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2020年12月29日 (火)

コロナ総括

昨日のテレ朝「モーニングショー」で、羽田雄一郎参議院議員がPCR検査を受けに行く途中で亡くなったニュースを受けて、コメンテーターの石原良純氏が次のようなことを言って怒っていました。
「この番組がコロナの恐怖を煽ってるとか週刊誌で叩かれているけど、羽田氏は数日前から発熱があったのにPCR検査が遅れた。発熱があったらすぐに検査を受けたいと思うのは当然だ。PCR検査は無意味だという人はそういう時でも検査を受けるなと言うのか」

おわかりになっていないようですね。

症状が出た人をPCR検査するなと言っているのではないんですよ。

例えば無症状でも陽性と出た人と接触した人々をかき集めて検査して、その無症状や軽症の陽性者たちを隔離したり家に待機させたりする無限の広がりを作ることにどれほどの意味があるのか、ということなんです。

無意味どころか、そんなことをして大勢の貴重な働き手を2週間も拘束することで、色々な場で人手不足を引き起こすことになるでしょうに。

「指定感染症」の2類に指定されているため、軽症でも入院させなければならず、医療逼迫の主因になっているという問題もあります。

コロナウイルスは根絶などできません。夏の間も生きていて、冬になって温度も湿度も下がればまた活発に活動し始めるんです。インフルエンザと同じです。

インフルエンザもワクチンがありながら毎年猛威を振るいますよね。人もたくさん死にます。変異もします。

だから怖いウイルスではあるけれども、共生するしかないんです。

医療は重症者を救うことに注力し、なるべく死者を出さないようにする。それが対策です。

こんなことでいちいち経済活動を止めていたら、これから先いったいどれだけの人が経済困窮しどれだけの自殺者が出ることでしょう。

 

・・・・と、私は理解しているのですが、どこか間違っているところあるでしょうか?

 

今朝のモーニングショーではまだ「検査を増やせ増やせ」と叫んでいました。
「年末年始に親の家に行きたい人たちが民間のPCR検査を受けるために長蛇の列に並んでいるそうです」とキャスターの羽鳥慎一氏が言うと、玉川徹氏は「検査難民ですよ。受けたい人は何回でも検査受けられるようにすればいいじゃないですか」だって。だめだこりゃ。

 

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      「経済を回さないと若年世代が死ぬ」 

    
      「指定感染症2類は妥当か」  

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2020年12月28日 (月)

求む、話術にたけた政治家

経済紙「ダイアモンド」の村上春樹氏インタビュー → https://sn-jp.com/archives/24812

≪コロナ禍が浮き彫りにしたのは、日本の政治家が最悪という事実――そう話すのは、小説家の村上春樹氏だ。

――日本の政治家の、どこが最悪なのですか。

 自分の言葉で語ることができなかった。政治家自身のメッセージを発することができなかった。
それが最悪だったと思います。

 こんな混乱ですから、人が間違ってしまうのは当然のこと。
ならば、「アベノマスクなんて配ったのはばかげたことでした」「Go Toを今やるのは間違っていました」ときちんと言葉で認めればよいのです。
国民も「間違うことは仕方がないよ、これからちゃんとやってくれればいいよ」と思うはずです。
 それなのに多くの政治家は、間違いを認めずに言い逃れするじゃないですか。
だから余計に政治に対する不信が広がっていくのです。
そういう、日本の政治家の根本的な欠陥がコロナではあらわになった気がします。≫

そして外国の政治家の名を挙げて、「彼らは自分の言葉で国民に語りかけた」と村上さんは言います。

≪こういう人たちと比べると、今の多くの日本の政治家はどう見ても、自分の言葉で語ることが下手です。
今の総理大臣だって、紙に書いたことを読んでいるだけではないでしょうか?

 元々日本人には、周囲を見ながら話をして、全体から外れるようだとたたかれてしまう面があります。
こういう中でどう発言や表現をするのか。
これは政治家の問題でもありますし、同時に、表現を仕事とするいわゆる芸術家の問題でもあるのです。≫

 

たしかに政治家には自分の言葉で語ってほしいと思います。
国民の心を動かすような語りかけをすれば、国民ももっと協力的になって政治もやりやすくなるんじゃないかとも思います。

でも政治家に限らず、日本人はそういう話術が下手ですね。芝居がかった表現も苦手だし。そういうパフォーマンスを、自分もやりたくないし、他人がやるのもあまり好きじゃないんですよね。

政治家はケネディさんみたいに優秀なスピーチライターに心揺さぶる演説の原稿を書いてもらう必要があるのかもしれませんが、鳩山由紀夫氏の総理就任演説を思い出すと、なんだか笑えてきます。
劇作家の人に演説草稿を頼んだということですが、あまりのわざとらしさにひいてしまった人が多かったんじゃないでしょうか。

日本人の民族的特徴を否定してアクションも言葉もオーバーな西洋人の真似を無理してやる必要はないと私は思いますね。

感動は芸術の場で盛り上げれば良いのではないでしょうか。政治は芸術じゃないんだし。

田中角栄さんのことも村上さんは褒めているけれど、国民は、金権政治だ、けしからん、と寄ってたかって叩いて潰しちゃったじゃないですか。村上さんはそのころから田中角栄を買っていましたか。


≪間違いを認めずに言い逃れするじゃないですか。だから余計に政治に対する不信が広がっていくのです≫

これは同意します。「正直は最善の策」であることが多いのです。正直に事情を説明して国民に納得してもらう努力をすればいいのになぜしないのだろうと思うことがよくあります。政治はそんな単純なものではないのかもしれませんが。

しかし、
≪アベノマスクなんて配ったのはばかげたことでした≫、これはないでしょう。

布マスク配布というアクションのおかげで、買占められたマスクが市場に吐き出されたのですよ。

≪Go Toを今やるのは間違っていました≫

地方経済や観光業・関連業者がGoToで息を吹き返した面がありました。あれは良い政策だったという意見も多かったと思います。
感染が再び広がってきたから「あれは間違いだった」「もっと早くやめるべきだった」と批判が噴出します。
でも、収束の目途もつかない中、なんとか業者を救おうという策だったんですよね。ワクチンができるまで経済を止めたほうが良かったのでしょうか。

どこの国も日本以上に混乱しています。
最善の策は何かなんて誰にもわかりません。

村上さんは何をもって「外国の政治家は素晴らしい。日本の政治家は最悪だ」と考えるのでしょうか。
政治家は言葉がうまければそれでOKと言ってるように見えます。

最近の日本人が、政治家の実績より感動的なスピーチを渇望しているというなら、そうすればいいでしょう。感情込めた演説に熱狂して国家の道を間違えなければいいですけど。

 

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関連記事:「昔の政治家は立派だったという幻想」 
       「大丈夫、ニッポン」

   田中角栄ってそんなにすごい?→「正直こそ最善の策」

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2020年12月24日 (木)

今年もあと少し

産経新聞のコラム「新聞に喝!」でこういうのがあったんですけど → https://www.sankei.com/column/news/201220/clm2012200004-n1.html

朝日新聞「天声人語」を教材に使ってる学校、まだあるんですかね。

たしかに本屋さんに「天声人語書き写しノート」なるものが売られているのは見かけますけど、売れるから置いてるんでしょうね。

≪その極端に腐敗・偏向した文章を、純真な児童生徒が、あたかも般若心経の写経のように、一字一句懸命に書き写すありさまは、まことに異様というしかない。これは完全に洗脳の手法である。

そこで生み出されるのは、朝日脳とでもいうべきメンタリティーを植え付けられた人間であり、そのような児童生徒が、同じ朝日の投書欄「声」の投書者として出現する、10代の少年少女なのであろう。

これでは多くの新聞各紙が厳しく批判した、森友学園の教育勅語(ちょくご)教育の方が、比較にならないほど健全である。≫

 

前記事で、
≪ただ、若い世代はわかってる人が多いです。教育が変わってきたのかどうか知らないけど、ネット利用で情報を得たり意見交換したりして柔軟性や多様性を身につけているんでしょうね。
もうわざわざ「国のために」などという教育なんかなくたっていいのかもしれません。≫

なんて書きましたけど、そしてそれは一面で事実なのですが、他方、依然として戦後左翼偏向思想の洗脳も続いているようで、困ったもんです。
教育界とマスメディア、特にテレビがこれからも日本の立て直しの妨害をし続けるんでしょうね。困った困った。


さて今年もあと1週間。

年内にブログ更新するかしないかわかりませんが、とりあえず、皆さま良いお年を!

 

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2020年12月19日 (土)

国の言う通りにしますから決めてください

菅総理が8人で会食したことについて批判が集まっていますが、「二階さんの誘いを断り切れなかったんでしょうね」と政治記者が言ってました。
菅総理自身も、会食には遅れて行き挨拶程度で済ますつもりがつい40分ほど居続けることになった、と釈明していました。
その雰囲気は想像できるので、私はあまり責める気持ちにはなれないですね。

8人だろうが10人だろうが、そこに感染者がいなければ誰も感染しないわけで、逆に3・4人の会食でもそこに一人でも感染者がいれば出席者全員が感染する可能性があります。

菅総理の会食について記者から質問された麻生副総理がこう言ったそうです。
「6人家族だと一緒に飯を食えないということか。よく定義が分かりませんが、お答えしかねます」

これに対して「それを決めるのがお前ら政府の仕事だろう」と毒づいているツイートを見かけましたが、なんで政府に決めてもらわないと行動できないの?と思います。

こういう人がいるから、政府も「会食は5人まで」とか指標を出さないといけなくなるんでしょうねえ。それってほとんど意味がないのに。

「大勢でどんちゃん騒ぎしない程度に会食OK」、これで良くないですか? 自分で適宜判断すりゃあいいんじゃないでしょうか。

 

「国から押し付けられるのは嫌」と個人の自由を叫びながら、なぜか各自で決めるべきことも決められない。

普段から「国は国民に干渉するな」というスタンスのくせに、「国が細かく指示してくれないとどうしていいかわからない。はっきり基準を示せ」などと、このコロナ問題に限らず、文句を言う人が結構います。そんなこと自分で考えなさいよ。

自由にやりたいけど不自由は誰かに頼ったり誰かのせいにしたい。

そういう支離滅裂を変だと思わない情けないところも戦後教育の弊害なんじゃないのかなあ。

 

ただ、若い世代はわかってる人が多いです。教育が変わってきたのかどうか知らないけど、ネット利用で情報を得たり意見交換したりして柔軟性や多様性を身につけているんでしょうね。

もうわざわざ「国のために」などという教育なんかなくたっていいのかもしれません。

始末の悪いのが戦後教育をしっかり受けた世代で、ワイドショーの無責任な煽りコメンテーターたちの言うことを真に受けるだけの高齢者さんたちですよー。

 

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  関連記事:「国を支えて国を頼らず」

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2020年12月18日 (金)

磨けば光る日本

昨日のBSフジ「プライムニュース」のゲストは櫻井よしこさん。

新型コロナや韓国の問題についてわかりやすく話してくれました。

番組最後の視聴者からの質問:
「政治家の質が落ちていると思いますが、櫻井さんはどうお考えでしょうか」
櫻井さんの返事:

「残念ながら同意します。それは政治家だけの話ではなく、経済界や言論界なども同じ。
戦後の日本は個人主義に走りすぎ、子どもたちに公のために働く尊さを教えてこなかった。」

 

櫻井さんの言うことはその通りで、とかく国民は政治家だけを責めたがりますが、日本の教育自体「この国のために働きたい」という人間を育ててこなかったのだから、それは国民の責任だと私は思います。

まさにこのことを訴えたいがために私はブログを始めました。

最初の頃は、反論のコメントをいただきながらもそういう記事をしつこいほどにたくさん書いたものです。

例えば→「しつこいようだが愛国心」 

しつこいほど何度も書いたフレーズですけれど:
≪教師も医師も裁判官も父親も母親も政治家も官僚も、この国に生まれた以上、全ての国民が基本的にこの国の教育で育つわけです。
立派な政治家がほしいのであれば、「立派な政治家になりたい。なってこの国を良くしたい」という志を持つ人間を育てなければならないでしょう。≫


人材の劣化や不足は世界中で起こっているような気はしますが、民主主義の成れの果てなんでしょうか。

民主主義なんかに負けず、もっと教育に力を入れて日本だけでも良い人材を育てて、桜井さんの言うように、日本という国が軸になれば世界が安定するかもしれないよ。

 

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2020年12月16日 (水)

メルケル焦る

まあこういうこと言う人ネットでもちょいちょい見かけますけど:

立憲民主党・大西健介議員  https://twitter.com/mi2_yes/status/1339019353367355393
≪総理がネット番組で緊張感のない「ガースーです」と。それに対しドイツのメルケルが連邦議会で感情をこめて国民に訴えかけた。あまりにも対照的≫

 

「感情をこめて訴えた」って・・・、そりゃあ一日の死者が600人にもなればあわてまくって感情的にもなるでしょうよ。

野党はもちろん、マスコミも、わかってない国民も、なんでこう「日本は他の国に比べてこんなに劣っている」と根拠もなく言いたがるんだろうねえ。

菅総理、大変ですなあ、こういう連中のたわごとに付き合いつつ政治やらなきゃいけないんですもんねえ。心中お察しします。

こういう時はみんなで「リーダー頑張れ」と応援するもんです。

 

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2020年12月14日 (月)

指定感染症2類は妥当か

羽目を外してどんちゃん騒ぎしたりしなければ、忘年会など楽しんだらいいと私は思っているけれど、絶対にそれはだめという意見も多く、やはり飲食店その他関連業者にとっては厳しい年末になりそうです。

この新型コロナに関しては、ものすごく怖い疫病だと考える人もいれば、インフルエンザと同じような流行り風邪の一種と考える人もおり、まして初めて経験するウイルスなので誰も本当のことがわからず、したがって政府も対処方針をいったいどうしたらいいのかはっきり決めることができないでいます。

誰がやってもそんなにうまくいくはずがないのに、皆さん菅総理を責めますね。正しい対策なるものを提案もせずに。

GoToやめたらいいんだとかそんなことが頭にあるんでしょうが、感染者が増えている主な原因は分析するとGoToによる人の行き来ではないようです。

GoTo停止しても感染者は減らないわ、経済は致命的な打撃を受けるわとなったらどうするんでしょうね。不況が再び就職氷河期を生み出してしまいます。


さて、日本は人口当たりのベッド数は世界一で、集中治療のためのベッド数も世界一なんだそうです。

しかも感染者が増えたといっても欧米に比べれば日本は桁違いに少ない。死者も少ない。
なのになぜ医療崩壊の危機!などとマスコミは大騒ぎするのでしょう。

そのわけを今日のラジオ(ニッポン放送「ズーム」)で司会の辛坊治郎さんが説明してくれました。

例えば大阪の場合、ベッド数は90000床ありますが、コロナ患者に用意されているものは1300しかない。
病室や病床を指定感染症仕様にするのが難しいので、感染症用の病棟がない病院が多いそうです。
それなのに65歳以上の人は無症状でも入院させなければいけないので、当然ベッドも看護師も足りなくなる。

この新型コロナがとても恐ろしい病気として指定感染症2類に指定されているため、必然的にこういう状況を招きます。
インフルエンザと同等の5類に引き下げればそんなに厳しく隔離する必要はないのです。

医師会はGoToやめろとかそんなことばかり言ってないで、この本質のところを議論するべき、と辛坊さんは言ってました。

コロナをまるでエボラ出血熱かなんかのように怖がって5類に引き下げることに反対の人が多いから無理かもしれないけど。


ところで、ちょっと前にテレビで興味深い場面があったそうです。→ https://www.excite.co.jp/news/article/Myjitsu_216242/

テレビ番組「バイキング」でお笑い芸人ブラマヨの吉田さんが、リモート出演したある病院の看護師長さんに率直な質問をしました。
「やっぱ2類におるからいろんな仕事が増えて」
「5類になったらちょっと、あの、負担が減る…みたいなことを聞くんですけど、関本さんはどうお考えになられてるのか聞きたいんですけど」

動画で見ると看護師長さんは言葉に詰まったり目が泳いだりしてすごく答えにくそうにしていました。病院内ではそういう話も出ているけど、でも言ってはいけない、みたいな雰囲気に見えました。
この場面についてはツイッターで少し話題になったぐらいで、あまり取り上げられていないようです。

いったいなんなんでしょうね。
みんなで必要以上に怖がって医療をひっ迫させてるんですか?

医療従事者を救える提案かもしれないのに口にしてはいけないなんて、私にはよくわかりません。

 

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2020年12月11日 (金)

要するに「強面(こわもて)には手は出せない」ということ

政府は敵基地攻撃能力の保有に関する結論を先送りしました。

≪管政権への失望感は日を増して大きくなってきているのは、私だけでしょうか。≫と評論家石平さんが嘆きのツイート。→ https://twitter.com/liyonyon/status/1337176649574412293

石平さんのお気持ちはわかりますが、選挙を見据えてのことでしょうね。国民の無理解が原因ですから仕方がありません。
おまけに護憲公明党と組んでるわけですから、一筋縄ではいきません。

防衛省が予定している長射程の巡航ミサイルの開発に野党が反対しているんですが、立憲民主党の安住国対委員長の発言は、日本を守る仕事を任されている政治家として言うべきことでしょうか。
≪事実上敵基地攻撃ができることになる。専守防衛と、戦後歩んできた防衛政策から逸脱する恐れがある≫

自民党にも「武装しないことが安全だ」と思い込んでるおかしな政治家がたくさんいるんですから、これこそ、野党がまともな考え方を示して自民党の先を行き、国民の目を瞠らせるチャンスなのに、「専守防衛を逸脱する恐れ」だって。

昨日のプライムニュースで橋下さんが「いつもいつも自民党の反対方向を目指すのでなく、自民党を飛び越えて先を行くような党にならないと」と言ってましたが、野党もやっぱり固定の支持者を失うのが怖いのですね。

要するに敵基地攻撃能力の有用性を理解しようとしない国民の責任です。

国民の皆さん、敵基地攻撃能力を持った日本がどこかの国に乱暴狼藉を働くと思いますか? 日本に対して何も悪いことをしてない国に対していきなり攻撃したりしますか?

そんなバカなことをするはずがありませんよね?

何のために敵基地攻撃能力が必要なのか。

わかりやすく言えばこういうことです。→「これぞ抑止力」

 

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2020年12月10日 (木)

長妻・小池 コテンパンの巻

いやー、今日のプライムニュースは面白かったなあ。
橋下徹vs.立憲の長妻昭+共産の小池晃。

桜問題について、野党の二人が「総理まで務めた人なんだからちゃんと国会の証人喚問に出てきて本当のことを言うべきだ」とあくまで安倍氏を追及する構えなので、司会の反町さんが「真実の追求のためですか、それとも与党を擦るためですか」とか「この不祥事の責任を取って安倍さんが国会議員を辞めるのと、このまま議員にとどまり続けてくれるのと、どっちが野党にとって望ましいんですか」なんて聞いちゃって(笑)

長妻・小池氏はその質問には答えず、「それは70年代的発想ですよ。そういう政治報道は良くないですね」みたいなことを言っただけ。

彼らの本音は憎い安倍にずっと国会議員でいてもらって虐め続けたいだけなのだろうと感じた。

 

橋下氏は「僕は国民として、国を良くするために与党野党が切磋琢磨してほしいと思ってるので」と、国民の支持を得るためにするべきことを説いていたけれど、長妻・小池両氏は言い訳の繰り返しに終始していた。

橋下氏は呆れ顔で「今の二人の議論聴いていて、これではやっぱり国民の支持は得られないと思いました。未来が見えないですもん」と。

番組の最後に、視聴者からのメッセージがあり、橋下氏にぜひ国政に出てもらいたいとの熱いエールが読み上げられたが、氏にはその考えは全くないと見た。

そうだね、国会議員になんかならないでほしい。

こうやってテレビに出て、正論を言いまくってほしい。ズレてる政治家を叩きのめしてほしい。

できれば安倍さんも国会議員なんかさっさと辞めて、評論家は無理かもしれないけど、日本を取り戻すための何らかの仕事を一国民としてやってくれればいいと思う。

 

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2020年12月 5日 (土)

美しい終焉

<前記事より>

戦後GHQが皇室を廃止しようとしていたのかどうか知りませんが、天皇の全国巡幸での国民の熱狂ぶりに、GHQは日本が戦前の皇国体制に戻るのではないかと恐れたと同時に、日本国民を一つにまとめて戦後復興を円滑に行うためには天皇の存在が必要だと判断したとも言われます。
国民の昭和天皇への敬愛の念はとても強かったことがわかります。

そして国民の多くが天皇の存在意義を理解し感謝と敬愛の念をさらに強くするに至ったのは上皇上皇后両陛下の「慰霊の旅」に象徴されるたゆまぬ努力の賜物でもあったと思います。
また、今上天皇並びに皇后両陛下の聡明さと優れたお人柄からして令和の時代も前の時代と同様に皇室に対する敬愛の念は揺らぐことはないでしょう。

秋篠宮皇嗣殿下、悠仁親王殿下の御代となっても変わらず国民は皇室を愛し敬い続けるでしょう。

しかしその後はわかりません。
日本や世界がどのような変化を遂げていくのか全く先の見えない中、かなり踏み込んだ個人の自由に言及したり奔放な行動に走る方が天皇家にあらわれないともかぎらない。すでにその兆候は現れています。

 

「ポツンと一軒家」というテレビ番組があります。
辺鄙な山奥に一軒だけ残る家を訪ね、家族の来歴や生活ぶりを紹介してもらう番組なのですが、以前こういうのがありました。

90歳で亡くなった母親の写真を見ながら長男の男性が、はらはらと涙を流し「亡くなった時は泣かなかったのになぁ、こうやって写真を見ていると泣いてしまう」と言っていました。

天皇の系譜、皇室の歴史とは将来的にそういうものであっていいのではないかと思います。

今はもうなくなってしまったけれど、日本という国のルーツと骨格が、たしかにそこにある、と折りふしに思い起こし胸を震わせる、そんな存在であってくれればいいのではないでしょうか・・・なんてまだなくなってもいないのに不謹慎だこと。

   <おしまい>

 

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  関連記事:「埋み火」 
        「かたじけなさに涙こぼるる」 

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2020年12月 4日 (金)

不敬罪がないから言いますけど

<前記事より>

女系天皇に賛成する人が日本国民の半数以上いるそうです。

女系天皇などというものを作り出すことの愚かしさは多くの人が論じていますので、今さらくどくど申しませんが、要するに日本国は天皇の万世一系を核としているのです。

天皇家が男系でつないできたことにはDNAの神秘があるようです。
専門的な話になるので簡単に言うと、母系の性染色体は世代を経るにつれ薄まっていく構造になっているそうです。つまり「血の継承」が行われないということです。
ところが父から受け継いだY染色体というのはそのまま息子に受け継がれるので、歴代天皇は同じY染色体を継承し続けていることになります。
もちろん昔の人がそういう科学的なことをわかっていたわけではないでしょうが、いつの時代もかなりの工夫や苦労をしながら必死に男系を維持しようとしていた事実を知るにつけ、彼らは何か動物的な理解をしていたのではないかとさえ思えてきます。

それは女性差別とか時代遅れとかの問題ではありません。
皇統を守るということは、一般男性を皇室に入れないということでもあります。

古来、平和的な女性と違って、力が強く武力行使の役割を果たしてきた「野蛮」だとされる男性に皇室に入ってもらっては危険だという考え方だそうです。

男系でつなぐ意味の説明はネットに溢れています。
こちらの説明はとてもわかりやすいと思います。→ https://note.com/ametaro_k/n/n3ec335de91f3

この方は「Y染色体」や「外部男性によるのっとり」論はあまり好きではないと書かれていますが、世界に類を見ない希少性を守ってきたのは外ならぬ「Y染色体の継承」であり「のっとりを防いできた」という事実なのですから、根本はそこにあります。

こういうことを知っていれば、安易に「女性天皇でいいじゃないか」などとは言えないはずなのです。

女性天皇なるものを誕生させて女系につなげ、まったく別の王朝を一から始めることがいかに頓珍漢の暴挙であるかを日本国民の半数以上が未だに理解しようとしないのはまったくもって嘆かわしい。

 

立皇嗣の礼が無事行われ、皇統を秋篠宮家が受け継ぎ、愛子様が天皇になられることはなくなりました。

とは言え、「悠仁さましかいなくなる。旧宮家には男子が何人かおられる。宮家の復活を!」との主張も大きくなっています。

しかし、一般社会に溶け込んで何代も経た方々に今さら皇族に戻っていただくことには大きな疑問と不安を感じます。
何もそんな無理やりなことをしなくても、悠仁さまお一人に期待すればいいと思います。

悠仁さまが結婚されて男子がお生まれにならなければ、そこで皇統は終わる。それでいいんじゃないでしょうか。

女系天皇などという人工的操作をして皇統を改変し破壊の原因にしてしまうくらいなら、その前に潔く終わらせる準備をしたほうがいいのではないかと思います。

旧宮家を復帰させて新たな「人権のない修行のような人生を送らなくてはならない人」も作らないでほしいと思います。

どうせ終わるなら、男系を維持したまま、つまり万世一系という希少な形のまま終わるのが良いのではないでしょうか。

時代の変遷により男子誕生の困難や皇族の人権を考慮したうえで仕方なく終わるのなら日本人はそれを受け入れざるを得ないでしょう。

共産党など反日勢力のはかりごとによって皇室伝統が破壊され終焉させられるなど決してあってはなりません。日本はそんな脆い国であってはなりません。

終わらせるなら、日本を愛する者の手で終わらせたい。私はそう思うのですがどうでしょうか。

 <続く>


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2020年12月 3日 (木)

皇統2千年の重み

<前記事より> 

私は皇室廃止論者ではありませんが、「時代の流れで皇室がなくなっても仕方がない」とは思っています。

政治的思想と関係なく国民統合の象徴としての「権威」たる皇室が国にとって非常に大きな意味があることは理解します。
世界で唯一「皇帝」と呼ばれる天皇を戴く皇室は世界中のどの王室とも性質が異なります。

2千年もの間、時の権力者に滅ぼされることなく、権威として変わらず敬われてきた天皇の血筋はまるで日本の歴史の背骨のようです。

天皇の歴史が途絶えることを考えると、権威を失った日本はいったいどうなるのかと不安になります。

しかし永遠にそれが続けられるかと言えばそれもかなり不安です。

世界の王室は日本の皇室に比べて自由度が高いので、昔から色々と問題が起きやすかったと思います。
英国では王室不要論も時おり表出するようですが、それでも王室を愛する国民の方が多いのであまり大きなうねりにはなりません。
スキャンダルも込みで愛されているのでしょう。日本の皇室とは重みが全く違うということなのかなと思います。
言い方は失礼なんですが、「その程度のもの」を存続させるのはそんなに難しいことではないのかもしれません。

翻って日本では皇統をこのまま続けるのも終わらせるのも気の遠くなるような覚悟が必要、と感じます。

国家安定の重しとなる「権威」として皇室が必要であるならば、皇族に求められるのは「威風」というものでしょう。

しかし同時に「慎ましさ」も要求されます。

天皇であるということは、実に厳しく辛い修行のようなものではないでしょうか。

皇室は特権階級ではなく、人権はなきに等しく、義務だけを負う大変な重責を担った一族であると言えます。

だからといって皇族、特に天皇家の方々の人権というものについてもっと大胆な配慮をし、他国の王家のように自由な存在に変えてしまえば、皇室の存在に疑義が生じ、結局崩壊につながるでしょう。

 

皇室を敬愛し存続を願う国民が大半を占めるとなると、簡単に廃止するわけにもいかないけれど、この旧態依然とした伝統と近代民主主義国家とがどう折り合いをつけていくか。

しかし、言論の自由もなく行動の自由も制限されている皇室の方々が現代社会においていかにお気の毒な状態であるかということも多くの人はわかっているはずです。

悩みは深いのです。

<続く>

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2020年12月 2日 (水)

内親王の恋愛

秋篠宮様がお誕生日の会見で、眞子様の結婚を認められました。

この結婚に否定的な国民が少なくありませんが、眞子様は小室さんと結婚するしかないと思います。
どんなに周りが説得しても、どんなに国民の反対があっても、諦めることができないほどの思いがおありなのですから、無理やり引き離して他のどなたかと結婚されても思いは強く残り続けるでしょうし、それはご本人にとっても夫となる方にとっても不幸なことです。

いかなる運命が待ち受けているか、ご自身で身をもって体験なさるしかありません。

小室さんが眞子様を幸せにできるのかどうか色々な情報を知るにつけ不安しか感じませんが、他にやりようがあるでしょうか。

案外、国民が心配するほどのこともなく幸せなご家庭を築かれるかもしれませんし。

どうか幸せになられますよう心からお祈りいたします。

 

それにしても、こうした俗っぽい騒動を見るにつけ、もう皇室も限界かなあという気がいたします。

上流階級の中だけで縁組することは難しくなっています。
一般社会との距離も縮まり、知り合った異性と自由恋愛ができる時代です。

それは怪しげな平民と出会うリスクも高まるということです。

世界の王室でも同じように、近づいてきた一般人との恋愛騒動が起こってしまうのは、高貴な方々と一般社会との境界線などなくなってきたからでしょう。

 

妹の佳子様が「結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています」と述べられていました。

若い世代の皇族方がこういう考えをお持ちになるのは当然の成り行きでしょう。

個人の自由が著しく制限される皇室に、望んで生まれたわけではない、選挙で選ばれたわけでもない。
常に監視され、ちょっとしたことで批判され、反論することもかなわない。国民が持っている数々の権利を皇族は持たされていない。
皇室が日本という国の芯となりその伝統を支えているのは理解するけれど、その伝統によって「個人」を押しつぶされる自分たちとはいったい何なのか・・・

このように思い迷うこともおありでしょう。現代を生きる人間として自然なことと思います。

あるいは、皇族方は生まれながらにして皇族なのだからそんな疑問は持たず、皇族としてなすべきことには忠実でありたいと考えながら、「この点においては個人の自由がほしい」という程度のことなのかもしれません。

しかしながら、国民の側からすると、何と窮屈で不自由な人生を私たちは特定のご一家に強いているのだろうと心苦しく思わずにいられません。

皇室という聖域が時代の変遷につれて実社会との接触が増え、その度合いが進めば、一般人と変わらなくなる。その時皇室の「権威」とか「品位」とかいうものを保ち続けることができるのでしょうか。
いくら「国民のための祈り」や数々の公務などをこなされたとしても、皇室に対する尊崇の念は徐々に薄らいでいくのではないか。そう感じている人も少なくないのではないでしょうか。

ただただ「日本物語」を現在進行形で存続させるためだけに、皇族方をそこに据え、血統の継承のためといって旧宮家の皇族復帰を画策するなど、そんな無理やりなことをする意味があるのかどうか、考えてみたいと思います。

<続く>

 

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