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2016年3月 7日 (月)

反日左翼批判は国民に任せなさい

深沢明人氏の記事とそれに続くコメント欄に、朝日新聞を始めとする左翼言論の珍妙さが言い尽くされているように思う。

「権力はとにかく悪い」という批判のための批判に終始することが、本人たちは「世直し」をしているつもりでも実は何も生み出していないことがよくわかる。

twitterなどでは、この朝日女性記者によるコラムが絶賛されているらしいが、彼ら左翼の習いで、蛸壺に頭をつっこみ、他の意見には目を通してみようとも思わないのだろう。
こういう人たちがいるかぎり、社会をより良い方向に導くのも時間がかかってなかなか大変だ。
しかしまあそれも民主主義が払わなければならないコストだろう。

小林よしのり氏が:
「わしは「言論の自由」を「委縮」させたり、権力の都合のいいようにコントロールしようとしたり、「恫喝」したりする政治家は大嫌いだ。 」書いているが、そんなことわざわざ書かなくたって、誰だって言論の自由を奪ったり恫喝するしたりする政治家は大嫌いだ。

ただ、「権力の都合のいいようにコントロール」というのはちょっと考えさせられる。

政権が国のために「この道」という信念をもって政治をやろうとする。しかもその政権は、民主主義によって国民から選ばれた政権だ。国民の代表であって、何か悪いことを企んで国民を傷めつけてやろうなどという意図を持っているわけではない。

左翼は「国民は悪い政権に騙されているのだ」という主張なのだろうが、近代国家で国の指導者がわざわざ国益を損なうことをやるだろうか。左翼の思考はいつの時代で止まってしまっているのだろうか。

「権力の都合のいいように」はそのまま読むと傲慢な印象だが、「この道がいいのだ」と国民を説得しなければならないのは政権の使命だ。「より良いこと」は言わなければならない。それをコントロールと見るか、説得だと理解するかの話だと思う。

コントロールなどされてたまるか。
政権が何をしようとしているのか、本当にこの道しかないのか、それを考えるのが有権者たる国民のやるべきことではないのか。
政権が「いいこと」ばかりを強調するなら、想定される「悪いこと」を指摘し、こっちの道のほうがいのではないかと堂々と論戦を挑むのが健全な左翼の姿だろう。
日本はそういうことができる国だ。

「言論の自由を脅かされる」などという言葉は日本より、本当にそういうことをやっている中国にでも言ってあげればいい。

小林氏は何年か前に自分が産み出したネット右翼から、事情はよく知らないが、随分と叩かれたらしく、立ち位置が変化したのか左翼陣営援護の意見が目立つようになった。
私怨で政権攻撃をしているように見えるが、そうだとしたらそれは愛国者の態度ではない。

ネット上で活発に発信はしているが、コメントを受け付けていないので、独善が温存されたままだ。こういう人が偉そうに語っても偉いとは思わない。
コメントを読んで議論をする時間的余裕がないのかもしれないが、返信する時間がなくても、コメント欄があるほうが双方にとって思考は広がる。

左翼(政権の反対側)はあって当然。
政権の方針を批判して「別の道」を提案するのがジャーナリズムや国民的議論や国会論戦のあるべき態度だ。
言論の自由を奪われているとか権力に恫喝されているとかの妄想から脱して、思考を整理してから、堂々と対案を出せばいい。

左翼批判をしている深沢明人氏もコメント欄の人々も「政権」ではない。
こういう評論家や一般人の批判意見が活発になってきたこと、つまり世論が自分たちに厳しくなってきたことを「政権の圧力」などと言うのは卑怯だ。

大臣の皆さんもお願いだからもう余計なことは言わないで。揚げ足をとられるだけだから。
反日左翼への反論は政治家より一般言論者のほうがずっと上手だ。

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