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2019年10月11日 (金)

正当な怒りを示すのが悪いことであるはずがない

どうにもわからないのが、4人の教師が一人の教師に寄ってたかって暴行を働いたいわゆる「教師いじめ事件」。

これは「いじめ」でも「パワハラ」でもなく、明らかに暴行事件です。こんな人でなしが教師をやっているのはどう考えても異常です。

警察に通報するべき事件なのに、学校という場所となると上層部も「指導」という形で収め、隠蔽する。何なんでしょう。

そしてこれは誰も指摘しないので言ってはならないのかもしれませんが、敢えて言うと:

被害男性はなぜこんなにおとなしいのでしょうか。

カレーを無理やり口に入れられた、というけれど、具体的にその状況を想像してみると、もし自分が「羽交い締めにされて口に押し込まれた」なら、ブーッと吹き出すだろうと思います。相手の顔にカレーが飛び散るでしょうね。
あるいは、相手の体を両足でドンッと突いてやる。

相手はきっと激怒してもっとひどい暴力を振るうでしょうが、暴力団でもなんでもないのですから武器を使うことはないでしょう。みんなでかかってきたら大声を出して騒ぎを大きくすればいい。

こっちが暴力を使ってもそれは正当防衛です。こっちには何の非もない。たとえ裁判になろうが何も怖くありません。

4人と互角に戦うというのはさすがに無理ですが、騒ぎを大きくして世間に知らしめる、ということはできます。

「学校で教師同士の乱闘が起きた。原因は4人の教師が一人の教師に無理やり激辛カレーを食べさせようとしたことらしい」となると、ネットも週刊誌も飛びつきます。

被害者なんだからどんな騒ぎになろうと事のいきさつをしっかり説明すべきではないでしょうか。

子供には難しいことでも、大人ならできる。

 

職場での陰湿ないじめとか上司のパワハラみたいなことだったら、会社などでも日常的に起こることで、あからさまな暴力はないから告発は非常に難しいでしょうが、この事件はそういうのとは全く違います。

学校とは、理不尽な暴力を振るわれた被害者のほうがじっと我慢しなければならないところなのでしょうか。不可解極まりない。

 

被害者が反撃する事例が増えてもいじめがなくなることはないかもしれません。

でも、被害者は「恐れ」だけでなく、もっと「怒り」というものを持つことが必要じゃないでしょうか。

「そういうことができない人だからこそ、こうした暴力のターゲットになるのだ」ということで話が終わるのなら、こういう事件は起こり続けるだろうし、被害者は誰かが助けてくれるまで地獄を耐え続けるということにしかならない。

 

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