、「足に枷をかけた上に首まで軛(くびき)に差し出す」ような事態を後世の国民に経験させまいとしたのである。彼は、未来の子孫に過去への過剰な責任と謝罪の意識を残すまいとする装置を巧みに編み出した。≫と山内氏は書きます。

ワイツゼッカーは自分がどう思われようと、ドイツ国民の心を守ることに必死だったと思われます。それが政治家の大事な仕事なのだと。

もちろん、ドイツと日本では事情はずいぶん違います。
日本はホロコーストなどしていないことは言うまでもないのですが、GHQによる洗脳工作に見事にはまってしまったお人好しの国民性、そしてまた、中国や韓国と一緒になって日本を踏みつけようとする不可解な「反日日本人勢力」の存在など、ドイツにはない要素が大きすぎたのです。

70年もたってしまった今では、今さら総理大臣が国民を守るべく毅然とした態度で演説をしたとしてもかえって批判の嵐が巻き起こってしまうでしょう。

「国の誇り」や「愛国心」を冷笑する人々が幅を利かせている我が国では、「日本の心」を回復するのは容易なことではありません。

「洗脳」を解くには、気づいた者から次の人へ、たとえ一人でもいいから気づいてもらって、徐々に広げていく草の根の運動しかないのではないかと思います。

強引なやり方ではだめです。ヘイトスピーチなどもってのほか。

一つ良い本があります。 → 「おじいちゃん 戦争のことを教えて」小学館文庫 571円

アサヒビール副社長であった故中條高徳氏が高校生の孫娘の質問に答える形で書かれています。
字が大きく、すごく読みやすい文章で、戦争に至った経緯、日本が犯した過ち、戦後日本人が自虐思考に陥った理由、天皇は日本人にとってどういう存在なのか、グローバル化著しい国際社会で民族のアイデンティティを大切にしなければならないのは何故か、といったことについて、とてもわかりやすく述べられています。高校の歴史教育の副読本にしたらいいのにと思えるような素晴らしい著作だと思います。

こういう本を人に紹介するのも一つの方法です。

ネットで発言するのも良いし、偏向番組に抗議のメール(穏やかに論理的に)を送るのも良いし、機会があれば知人友人にちょっと言ってみる。個人でできるのはその程度ですけど、それでも何もしないよりいい。

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国会周辺のデモに参加しているのは退職後の団塊世代が多いらしいですが、そんなことやってる場合じゃありませんよ。
他世代に比べておおむね幸せな人生を送ってきたこの世代、悠々自適な人も貧乏ひまなしの人も、「後代にのしかかる笠の雪」となって残りの人生を過ごすだけでなく、日本の誇りを取り戻すことに少しぐらい時間を割いてもいいのではないかと思います。
一人ひとりは微力でも、とてつもなく大きな塊です。数の力で報国ができるかもしれません。

「国のために」とは、国家権力のために、という意味ではありません。日本の国土、そこに住む家族、仲間、みんなで作り上げたもの、継承してきたもの、それらをひっくるめて「国」というのです。

その国のために役立つことをするという行為は右翼でも軍国主義でもありません。
働いて税金さえ納めていれば国民としての義務を果たしている、というものでもないと思います。

「愛国心」という言葉に神経反射的に嫌悪感を噴き上がらせてきた日本人が、本来の健康体質に戻る時です。

高齢者には、やり残した大事な仕事があるのですよ。
 
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  関連記事: 「団塊は数、だけじゃない」 

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コメント

毎日暑いですね。

>元ドイツ大統領ワイツゼッカーの戦後40年に際しての演説には、ホロコーストはすべてナチスの責任であるとして、謝罪の言葉は見当たらないそうです。<

robitaさん、このような書き方をなさるのでしたら、「そうです」ではなく、せめて読んでみてくださいませんか。私が何を読んだのが記憶がはっきりしていませんが、薄目の文庫本程度でした。こんな発信を国民に向けてなされるのだという大人社会にリスペクトを覚えたように思います。私自身に、まだ若者の感覚が残っていましたから。
そして、ナチスの責任という表現をされていますが、その時代の公務員、大学教員など、ほぼ全員がナチス党員だったわけです。ナチス党員でなければ排斥された社会だったのですから。
そのころベルリンに留学していた東山塊夷のベルリンからの絵ハガキ(リアルタイムで新聞に連載されていた模様)、を見たことがあるのですが、その中の一枚に行進する兵隊に向かって、沿道の人たちが、ハイルヒットラーと右手を挙げているスケッチがありました。
ワイツゼッカーさんが、来日して講演をなさったこともあったのかしら。そんな内容も読んだようにおもいます。その文章の初めころに、日本とドイツはよく似ているといわれるけれど、ドイツはドイツであり、ドイツがこうだから、似ている日本もこうだろう、ということは違う、という内容があったような。…なんともおぼつかなくて失礼。
思うのですが、日本人は(robitaさん的な人たちは)、ついに論じるときに、ドイツがやり玉にあがったりしますが、ドイツのほうでは、同様で日本と、、、なんて、ありえないと思うのです。
これは日本人の癖、ですね。

15年ほど前にポルトガル旅行した時、現地在住の日本人ガイドさんが言っていました。この国の人(彼女の近所に住んでいる一般人)に、何度も日本という国について説明しているのに、中国の東にある島、中国の領土の一部、ぐらいの認識なんですよ、と。
そう、他国のことに関心がないもってこと。

毎日、WOWWOWで第2次大戦時代の映画を録画で観ています。
「パリは燃えているか」など名作、大作など、連日ワンサカあります。
各監督さんや映画製作者が、いかに戦争は人を悲しませ、不毛なものか、と訴えたくて作られているのがひしひしと伝わってきます。
なんという理不尽がまかり通り、ひとの命がこんなにも軽かったのか、と。

投稿: 案山子 | 2015年8月11日 (火) 10時57分

★案山子さん

>せめて読んでみてくださいませんか<

そうですね。演説の最も重要で感動的な部分と、ホロコーストに触れた際「一民族全体に罪があるということはない。罪といい無実といい、集団的ではなく個人的なものである」という部分は知っているのですが、それだけではワイツゼッカー氏の真意は汲み取れないでしょうから。後で読んでみます。
「敗戦後ドイツが自信を失わなかったのは、○○というオピニオンリーダーが励まし続けたからだ」という文章を昔読んだことがあります。戦後すぐの様子を描写したものだったと思うので、ワイツゼッカーではないと思いますが、複数の人だったかもしれません。
あれだけの大虐殺をして自信を失わなかったというのは、ドイツ人て凄い民族ですね。

>その時代の公務員、大学教員など、ほぼ全員がナチス党員だったわけです<

ナチスの指導層に責任があるということです。
そして戦後40年たち、ナチス党員だった人々が社会の一線を引き、戦後世代に向けて「その恥ずべき歴史は決して忘れてはならないが、直接戦争に関わっていない世代が自分を責め続ける必要はどこにもない」という意味だったのでは。あとで読んでみますけど。

>これは日本人の癖、ですね。<

日本には「出羽の守」というくせ者も多く、何かと「あちら(欧米)では」と、外国に比べて日本が劣っているかのような言い方をする癖もありますね。

白人国家は自己の優位性に何の疑いも持たなかったからアジア、アフリカを植民地として収奪してきた歴史がありますが、アジアと欧米の狭間にあって近代化の必要性に迫られる中で、島国日本は常に「世界標準」とはどういうものか強く意識しながら生きてきたのではないかと私は思います。

そういう日本人の宿命的精神性を「日本人の癖」と呼んでも別にかまわないとは思いますが。

>連日ワンサカあります<

ありますねえ。戦争映画でテレビが埋め尽くされてるような・・・。

ほんとに毎日茹るようですね。あと一カ月ほど我慢我慢。

投稿: robita | 2015年8月11日 (火) 15時12分

夜になっても厚いですね。

>ワイツゼッカーではないと思いますが、複数の人だったかもしれません<
今検索してみたら1920年生まれです。戦後間も肉の段階で、リーダー的存在だった?根拠は? 
ゴメン、私、リスペクトしている知識人ですから、あてずっぽうで言い切られるのは、、、なんです。  

そして、東西ドイツ統一10年後にベルリンに立ち寄ったことがあるのですが(話題にしたことがあるような)、東ベルリンの暮らしを知っているガイドさんは、建設ラッシュのザワザワ状態の街を案内しながら、10年後はよくなっているでしょうから、もう一度どうぞ、とおっしゃっていました。そのころは失業率も高くて、東ドイツ併合の重荷にシンドイ時代だったようです。そうまだユーロではありませんでした。
ヒットラーアレルギーは徹底しているようで、子どもたちが質問に答えるための教室での挙手も、手をあげるとナチス時代を思わせるので、指一本で指し示すように手をあげるらしいですね。

そして、「出羽の守」、意味?
で、検索しました。アッハハ
刃物で「〇〇の守」ってあったような、、、。それは「肥後の守」でした。

意味が解ると、笑っちゃいます。
いるんです、私の友人にも。
聞くに値する内容であれば、全然かまわないし、教えてほしいものですが、イマイチという内容が多くって、、、。苦笑

投稿: 案山子 | 2015年8月11日 (火) 21時32分

★案山子さん

はい、ですから、「ワイツゼッカーではないと思います」と書いてますよ。

でも、オピニオンリーダーというのは何か大きな組織のリーダーということでなく、大多数の人々がそれに賛同し影響を受ける、という説得力のある主張ができる人のこと(主に学者や評論家)だと思いますので、20代でもそれが可能な人はいると思いますが、人々の知的レベルが全般に高い時代には誰か一人の意見が突出して優れているということはなくなるでしょうね。
現にネット上ではきら星の如くですから。

>出羽の守<

今度からそういう人をそう呼んであげてください、陰で(笑)

投稿: robita | 2015年8月11日 (火) 23時30分

そうですね。でも、robitaさんの引用したフレーズに、違うのを承知で引き合いに出すのはどうかと、思ったわけです。

>今度からそういう人をそう呼んであげてください、陰で(笑)<
そっか~、陰でか~。
私はね、昨晩ベットに入りながら、彼女が今度口にしたときに、伝えようかな、って思っていたの。だって、陰で言葉にするってありえないですもの。私って、嫌われ者タイプでしょう。うふふ。
以前、その彼女はこんな風に言っていました。
「『私って、みんなのように国内旅行をする回数が少ないから、日本のことをあまり知らないの。むしろ外国、ヨーロッパのほうが知っている』って、(私ではない別の仲間の)友人にいったら、『〇さん、そんな言い方をするのは、聞く人には嫌味に聞こえるのよ』って注意された」と!
筋金入りの「出羽の守」なんです。
先日、別の友達が、ヘルシンキ経由でロシア旅行してきた時のお土産として、紙ナプキンを持ってきてくれました。
フィンランドだから、ムーミンのグッズのお店があって、あのお店、このお店、と二人で話題が通じるの!
日本人の60代って、恵まれている人たち、相当いるんですね~。
以上、雑談でした。

投稿: 案山子 | 2015年8月12日 (水) 07時17分

★案山子さん

>陰で言葉にするってありえないですもの<

案山子さんはそう言うと思ったhappy01scissors

>日本人の60代って、恵まれている人たち、相当いるんですね~。<

そうですね。
話題になる豪華列車や豪華クルーズの利用者はほとんどが退職した60代の人たちということです。
でもすごく良いことだと思います。ようやく日本人がこういう贅沢な遊びに価値を見出すようになったのだと思います。
その昔評論家竹村健一氏がよく言ってましたねえ。「日本は贅沢な遊びをする人への視線が厳しい。お金のある人はクルーズなんかを楽しんだらいい」と。

投稿: robita | 2015年8月12日 (水) 09時55分

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