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2016年8月12日 (金)

誰が「タカ」ですって?

msnニュースに載っていた稲田朋美防衛大臣についての記事を読みました。

その中にこういう文章があります:

「これまで防衛大臣は、中国、韓国の反発を抑えるためにも、小野寺五典さんや中谷元さんなど、比較的ハト派の議員が起用される傾向にありました。ですが今回、安倍総理は、自分と近いタカ派の稲田さんの起用に踏み切りました。」


この鈴木哲夫さんというジャーナリストは、「小野寺さんや中谷さんがハト派で稲田さんがタカ派」って、どういう根拠で決めているのでしょうか。

小野寺さんは政治討論番組なんかでよく見ますが、中韓の論客相手に、一歩もひかぬ態度で日本の正当性を主張し、相手の矛盾点を指摘する毅然たる態度は、語りは穏やかながら、かなり強硬です。

自衛官出身の中谷さんも、防衛大臣として安保法制の成立に力を尽くしてきた真っ当な国防観を持った人だと思います。

稲田さんのどこが小野寺さんや中谷さんと違うというのでしょうか。

普通の国として、普通の防衛体制を整えようとしている政治家を、なぜそんなに「ハト」だとか「タカ」だとか分けたがるんでしょうね。

日本のジャーナリズムが率先してそういう言い方をするから、中国や韓国の報道がこうなります。 
 
                                           http://www.sankei.com/world/news/160803/wor1608030039-n1.html
http://www.sankei.com/world/news/160802/wor1608020028-n1.html


すべては日本からの発信が元となっているのですよ。

「日本を悩ます中韓からの糾弾の原因は日本人自身である」という的を射た指摘は多くの言論人によってなされていますが、新聞では産経以外掲載しませんし、テレビの地上波で語られることもないので、なかなか一般の人は気がつきません。

せめてジャーナリストは、例えば渡辺利夫氏のこういった記事でも読んで、我が身を省みてほしいのです。→ 
http://www.sankei.com/column/news/160809/clm1608090007-n1.html

まあ、仕事だから結構いろいろ読んではいるのでしょうし、納得もしているのかもしれないけど、意地でも今まで言ってきたことを変更するわけにはいかないのかもしれません。

個人的なメンツのために国を危うくしないでほしいのですけどね。

間違いを認めるのは恥ずかしいだろうと思います。

でも、メンツにこだわって国民の皆さんに迷惑をかけ続けることのほうがよほど恥ずかしい。


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引用:(元記事が削除された時のために)
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戦後71年に思う 【経済と違って外交は今も「戦後」のまま 「法の支配」に胸を張って終わりにしよう】 拓殖大学学事顧問・渡辺利夫

「もはや戦後ではない」。日本の1人当たり所得が戦前期の最高水準を超えた年の翌昭和31年の経済白書の結びである。対照的に政治外交においては日本の戦後はいまなお終わっていない。中韓が日本の歴史問題を繰り返し提起し、日本を過去に引き戻そうと躍起だからである。中韓の反日が収まる気配はない。しかし、私は日本が戦後を終えることのできない根因は、何より日本にあると考える。

≪精神をへし曲げられた日本人≫

 敗戦後の日本を実に6年8カ月にもわたり占領下においた連合国軍総司令部(GHQ)は、日本の戦前・戦中期の制度や思想を徹底的に排斥し、その時期の指導者のほとんどを追放した。占領期に開かれた東京裁判は日本を非道な「侵略国家」と断罪して結審した。GHQと東京裁判という強力なプレス機械の加圧により日本人はその精神をへし曲げられ、米国製の憲法を押し付けられて国家意識と国家自衛の観念までを剥奪されてしまった。

この時代に青少年期を送った日本人の多くが否定的な自我形成を余儀なくされ、彼らが社会の指導層となるに伴い、自虐史観と呼ばれる思想を全土に蔓延(まんえん)させることになった。自虐史観を胸中に深く刻みつけ、日本を貶(おとし)める一大勢力となった人々が左翼リベラリストである。ジャーナリズムやアカデミズムの主流を占め、教育界や労働団体でもなお陰ることのない勢力をもつ人々である。日本を糺弾(きゅうだん)する主体がGHQや中韓ではなく、日本人自身となったというのが戦後日本の悲劇の淵源(えんげん)である。
 
昭和30年を前後して発生した三井三池争議、砂川基地闘争、60年安保という反米運動、きわめつきのラディカリスト全共闘の破壊活動など、国家の根幹を揺るがす反体制運動が日本を苦しめた。しかし、日本の左翼反体制運動は、昭和44年の東大安田講堂事件で演じられた狂態のあたりから衰退期に入り、同年末の総選挙では自民党が圧勝、左右対立の国内政治は終焉(しゅうえん)したかに思われた。だが、そういかなかった。

≪中枢部に浸潤した自虐史観≫
 
そうはいかなかった理由は2つある。1つは、この間、国内では影響力を発揮できなくなった左翼が、中国や韓国に向けて日本の悪を言い募り、中韓の反日攻勢に火を付け、そうして自虐の欲望を満たそうといういかにも屈折した運動を準備していたからである。歴史認識問題とは、左翼リベラリストが偽造して日本のジャーナリズムを沸き立たせ、これを中韓に「輸出」し、中韓の反日を誘発して日本を苦境に陥れるという怪異なる反体制運動である。
 
もう1つの理由は、左翼リベラリズムに固有なものだと思われていた自虐史観が、あろうことか日本の自立自存を守護すべき政府や保守政党の中枢部にまで深く浸潤していたことにある。
 
中韓の発する対日批判に諾々と応じてきたのは他ならぬ日本の政府と保守政治家である。昭和57年の高校歴史教科書の記述についてのジャーナリズムの誤報に端を発した中韓の反日運動の帰結が、宮沢談話として出された教科書検定基準における「近隣諸国条項」であり、日本の教科書に対する中韓の介入の根拠となった。

恒常的になされてきた首相の靖国参拝の足が滞るようなったのは、昭和60年の中曽根参拝に対する社会党・朝日新聞の反対運動に呼応した中韓の猛反撃のゆえである。慰安婦問題などは朝日新聞が捏造(ねつぞう)して韓国の反発を誘発したプロパガンダの典型である。ここでは河野談話が決定的な役割を演じた。河野談話は自虐史観の保守指導層への浸透の深さを物語る。

≪「法の支配」に胸を張れ≫
 
戦後50年の村山談話はそのきわめつきである。日本のアジア植民地支配と侵略は疑うべくもない歴史的事実であるとし、これに痛切な反省の意を表明した談話であった。村山談話の不可思議は、中韓の特段の要求があって余儀なくされたというよりは、自らの発意により日本の過去を露悪的に表明してみせたことにある。この談話に関する唯一の検証の書である和田政宗氏らによる『村山談話-20年目の真実』には、日本の指導者の性懲りもない自虐心理のありようが精細に描き込まれている。

最近では「法の支配」という物言いが、中国の無法を難じる際の常套(じょうとう)句となっている。ならば日本は自国の行動についてもその言葉を用いたらどうか。日本は、サンフランシスコ講和条約によって連合国との、日韓基本条約を通じて韓国との、日中共同声明によって中国との過去の諸懸案は解決済みであり、条約や共同声明に記された条文と規範に則(のっと)り、つまりは「法の支配」にしたがってわれわれは粛々と生きてきたのだと胸を張って表明すればいい。それ以上は要らぬ他言である。
 
戦後70年の安倍談話が出されてもう1年である。来年の8月になって私は同じような嘆息をまた吐きたくはない。


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