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2019年6月29日 (土)

「国を支えて国を頼らず」

国会前や官邸前などでの「年金返せデモ」はまだやるのかな。

年金問題は国民の大きな関心事の一つではあると思いますが、ずいぶん前から退職後年金だけでは安心して暮らせないという共通認識はあったはずなので、今さら何をそんなに騒いでいるのかと思っている人がほとんどじゃないでしょうか。

加えて、あれは誰に対しての抗議行動なのか、という疑問を多くの人が感じたと思います。
やってる人たちにとっては「アベガー」の一つなんでしょうが、年金問題は誰がやっても非常に難しく、単に現政権を責めても解決するものでないことは誰でもわかります。

なぜそんなに難しいかと言えば、支払う側の若者がとても少ないのに受け取る側の年寄りがとても多いから、という明白な現実があるからです。

なぜ少子高齢化を予測できなかったのかとか、もっと早く対策を考えるべきだった、と30年ぐらい前までの政権を批判するならわかりますが、現政権を責めても仕方がないのです。
まあ昔から主に国政を担ってきた自民党の責任と言えばそれはそうなのでしょうが、国民の側だってこれほどまでの少子化を予測していたわけでもありません。

で、あの「年金デモ」の人たちの主張とは何でしょうか。

立憲民主党を中心とする野党に任せれば年金問題をうまく解決するから自公は下野しろ、と言っているのではありませんよね。

高齢者優遇をやめてその分若者へまわせ、というのでもないようです。高齢者に優しい左翼がそんなこと言うはずありません。

共産党などの主張は、大企業や金持ちから資産を取り上げて貧しい人たちに配れ、というもののようです。社会主義革命ですかね。

資本主義体制で自由と民主主義を大切にする日本の国では国民の資産を平準化するのはほとんど不可能です。革命でも起こして日本の体制を根本から変えるというならわかりますが、社会主義が人間に合わないことは実験済みです。

2050年には国民の4人に一人が後期高齢者だそうです。子供が増えないのに老人ばかりが増えるという困った状況はますます深刻になるでしょう。

そこでです。
希望に満ち、勢いのある日本で平均的にまあまあの豊かさを享受してきた現在の高齢者たち、そろそろ自分たちが少し負担増に耐え、現役世代に豊かさを分けてあげる覚悟が求められるんじゃないでしょうか。

しかし政治家は選挙で負けることが怖くてそれを言い出せない。

かくなる上は高齢者自身の自覚と覚悟が必要。次のうち一つでも二つでもできることを実行するしかない。

・働ける人は働き続ける

・年金支給減額を喜んで受け入れる

・貯め込まず消費し、お金がなくなったら野垂れ死にする

・生に執着せずある程度の年齢になって回復の見込みがない重病を患ったらあわてず騒がず、潔く死を受け入れる

 

年金デモも、こういうことを訴えれば筋が通っていると思うのですが、そんなことを言えば「高齢者の人権蹂躙だ!」と責められるのがわかっているから、仕方なく政府に対して文句を言っているのか、それともすべてが政府の責任だと本当にそう思っているのか。

私の理解では、あの手の人々は「権力の支配は許さない!」「国家は国民に介入するな!」「民主主義とは国民による自治なのだ!」といったスタンスで日々生きていらっしゃると思うのですが、少子高齢化はすべて国の責任で老後の生活はすべて国に面倒をみてもらおうと思ってるんですね。

普段、国の干渉を嫌い、国家権力を敵視している人ならなおさら「国の世話になどならん!俺たちの覚悟をとくと見やがれ!」てな威勢の良さで、決死の覚悟をしそうなもんですが、やっぱりいざとなると国に頼らざるを得ないということなんでしょうか。

 

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