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2016年2月24日 (水)

育てた読者に縛られて

80歳を過ぎた叔母と日帰りバス旅行に参加した。
夫の亡叔父の妻で、血のつながりはないが、同じ「○○家」の嫁として話は弾む。

叔母は本や新聞を読むのが好き、と言う。
前に朝日新聞を購読していると聞いていたので、ちょっとしたきっかけをとらえて「叔母様のお宅はまだ朝日新聞なんですか」と聞いてみた。
「そうよ、私はもう70年も朝日なの」と返ってきたので、「朝日ってずいぶん偏向してますよね」と私。

「そう?」と反応が鈍い。
慰安婦問題の後始末をしようともしないし、と言ってみたが、どうもそんなこと考えたこともないような様子で返答がはっきりしない。
家庭欄のコラムとか企画記事の類だけを読んでいるのかもしれない。

これ以上掘り下げるのは無理か、と判断した。
叔母が楽しみにしていたバス旅行で、朝日新聞の偏向ぶりを説明するのも憚られる。そんな雰囲気にはならなかった。

夫の実家も長年朝日新聞をとっている。
あの家で時事問題が話題になることはない。
姑と同居する義妹夫婦も、そういうことには無関心だ。
おそらく朝日の一連の騒動や偏向報道には興味がなく惰性で取り続けているのだろう。

私が以前所属していた女性団体も60代70代が中心だったが朝日を取っている家庭が多かった。

こういう高齢家庭はかなりの割合で存在すると思われる。
「朝日新聞は日本のクオリティペーパー」という思い込みが強く、発想の転換や新情報への感度に乏しく、ネットを利用しない「情報弱者」と言ってもいいだろう。

こういった人々に、朝日新聞やテレビのワイドショー以外の情報を知ってもらうのは容易なことではない。
政治問題は、実生活で話題にしにくいからだ。

「私、時事問題についてブログで発信してるんですよ」と機会があれば言ってみるが、興味を示す人はほとんどいない。

私は朝日新聞が潰れればいいとは思っていない。
日本の新聞という自覚を持ってほしいし、何より、慰安婦強制連行という虚偽を広めて国益を著しく損ない続けてきた事実をきちんと認め反省し、事態の収拾に最大の努力をしてほしい、それだけなのだ。

もしそうすることができるのならば、離れていった読者はきっと帰ってくると思う。


「崩壊_朝日新聞」を書いた元朝日記者長谷川熙氏と元同僚との対談を月刊誌「WiLL」で読んだが、マルクス主義に染まった朝日が報道の方針を修正できなかった理由が垣間見える。
「変だ」と思いながら、どうしても変えられない。
社長を始めとする幹部が頑迷なのかといえば、そうとも言えるし、それだけでもない。自分たちが煽り育てた読者の思想が固定化してしまい、今さら読者を裏切ることなどできないという自縄自縛の状態に陥っているのだろうと思う。
きっと「朝日負けるな。頑張れ」と励ましている熱心な読者も少なくないことだろう。

朝日新聞がファンの支えによって利益を上げ、社員に高額の報酬を支給し続けたことも、誰も「まともになろう」という動きを起こさなかった理由の一つだろう。

朝日では、「左翼ポーズが理想的な記者像への近道で、朝日の王道であり、出世の近道でもあった。」そうで、「大阪本社には左翼ポーズで能力以上に出世して行った者たちがいた」ということだ。

ジャーナリズムが左翼的なのは一向にかまわないと私は思う。
政権に同調するだけではジャーナリズムの役割を果たしているとは言えない。

けれども、朝日が共産主義独裁国家(旧ソ連や中国)の信奉者として、また日本を敵視する周辺国の代弁者としての報道を通して国益を毀損し続けてきたことは異常だとしか言いようがない。

長谷川熙氏のように80歳過ぎてようやく朝日に関わらなくなった後であのように朝日批判をするのは、なんだか狡いような気もするのだが、今はそういうことより、80歳過ぎて古巣を痛烈に批判できるその勇気のほうを讃えたいと思う。

中堅や若手の記者たちも「このままではいけない」と上に進言する勇気を持ってほしい。
日本のことより自分の給料の多寡や出世のほうが大事、というのならばいっそジャーナリストは辞めて他の職業を探したほうがいいと思う。

まあ、儲けさえすれば周りにどんな迷惑をかけようが知ったことではないという態度は他のいかなる職業にも許されることではないが。

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2016年2月15日 (月)

ホーム、スウィートホーム

不倫で議員辞職した自民党の宮崎謙介氏はあの加藤紘一氏の三女鮎子さんと結婚していたそうだ。
3年で離婚したが、原因は宮崎氏の不倫だったという噂がある。
噂なので真意の程はわからないが、現妻の金子恵美氏が
宮崎氏と結婚する時、女グセの悪さを理由に周囲から相当反対があったようだ。
結局、周囲が心配したようなことになってしまった。
好きになってしまったら、どんな忠告も耳に入らなくなるのだろう。

そういえば、スザンヌはどうしているだろう。幸せに暮らしているだろうか。 →http://robita-48.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-c545.html

昔みたいな「誠実な男性と堅実な家庭を築いていきたい」という価値観がなくなって、女性も冒険を求める時代になったのだろうかねえ。

しかし家庭って、そういう類の冒険の場じゃないと思うのだ。

まあ、一般女性はもっと現実的で手堅いところを狙っているのではあろうが、それにしても、「おースザンヌ」にいただいたコメントから察するに、「普通の男」が激減してしまったということなのだろうか。変な時代だ。

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2016年2月 9日 (火)

マドンナたち

漫画雑誌「ビッグコミックオリジナル」に連載されている「フルーツ宅配便」という漫画、デリバリーヘルスの経営に携わる男たちとそこで働く女たちの悲喜こもごもの物語なのだが、これがなかなかおもしろい。

女たちはそれぞれに源氏名として果物の名前をつけてもらい、男子従業員の送迎で客のところに派遣される。

デリヘルという風俗形態は法律に触れないから成立しているのだろうが、きっちり法を守るということがされていない場合でも、警察は大方黙認しているらしい。まあそんなものだろう。

デリヘル「フルーツ宅配便」はとても良心的な店で、経営者の男気や従業員の素朴さには好感が持て、女たちは様々な事情を抱えながらも商売と割りきって稼ぐ。
売春にまとわり付く暗さがほとんど感じられず、粛々とした仕事ぶりに、こんな雰囲気なら応援したいという気持ちにもなる。
実際の風俗営業はこんなほのぼのしたものではないだろうが、舞台が地方ということもあって、もしかしたら東京などとは違う雰囲気があるのかもしれないなと思う。

昔、「哀愁」という映画を見た。
第一次世界大戦中、ヴィヴィアン・リー演じるバレー団の踊り子が貧しさのために娼婦に身を落とすという物語だった。
私はこの映画を最初に見たのはなんと小学生の時だった。姉の通っていた女子校の学園祭に遊びに行った時、講堂で上映されていたのだ。
映画の内容がよくわからなかったということだけは覚えている。主人公が何を悩んでいたのかを知ったのはずっと後のことだ。

体を売る女性を描いた映画を中学生も通う女子校の学園祭で上映したのはあの時代としてはなかなか大胆ではないかと思えるのだが、誰の企画によるものだったのだろうか。
貞操教育とか、いろいろな事情で娼婦に身を落とすことを余儀なくされる女性たちへの理解だとか、そんな思惑も働いて学校側が許可したのか、それはわからない。
大人になって見た時に、胸が締め付けられるような悲しい物語だったことを知った。

シャーリー・マクレーン主演の「スウィート・チャリティ」というミュージカル映画も印象に残っている。これも泣ける物語だった。
ブロードウェイのオリジナル版では主人公は娼婦だったのだが、映画ではキャバレーの踊り子ということになっている。これは「娼婦」でなければしっくりこないストーリー展開ではないだろうか。

(因みにこの中でサミー・デイヴィスJr.の"The Rhythm of Life"という歌とダンスが私は大好きだった)

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おそらく世界中で、貧しさから12・3歳の少女が業者に売られ、わけのわからないままに娼館で働かされるという悲惨な歴史がある。
生業として自らその職業を選んだ女性もいる。
女性の人権の観点から日本で売春防止法が制定されるにあたって、生活の手立てを失う売春婦たちが法制反対運動を起こしたという事実もある。

時代と共にいろいろな法律もできたし、女性の境遇も価値観も変わり、意に反して身を売られるということもなくなった。

「フルーツ宅配便」のような業者が本当に存在するのかどうかわからないが、様々な売春の形があるのだろう。みんな頑張れ。
人間が存在する限り、世に売春の種は尽きまじ。

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2016年2月 3日 (水)

「戦後」を終わらせよう

東洋学園大学教授、桜田淳氏が産経新聞「正論」で、『今夏の参議院議員選挙は、その結果次第では、日本の戦後という時代の「終わりの始まり」を明確に画するかもしれない。その関連で注目すべきは、民主党内の動向である。』と書く。→《民主党保守派は自民党と連立せよ 日本のリベラル派は「特異リベラル派」に過ぎぬ》  

日本で「リベラル」と言われる考え方は、世界では通用しない特殊なものであり、『憲法改正が実現し、「特異リベラル派」が退場してしまえば、その後は「普通の国」での「保守・リベラル」政策論争が展開される風景が出現するはずである。』 と。

更に、『憲法改正は、戦後「保守派」が考えているような「大願成就」としての結果なのではなく、21世紀の日本において世界に通用する「保守・リベラル」政策論争が展開される基盤を構築するための過程でしかない。そして、その基盤が構築された暁には、筆者は、「ハト派」や「リベラル派」と目される立場に転向しようとも考えている。』 と続く。

同感である。

「憲法改正」は保守派だけが進めるものではないのだ。いわば国の土台を固める、つまり保守だろうがリベラルだろうが全員で協力してやるべきことなのだ。

それでも護憲を言い張る者はもはや保守でもリベラルでもなくただのわからずやなので、土台構築の作業の邪魔をするならあっちへ行っててもらうしかないのである。

論考は、『安倍自民党の「一強」と評される政治環境においてでさえ、民主党保守系の決断には、時代の歯車を大きく動かし得る「可能性」がある。要は、民主党保守系議員が、その「可能性」を信じ切れるかである。』 と結ばれる。

大賛成だ。

民主党の野田佳彦さん、長嶋昭久さん、渡辺周さん、馬淵澄夫さん、松原仁さん、それから前原さんも細野さんも、勇気を出してほしい。

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関連記事:「共有すべき国の基礎」 

 

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