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2019年10月24日 (木)

皇室伝統

「天皇制」という言葉は、元々憎悪の対象を表現するものとして共産党が作ったもので、皇室を敬愛する日本人なら使うべきでない言葉なんだそうです。

皇室という存在は「制度」として人工的に作られたものではないということでしょうね。
いわば長い時間の経過とともに出来上がった日本国の背骨のようなものなのではないでしょうか。
その形態が2千年以上も続いており、天皇と国民の間の好ましい相乗作用によって国の安定が保たれている、ということではないかと思います。

そうは言っても、日本の国の形について論ずる時、文章の構成上「天皇制」という言葉を使わざるを得ないので、私もそれを使ったことが何回もあります。

この形態をいったいどう表現すべきなのか考えていたところ、評論家の潮匡人氏が言論誌で「皇室伝統と呼ぶべきだ」と書いていて、あ、そうかと思いました。

制度ではなく伝統。

以前、皇室とは絶やしてはならない「埋み火」のようなものではないかと書いたことがありますが、これは適切だったのかどうか、今でもわかりません。

日本人が特に意識しないまま、その恩恵に与り、育まれている「何か」・・・うーん、難しいけど有難い。

 

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コメント

>robita様

私はシンプルに「皇室」とだけお呼びしています。私の場合、「皇室伝統」という言葉ですと「皇室」の伝統自体をイメージしてしまいます。日本の国体を論じる場合も「皇室は日本国の背骨である」と言えば充分だと思います。

「天皇制」という言葉は、憎悪の対象を表現するものとして共産党が作ったいきさつが有りますが、同時に「制度なら廃止も出来る」という理屈で、「将来は廃止したい」という左翼の願望で使われているものと思われます。

いずれにしても、皇室を廃絶しようとしている勢力から皇室を守るための戦いはこれからも続くと思います。その戦いに私達は勝利しなければなりませんね。

駄文につきましてはどうかご容赦下さいませ。それではこれで失礼致します。

投稿: まゆゆファンММ | 2019年10月27日 (日) 21時12分

★まゆゆファンММさん

>日本の国体を論じる場合も「皇室は日本国の背骨である」と言えば充分だと思います。<

日本国の国体とは、脈々と続く皇室の伝統、そしてその肉付けともいえる「国民」が一体化したものだと思います。
その「かたち」こそが日本の「かたち」であり「国体」と言えるのではないでしょうか。「皇室伝統」という言い方はそれを表現していると思います。

また、国体を論じる時に「皇室は日本国の背骨である」といった表現では長すぎて文章の中に入れ難く、いつも私は困ってしまいます(^^;)

投稿: robita | 2019年10月28日 (月) 09時54分

>robita様

>日本国の国体とは、脈々と続く皇室の伝統、そしてその肉付けともいえる「国民」が一体化したものだと思います。<

仰る通りですね。ただ、robita様の文章を拝読する迄は、皇室自体が日本の歴史・文化・伝統を体現したものだという認識が強いあまり、「皇室」と「伝統」という二つの言葉をくっつける事に違和感を覚えてしまいました。ご容赦下さいませm(__)m。

確かに、国体を論じる際に「皇室は日本国の背骨である」といった表現をいちいち入れるとなると、文章を書く際に難儀してしまうでしょう。私はブログをやっていないので、国体を論じる文章を書く機会が皆無に近く、そこ迄頭が回りませんでしたm(__)m。

「皇室伝統」。皇室が制度として作られたものではない事を端的に示すには、確かにこの方がしっくりきます。

駄文につきましてはどうかご容赦下さいませ。それではこれで失礼致します。

投稿: まゆゆファンММ | 2019年10月28日 (月) 23時24分

★まゆゆファンММさん

了解しました。
国民のほとんどは皇室を大事に思っていると思いますが、実はあまり詳しくはわかっていないと思います、私もそうですが。
ただ、その長い伝統が醸し出した文化が国柄を表しているのだろうなということは何となくわかります。

投稿: robita | 2019年10月29日 (火) 22時59分

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