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2016年9月28日 (水)

和を以て貴しとなす国なんだから

違うでしょう、小林よしのり氏。→ http://blogos.com/article/191971/

所信表明演説で、自民議員が立って拍手したのは、海保、警察、自衛隊という、国民の安全を守ってくれている方々に対する敬意を表したものなので、安倍首相の演説に対するstanding ovation とは違うと思うんですよ。

ほら、これに呼応したのではないですか。↓

≪現場では、夜を徹して、そして、今この瞬間も、海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が、任務に当たっています。
極度の緊張感に耐えながら、強い責任感と誇りを持って、任務を全うする、その彼らに対し、今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか。≫

警察や自衛隊に対する感謝の意であって、安倍氏に対する忠誠心を表すものでもなんでもないので、ヒトラーになぞらえるのも的外れですよね。
「ハイル・シンゾー」などとシールズ並みのからかいの言葉は愚かしい。

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また、女系天皇や、天皇譲位についても、小林氏はこんなことを:

>だが、政権を取った安倍晋三は、真っ先に女性宮家創設の法案を潰し、権力の亡者となって、なんと天皇陛下を邪魔者あつかいにして、宮内庁に手下を送り込み、陛下を管理しようとまでしている。<


物事を単純化し、こういった激しい言葉で、安倍氏を独裁者だと罵る。扇動が目的なのか、何か他に重要な意図があってのことか。

しかし、ちょっと考えればわかることなのですが、天皇制と近代国家はそもそも矛盾するものです。

その矛盾の存在をどう考えるかについては、小林氏のような「これが正しい!」といった主張を押し通すだけで到底収拾のつくものではありません。

みーんな、悩むんです。

最も合理的な収拾の仕方は、天皇制を廃止することではないでしょうか。

なのに国民がそれをしたくないので、悩むんです。

天皇陛下は具体的な理由を挙げて生前退位 譲位を示唆されました。
ほとんどの国民がそれを支持しました。

私も天皇陛下の御本心を知ることができて本当に良かったと思っています。

一方で、それはやはり、法律改正を要求するという天皇の政治介入にほかならず、これが認められると、厳格に守られてきた皇室の位置づけにほころびが生じるのは避けられません。

皇室典範を変えると、これから先の天皇も、「もう疲れた。次に譲りたい」という意思を表明すれば退位が自由にできることになりましょう。

しかし、安倍内閣が考えているように、今上天皇だけに適用される「特措法」を作るとなると、それは陛下のお考えとは違うでしょう。陛下は「自分だけ生前退位をしたい」と仰っているのではなく、天皇終身制そのものに疑問を呈しておられるのですから。

皇室の方々は人間です。私たち国民の思い通りに動く人形ではない。しかし、まさに当事者である皇室の方々が、天皇制に対してものを言うことも許されない・・・、この矛盾があるからこそ、みーんな悩むのです。

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敗戦後も、日本人は皇室を排除しようなどとは微塵も思いませんでした。
国民の天皇に対する敬愛の念はGHQの方針をも変えさせました。

私は天皇と国民の想いの相乗作用で日本国が醸成されていくものと思っています。

だから、いつまでもこの形が続くことが理想と思っています。

しかし、女系を認める、男系に固執する、終身制をやめる、崩御の日まで在位していただく・・・、そのように、いろいろな識者が「これだ」と独善的に主張して決着がつくものとは思いません。

世界でただ一つのこの日本の国の形を、私は大変に美しいと感じますが、同時に人間社会が進化するにつれて大きな軋みも生じ始めているのも事実でしょう。
非常に難しい問題なのです。

小林氏のように、違う考えの人を罵って対立を深めるだけでは何の解決にもなりません。

穏やかに話し合ってもすぐに解決法が見つかるわけでもないとは思いますが、まずは、日本の歴史の中で天皇というものがどういう存在であったかを国民自身が知らなければ、議論が必要と言ったって、論理の立てようもありません。

まずは、だいたいで良いからポイントをつかむこと。これが大事だと思うのです。

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民進党の馬淵澄夫氏は良く勉強したらしく、このように書いています。→ http://blogos.com/article/191671/

あまりよく理解できないのですが、要するに、「譲位を滞りなく行えるよう儀式の意味づけをした努力の跡が持統天皇の在位時代に見られる」ということだと思います。
これには、「血の継承より魂の継承が重要である」という意義が含まれるようです。


下の文章が、わかりやすく要約されている部分だと思います。

≪皇統の中断なき継受を実現するため、(1)仏教との連携により天皇の死を外部化し、(2)譲位を恒常化するという、二重の防護壁を設けることで、先帝の死とは関係ない時空間で穢れなき大嘗祭が行うことができるようになった。もはや、殯の長期化に対する否定的な感覚は、この天武から聖武の時代に変更のきかない方針として定着しつつあった。

ところが、慶応4年・明治元年(1968年)、明治政府は一連の神仏分離令を発し神仏習合を禁止し、明治天皇を現人神とする国家神道を国教化する方針に踏み切る。同時に天皇が崩御された際の皇霊祭儀に関しても、1200年間続いていた仏式葬を止め、神式の「殯(もがり)」が復活した。つまり、持統天皇以来、皇位が安定的に継承されていく為の仕組みが一気に壊され、復古という名のもとに不安定だった天武以前の時代に逆戻りさせられたのである。≫

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馬淵氏の記事の中、取って付けたように安倍政権への批判に導く最後の2段落はまったく賛同できませんが、「天武・持統の時代に皇位継承の安定性を図るために整えられたらしい仕組みを取り戻す」、と説明された主要な箇所から考えれば、生前退位の解釈はそんなに難しいことではないように思います。

しかしながら、これも一つの考え方であって、異論も出るでしょう。

だから、時間が必要だと思うのです。

テレビのワイドショーで、天皇の歴史や儀式についてわかりやすく説明してくれないでしょうかねえ。何もわからないのに国民的議論なんてできませんから。

国民の理解には時間がかかります。だから、今上陛下の御身をお守りするためには、とりあえず特例法で乗り切るのが妥当ではないでしょうか。

それぞれが持論を掲げて譲らず、角突き合わせるだけでは徒に時間が過ぎるばかりです。

問題の先送りも、事柄によっては功を奏することがあると思うのですがどうでしょうか。

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関連記事: 「大人同士の話し合い」
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