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2019年10月19日 (土)

批判と愚弄は違う

愛知トリエンナーレの「表現の不自由展」は「芸術に値しない」とか「公金に頼らず、自分たちで自由にやるがよろし」という程度のことで、論争するほどのことでもない、と思いますが、あれを支持する人々は諦めず「公権力による検閲だ」とか言い続けます。

それに対するあの手この手の反論も続きます。

しかし、評論家の呉智英氏が2ヶ月も前に非常にインパクトのある批判文を書いていたんですね。全然知らなかった。こちら→ https://blogos.com/article/400045/

「ダミアン神父」も「国之楯」も鑑賞したことはないですが、「表現の不自由展」の作品と何が違うのか、見る人が見ればきっと明らかなのだろうと思います。

不自由展の作品群についての、芸術家や美術評論家からの意見は全く聞こえてこないのですが、あれらの芸術性についてどう思うのか、ちょっと聞きたいですね。

 

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コメント

>robita様

この記事を読んでから「ダミアン神父」と「国之楯」の画像を観ましたが、パソコンで観ただけでもかの展示物との違いが歴然としているのが解ります。

「ダミアン神父」はハンセン病患者のために身を粉にして働き続けて自らもハンセン病に罹って49歳で死去されたダミアン神父の晩年の姿を後世に知らしめている彫刻作品で、「国之楯」はお国のために戦い戦死された軍人(軍刀を身に着けているので一兵卒ではない)の亡骸が横たわっている姿を描いた絵画です。

前者は「差別を助長する」という理由で、患者側から一時一般公開を禁じられ(作者はダミアン神父の高貴さに心を打たれ制作した)、後者は「軍の士気を下げる」という理由で陸軍から拒絶されました。

いずれも、作者の意図に対する無理解で表現の自由が認められなかった訳ですが、共にダミアン神父なり軍人に対する作者たちの敬意を感じずにはいられませんでした。日本自体や昭和天皇(そして皇室)、更に英霊の方々への侮辱的な態度が一目で解る不自由展の作品群とは雲泥の差です。

流石は呉智英氏だと思います。実際に表現の自由が侵害された、本物の芸術作品を紹介しながら、かの作品群との違いを明確にしながら批判されているのですから。

駄文につきましてはどうかご容赦下さいませ。それではこれで失礼致します。

投稿: まゆゆファンММ | 2019年10月19日 (土) 23時22分

★まゆゆファンMMさん

私もパソコン画面で見ただけですが、実物を前にした呉智英さんが「荘厳と悲哀」に圧倒されたのがわかるような気がします。
表現の不自由展の作品群は単なる「気に入らない対象への愚弄」だというのは、あの企画の裏で動いているのが悪名高い左翼活動家の仲間たちだという事実からも判断できます。

≪津田大介ら破廉恥な運動家連中がわざわざここで表現の不自由を作り出したのだ。ありもしない交通事故を作り出す「当り屋」商売と同じである。≫というのは反日左翼に向けた呉さんらしい皮肉っぽい表現ですが痛烈な一撃になってます。

投稿: robita | 2019年10月20日 (日) 13時23分

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