コメンテーターは何かしら言わなければならないんだもんねえ
川崎殺傷事件を起こした犯人について、色々な論評がなされる。
「死にたいなら他人を巻き込まず一人で死ぬべき」
「そういう言葉が引きこもりの人を絶望的にさせ、凶行を誘発する」
主なものはそういうやりとりだ。
「自分が死にたいからって罪もない人々を道連れにしないで」という当たり前の願いと「引きこもり対策」は別のことで、議論するようなことがらではないと思うのだが、各種メディアではいまだに言葉の応酬が続いているようだ。
しかし黙っているほとんどの人や、まして被害者やその家族は心の底から思っているだろう、「なぜ一人で死んでくれなかったのだ」と。
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コメント
はじめまして。実はロビタさんのブログをかなり前から興味深く読ませていただいてました。この殺傷事件について私も立川志らく師匠の『死にたいなら一人で」という発言が批判されるのはおかしいと思ってます。左系の人がこの発言に反発しているような気がします(笑)この手の犯罪を犯す者は引きこもりに関係なく元々質の悪い人間ではないでしょうか。家庭環境のひどさが原因だとしても悪いことは悪いと厳しい批判をしなければ凶悪事件の抑止になりませんよね。亡くなった外務省の優秀な方と幼い子供が気の毒ですね。
投稿: akira | 2019年6月 5日 (水) 08時07分
★akiraさん
初めまして。コメントありがとうございます。
>左系の人がこの発言に反発しているような気がします<
そうですね。左系の人は、他のさまざまな事柄についてもだいたい考え方の傾向が同じですね。すべてきれいごとなんです。
>家庭環境のひどさが原因だとしても悪いことは悪いと厳しい批判をしなければ凶悪事件の抑止になりませんよね。<
引きこもりの人の数はすごく多いけれど、こういう事件を起こす人間は非常に稀です。
そこには、家庭や社会などの環境の他、生物学的要因も考えられる、と専門家が言っていました。
その暴発を抑止するのが周りの努力なのでしょうが、事件が起こってしまった時にはやはり厳しい批判が必要だと私も思います。
ご遺族のたとえようのない苦しみを思えば、一人で死んでくれというのは人間の当たり前の感情だと思います。
投稿: robita | 2019年6月 5日 (水) 13時33分